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2:27 2004/11/30【紀伊旅行記1】

最近では朝夕も冷え込み、冬の青春18切符も売り出される時期となりましたが、夏の青春18切符を使った旅行記はまだまだ続きます。名古屋を出て、今度は三重県に入りました。1人旅も3日目になると疲労が出てきて、足の筋肉痛もひどくなってきています。だんだん、これは何かの罰ゲームなのだろうかという疑問が頭を過ぎるようになってきましたが、気のせいです。

まずは伊勢神宮外苑へ。なんとなく有名な神社だから、という程度の動機で訪れたのですが、予想以上に空気の張りつめていて、ピリピリした空間でした。もちろん伝統の重みとか、神がかった雰囲気とかもありますが、それ以上に警備もすごいのです。神宮の奥のほうは軒並み「撮影禁止」の立て札が立っていて、携帯をポケットから出しただけで警備員にギロッと睨まれてしまいます。ここまで厳重に見張られてしまったら諦めるしかありません。それにしても、せっかくの観光地なんだから写真くらい撮らせてくれたっていいのに。それとも、写真を撮ると何か写ってはいけないものが写ってしまう、なんて理由でもあるのでしょうか。がくがくぶるぶる。

*

伊勢神宮の次は、2駅先の二見浦まで足を伸ばしました。
二見浦って何がある場所なのか全然知らなかったのですが、「三重県で風景写真を撮るのに良さそうな場所」をインターネットで検索していたら、この二見浦の「夫婦岩」といのが有名らしいという情報が見つかったのです。どうやら定番の観光地らしいので、三重に初上陸した身としては行っておかないわけにはいきません。

で、これが噂の夫婦岩。

いやいや、岩2つを適当にロープで繋げたら観光地になっちゃうなんておめでてーな、なんて思っていませんよ。決してそんなこと思っていませんよ。
 

3:43 2004/11/29【原因】

「料理するのってすごく苦手」と、ある知人が言っていたのを聞いて、ああ、たぶん彼女ならそうだろうなと納得してしまいました。
なぜならその子はひどい偏食で、魚介類はほとんど食べられないし、野菜相当限られた種類しか食べられなかったからです。自分自身が食べられないものだったら、どんな味付けが合うのかも分からないでしょうし、味見しても成功か失敗か判別できないでしょうから、美味しく作るのは難しいのでしょう。

もちろん例外もたくさんあると思います。偏食でも料理好きの人、何でも食べるけど料理がてんで駄目な人もいるでしょう。でも一般的に考えれば、アウトプットの能力とインプットの能力に密接な関係があることは否定できません。

たとえば、良い文章が書けなくて困っているならば、書いたものを読み直すだけではなくて、最近自分がどれだけ本を読んでいるかを見直してみたらどうでしょうか。楽器の演奏がうまくいかなくて困っていたら、今自分がどんな音楽を聴いているのかを再確認してみてはいかがでしょうか。

インプットが上手くいかない原因はアウトプットに、そして、アウトプットがうまくいかない原因はインプットのほうにあるかもしれないのです。
 

1:20 2004/11/22【北陸旅行記最終回】

小浜市を軽く観光してから電車で少し戻り、暗くなってきた頃には敦賀から米原に抜けました。そんなわけで、直江津〜米原の北陸本線は、無事に走破すできたことになります。更に大垣を通りすぎて、今晩は名古屋の漫画喫茶で一晩をすごすことにしました。

ところで、この名古屋の漫画喫茶、具体的にはマ○ボーというお店なんですけど、東京の新宿にも支店があるんですよ。でもって新宿店には「味噌コロッケ丼」というフードメニューがあり、290円という安さに惹かれて私も何度も頼んでいるのですが、このメニューには「名古屋店で大人気!」という煽り文句が付いていたのです。

味噌コロッケ丼愛好家としては、ぜひ本場名古屋店で食べてみたいと思うじゃないですか。やっぱり名古屋の食文化といったら味噌ですから、本場で食べる味噌コロッケ丼は新宿店よりも美味しいに違いない、と。

ところが、ないのです。メニューを何度見ても、味噌コロッケ丼なんて影も形もないのです。なんだなんだ、「名古屋店で大人気」なんじゃなかったのか。あれは嘘だったのかよマ○ボー! 

