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0:14 2003/07/31【夏合宿SS・その3】

これで完結です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

その外湯にたどり着いたのは全くの偶然だった。もともと行こうと思っていた有名な温泉が臨時定休日で、仕方なくその辺をドライブしている途中に、何やらあやしげな看板を見つけたのだった。
「魔法の温泉、だってさ。何が魔法なんだろう」
「気になるよね。入ってみる?」
それなりの広さがあるのにガイドブックには載っていない。出来たばかりの綺麗な建物だったので、オープンした直後なのかもしれない。だとしたら、ちょうどいい穴場を見つけたってことになる。私たちは、良い話のタネを見つけたとばかりに立ち寄ってみることにした。
1人1500円を払うと、男女別れて更衣室に入る。ぱっと見た感じでは、特に変わり映えのしない普通の風呂だ。新しいだけあって綺麗だけど、内湯と露天風呂とサウナがあるだけで、魔法という名前にそぐった施設は見つからなかった。、まあ、それでも温泉は温泉だ。微かに硫黄の匂いがする湯船に浸かりながら空や緑を眺める気分の良さには変わらない。さっと身体を流し、水面に足を差し入れる。少し熱めのお湯に、顔や首筋からじわじわと汗が吹きだしてくるのが分かる。
その時、ふと半透明のお湯の中でゆらゆら揺れる自分の身体を見ると、皮膚に異変が起こっていることに気付いた。汗と一緒に、何か黒い痣のようなものが胸のあたりに浮かび上がってきたのだ。最初は薄いしみだったそれは、だんだん色を濃くし、文字として読みとれるようになった。清……清志、と書いてある。私は慌ててその部分をタオルで隠して、死角になりそうな隅っこに移動した。
清志とは、今回の旅行のメンバーの1人だ。そして私が密かに憧れている人でもあった。だけど同時にみんなが憧れている人でもあって、それ故に今以上の何かを望もうとは思えないし、一緒に旅行出来るというだけで大きすぎる幸せだと思っていた。そんな名前が今、はっきりと描かれている。これは一体何を意味しているのだろう。
文字の輪郭は、剥がれかけたかさぶたのように皮膚から少し浮いていた。爪で引っ掻いてみたところ、簡単に取れそうだ。ぴりぴりと剥がしてみると、あっという間に水に溶けてなくなってしまった。
よく見てみると、周りの人たちも、しきりに肌を引っ掻いて何かを剥がすような仕草をしていた。しかし、みんなの皮膚は肌色のままで、痣やしみのようなものは見えない。もしかしてこの文字は、本人以外の目には見えないのかもしれない。
風呂から出て服を着て、ロビーに再び集合してからも、誰もさっきの奇妙なな現象について喋らなかった。今後の予定とか当たり障りのない話題を選びながら、お互いに牽制し合っている。秘密を共有しているような、こそばゆい空気が流れていた。本当は温泉の中で起こったことについて話してみたいけど、自分だけだったらどうしよう、書いてあった文字の内容を訊かれたらどうしよう、と思うと言い出せない。
「俺さ」
「ん?」
「転職しようと思うんだ」
突然哲朗が言いだした。彼の今の会社は、話に聞く限りではひどく封建的で、私たちは何かあるたびに辞めたほうがいいと助言していた。その助言を頑なに拒んで留まっていた彼が、どうして急に心を翻したのだろう。ひょっとして、彼の肌には新しい職種とか、仕事に関係ある言葉が書いてあったのかもしれない。
「いいんじゃない。応援するよ」
顔を見合わせ頷きあうと、フッと緊張の糸が解れ、笑顔が自然とこぼれてくる。根拠もなく行く手を阻んでいた数々のしがらみが、頭の中で支えを失って崩れていく。支柱を維持していた接着剤は湯の中で溶けてしまったのかもしれない。今なら、したくでも出来なかったことにも勇気を出して挑戦できるような気がした。霧が晴れたようなさっぱりした気分で腰を上げると、軽やかな足取りでその建物をあとにした。

「ねえ、清志」
一同駐車場に向かって歩いている途中で、最後尾にいた彼にそっと声をかけてみる。
「ん?」
「何て書いてあった?」
清志は一瞬ひるんだあと、一呼吸置いて、照れたような表情で言った。
「お前の名前が書いてあった」と。
 

0:11 2003/07/30【夏合宿SS・その2】

昨晩の記憶は半分曖昧になっている。大部屋に集まって飲んで、隆のバカヤローとか愚痴っていたところまでは覚えているのだけど。気がついたら外は明るくて、テーブルの上はコップや菓子が出しっぱなしでまさに宴の後という言葉がふさわしい様相を呈していた。ぬるくなった日本酒で迎え酒しようとするのを幹事の礼子に止められて、替わりに梅昆布茶の入った湯飲みを握らされた。
頭が痛いのは二日酔いだけのせいじゃない。積み重なった不条理な言葉や納得のいかない出来事の山から逃げるように旅行に来てしまったけれど、やはり東京に残してきた未解決のままの感情が気がかりで、悪性の腫瘍のように脳内に居座っていた。ズキズキと脈打ちながら痛むこめかみの辺りを切り取って捨ててしまいたい。ついでに胸全体を締め付けてくる胃の上の辺りも切り取ってしまいたい。なぜ私ばかりがこんなに苦しまないといけないのだろうか。今頃隆は、新しい彼女と楽しく遊びに行っているに違いないというのに。

