>>home
>>last month
>>next month
23:16 2002/11/28【Do what you want】

★その1。
「いやさ、別にボジョレヌーボーを特別美味しいとかありがたいとか思っているわけじゃないけどさ、まあ、みんなで集まって騒ぐ口実っていうの? もともと祭のための酒なんだし。ほら、新米が出来たからおにぎりパーティーしようとか、そういう感覚と似てるのかな」

その2。
「確かに私はボランティアやってるけど、私利私欲のための活動をボランティアという名前で覆い隠しているような偽善者とは一緒にしないで欲しいな。もちろん、自己満足って要素が全くないとは言えないけどね。それ言うなら100%の善も100%の偽善もありえないわけで」

いちいち言い訳しないと酒も飲めねえ。世の中って面倒くさい。
 

★友人が関わっている指輪ホテルのnowhere girl@ムジカーザを観てきた。

サイトを一見したところ、私の大嫌いな「テツガクっぽい言葉を意味ありげに並べてみたけど実はあんまり意味ありません」という臭いがぷんぷんするエヴァエヴァしいキャッチフレーズがいっぱい書いてあったので、果たして90分間耐えられるのだろうかと心配していたけれど、実際に観てみたら全くの杞憂だったと分かった。とりあえず、ほっ。

「わかりやすさ指数」は、水戸黄門を10、シュルレアリスムの自動書記文を1とすると3〜4ぐらい。ストーリーや思想を追いかけるというより雰囲気を味わう作品。ちなみに私は似たような格好をしている登場人物たちの半分も識別できなかったが、観劇には全く問題がなかった(それもどうだか)。

精神世界に閉じこめられた少女達が脱出を試みる、みたいな話。多分。キャストや当日スタッフが全員女性ってところが不気味なお花畑的雰囲気に貢献していて、夢の中のような独特の世界観を堪能することが出来た。11人ずらっと並んで靴下脱いでいるところなんて、あまりにも絵になっていてゾクゾクした。惜しむらくは、全体的に間を取りすぎていたので冗長な印象になってしまったこと。静のシーンはあのままでいいけど、動のシーンはもっと間を減らして畳みかけるように台詞を言って、メリハリをつけて欲しかった。

あと、BGMを生演奏していた栗コーダーカルテットが非常に気に入った。ポリリズムを多用した緊張感のある曲が、芝居をぐんと引き締めている。一体どんな人たちなんだろうと、家に帰ってから調べてみたら、なんと、CICALA−MVTAでチューバ吹いてた人だったのね。道理で肌に合うはずだ。音楽界って狭いなあ。
 

22:59 2002/11/27【あとは寝て待つのみ】

個人本の原稿を、印刷屋に入稿してきました。
文芸部の部員と一緒に行ったことならあったけど、1人で行くのは初めてなので、ちょっと緊張です。

社員の人の説明を聞きながら、いろんなオプションを選んで書類の空欄を埋めていくのですが。
if「この紙を使うと印刷はどういう感じになりますか?」
社員「ああ、それでしたらこんな感じですね、ほら」
見本誌の山から1冊取り出して、適当なページを開く社員。
そのページには、胸を露わにした少女が「あん、ああん、お兄ちゃん!」とか叫んでいる様子が描かれていました。
社員「………ほら

オリジナル小説の入稿がこんなに気まずいのも珍しいと思いました。
 

1:48 2002/11/27【ポスト「超」】

最も多くの新語・流行語が生まれて消えていくのは、「すごく」という意味を持つ強調語ではないだろうか。「いと」「いみじ」から始まり「超」「めっちゃ」「鬼のように」まで、一瞬でもその意味で使われた言葉の種類は相当多いと思われる。

それは、強調して伝えたいと思うようなシチュエーションの多さに加え、風化しやすさもあるだろう。新しい用法が生まれても、あっという間に使い古されて新鮮みがなくなって、強調するためのインパクトを聞き手に与えられなくなってしまう。そこで、次から次へと新語を生み出す必要性があるのだ。

ところで、最近よく聞く表現を並べると、強調語も末期だなあ、と思う。
まず、「あり得ない」。「あり得ないほど人がたくさんいた」「○○ちゃんの可愛さ、あれ、あり得ないよ」などと使うが、ここまで最強の強調語が他にあるだろうか。なにせ、あり得ないのである。これは凄い。究極の強調だ。これよりも更に程度の大きいことを示す言葉なんて、それこそあり得ない。

それから、「素で」「普通に」。
「素で凹んだ」「あいつの文章、普通につまんないよ」などと使う。
この表現を初めて聞いたとき、私は感動した。「素」とか「普通」とか、強調のためにその正反対のニュアンスの言葉を使ってしまうなんて。とにかく尋常じゃない程度を表そうという従来の発想に対してアンチテーゼを掲げつつ、被修飾語を信憑性を確実に高めている。

