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21:12 2004/06/30【ボケ】

片手にコーヒー、もう片手にSuicaを持って駅の改札を抜けようとしたのですが、ボーッとしてたのか、なぜかSuicaじゃなくてコーヒーのほうをかざしてしまって当然の如くゲートは開きませんでした。

しかも、なぜゲートが開かないのかしばらく理解できなかった。
 

22:49 2004/06/29【価値観】

たまに、フッ君もまだまだ青いなーってニュアンスで
「ああ、私も昔は君と同じようにAだと思ってたよ。今ではやっぱりBだったと思い直したけどね」
と言いたくなることがあります。

でも思い切って言ってみると、
「え? 私は昔はBだと思ってたけど、今ではやっぱりAだったと思い直したよ。青いのはあなたのほうじゃない?」
というふうに言い返されてしまうのです。

ああそうか、ついつい私たちは、先に抱いた考えのほうが間違っていて後に抱いた考えのほうが正しい、と思いこんでしまいがちですけど、でもそうとは限らないんだなあ、と思い知らされる瞬間です。成長の過程なんて人それぞれ。共通してるのは、みんなまだまだ発展途上だということ。正解なんて存在しないのかもしれないし、もしもあるとしたら、それはAでもなくBでもなく、遙か遠くにしかない、ていうこと。

だから私たちが普段目を血走らせて争っているような価値観なんて、目くそが鼻くそを笑ってるようなものなのかもしれませんね。
 

2:04 2004/06/29【殺人未遂、というか】

試験ラッシュがちょっとだけ一段落ついたので、暇つぶしも兼ねて久しぶりに裁判でも傍聴してみようかなーと思い、東京地裁に立ち寄りました。ちょうど傍聴券を配り始めている時間だったので、適当な券をいただいて中に入ったわけです。

この時点で分かっていたのは、今から自分が見ようとしているのは「殺人未遂罪」に問われている人の裁判だ、ということのみでした。殺人未遂って言われて、どういう状況を思い浮かべますか? 暴力団の仇討ち抗争か、はたまた男女の痴情のもつれか、せいぜいそのくらいしかイメージできませんよね。

しかし、裁判開始後の第一声が、弁護士さんのこんな台詞でした。

「前回は、被告のグループがアメリカ大使館に武装して立てこもり、人質を取ったところまでお聞きしましたけど、今回はその後日本政府に対し、仲間の釈放を要求する声明を出したところからお願いします」

……えと、あの、それ、一体いつの時代のどこの国の話ですか? あまりにも予想の域を超える非日常に、思考回路がフリーズしかけました。その後も「日本が○○して、アメリカが××したから、マレーシアは△△した」等々、描写の単位が「人」じゃなくて「国」ってどういうスケールの広さなんですか。

要するにこれ、1975年に日本赤軍が起こしたクアラルンプール事件(参考)の裁判だったみたいです。てことは、今喋っている和泉さんって被告は、せせせせ赤軍の偉い人? 被告の旧友っぽい他の傍聴人たちも、赤軍関係者? うわぁ、私みたいな無関係のノンポリがこんな所に来てしまってすいません殺さないでください助けてください(赤軍に対するものすごい偏見)。

言われてみれば確かにこの被告、50歳過ぎなのに背筋がぴんと伸びていて、目はきりっと鋭く、ただ者じゃないオーラを発しています。説明は常に過不足なく、いかにも頭の回転が速い切れ者という印象でした。テロを容認するような危険思想さえ持っていなければ、普通に社会で成功してたんじゃないでしょうか。だからこそ75年当時は、そのカリスマ性で人を惹きつけていたのだろうと想像できます。

ところで、よく考えると75年の事件がなぜ今地裁で裁かれてるのだろう?
最高裁ならともかく、地裁ってことは逮捕されたのはせいぜい今から2、3年前です。とっくに時効が成立しているはず。と不審に思って調べてみたら、国外にいる間は公訴時効が進行しないそうですね。彼らはレバノンに潜伏していたので、事件から25年も経ってからでも逮捕出来たのです。

成程、裁判傍聴って勉強になりますね。また暇になったらふらっと行ってしまいそうです。ただし次のときは出来れば、「アメリカ大使館に立てこもり」とか「日本政府に声明」とか別世界の単語が出てこない、もうちょっと普通のやつがいいなぁ。
 