眠い目をこすりながらも旅館をチェックアウトして、今日の最初の予定である遊覧船に乗ることにする。強い陽ざしで目がとろけそうだ。湖のほとりまでくねくねした山道を車で走ったのがいけなかったのか、それとも遊覧船自体が強い風に煽られて横揺れしていたのがいけなかったのか、胃の気持ち悪さはいっこうに良くならなかった。
「私はここで休んでるから、気にしないで」
みんなが甲板に出てはしゃいでいる間、私は冷房の効いた室内で、窓の外の風景をボーっと眺めていた。すぐそこにあるはずの水面がすごく遠くに感じる。録画された映像を観ているみたいた。そこから流れ込んでくる飛沫の音や向こう岸で揺れる木々のざわめきが、本当は何日も前に起こっていて、ゆっくりゆっくりと神経を上ってきたのがやっと大脳に達したみたいな違和感を感じた。
「沙織も外に出ようよ、気持ちいいよ」
目を瞑ってうとうとしようとしていた時に、ふと礼子に腕をひっぱられた。あまり気が進まなかったけれど、せっかく安くないお金を払ったんだし、元を取るためには甲板を一周ぐらいしておくべきなのかもしれない。のろのろと立ち上がり、舷側についた扉を開けた。
「わっ」
予想外に大きな音とともに強い風が顔面を直撃したので、驚いて声をあげてしまった。一歩踏み出すと、ますます強力な空気の塊が吹き上げてきて、ふらふらしていると飛ばされそうだ。あわててハンドバッグを持ち直し、スカートを押さえる。
足を踏ん張りながら歩いて船首にたどり着くと、細かい波に反射した7月の陽ざしの破片が吹き付けてきた。鋭い破片は細めた目の瞼も通り抜け、さっきまで感情の周りを守るように覆っていた薄い膜も突き破り、全ての感覚の源となっている部分に突き刺さった。
「ねえ、記念写真撮ろうよ」
礼子に言われるまま全員で手すりの前に並んで、近くを歩いていた親子連れにカメラを託す。私はとっさにコンパクトミラーを確認して、思わず吹き出してしまった。風で完全に逆立った髪に、寝不足と二日酔いで目の下にできた隈。我ながら酷い顔だ。
「何してるの沙織? 髪型チェック? 無駄無駄」
そういうみんなの頭も、揃いも揃って大変なことになっていた。一同が互いの姿を確認して大爆笑した瞬間、シャッターが降りた。
 

12:14 2003/07/29【夏合宿SS・その1】

某所で書いたお話の転載します。全部で3つあります。
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「そろそろ花火の時間だよ。旅館に帰って窓からゆっくり見ようよ」
わたしが袖を何度も引っ張るのもおかまいなく、哲ちゃんはずんずんと歩き続ける。時計は、もう午後8時の5分前を指していた。
「ねえったら、早く戻らないとみんな心配するよ」
「いい場所を見つけたんだ。可奈子も来いよ」
哲ちゃんはわたしの声が聞こえているのかいないのか、意味深に目配せをして、ためらいもせず細い路地に入って行った。慌てて後を追う。突き当たりの垣根をそのままくぐり抜けて、人気のないコンクリートの建物の中に窓から進入した。旅館の浴衣のままだったので、足が思うように動かずにもどかしい。
「つかまって」
哲ちゃんは見かねて手をさしのべてくれた。わたしが必死でしがみつくと、一瞬のとまどいの後に強く握って引っ張ってくれる。身体が浮いた隙になんとか体勢を変えて重心をずらし、滑るように中に入ることが出来た。
「ここ……廃校?」
「みたいだな」
数々のわき上がる疑問符を強引に捻り伏せるように、哲ちゃんはどんどん階段を進んでいく。その背中に一抹の不安を覚えながらも、今となっては1人で引き返すのも怖いし、ついていく以外にない。速度を弛めることもなく、2階、3階、と息を切らしながら上っていく。上りきったところで待ちかまえていた金属のドアを開けると、涼しくて心地の良い風が流れてきた。そこは低い金網で囲まれた屋上だった。
「わあ……」
目の前には雄大な湖が視界いっぱいに広がり、更に向こうには富士山が佇んでいる。
ドドドド、とお腹に響く音が鳴り、空に色とりどりの花が咲き始めた。花火大会がスタートしたのだ。この場所からだったら、他の建物にも行き交う人の声にも妨げられず、間近で花火を鑑賞できる。空と湖を独り占めしたような気分になれる、まさに特等席だった。
「間に合って良かった。な、綺麗だろ」
「うん。でも、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
ひとしきり笑顔を交わし合い、どちらからでもなく手を繋いだ。そしてわたしと哲ちゃんは、しばらく時を忘れたように無数の星が生まれ散っていく様子を眺めていた。
 

13:38 2003/07/28【海】

週末は伊豆に旅行に行ってきました。夏の伊豆と言ったら海。太陽の燦々と照り注ぐ伊東のビーチに繰り出したわけですが、残念ながら私の水着姿は精神的ブラクラになりかねないので大衆の目に晒すわけにはいきません。次々と波間に飛び込むみんなを後目に荷物番を名乗り出で、一人携帯でテキストサイトを巡回したり、砂遊びしながら脳内彼氏の研一さん(35歳眼鏡)と愛を語り合ったりしていました。

研一「何をしてるの?」
if「砂でアート創ってるの」
研一「へえ、ロマンチストだね」
if「そう?」
研一「どれだけ凝ったアートを創っても、所詮砂さ。潮が満ちればあっという間に崩れて壊れてしまうじゃないか」
if「儚いから綺麗なんじゃない」」
研一「いや、目に見えるものは全て儚いんだよ。永遠は目に見えないんだ」
if「永遠って、たとえば?」
研一「分かり切ったことを聞くなよ。僕らの愛のことさ」
if「研一さん……好き……」
研一「ifちゃん……愛してるよ……」

ちなみにこんなアートを創ってました。

(立体的になってます)
 

20:28 2003/07/25【POP】

昔買ったCDを聴き直してみたとき、同じ「懐かしい」でも2種類あるような気がする。1つは、純粋に曲自体を懐かしいと思うとき。ああ、そういえばここのメロディーってこう急激に展開していったっけ。ここのギターソロがかっこよかったんだよなあ、この曲の歌詞はメロディとぴったり合ってて上手いよなあ、と。

もう1つは、曲自体ではなくそれを聞いていたシチュエーションを懐かしく思う時。毎朝寄っていたコンビニで流れていたなあとか、部室で先輩がこのバンドのファンだったからヘビーローテーションで聴かされてたなあ、その頃はこんな生活をして、こんな悩みを抱いていたなあ、とか。

多分後者のような思い出し方をする曲のことを「ポップ」と言うのだろうなと思う。悪い意味じゃなくて。
 

10:59 2003/07/25【つかず離れず】

完全に入りこんでしまえば楽だけど、入るか入らないかという過渡期が一番辛いってことはよくある。たとえば、会社とかサークルとかがそうだろう。その組織になじんでしまえば生き甲斐って言っていいくらい面白くなるけど、友達が出来たり仕事を覚えたり定着するまでの時間は何かとトラブルが多く、辞めてしまいたいと思うこともしばしばあるはずだ。