大人って汚い生き物なんだなーと思い知った名古屋の夜でした。
 

8:30 2004/11/20【証明写真代を返せ】

短期バイトの面接に行ったら、一番最初に「自宅の最寄り駅どこ?」と聞かれて、正直に答えたところ、「ああ、今、渋谷が最寄り駅の人しかとってないの、ごめんね」と、何時間もかかって書いた履歴書を開封すらしてくれずに一瞬で返されました。

いや、それなら最初から、募集要項に「渋谷近辺にお住まいの方」とか書きますよね? そうすれば、店側も面接する手間が省けるし、私だってわざわざお金かけて証明写真撮ったり履歴書書いたりする手間が省けたわけで。

要するに、「私が予想以上にブスだったから適当な口実で断った」でFA?
_| ̄|○
 

2:23 2004/11/18【北陸旅行記5・若狭湾】

さて、ここで私は究極の選択をしなければいけなくなりました。すなわち、鯖江で途中下車するか否か、です。鯖江といえば、日本の90%の眼鏡のシェアを誇る街です。全国眼鏡男子に萌える会自称会長として、この聖地は巡礼しておくべきなのではないでしょうか。

でも、同時にどうしても行きたい場所もありました。それは若狭湾です。変わった地形オタクとしては、「リアス式海岸」の典型例としてよく教科書に載っていた若狭の海岸線の実物を、一度はこの目で確かめないといけない、と思っていたのです。そして、鯖江に寄っていたら、他の場所に行く時間はなくなってしまいます。

結論から言えば、若狭湾のほうを選んでしまいました。眼鏡萌えよりも地形萌えのほうが勝ってしまったのです。申し訳ございません、こんな私には、もうサイトで眼鏡ネタを書く資格などありません。全国眼鏡男子に萌える会会長の座は二号たんに譲ります。二号たん、あとは頼んだ。

*

そうして、眼鏡への情愛を犠牲にしてまでたどり着いたのは、福井県小浜市の蘇洞門めぐり遊覧船乗り場でした。オフシーズンの平日だったおかげで、その時間の便に乗ろうとしている観光客が私1人しかいません。受付のおじさんに「本当に乗るの?」と何度も嫌そうに聞かれつつも、めげずに貸し切り状態の船に乗り込みました。おじさんはそんな私を殺意のこもった目で見ていましたが、5分待っても他に誰も来ないのを確かめると、ついに観念して、しぶしぶ出発してもらえました。なんか、いまここで私が海に落ちて死んでも誰も気づかないんじゃないかという孤独感がひしひしと押し寄せてきます。

しかし、風景自体は素晴らしかったです。個人的には松島、浦冨(鳥取)と並んで日本3大海岸線に数えても良いのではないかと思います。地層がむき出しになった絶壁が何キロも続いている様子はまさに壮観でした。

お土産物やさんで食べた焼き鯖寿司も美味しかったし、心満たされて小浜駅に帰ります。ところで、漁港のある街といったら、よく「密漁禁止」「サーフィン禁止」等々のマナーの悪い観光客を牽制するための看板が出ているものですよね。小浜駅近辺の海沿いには、ひと味違った禁止系看板がありました。

……密航?!
拉致されたり密航されたり、日本海側の人は何かと大変なんですね。
 

1:04 2004/11/17【乾燥地帯】

うちの冷蔵庫の右奥のほうには、決して開けてはいけない禁断の地がありました。それは1つの大きめの丼の中。確か、1年前に作ったタケノコの煮物がその中には入っているのです。1年間放置されている間に、いったいどれだけの微生物たちが繁殖して不思議なアナザーワールドを形成しているのだろう、と考えるだけでも恐ろしく、いつも見て見ぬふりをしていました。

しかし、永遠に逃げ続けるわけにはいきません。いつかは外に出して捨てなくてはいけないのです。今日ついに、その禁断の扉が開かれました。軍手をはめて息を止め、もう何が起こっても大丈夫なくらい心の準備をして、腐海のフタを開けてみたのです。

あれ?

その中は。色とりどりの不思議な生物で敷き詰められ……ているという予想とは全然違っていました。なみなみと注がれてあったはずの煮汁は全て蒸発し、器の奥のほうにちょこっと、かつて醤油とタケノコだったと思われるカチカチの塊が1個あるだけでした。そして、ちょっと軍手で触ってみただけで、その乾燥した塊はぽろっと取れて、あっけなくゴミ箱の中へと葬られました。嫌な臭いもなかったし、びっくりするほど簡単に処理が終わってしまいました。

きっと、作ってから3ヶ月目くらいにはアナザーワールド最盛期を迎えていたのでしょう。湿度の低い冷蔵庫の中で1年間も放置してしまったおかげで、腐海の植物ですら生息できない過酷な環境となってしまい、結果として臭気の被害を防ぐことが出来たわけです。

というわけで、うちの冷蔵庫の左奥には4ヶ月前に作った手羽先の煮物が放置されているのですが、この存在のこともしばらくは頭から抹消しておいて、あと8ヶ月くらい待ってカチカチに乾いた頃に対処方法を考え始めようと思うのです。
 