13:06 2004/06/23【シングル】

フラッと入った雑貨屋さんで可愛い食器を見つけたので、自分用にとコップとお皿を各1枚ずつ購入しました。

買い終わってからふと辺りを見渡すと、私が買った食器があったのは実は「ウエディング新生活応援フェア」をやっているコーナーで、他の客たちはみんなカップルで入店して2個ずつ買っていたことに気づきました。

レジのお姉さんに哀れむような目で見られた理由が分かりました。
 

23:55 2004/06/17【保険証】

父の職場が6月から変わり、その関係で保険証も変わりました。25歳にもなって無職の私を扶養家族として認めてもらうのにけっこう面倒な手続きがあったため、切り替えるのに2週間以上かかってしまって、先日やっと新しいのを手にすることが出来ました。

つまり今月前半は、保険証なしで生活しなくちゃいけなかったわけです。
普段は保険証なんてあってもなくても大した影響はないのに、「今病院に行ったら実費を払わなきゃいけない、そんなお金ないから病院には行けない」と思うと、そのような時に限って昔治療した歯が突然痛み出したり、持病のじんましんが悪化したり、大いに実害の出るレベルの不眠症になってしまったり(試験の前日など一睡も出来なくて困りました)、身体のあちこちが不調を訴えるのです。

あと少し、あと少しで手続きが終わるはずだからその時まで我慢しよう、と自分に言い聞かせながら2週間。やっとのことで保険証が手に入り、もう好きなだけ病院に行ってもいいんだ!と思った瞬間。
案の定、歯の痛みはピタリと止まり、じんましんも嘘のように収まり、寝付きも良くなってしまいました。この分だと、次の日曜日にある試験も、前日に睡眠薬など飲まなくてもちゃんと眠れそうです。

なるほど、さすが国民の健康を守ってくれる健康保険制度。ただ保険証を手にするだけで、健康回復にこんなにも直接的な効果が。
 

3:03 2004/06/17【価値自由とサイトの「アバウト」】 

ウェーバーの「価値自由」についての文章を書く機会があり、参考にとネットでも検索してみたところ、ちょっと誤解している人が多いなあという印象を持った。

あれって厳密には、主観的な信念や価値観で物事を語るのはけしからん!止めるべし!、とだけ言っているわけではないはず。まず、認識に主観が入り込まないようにするなんて不可能だ。だから逆に、自分の持っている価値観をきちんと自覚し、それを宣言してしまうことで、自分を拘束する価値観から距離をとることが出来るのではないか、という見解だった。つまり、物事を論じるときの倫理的な態度の問題であって、文面それ自体が客観的かどうかという問題が本題とは言えない。(※間違ってたらすみません>専門の方)

卑近な例で説明するなら、「カレーは素晴らしい」と言うのはいわゆる悪しき主観的意見だけれど、「私は辛い料理が好きなので、カレーは素晴らしいと思う」という言い方にすれば、辛い料理が嫌いな人にも納得してもらえる。論理以前の生理的な感情をあえて表に出すことにより、かえってその感情を共有してない相手を許容する余裕が出来てくる。

だから、サイトの「アバウト」を充実させて、好きなCDだの小説だのを列記するのは、価値自由的には意味があるんじゃないだろうか。自分が何が好きで何が嫌いであるのか、あらかじめ堂々と公言していたほうが、無理に中立的になろうとするよりも、異なる意見を持つ人との意思疎通がしやすくなるかもしれない。
 

そんな訳で公言してみると、私は眼鏡が! 男性の眼鏡が! 大好きです!
 

3:02 2004/06/16【ホメオスタシス】

性悪説ってのはつまり、人間の集まりを放っておくと、各々のエゴのせいでどんどんバラバラになっていってエントロピーが増えていく世界だと考えると分かりやすい。それに対して性善説は、人間の集団にはホメオスタシス機能があって、全体がまとまって整う方向に力が働くという考え方。

誰の著書だったか忘れたけど、「命」というのは宇宙で唯一、他の力に逆らってエントロピーを縮小させる方向に働く魔法の力だ、という文章を読んだことがある。確かにそうだ。細胞は周りの環境から雑多な物質を取り込み、酵素によって目的の物質に作り替え、整然とした配置に置き換える。更にその細胞も、決められた通りに並んで器官を形作る。一方、風や波はただ土地を削り遠くにばらまくだけである。

人間の集団だって「命」のはずだ。だから本来は、平穏を維持しようとして、たまにほつれが生まれてもすぐ修正されてまとまっていくような、そんな魔法の力を持っていてもいいんじゃないだろうか、性善説って意外とアリなんじゃないだろうか……と、もうしばらくは信じていたい。
 