また、今の私にとって悩みの種となりつつあるのが髪型で、先月切って顎ぐらいの短さになっているわけだけど、再びロングにするためには「肩につくぐらい」という縛ることもできないしブローしてもまとまらない中途半端な時期を乗り越えなくてはいけなくて、それが嫌でまた切ってしまった。

そういう話を友人としていたら、一つだけ例外があると指摘された。
「恋愛の場合、付き合うか付き合わないかの時が一番楽しくない?」
それは確かにそうかも。つまり、何事も恋をするように接すれば、中途半端な辛い時期も乗り越えられるのかもしれない。
 

0:02 2003/07/24【メモリアル】

・生まれて四半世紀経ったらしいので記念に髪を赤くしました。
・去年の今頃たしか「25になったらミニスカートはやめる」と言っていたような気がするのですがあと5年は履ける気がしてきたので撤回します。

「歳をとるほど若作りしたくなる法則」を我が身をもって体現中。
 

10:44 2003/07/23【サイクル】

たとえば私は「女っぽさを隠さない時期」と「男っぽく振る舞う時期」をだいたい2年サイクルぐらいで繰り返している。これは、多くの女性が経験しているのではないだろうか。男性の場合、どんな時でも男性らしくしていればまず問題ないけど、女性の場合は女っぽさを隠したほうが評価される時と隠さないほうがいい時があるからだ。

また、文章を書くときに「愛と論理どちらを重視するか」ってのも定期的に両方を繰り返している気がする。ただしこちらは3ヶ月ぐらいの短いサイクルで。それから、基本的に私は特別な政治的思想は持っていないつもりなのだけど、それでもあるサイクルでやや左よりのことを考えたりやや右よりのことを考えたりしている気がする。アホみたいにネットばかりしていたかと思えば、ブラウザを立ち上げるだけで吐き気がしてくる日もある。

いい加減、真ん中らへんの適当なところで落ち着けよと自分に突っ込み入れたくなることもあるけど、でも多分、片方からもう片方に行ってまた戻ってきた時の自分は、前の自分と同一ではないはずだ。時が前に動き続けている限り、昔いた場所に帰ることは出来ない。水平方向に戻ったつもりになっても、垂直方向では少しだけ高次元になっているはず。だから垂直方向に変化するためにこそ、もうしばらくは立ち止まらずに行ったり来たり試行錯誤してみたいと思う。
 

15:28 2003/07/22【文章編集機能障害(Edit Dysfunction)中です】

私は「ほしのこえ」って映画を観たことがないので語る資格は全くないのだけれど、友人にそれを勧められて検索してみたらいろいろ批判が出てきて、その批判の大部分が「自分の周囲だけを見てその外の世界を見ようとしない閉鎖的で自己中心的な表現方法だ」みたいな主張で、これを読む限り、それほどネガティブな作品ではないのでは? と思ってしまいました。

というのは、我々はもともと自分の周囲しか見ることが出来ないと思っているからです。むしろ、テレビ見たり何とか理論をかじったりして、見たこともない世界を見た気になっているほうがよっぽど気持ち悪いと思うのです。個はまず家族や友人と繋がって、家族や友人は地域社会と繋がって、地域社会は国家と繋がって、やっと国家が世界と繋がってるのであって、その経緯をすっとばして個が直接世界に関わるなんてのは非本来的な姿だと思うのです。

つまり、自分の周囲の家族や友人と繋がることは、間接的にではあるけど個が世界と繋がるための唯一の方法だってことです。だからきっとその作品って、別に「視界に入らないものは必要ない」って主張してるわけじゃなくて、世界制覇だの国と国の駆け引きだのばっかり見ていてデカいことばっかり言ってるみたいだけどアンタ、自分の足元で泣いてる子どもがいるって知ってる? うしろで心配そうに見守ってる女性がいるって気付いてる? っていう、「頭でっかちの大人に対するアンチテーゼ」みたいなものなんじゃないかなそれ、と思ったのですが結局見てみない限りは見当違いなのかも分からないから夏休み中に見てみようと思います。むしろ誰か貸して。
 

10:08 2003/07/20【ナツヤスミ語辞典】

雑誌の取材で演劇集団キャラメルボックスの取材に行ってきました。3、4年前に3回観たっきりだったのでなかなか質問が思いつかなくて、演劇好きの人数人にメール出して質問を募集してみたのですが、その結果来たのが下のような質問。

・どうしてハッピーエンドばかりなんですか。
・どうしてどの女優も同じような(元気はつらつ系の)演技をするんですか。

聞けない。こんなこと聞けない。聞いたら間違いなく次の仕事が回ってきません。やっぱり人に頼ろうとするのは駄目なのね。仕方ないので自分で考えたポジティブで無難な質問及びポジティブだけど無難じゃない質問でお茶を濁しました。詳しくは次号のTop Stageで。

彼らの作品って満足度が高いだけに(もちろん批評しようとすれば細かい突っ込みどころはいろいろありますが)、ファンに余計な期待をさせてしまうのだと思います。これだけの能力のある人たちだから、今までと違うタイプの作品に挑戦してもきっと成功するだろうな、そういう別タイプの作品も観てみたいな、と。

しかしインタビューの結果、「方向性を変えるつもりは全くこれっぽっちもない」というような清々しい答えが返ってきて、そんな道もありなのかなと納得させられてしまいました。深みへ奥へと進もうとしない人がいてもいいじゃないか、浅瀬を必要としている人のために、損な役回りだと知りつつもあえてその場所に留まっていようでないかというスタイル。彼らもある意味「入り口の人」なのかもしれません。
 

13:12 2003/07/18【入り口】

ブックオフで立ち読みしてたら、EAST END+YURIの「DA.YO.NE.」がBGMで流れてきてびっくり。多くの人にとって「懐かしい」というよりもはや「痛い」という域に達しているであろうこの曲を今更流す意味って何? しかしリズムに乗せて覚えた言葉って忘れないもので、頭の中で試しに一緒に歌ってみたら最後まで歌えてしまった。わはは、名古屋バージョン(だがねーだがねー言わないかんがやそんなときだでやー)までちゃんと覚えてるよ私。

きっとこの曲は、ヒップホップだのラップだのの「入り口」として機能してしまったから叩かれるんだろうなあと思う。当時はまだヒップホップっぽさを売り物にしたJ-POPミュージシャンで売れてる人ってほとんど居なかったはず。ちょうど彼らが流行った2、3年後からぼちぼち出てきた感じだったと思う。「入り口」だからそこを通り過ぎて中に入るともっといいやつがゴロゴロ落ちているわけで、「なんだアレって全然駄目だったんじゃん」と知った人々に叩かれるのは必然だ。