これの現象は、強調表現のトレンドが一周回って基本に戻ってきた、と考えてもいいのではないだろうか。とすると、次に流行るのは「いと」「いみじ」に違いない(嘘)。
 

11:11 2002/11/26【ただいま】

★時に論理を自分と関係ないもの、または自分を阻害するものとすら感じてしまうのは何故だろう。頭が良かろうと悪かろうと、愛や思いやりがあろうとなかろうと、論理は誰にでも普通に関係あることなのに。

たとえば、私が「ちょっと塩を取って」と言ったとする。それを聞いて塩のビンを渡すことが出来るのも、論理があるからだ。もしも論理を理解していなかったら、砂糖のビンを取ってしまったり、聞こえているのに何もせずにじっとしていたり、あるいは突然逆立ちしたり踊りだしたりしてしまうかもしれない。

「コーヒーと紅茶どっちにする?」と質問し、「私、コーヒーは飲めないの」という答えを聞いて、紅茶のほうを出すことができるのも論理のおかげである。全体集合が「コーヒーと紅茶」の時、「notコーヒー」はすなわち「紅茶」になる。みんな、意識的にせよ無意識的にせよ理解して使っているはず。

論理という単語に対して拒絶反応を示すのはやめて欲しい。何か小難しいイメージがひっついてしまっているみたいだけど、本当は非常に身近で誰にでも分かる概念なのだ。あなたは言葉を使っている限り、論理を使っているのだから。
 

梅津和時KIKI BAND@新宿ピットイン。

1曲目が始まった瞬間、思わず「ただいま」と呟きたくなった。そう、こういうの。私はこういう音楽が好きなんだよ!
前へ前へと息を継ぐ間も与えない緊張感に飢えていた。ビールじゃなくコーヒーをオーダーしてしまうほど疲れていたはずだったのに、水を得た魚のように身体を揺らし始める私。管楽器と変拍子、この組み合わせさえあれば私は当分生きていける。邪悪なリズム隊に、鬼怒さんの鋭いカッティングギター。そして不協和音。迷いのない音が気持ちいい。
 

8:53 2002/11/25【選択肢の選択】

★選択肢は多いに越したことはない。
だから自分の街に新しい店が出来るのは、基本的に歓迎だ。たとえマックだろうとファミレスだろうと、そこに行きたくなるシチュエーションは年に数回程度は必ずあるので、行きたくなった時にすぐ行ける場所にあるのは便利だと思う。

しかし、問題は、新しい店ができると古い店がつぶれてしまうことがある、ということだ。安いチェーン店のせいで昔ながらの良き店が消えてしまうのは、非常に寂しい。チェーン店反対派の人間の多くは、その画一されたメニューやサービスに対して怒っているのではなく、古い店の経営が圧迫されるのを恐れているのだと思う。

選択肢は論理的には無限である。しかし、実際問題としては有限なのだ。だから私たちが本当に必要なものを手に入れるためには、選択肢の中からどれかを選ぶ段階だけではなく、選択肢自体を選ぶ段階から意識して見張っていなくてはならない。
 

ガルマルナ来日ライブ。

ボーカル、旋律、楽器はトラッド系、リズムはテクノ系、ライブパフォーマンスは飛んだり跳ねたりかっこつけてギター弾いたりロック系。もうわけわからない。とりあえず、すごく楽しそうに演奏しているということだけは伝わってきた。
スウェーデンに伝わる曲は、どれも日本人の耳に親しみやすく、どこか懐かしい。元ちとせの倍くらい装飾の多い女性ボーカルと、甘く鋭いハーディ・ガーディの音色はかなり気に入った。他の楽器も一つ一つは凄く良い音を出しているのに、聴き終わってからなんとなく消化不良気味になってしまったのは何故だろう。げっぷ。多分、要素をあまりにも詰め込みすぎなんだと思う。たまに聴くなら面白いと思うけど、常食にするのにはカロリーが高すぎる感じ。
それにしても、このボーカルの装飾符と歌詞の巻き舌の相性の良さは特筆すべき。日本語にも巻き舌があったら表現の幅がずっと広くなるのになあ。
 

1:17 2002/11/24【癒し系】

★自分は同い年の女の子に比べて、友達と一緒に行動することがあんまりないなあ、と思うのです。
別に人間嫌いではないし、サークルの嫌われ者というわけでもないと思うし(希望的観測)、実際会えば普通におしゃべりする程度の友達なら人並みにいるはずなんだけど、特定の人と頻繁に会って遊ぶってことがあまりない。友達とわざわざ会って何かをしようという動機というか、きっかけが薄いみたい。一体、世間の人たちはそんなにしょっちゅう友達と会って一体何をしているのだろう。試しに、「友達と一緒に」を検索してみた。

検索結果例:友達と一緒にライブに行った。
→(if)音楽の趣味が合う人なんてほとんどいません。

検索結果例:友達と一緒にバレーボールをした。
→(if)スポーツ嫌い。陸上のような個人技ならまだしも、球技は特に苦手。

検索結果例:友達と一緒にバイトに行った。
→(if)バイトも一人で行けないのかよ! お前いくつだよ!