0:54 2004/06/15【出来ないことと知らないこと】

子どもの頃、「し」の発音が上手くできなかった。
自分ではきちんと発音しているように聞こえるのに、骨伝導と空気伝導の差なのか、他の人には「ひ」としか聞こえなかったそうだ。

「ほら、し、って言ってごらん」
「ひ!」
「そうじゃなくて、し!」
「だから、ひ、て言ってるでしょ!」

こんな不毛な会話を幾度となく繰り返しながら、母は私の歯並びが悪いのがいけないのか、はたまた言語中枢に何か異常があるのかと相当悩んでいたらしい。
しかし、実はその原因は、歯を半閉じのまま声を出していたというだけのことだったので、正しい歯の位置を教わった途端にあっけなく「し」と言えるようになった。発音が「出来なかった」のではなく、歯を閉じなければいけないことを「知らなかった」だけなのだ。

同じくらいの時期、娘の自転車の運転がいつまで経ってもフラフラしていておぼつかないことも、我が母の心配の種だった。ところが、ある日たまたまイライラして「何でそんなにフラフラしちゃうのよ!」と怒鳴りつけたところ、瞬時にまっすぐ走り出したそうだ。どうやらそれまで、「自転車はなるべくまっすぐに走るべきだ」ということを「知らなかった」らしい。

ちまたに溢れてる「出来ない」の中には、実は潜在能力はあるのに上手くやる方法を「知らない」だけってことが相当含まれているのではないかと思う。思い切って方法を聞いてみれば、あるいは教えてあげれば、少しだけ世の中生きやすくなるんじゃないだろうか。

とりあえず誰か私に「モテる方法」を教えてください。
潜在能力がないので無理、という意見は却下の方向で。
 

23:18 2004/06/09【そうだ上高地に行こう】

またもや衝動的に1人で旅に行ってきました。今度は上高地です。朝起きたら陽射しが爽やかで、初夏の風が私を呼んでいるような気がしたので、足早に出かけました。決して現実逃避ではありません(10日後にまた試験があります)。

今回もバスツアーだったのですが、平日に参加する人って定年退職後の老夫婦ばかりなんですね。明らかに私だけが浮いてました。ひょっとして素敵な眼鏡男性と出会えるかも……なんてほのかな期待を抱いていたわけですが、残念ながら視界に入るのは素敵な(?)眼鏡老人だけ。ちっ。
隣の席に座った素敵眼鏡老人は、地図を見ながら「この池は4、50年前はもっと広かったけど、2、30年前くらいから干上がってしまってねー」などと、やたら時間のスケールの大きい説明をしてくれました。70年以上生きてる人にとっては、10年も誤差の範囲内なのか。

さて上高地のある安曇村は、名作エロゲー「果てしなく青いこの空の下で」の舞台になっている地なのですが、微妙にそのエロゲのーの元ネタになってる神社や石を見つけては心の中でそれぞれのエンディングを思い出して涙していました。雨音萌えー。 今回のコースは自由時間が4時間と長く、普通の日帰りではなかなか行く機会のない明神池にまで足を伸ばすことができました。心配していた天気も、幸運にも晴れ。やや雲があって北アルプスの山頂は隠れてしまっていたけど、絵はがきで見た通りの雄大な自然の風景を見ることが出来ました。

野生の猿がかわいいんですよ。人間に餌付けされていないかわりに追い払われもしないので、人が近づいても逃げるわけでも餌をねだるわけでもなく、空気のように気にせずそのまま生活しているのです。おかげで食べるものを探して川を浚っている様子を間近から見られました。調子に乗って近づきすぎたら「キキーーッ!」って怒られたけど。

帰りがけには地元の酒造にも寄って、いろいろ試飲させてもらい、気に入った地酒を数本購入しました。今こうやって無事に家に帰ってきたわけですが、現実に帰るのが怖くて、郵便受けに試験結果の通知が来てるかどうか確かめられません。とりあえずこの酒を飲んで問題を先送りしようと思います。かんぱーい!
 