思うに、EAST END+YURIは世に出てくるのが10年早かったのだ。もし来年あたり出てきて、ヒップホップやラップの「出口」として(つまり、ある種のアンチテーゼとして)売り出していたら、一部のマニア層にバカウケしていたような気がする。貢献度が高い割に評価されない入り口と、全てをぶっ壊しただけのくせに評価されてしまう出口。願わくば、ある場所の出口になる時は、同時に他の場所への入り口になりたいものだ。
 

20:39 2003/07/16【つながり】

先日モスバーガーでポテト食べながらコーヒー飲んでたら、窓の向こうに親子連れが歩いていて、よちよち歩きぐらいの子どもがこっちを指さして何か叫んでるの。子どもの視線の先は、まっすぐ私の手の中のポテトを向いていて、ああ多分「ボクもポテト食べたい」みたいなことを言ってたんじゃないかと思う。母親と目が合ったら、母親は「しょうのない子ですみません」って感じで私に会釈して、私も「いえいえ元気のいいお子さんで」って感じで会釈を返して。

すごく日常的な光景なのに、鬱だった影響もあるのだろうか。なんだか胸が熱くなってしまった。頑丈なガラスの壁を隔てて、3秒前に初めて会った人と会釈だけで意志疎通できて気分良くなってしまうという事実を再確認して。

ましてや何度も言葉を交わしたことのある相手だったら。一緒に酒を飲んだことすらある相手だったら。私は今まで少し悲観的すぎたかもしれない。人と人の繋がりってすごく脆くていつ捩れて切れてもおかしくないと思っていたけど、実は意外とタフなのかもしれない。もう少し信じていいのかな、と思いながら足取り軽く店を出た昼下がりだった。
 

4:30 2003/07/16【見せ所】

「見せ所」というのはポイントを選んで使うから効果的なのであって、無駄に使いすぎるとかえって冗長になってしまう。能とか日本舞踊とか茶道とか日本の伝統文化は、もともと押しより引きを重視し、いかにポイントをプラスしていくかではなくいかにマイナスして絞っていくかに注意を払ってきたはずだった。

自分は基本的にそういう引き算の文化が好きだ。フォルテシモの放出よりもピアニッシモの溜めにロマンを感じる。大切なシーンはクライマックスまでとっておいて欲しい。決めゼリフは一番効果的な時に一度だけ言えばいい。魔法が使えるのは、それに対する切望が頂点に達した時だけにして欲しい。頂点は山脈のように次々と訪れるのではなく、富士山のようにとびっきり高いのが1つだけあるとかっこいい。

決して起こらないことを奇跡と呼ぶのではなく、1度だけ起こることを奇跡と呼びたい。
 

9:38 2003/07/15【NEARfest潜入記・写真編】
 
飛行機から見た雲。
 
ブロードウェイ。通っただけ。
 
自由の女神。帰りの飛行機の中で見た映画のデートシーンで、この時乗ったのと同じフェリーが出てきて感動した。そういえばニューヨークを舞台にした映画や漫画ってたくさんあるし、今観てみたら「ああ、あの場所か」と分かるシーンがいろいろあるのかもしれない。
 
グラウンド・ゼロ。
 
壁にメッセージを書く人@グラウンド・ゼロ。
 
周りには星条旗がいっぱい。
 
グラウンド・ゼロ全景。
 
エンパイアビルから見た日没。ちなみにエンパイアビルに入るためには、飛行機に搭乗する前と同じX線での手荷物チェックを受け、金属探知器の中をくぐり抜けなきゃいけない。さすがテロ対策はしっかりしてる。
 
公園でチェスしてるおじさんたちがいた。
 
世界経済の中心、ニューヨーク証券取引所。警備がものすごかった。ちなみに場所はグラウンド・ゼロから歩いて5分程度のところ。
 

18:54 2003/07/14【NEARfest潜入記・最終回】

最終日、マンハッタンを11時頃に出ればいいので、9時にチェックアウトしてから2時間ほどの余裕があります。さて、どこに行こう。とりあえずスーツケースをコインロッカーに預けて、地下鉄の駅に向かってふらふらと歩いてみます。途中、99セントショップ(要するに100円ショップ)があったので中を覗いてみたり。うわー、アスピリンの瓶が99セントで売ってるよー。さすがアメリカ。

そして結局たどり着いた所は、ネットカフェ
いやだって、昨日の夜はSTOMPを観に行ってたからメールチェックも巡回も出来てなかったんだよ! ダークマターの後継サイトがどうなってるのかとか気になるじゃないか!(※この時、閉鎖宣言2日目でした)
かくして私のニューヨークでの最後の思い出はネットサーフィンとなりました。3日しかいなかったのに、もう係員のお兄さんと顔見知りになっているという不思議。しかもうっかりネット楽しくて長居してしまったため、バスじゃ飛行機に間に合わない時間になってしまって、タクシーを飛ばしている不思議。帰りのタクシー代で、20セント残してちょうどぴったりドルを使い果たしました。計画性あるんだかないんだか分かりません。

帰りの飛行機は、日本行きのはずなのに、乗ってる人の過半数が中国系の人でした。何かイベントでもあるのだろうか。と思ったら、アナウンスが流れてきました。
「ご搭乗ありがとうございます。この飛行機は、東京経由香港行きです」
聞いてないよ! SARS怖いからわざわざアジア系の航空会社は避けたのに!
後ろの席の人がずっと咳してました。この日記を書いている現在、潜伏期間終了まであと1日です(ドキドキ)。
 

16:18 2003/07/12【NEARfest潜入記・その9】

夕飯は、たまにはまともなものを食べようと(ここ数日、ホットドッグと吉野家の照り焼きチキン丼しか食べてなかった)、リトルイタリーへ。ところがこのリトルイタリー、隣り合ったチャイナタウンに浸食されて半分ぐらいの店が中国系の雑貨屋や中華料理屋になってしまっていました。混じりっけないイタリア風の街並みが見られるのは、メインストリートのみという有様。

ただでさえアメリカ文化とイタリア文化が混ざっているところに、更に中国……。もう何か何だか分かりません。思うに、中国語で客引きするイタリア人なんて摩訶不思議な光景を目にすることができるのは、世界中でここだけではないでしょうか。