0:41 2004/11/15【今日ショックだったこと】

(旅日記の更新は一時お休みです)

肌寒くなってきたのであったかいスープでも飲みたいなーと思って、圧力鍋に鶏ガラとネギ、にんにく、生姜を放り込みました。ぐつぐつ煮込んでいる間、具になりそうな他の野菜を刻んだり、空腹に耐えかねて冷蔵庫に常備してあるチーズをかじりながらウイスキーをごくごく飲んだりして出来上がるのを待っていました。

2時間後、スープは美味しそうに煮えてきたし、私もいい感じに酔っぱらっていい気分になってきたので、鍋を火から下ろして、余熱がとれてからフタを開けます。鶏と香味野菜のバランスのとれた香りの蒸気が台所に漂ってきました。そして……。

なぜか次の瞬間、私は無意識に、圧力鍋の中身を流しに置いたザルの中へと一気に流し込んでいました。気づいたら時既に遅し、2時間分のダシのとれたスープはあっけなく下水へと吸い込まれていきます。ザルの中に残ったのは、文字通りうま味成分の完全に抜けてスカスカになった鶏ガラだけでした。

今更新しいスープを作り直す気にはなれないので、お腹空いたけどもう寝ます。お酒ってこわい。やっぱり禁酒するべきなのでしょうか。うー、今度こそ、今度こそ本当に禁酒を!(30回目くらいの決意)
 

20:48 2004/11/09【北陸旅行記4・兼六園】

今回の旅行は「まだ行ったことのない県に行く」というのがコンセプトだったので、既に行ったことのある富山県では途中下車せず、ひたすら南下です。そんなこんなで、今回のメイン目的地である金沢に着いた時には夜になっていました。安旅館に素泊まりして、朝一番に兼六園に向かいます。

ところで、私の故郷である水戸には、兼六園、岡山後楽園と並んで日本三大名園の一つである偕楽園があります。しかし、水戸市民に聞いてみると、口を揃えて「偕楽園は数合わせで三大名園に入れてもらっているだけだし」「他の2つに比べると桁違いにしょぼいし」「しかも水戸は日本三大ブス産地だし(これは偕楽園とは関係ない)」と自虐するのです。私としては偕楽園でも十分広くて綺麗だと思っていたので、それなら残りの2つはどれほど凄まじく美しい景色が広がっているのだろう、とワクワクしていたのです。

期待に胸を膨らませながら兼六園の門をくぐります。そこにはもう、信じられないくらい風流で深遠な風景が……。


(一見して普通の噴水に見えますが、日本最古の噴水だったりいろいろあるそうです)


(一見して普通の灯籠に見えますが、琴柱の形を似せてあったりいろいろあるそうです)


(一見して普通の橋に見えますが、謡曲『石橋』をモデルに作ったりいろいろあるそうです)

……あれ?

いや、普通に趣のある素敵な風景だとは思いますよ。写真もたくさん撮れたし、来て良かったと思います。だけど、なんかちょっと想像とギャップがあります。確かに広いし見所も多いけど、「桁違い」は明らかに言い過ぎじゃ。

えーと、偕楽園、捨てたもんじゃないですよ。水戸の皆様、もうちょっと自分の故郷に自信を持ってください。そしてそれ以外の皆様も、水戸市民が自虐的なことを言っていたらフォローしてあげてください。

この様子だと、水戸が「日本三大ブス産地」だって説もきっとデマですよね。うん、デマに違いありませんので、私ももうちょっと自分に自信を持ってもいいですよね! ね?
 

22:22 2004/11/07【北陸旅行記3・フォッサマグナ】

次に目指したのは糸魚川市。ユーラシアプレートと北アメリカプレートが衝突し、日本列島を東と西に二分している大断層、糸魚川-静岡構造線ことフォッサマグナの見える場所です。

小学生の頃、NHK特集「地球大紀行」で大陸移動説を教わって以来、地学のお話に興味を持つようになりました。重い大陸が年々動いているなんてロマンを感じるじゃないですか。偶然が重なって人間が住むことのできる今の自然環境が出来た、その痕跡となる地形を見て遙か太古を想像するのは楽しいです。その。大きな断層なんて、東京ではなかなか見る機会がありませんから、ワクワクしながらジオパークを目指したのです。

で、↓これが念願のフォッサマグナ。

えー、中央の縦の線がそうらしいんですけど、明らかにこの線、胡散臭いだろ。コンクリートか何か流してあるだろ。一応この線の向かって右側が北アメリカプレート、左側がユーラシアプレートらしいのですが。

ごめん。言ってもいいですか? 全然分かんねーよ!
  