2:09 2004/06/09【リハビリ】

去年の暮れくらいから、好きだったはずのCDを流すとなぜか気分が悪くなってしまって最後まで聞けないという謎の症状に悩まされてました。しかしそろそろ音楽の聴き方を忘れてしまいそうで、怖くなってきたので、重い腰を上げてリハビリを始めることにしました。

まず手始めに、10歳の頃にピアノ教室で習ったクレメンティのソナチネ。耳よりも指で覚えているブルグミュラー。ヘッドフォンのくすぐったい感触に慣れてきたら音量をぐっと上げて、12歳になって解散してから初めて知ったレベッカ。14歳の頃、1枚のCDをクラス全員で回し聴きしたB'z。15歳を前後して、恥ずかしながら黄色い声を上げて追いかけていたビジュアル系、当時は新曲が出るたびに無邪気に感嘆していた小室哲哉プロデュース。16歳の私の人格形成にじわりじわりと影響を与えたスパイラルライフ。そのスパイラルライフのボーカルが「尊敬するアーティスト」として挙げていたというだけの理由で買ってしまったマイブラとレイジ。過去から現在まで、自分の嗜好の変化を巻き戻し、早送り再生でもう一度なぞってみます。1年を5日くらいにぎゅっと濃縮して、どこかで落としてきたものがないかどうか確かめながら、何を想ってどんな音に惹かれていたのか追体験してみます。

今のところ、18歳のところまで追いつきました。あと1ヶ月もすれば、25歳まで追いつくでしょうか。そうしたらまた新しいCDを買いに行こうと思います。
 

23:59 2004/06/06【そうだ尾瀬に行こう】

就活もたけなわな今日この頃、現実逃避に旅に出たくなりました。各旅行社のツアーを調べてみたところ、尾瀬へお弁当付きで日帰り5000円台という破格のバスツアーを発見したので、ふらりと一人旅に行くことにしました。

直前に決めたことなので、用意なんて全然してません。せめて出発の前日には荷造りを終わらせるつもりだったのですが、好きなサイトを巡回してるうちにいつの間にか眠ってしまって、結局当日の朝になってやっと準備を始めることになりました。

準備その1……最後に見たのが2年前のキャラバンシューズを探す。
→天袋の奥から無事発見!

準備その2……1年前、風邪で3キロ痩せた時に買って、リバウンドしてからは怖くて一度も履いてないジーンズが履けるかどうか確かめる。
→ちょっとウエストが苦しいけどなんとか履けました!

カジュアルな服装が嫌いなので、これ以外にはスニーカーもジーンズも持ってないのです。もし、その1その2の準備で挫折していたら、スカートとハイヒールで尾瀬に行かなくちゃならなくなるところでした。あぶないあぶない。というかせめて前日のデパートが開いてる時間に確かめておけよ自分。

*

尾瀬は群馬県、福島県、新潟県にそれぞれ入り口があるのですが、今回は一番ポピュラーな群馬県の鳩待峠から入山しました。一時間ほど坂道を下ると、やがて杜が途切れて、一面に広がった湿原が迎えてくれます。

運良く晴天で、水芭蕉も見頃を少し過ぎてはいましたが、まだ十分咲いていました。うん。素晴らしい。綺麗な風景を見て、綺麗な空気を吸いながら飲むビールは最高!

ちなみにここのビールは高山価格なので、グラス650円です。これを2杯飲んでる時点で、苦労して安いツアーを探した意味が全然なくなってる、という突っ込みは却下します。

*

ところで尾瀬って、さすが国立公園だけあって、全国各地から観光客が訪れるんですね。私が確認した限りでは、同じ日に名古屋、福岡、沖縄からのツアー客が来ていました。休憩所で周りの会話に耳を澄ませていると、いろんな方言が入り乱れていて面白いです。隣に座っていたおばさん2人組の会話は、明らかに日本人なのに「だjsgんhば尾瀬っtsけrtぃ水芭蕉sにkwrか?」としか聞こえませんでした。思わずどこから来たのか聞いてみたくなったけど、「あjでsば出身hかgfrね」とか返ってきても反応に困るので止めておきました。

往路は下り坂だったので、当然復路は上り坂。日頃の運動不足に加えて酒が入ってるせいもあり、かなり疲れてぜーぜー言いながら上っていました。そんな私を、杖をついたおじいさんとおばあさん数十人の軍団が軽々と追い越していきます。ま、負けた! 老人速いよ! 杖ついてるのに! 彼らは一体何者だったのでしょうか。来る高齢化社会も彼らがいれば安泰のような気がします。体力のない20代(例:if)よりよっぽど労働力になりそうなのですが。