仕方ないですよ。イタリア人が悪いわけじゃない。ただ、中国人の増殖能力が異常なだけです。チャイナタウンの隣にリトルイタリーを作ってしまったのがいけなかったんだと思います。もしもこの場所にあるのがリトルジャーマンとかだったら、多分今頃「中国語で客引きするドイツ人」が大量生産されていたことでしょう。

パスタの味自体は申し分なく美味しかったです。ジューシーでフルーティーに煮込まれたドライトマトに感動。

*

マンハッタンの街並みは東京とは全然違って、エンパイアビルなど一部を除いて近代的・無機質なビルはあまり見あたりません。サイズ自体は東京の平均的なビルよりずっと大きいけど、材質、デザインなど、昔のヨーロッパ風の趣ある建物が殆どなのです。

この独特の威圧感は何なのか考えてみたのですが、どうやら全てのパーツが日本よりも縦長に出来ているってことが原因みたいです。屋根も窓ガラスも細く尖っていて突き刺さりそうです。別に土地がないわけじゃないのに、むしろ空間の使い方は日本よりずっと贅沢なのに、なんでだろーなんでだろー。
 

`‐、ヽ.ゝ、_    _,,.. ‐'´  //l , ‐'´, ‐'`‐、\        |
  ヽ、.三 ミニ、_ ___ _,. ‐'´//-─=====-、ヾ       /ヽ
        ,.‐'´ `''‐- 、._ヽ   /.i ∠,. -─;==:- 、ゝ‐;----// ヾ.、
       [ |、!  /' ̄r'bゝ}二. {`´ '´__ (_Y_),. |.r-'‐┬‐l l⌒ | }
        ゙l |`} ..:ヽ--゙‐´リ ̄ヽd、 ''''   ̄ ̄  |l   !ニ! !⌒ //
.         i.! l .:::::     ソ;;:..  ヽ、._     _,ノ'     ゞ)ノ./
         ` ー==--‐'´(__,.   ..、  ̄ ̄ ̄      i/‐'/
          i       .:::ト、  ̄ ´            l、_/::|
          !                           |:    |
             ヽ     ー‐==:ニニニ⊃          !::   

おれたちはとんでもない思い違いをしていたようだ。これを見てみろ。

マンハッタン島の地図出典

まず島の形に注目する。
すると縦に24キロ、横に3キロという細長い形だということが分かる。

このままでは分かりにくので、島内の建物の窓の形を並べて見てみよう。

ウォール街の風景

つまり、人々が縦長の建物ばかりを作るのは、マンハッタン自体が縦長だからなのだ!!

ごめんなさい。
 

15:20 2003/07/11【NEARfest潜入記・その8】

NY2日目は、行ってきましたよメトロポリタン美術館。もともとはグッゲンハイム美術館とホイットニー美術館だけ行こうと思っていたのですが、企画展の狭間の時期だったり他の所に貸し出されてる作品があったりしてどうもフラストレーションが溜まってしまったので、予定変更です。

噂には聞いていたけれど、本当に広い。「インド美術」「フランス美術」「エジプト美術」など大きく分けて20ぐらいのセクションがあるのですが、それぞれが普通の、いや普通以上の美術館ぐらいの大きさなのです。てことは単純に計算しても、大きめの美術館の20倍の広さということ。全部見る、どころか全部「歩く」のすら不可能っぽいので、ターゲットを「現代美術」「後期印象派」「楽器」のみに絞ります。うわー、スーラの「The Side Show」が! ゴッホの「糸杉」が! ピカソの「アルルカン」が! ピカソの「肘掛け椅子に座る裸婦」が! 

……というかさ、ぶっちゃけ、みんなうすうす思ってるんじゃないでしょうか。
ピカソ、絵描きすぎ、と。
歩いても歩いてもピカソ。最初の頃はいちいちありがたがって見ていましたけど、徐々に歩くスピードが早まっているのは私だけじゃないはずです。その証拠に、明らかに自分は速度を上げているのにかかわらず、誰も追い越してません。もうこの2日間だけで一生分のピカソを見た気がします。

お目当てのものを一通り見終わったあとは、閉館まで適当に歩いてたまたま通りかかったコーナーを順に見ていくことにしました。広いだけあって、いろいろニッチな需要を満たしてくれるコーナーがあり、楽しいです。ひたすらイスだけが大量に展示されている部屋とか、どこまでもスプーンばかりが並んでいるコーナーとかもあって、マニアックぶりにゾクゾクします。たまには目的を持って動くより、こういう風に行き当たりばったりの迷子的な体験も面白いですよね。というか迷子になってたんだけどね実際。ええと、それでその、ひたすら時計ばかりが並んでいる此処はどこなんですか? どうすれば外に出られるんですか?(半泣きになりながら)

結局、閉館時間20分も過ぎてからやっと係員に発見されて出口まで案内してもらいました。笑わないでください。本当にあれは普通の人でも迷いますから。出口に向かう途中で、やはり迷子になってたっぽい黒人カップルを案内中の別の係員と合流しましたから。その瞬間、向こうも私を見ながら「良かった! 俺達だけじゃなかった!」って顔をしてました。言葉の壁を越えて我々の心を通じさせてくれるメトロポリタン美術館。芸術の力って偉大ですね。
 

14:55 2003/07/10【NEARfest潜入記・その7】

それにしても、返す返す本当に星条旗多いなあ。最初のころはあの赤と青のコントラストを見るたびに何様だよてめーはとむかついていたのですが、どうやら彼らにとって旗を掲げるという行為は、日本ほど特別な意味があるわけではないようです。あってもなくてもいいけどあるとなんとなくかっこいい、みたいな。建物につけるなんて、いわば表札のようなものなんじゃないかと思えてきました。
すると、フセイン像を倒したあと星条旗を振っていた兄ちゃんも、言わんとしていたことは、せいぜい「やあ、僕はアメリカから来たジョニーだよ!」程度だったのかもしれません。

夜は、MAGMAのライブを見に行きました。何故ニューヨークに行ってまでMAGMAなんだ私(注:フランスのバンドです)。ブロードウェイでミュージカルとかじゃないのか普通。ブロードウェイのすぐ近くのホテルに滞在しているのに、今のところミュージカル街付近で行った店はインターネットカフェと吉野家だけです
んで、ここで思わぬ問題が勃発。NEARfestの時は全席指定で、アンコールの時ぐらいしか立たなかったので、気付かなかったのですよ。アメリカ人のプログレファンは大きい人ばかりだ、という事実の意味するところに。
 