1:18 2004/11/07【北陸旅行記2・親不知】

さて、上越線から信越本線に乗り換えて、次の目的地、かつて北陸道の最大の難所だった親不知を目指します。北アルプスが日本海に沈んでできた崖が続いていて、昔は多くの旅人が命を落とした場所です。

川口町、小千谷市など、先日の新潟県中越地震で大きな被害を受けた地区も通りましたが、私が通り過ぎた時はどこまでも田園風景の広がるのどかな土地、というイメージでした。一刻も早く復旧作業を終えて、平穏な生活を取り戻して欲しいものです。

さて、親不知に行きたいと思ったのは、この曲(midiが自動演奏されます)が好きでその舞台の土地を見てみたかったからです。特に曲の記念碑や資料館などがあるわけではありませんが、目の前に広がった風景は歌を聴いてイメージしていた通りでした。駅周辺の海岸線を1時間ほど歩いてみると、確かに片側は海、もう片側は垂直に近い崖。どれだけ険しい崖かというと、高速道路は陸地のどこにも作れなくて、仕方なく海上の高架を走っているくらいです。電車や車のない時代に無事に通過するのは至難の業だったことは容易に想像できます。

ところで、家に帰ってから新潟出身の友人に、親不知の海岸を散歩したことを話したら、「あの辺はよく崖崩れが起きて危険」「しかもよく北の国に拉致される」「地元の人は絶対に1人で歩いたりしない」とさんざんに言われました。

えーと、拉致されなくて良かったです。
 

0:01 2004/11/06【北陸旅行記1・土合駅】

先月は山陽、山陰、北陸、北海道と、とにかく旅行しまくっていたのですが、老化のせいで最近記憶力がなくなってきていて、そろそろ旅行の詳細が思い出せなくなりつつあります。今のうちに文章に残しておこうと思いますので、旅行記に興味のない方がいらっしゃったら申し訳ありません。

さて、まずは北陸旅行から。

始発電車に乗って向かった最初の目的地は、群馬県のはずれ、日本一のもぐら駅として有名な土合駅でした。川端康成の「国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった」の舞台となったトンネルの途中にある駅で、地上に上がるのに462段の階段を上らなければいけないという代物です。

なんつーか、私は昔からよく旅で遭難しかける体質なんですよ。真夏の鳥取砂丘で貧血を起こして倒れて、偶然通りかかった観光馬車に拾われたり、ろうそくの明かりだけをたよりに入った鍾乳洞でろうそくが消えてしまって手探りで帰ったり、何度痛い目に遭っても懲りずに好奇心の赴くままに飛び込んで帰れなくなるのが常だったのですが。

まさか駅の構内で遭難しかけるとは思いませんでした。

いや本当だから! 写真だけ見るとちょろい気がするけど、実際行ってみると本当にどこまで続いているのか終わりの見えない階段なんですよ。しかも1段1段が微妙に大きいし。あまりの長さに観念して下ろうとしても、実は足の負担って下りのほうがかかるんですよ。助けを求めようにも他に利用客らしき人影は見えません。これ以上進むことも戻ることも出来ず、階段の真ん中で座り込む私1人。このまま白骨死体で発見されたらどうしようと本気で悩みました。

それでも休み休み歩いて、なんとか1時間後の次の電車には間に合ったのですが、皆さんがこの駅を訪れるときは、キャラバンシューズを履いて、水と食料を携帯して行くことをオススメします。あと、がんばって登り切ったとしても地上には山と川以外には何もありません。
 

9:24 2004/11/03【何もない場所】

近くの公園に散歩に行ったら、小学生くらいの子どもとその母親歩いていました。子どもは好奇心が旺盛みたいで、小走りで母親を急かせながら、全ての花壇をのぞき込んでいます。

やがて遊歩道が二股に分かれている場所にさしかかりました。子どものほうは右に向かって走り出したのですが、母親はその手をつかんで「そっちには何もないわよ」と左の道に引き戻したのです。

「何もない」と言われたほうの道には、実は梅林がありました。確かに今の時期、花は咲いてないし実もなってないし、見るべきものは「何もない」のかもしれません。だけどそれは、大人の話。先入観のない子どもにとっては、たとえ荒れ地の土や雑草の中にも、いろいろ価値あるものを見いだせたかもしれないのに。

私も日々の生活に追われるようになって、小さい頃と違って足下の石ころや道を歩くアリは「見えなく」なってしまいました。でもせめて、秋の梅林を見て、色づいた葉に季節を感じたり、やがて春が来た時の風景に想いを馳せたり、そのくらいの視力は失わずにいたいものです。
 
 
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