*

そんなわけで、日帰りだけど「旅をしたい欲」は十分に発散することができました。お土産に買ったワインを抱えて満たされた気分で家に帰り着いたら、郵便受けにはこの前受けた会社の不合格通知が届いていました。……ただいま、現実。
 

22:05 2004/06/05【予言】

二十歳前後の時、二の腕や太ももがむくんでいるのが悩みでした。いくらダイエットして体重を落としても、そこらへんのムチムチ感は全然直ってくれなくて、ものすごいコンプレックスでした。

「今はちょうどホルモンの関係でそういう風になる時期なんだよ。あと5年くらい経って、社会人になったら、自然とスッキリしてくるもんよ」

母は、鏡の前で拗ねている一人娘を見かけるために、そう言って慰めてくれました。でも私としては、他人事だと思って気休め言うな、と思ってしまって余計にムカついていたものです。

それから5年経ったわけですが、確かに体重はそんなに変わってないのに、当時に比べてだいぶむくみはマシになった気がします。やっぱりホルモンだかなんだか知らないけど、人によって肉の付き方が変わる時期ってあるのかもしれません。あと5年経ったら、という母の予言は正しかったみたいです。

社会人にはまだなってないけどな。
 

0:11 2004/06/03【ベルギービール】

最近、ずっと使っていたビール用のグラスが突然底が抜けてしまったため、焼酎用のロックグラスで無理矢理ビールを飲んでました。

しかしビールっていうのはのど越しが命、小さなコップでちびちび飲んでいても美味しくないのです。やっぱり大きなグラスでぐいっと飲まないと!ということで、どうせなら前から欲しかったベルギービール専用グラスを注文してしまいました。無職にとって送料込み2000円という値段はけっこう痛いのですが、ビールのおいしさには変えられません。

さきほどついに、注文していたグラスが届きました。期待通りの美しいフォルムとどっしりした持ちごたえにウットリ。さっそくビールを飲もうと、酒屋に向かいました。

……あれ? お金がない?
ああ、そうか、さっきグラス代を銀行で振り込んだからか。
仕方ない、一番好きなシメイホワイトは諦めよう。
ええと、今この財布の中身で買うことが出来るビールといったら……。ああ、そうだ。明日の朝の駐輪場代は残しておかなくちゃいけない。すると今買えるのは……。
 
 
 
 


↑発泡酒だけでした。

お金の使い道を力一杯間違えている人がここいいます。
 

14:12 2004/06/02【新しい言葉】

正直、英語は嫌いです。短期留学をしてたおかげで英語好きのイメージがあるようですが、実際は中学生の時から苦手な科目で、今でも辞書がないと案内標識さえろくに読めません。

ところが、「全部英語」で話されるより「日本語と英語半分ずつ」で話されるほうが疲れるのです。本来なら、半分日本語で話してくれれば負担が半減してもいいのに。時々帰国子女などでそういう話し方をする人がいますが、「どうせなら頼むから英語オンリーれ喋ってくれ!」と切に思います。どうやら頭を「日本語モード」から「英語モード」に切り替えるのって、純粋な英語を理解しようとする時よりもずっと体力を使うみたいなのです。

以前、「学問とは1つの言語体系である」ってことをこの日記に書きましたけど、2つの分野にまたがって研究をしている人はいわば「日本語と英語の切り替え」をもの凄い頻度でやらなければいけないわけで、そのとき費やされる労力は測り知れません。おそらく全く知らない分野の論文を無理矢理書く方が、知ってる分野と知らない分野の中間的学問の論文を書くよりも、まだ簡単なんじゃないでしょうか。

しかも、いつまでも翻訳を繰り返しているだけでは、それは2つの分野を融合したとは言えません。学際的な学問を切り開くというのは、いわば日本語と英語の特徴を兼ね揃えた「新しい言語を作る」のと同じくらいの技術を要求されるわけで。

実は私は学生時代、哲学と科学の中間みたいなことをやろうとして挫折したのですが、今思うととんでもない身の程知らずでした。英語どころか日本語すら正しく使える自信がないのに、両者の中間の新しい言語を作ろうだなんて論外です。

大学をやめて苦手な英語の授業からは解放されたけれど、社会はきっと更にもっとたくさんの分野が混沌としながら渦巻いてます。法律語、経済語、経営語云々、これからも「語学」から解放されることはないのでしょう。異分野を結びつけるのには両分野に精通しなきゃいけないんだ、という、誰でも知ってる教訓を納得するまでに大学院に払った金額は100万円。高い授業料でした……。
 
 
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