■■■■(←私)■■■■

何も見えません。前の人の背中以外、正真正銘何も見えません。ううっ。聞こえてくる演奏が素晴らしいだけに……。

え? 帰りですか? 当然地下鉄で1人で帰りましたよ。なぜか何度も中国人に中国語で道を訊かれました。そういえば私は中国系の顔をしているらしくて、日本にいても時々中国人に話しかけられます。どうやっても日本人にしか見えない友人と日本語喋りながら歩いていても、容赦なく中国語で話しかけられます。だから黙っていれば観光客じゃなくてチャイナタウンに住んでるニューヨーカーに見られる自信があったのです。世界中でゴキブリ並の勢いで増殖しているあの種族に似た顔を持っているというのは、当座の間街に溶け込むためには得なのかもしれません。
 

13:46 2003/07/10【NEARfest潜入記・その6】

吉野家ファンとしては、記念すべき1000店目であるニューヨーク店に行かないわけにはいきません。昼御飯は吉野家で、日本にはない「照り焼きチキン丼」を頼みました。
 

見た目は美味しそうなんですけど、結果的に言うと、これは今回1週間の間で食べたもののなかで一番不味かった。原因はおそらくたれにあって、まず生姜が入ってるみたいなんですけど、これが明らかに生姜というよりは「ジンジャー」って感じの香りなんです。ジンジャークッキーの香りがするんです。それから甘い。砂糖を入れた醤油ではなくて醤油を入れた砂糖としか思えない。そういえばDanの家で食べたタイ料理も微妙に甘かったっけ。奴ら、普段から激甘の菓子ばかり食べているから味覚が麻痺してるんじゃないだろうか。そして醤油。うすうす気付いてはいたのですが、北米で売ってる醤油って微妙に醤油じゃない味がするんです。キッコーマンの醤油でさえ、現地産のものは日本人の口に合いません。多分醤油とソイソースは別物なんだと思います。照り焼きとTeriyakiも別物。大抵のものは食べられる私ですら、この照り焼きチキン丼は残してしまいました。ご飯はふっくらつやつやに炊けていて美味しいんだけどなあ。かくしてニューヨークで一番不味い食べ物は和食であるという皮肉な結果が導き出されました。

さて、自由の女神を見たりウォール街を歩いてみたり観光客チックなことをしてみたあとは、今回の第一目標だったグラウンド・ゼロへ。
巨大な工事現場だよ、という前情報を聞いていたのですが、確かに工事現場です。知らなかったら「何か大きなビルでも作ってるのかな」と思って通り過ぎてしまったかもしれません。見学者の通るルート沿いの壁にたくさんメッセージが書いてあったり写真が貼ってあったりして、それを読んでいくうちにやっと実感が湧いてくる、という感じです。にしても星条旗多いなあ。God Bless America多いなあ。せっかく犠牲者の冥福を祈りたいと思っているのに、こうも主張されてしまうと、逆に複雑な気分になってしまう。
 

グラウンド・ゼロの近くの公園には小さな出店がたくさんあって、写真集やらWTCキーホルダーやら当時一躍ヒーローとなった消防隊グッズやらを売ってました。ここは観光地かよ、と突っ込みたくもなったけど、まあ死者を思う気持ちと必ずしも矛盾するわけでもないし、需要もあるので仕方ないかなあ、と思ったのですが。
 
「中東料理」

その商売はニューヨーカー的にOKなんですか。ねえOKなんですか。
 

7:11 2003/07/09【NEARfest潜入記・その5】

実は、今まで書いていませんでしたが、日本出発前にちょっとしたトラブルがあったのです。旅行会社の人にフィラデルフィア3日間とニューヨーク3日間滞在するプランを作ってもらったわけですが、フィラデルフィア・ニューヨーク間は飛行機で行くことになっていたんですね。直行便はなかったので、乗り継ぎ便で。

乗り継ぐ場所はミネアポリスだったんですけどね。

分かりやすく言えば、大阪・京都間を移動するのに一度ソウルにまで行って乗り換えるようなものです。直行便がないという時点で何かおかしいことに気付よ自分。というかプロなんだから気付いてくれよ旅行会社の人。ちなみに、フィラデルフィア・ニューヨーク間は急行電車で行けば2時間。それを、はるかミネアポリスを経由して飛行機で行くと、待ち時間を入れて所要時間9時間。うわー、よく見たらミネアポリスって遠すぎてニューヨークと時差があるよ!

当然、その狂ったプランに気付いてすぐキャンセルしようとしたのですが、時既に遅しで変更できず。セットで買った航空券って、どれか一つをキャンセルすると他のも全部キャンセルになってしまうので、ミネアポリス行きを敢行しない限り、ニューヨークから東京に帰る便がなくなってしまうのです。新しく予約し直すには5万円ぐらいかかると言われて観念しました。もういいよミネアポリス行けばいいんでしょ行けば。 チェックインや荷物検査で3回ほど航空券を見せる機会があるのですが、そのたびに係員の人は信じられないといった表情で何度も読み直したり、プッと笑い出したり、フリーズしてしまったり、面白い反応を見せてくれました。まるでドッキリの仕掛け人か何かをやっているような気分です。でもこれは、ドッキリなどではなく、まぎれもない現実なのです。泣いていいですか。

*

そんなわけで、9時間かけて初めてのニューヨークに到着です。飛行機から、マンハッタンに沈む夕日と自由の女神が見えたときはさすがに胸が熱くなりました。この光景を見られたという点では、飛行機で来て良かったかもしれません。次に同じ機会があっても絶対に飛行機では来ないけどね!

今日から3日間は自費で宿泊するので、1泊65ドルの安ホテルに泊まります。本当は、ふだん日本で旅する時みたいに喫茶店とかネットカフェとかに泊まっちゃえばいいじゃん(ちなみに私は昔シアトルに行った時に、お金がなかったけど路上で寝るには治安が悪そうだったので、シェラトンホテルのロビーで寝て追い出されたことがあります)と思っていたのですが、みんなが全力でやめろと言うので仕方なくホテルを予約することにしました。マンハッタンでのホテル相場はビジネスホテルでも150ドル以上かかるのが普通なので、65ドルというのはかなり心配な数字なのですが、たぶん喫茶店よりは安全でしょう。金庫とシャワーとベッドさえあればいいのです。寝るためだけに金なんて使えるか。

「お客様のお名前では予約されていません」

いきなりそう来たか!もう何を言われても驚かないよ。電車で2時間の距離を飛行機で9時間かけて移動したという時点で、世の中の不条理の大部分は許せるような気がするよ。冷静に状況を説明し、予約したときのメールのプリントを見せると、満室でなかったことも幸いして予定通りの部屋をとることができました。ここで取れなかったら、私の性格からして間違いなく24時間営業の喫茶店を探していたと思うので、この瞬間が生と死の運命の分かれ目になっていたのかもしれません。生きてます。

時刻は夜の9時。この時間から観光できる場所なんてほとんどないし、まずは地下鉄でネットカフェに行くことにしました。3度の食事よりもネットが好き。ニューヨークだろうがフィラデルフィアだろうがお気に入り先の巡回は最優先事項です。タイムズスクエアのネットカフェのPCに勝手に日本語をインストールして、思う存分ネットサーフィンを楽しみます。あれっ、メッセまでインストールできちゃった。そういえばIDの提示も一切求められなかったし、ちょっとセキュリティ甘過ぎじゃないですか。誰かの書き込みのせいで名誉毀損で訴えられたらどうするつもりなんだろう。さすが2ちゃんねるのない国は平和なインターネットだなあ。うわ、ダークマターが閉鎖してる! 個人的には、ミネアポリスに行かされたことよりも自由の女神を見たことよりも何よりも大きなニュースでした。お疲れさまです濁たん。……えっと、どうして私はニューヨークに居るのでしょうか。

そんなこんなで夜11時半。ガイドブックには「夜10時以降は危険なので絶対にタクシーで移動すること」と書いてあったのですが、地下鉄の駅に行ってみたところ普通に女性一人客もいるみたいだったので、タクシー代勿体ないし、気にせずに地下鉄で帰っちゃいました。ほら、大丈夫大丈夫ニューヨーク安全ですよ(てへっ)。
 

3:44 2003/07/09【NEARfest潜入記・その4】

他人の家に泊まっているので1日1時間もネットできないわけですが、そのぶん普段更新のネタを考えている時間が長くなってます。ネット環境を遮断すればネット中毒が治るなんて嘘ですよ。唯一救われたのは、時差ボケが全くないことです。まあ普段から生活リズムなんてあってないようなものだし。

というわけで、一応今回のメインであるところのNEARfestに行ってまいりました。1800人のキャパはほぼ満杯。辺りを見回すと……。

でかっ。

さすが飽食の国アメリカ。軽く100キロはありそうなおっさんばかりです。恐るべきことに、過半数がプログレバンドのTシャツを着てます。こんな不思議空間は初めてだ! いつも、プログレ系のバンドのTシャツってXLとXXLしか売ってないことを不思議に思っていたのですが、その理由が一瞬にして理解できました。XLとXXLさえ用意しておけば、8割の客層はカバーできるんですよ。

というかこの2日間はさすがに忙しかったのでネタの神が降臨している暇もありませんでした。演奏中、「音楽を聴きながら写真を撮りながらレビューの文章を考える」だけでも大分ムリがあるというのに(音楽を聴くのに集中してたら間違いなく写真撮るの忘れます)、休憩時間に「CD売りながらいろんな人に挨拶しながら食事しながら買い物しながらインタビューする」ためには少なくとも4人はifが必要だと思うのは気のせいですか。朝9時から夜11時まで、私は一体いつ息をつけばいいんですか。

結論:あまり好みじゃないバンドが演奏中に息をつけばいい。

すいませんすいません。○○の時とかすごく心地よく意識を飛ばしてました。半分も聴いてないけどレビューはちゃんと書くよ! みんなライブレビューなんて信用しちゃ駄目だよ!

願わくば、次回は普通に客として行って普通にライブを堪能したいです……。いやホントに、ライブ自体は掛け値なしで素晴らしかったんですよ。それから、来年行こうと思っている方にアドバイスしておくと、会場は眠ったら死ぬってレベルで冷房地獄になっているので厚手の上着を持っていったほうがいいです。もしかして、アメリカのプログレファンが大きい人ばかりなのはベルクマンの法則ってやつなのでしょうか。
 

2:42 2003/07/09【NEARfest潜入記・その3】

すげー納得できません。まじ納得できません。トラベラーズチェックって使うためのものじゃないんですか。トラベラーの安全のためにあるんじゃないんですか。

いや、セブンイレブンで拒否されるのはまだ分かるんですよ。きっと店の人にとっては面倒な手続きをしなければいけないのだろうから、その店の方針として受け付けないってのは全然ありだと思うんです。バンクーバーのセブンでもLAのセブンでも普通に使えたけど!

ただ、銀行で現金に取り替えてくれないってのはどうかと。それ単なる業務怠慢じゃないですか。銀行で替えられないなら一体どこで替えればいいんですか。

結局、居候させていただいた家主Danにまでサインをしてもらってやって替えてくれたわけですが、なんだか八百屋に行って「野菜は売れない」て言われたぐらい納得いきません。普通トラベラーてのはホテルとかに泊まってるんだから家主のサインなんてもらえないはずだぞ!

*

この日は、明日のNEARfestに備えて準備したり、スーパーマーケットについて行ったり、犬のサーシャとナゲットと遊んだりしているうちに1日が終わりました。さすがに北米も3回目となると、それほど珍しいものはありません。食料品なんかも大抵のものは東京で手に入るし。

あえて言うならチェダーチーズ味のカップラーメンぐらいでしょうか面白そうなのは。あとで食べてみて味をレポートするので乞うご期待。
 

23:27 2003/07/06【NEARfest潜入記・その2】

デトロイト空港でフィラデルフィア行きに乗り換えです。アメリカでは大都市間以外は直行便はほとんどなくて、デトロイト、ミネアポリス、メンフィスなどハブ空港を経由することになります。その中でもデトロイト空港は横の長さでは最大級で、室内を移動するために電車が走ってました。すげー。

空港内の飲食店から漂ってくるパンの焼ける匂いや、床を掃除している洗剤の匂いが、いちいち懐かしいアメリカの匂いです。その国独特の香ってありますよね。普段の自分は気付かないけど、きっと日本にも日本の香があって、成田に着陸した外国人も「うわー久しぶりの日本の匂いだ!」って言ってるんだろうなと思います。

乗り換え前に入国審査と荷物チェックをしなければいけないのですが、これがさすがテロ警戒態勢の国は日本の比じゃなく厳しいです。靴まで脱がされます。スーツケースをスキャンする機械は成田にあったやつの3倍ぐらいの大きさで、荷物を入れる度にビュンビュンと音がして、まるで洗車機みたいでした。X線が強すぎてカメラのフィルムが駄目になってしまうので、手荷物に移さなくちゃいけません。

フィラデルフィア行きの便は横に5列・縦に20列ぐらいしかない小さな飛行機でした。国内線ではこのサイズが標準みたいです。せっかく窓側の席だったので、デトロイトの風景を目に焼き付けておこうと思ったのだけど、空港はかなり市街地と離れているみたいで、どこまで行っても風景は畑ばかり。デトロイトロックシティも8マイルも影も形もありませんでした。残念。

今回の旅では、1週間で計5回飛行機に乗ることになるのですが、おつまみに出てくるのは必ずプレッツェル(塩味でさっぱりした細長いビスケットのようなもの)でした。日本の飛行機だと柿ピーとかですよね。プレッツェルって横文字で言うとオシャレだけど、要するにアメリカ版の柿ピー。つまりブッシュ君は、日本の感覚で言い換えれば柿ピーを喉に詰まらせて死にかけたことがあるってことになります。かっこわる!
 

23:06 2003/07/06【NEARfest潜入記・その1】

重いスーツケースと寝不足の身体を引きずって、久々の成田です。今まで海外に行ったときはいつも日本の航空会社だったので、ノースウエストはもちろん海外の航空会社乗るのは初めてです。やっぱアメリカ人の乗客が多いのかな、と思っていたのですが、韓国や中国から乗り継いで来る人が一番多くて意外でした。パッと見ただけではどこの国の人だか分からないので結局みんな英語でコミュニケーションしている不思議。

とはいえフライトアテンダントは金髪碧眼だったし(太ったおばちゃんだけど)、ビールを頼むとデフォルトで出てくるのはバドワイザーだし、離陸したばかりなのにもう入国してしまったような気分を味わえます。前情報ではノースウエストの機内食は最低レベルでカップラーメンが出てきたことすらあると聞いていたのですが、私、これよりも不味い機内食をJALで食べたことがありますよ。思うに、繊細な和食は冷凍したりチンしたりすると味わいが全くなくなってしまうけど、もともと大味なアメリカンフードは大して影響ないというか不味いことには変わらないんじゃないでしょうか。要するにどの航空会社でも機内食なんて似たり寄ったりなのだと思います。

朝食の時に「エッグかヌードルかどっちがいいか」と聞かれて、噂のカップラーメンキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!と思ってヌードルと答えてみたのですが、出てきたのは普通の中華風焼きそばでした。なんだ、まともじゃん。つまらん。
 

11:03 2003/07/05【怒られる理由】

うちの父は非常に厳しい人だった。門限をやぶって怒られるならまだしも、「もう少し門限を遅くできない?」と聞くだけで激怒する(ちなみに高校当時で19時だった)。激怒の意味がさっぱり分からなくて「どうして聞いただけで怒るの?」と聞くと更に激怒する。理由が分からなかったら対策のしようがない。また同じことを繰り返すだけだ。

ところが、ある日、同じようにケンカをしている時、ブチ切れた父はこう言った。
「夜遊びするなら俺に見えないところでしろ!」
この一言は、衝撃的だった。そして、今まで門限を交渉しようとしただけで怒られた理由がやっと分かったのだった。父は、私に夜遊びをさせたくないというよりは、自分が決めた規則を守らせたかったのだ。つまり、論理の言葉ではなく、慣習の言葉を喋っていたのだった。だからその規則自体について言及する行為は、内容に関わらずそれ自体が、慣習を壊そうとする行為としてタブーになってしまう。

一方私は白黒はっきりさせないと気が済まないたちなので、隠れて何かをしようとは思わず、参加したいイベントがあるたびに、イベントの趣旨や自分がなぜそれに参加したいのかを馬鹿丁寧に説明して許可を得ようとしていた。そして当然の如く全滅し、やりたいことの1割もできないまま高校時代を終えたのだった。

論理の言葉は1つ覚えれば全てに応用がきくので、取得するのは易しい。それに比べて慣習の言葉は例外が多すぎるし、時と場所によって不規則に意味が変わってしまうのを全部覚えようとするとキリがないし、私のような勘の悪い人間には難しすぎる。そういえば、鴻上尚史さんが著書『ドンキホーテのピアス』の中で「最近の若者は勘が悪い人が多い」と書いていた。親世代とどうしても分かり合えなくて嘆いている人がいたら、勘に頼ることを避けるあまり親世代にとってのタブーを破っていないか考えてみるといいかもしれない。
 

20:31 2003/07/04【ただいま】

ニューヨークから帰ってきたらダークマターが閉鎖してました! MMRとケルベロスまで! ヲチャのみなさん今どこにいるんですか? 後継サイトとかあるんですか?

これからもし、テキストサイト関係のスレッドが衰退してしまったら淋しいです。一ヲチャとしてじゃなくて、一ヲチ対象として言ってます。というのは、私は基本的に怠け者の人間なので、放っておくと絶対に易いほう易いほうへと流されてしまうんです。ちゃんと一般性があってオチもあるテキストを書くよりも、ついラクな内輪受けネタや私信の更新で済ませてしまいそうになってしまいます。そんな時、ヲチ板の存在がふと頭をよぎるから、「ああ、でもこれ書いたらスレで馴れ合いうぜーって叩かれるかなあ」と思い留まることが出来るわけです。ヲチ板がなかったら、if→itselfは今よりももっとつまらないサイトになっていました。

道しるべなき今後も、テキストサイト関係のスレッドは繁栄し続け、管理人の堕落ストッパーとして機能し続けて欲しいです。そして、どうせ誰かを叩くなら、テキストサイト村がより面白くなる方向で叩きましょう。堕落しかけている人(私とか私とか私とか)には無慈悲に石を投げて構わないから、面白いことをやろうと本気で頑張っている人は突き落とそうとせずに素直に応援しましょう。
 
 


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