なるほどこれじゃあ一人で居る時間が増えるはずだよなあ。しかし、ラクだからといって一人で好きなことばっかりしていたら、いつまで経っても進歩がないと思う。もう少し世界を広げて、友達と出かける機会を増やしたいと思った。要するに誘ってください。
 

Music Exhibition Vol.1でバイト。
受付業務が忙しくて、あまりちゃんと聴けなかったので、一言感想。

Noche
アコースティック楽器で変拍子さえ奏でてくれれば無条件に満足の私。それに演奏力も安定しているNocheは今までも好きなバンドだったけど、今回オールナイト明けという極限状況で聴いてみて、初めてそのメロディの癒し要素に気づいた。自称アコースティックフュージョンというだけありメジャーコードの曲が多いので、「もう少し暗ければプログレなのに」と残念がっていた人もいたけど、その心洗われる明るさこそ彼らの持ち味であり、変える必要はないと思った。バンドのメンバーはみんないい人。人間性が出てる。

Luminous-Free
映像の使い方が嫌みじゃなく決まっている。波のように押し寄せる電子音を気持ちいいと感じたのは久しぶり。即興演奏やボイスパフォーマンスも、土台に敷かれたミニマルなリフと自然に溶け合っていて、深みを醸し出している。

シネマ
京都のバンド。緊張感がなく、あまり好みの演奏ではなかった(ファンにとってはその肩の力の抜け具合が良いのかもしれないけど)。6人もいる割には音の厚みがないなあと思っていたら、同時に演奏しているのは4、5人、ひどい時は3人ということに気づいた。たまに全員で一斉に弾いている時はけっこう壮大でいい感じなのに。
 

9:09 2002/11/23【押しているのか押されているのか】

★作用と反作用って日記にもあると思う。
日常を日記に反映させる人は、日記を日常に反映させやすい。何かをしていて「あ、今のは今日の日記のネタになる!」と思ってしまうことも多くなり、毎晩パソコンの前で文字を打つことが習慣化され、旅行や出張で更新できない日はイライラする。このような傾向は、特に日常日記作者に顕著で、創作系にはあまり当てはまらないように思える。

人間が環境を変化させれば、環境も人間を変化させる。自分は対象を使っているのだろうか、それとも対象に使われているのだろうか、分からなくなってしまうときがある。たいていそんな時は、作用と反作用が同時に起こっているのだ。
 

★ボジョレヌーボー解禁オフやりますた。

1年に1、2回しか開かれないif→itselfのオフ会なのに、よりにもよって2chではオフ会批判が頂点に達しているであろう今日にぶちあたるだなんて。絶妙なタイミングでツイてない。
でもボジョレヌーボーの魅力には勝てません。こればっかしは一人で飲む酒じゃないでしょ。みんなでお祭り騒ぎしながら飲んでこそ意味があるんだから。見ろ、この美しい色を。透き通った赤紫を。そしてこの、コルクを抜いただけでふうわりと漂ってくる香り。まさに命の水! 神の恵み!

 

黄狼さんSKYさんhoriさんshuichiさんと、まったりしながら飲んでいるところに、α汁のおはらさんが乱入。ちゆAV(リンク先は18禁です)のメイキングが入ったサンプルビデオをいただきました。ラベルも文字も何もない真っ黒なビデオテープ。ぁゃιぃ。

そして、この瞬間を境に、場の空気はマターリから爆笑空間へと変貌を遂げてしまいました。沈黙に耐えられないらしく、マシンガンのようにボケつづける虐められキャラのおはらさん、面白すぎです。唯一の能動キャラであった黄狼さん(さすが殺害現場管理人! 突っ込みのプロ!)がそのボケを拾い続け、最後の頃には声が枯れてくる始末。

それにしても、この2人の会話、初対面のはずなのにやたら息が合っています。まるで夫婦漫才のよう。これからのテキストサイト801界で流行るのは黄狼(攻)×おはら(受)に違いないと主張したら、おはらさんは困った顔で、
「だって僕にはもうみずはたんが居るから……」
と呟いてました。
腐女子の皆さん、今の聞きました? 今のは要メモですよ!

二次会はパセラでカラオケ。そして、そのままオールナイト。ハニトー食いました。アニソンが乱れ飛びます。入れたのは全部おはらさんだけど。私は歌詞を間違える度に、黄狼さんに「殺害現場でチクる」と脅されました。あのサイトは、カラオケでの音程の間違いもチクって良いそうです。いっそのこと育ち方の間違いとか人間としての存在意義の間違いとか、顔面の各パーツの並び方の間違いとかチクってください。甘んじて受けさせていただきます。

そんなわけで、解散したのは朝6時でした。眠り死にそう。みなさんお疲れさまです。
 

★追伸。ちゆAVメイキングビデオの感想。

私は当然ながら、今までα汁内の写真でしか堤さやかを見たことはなかったのですが……動く堤さやか、滅茶苦茶可愛いです。ちゆ役にしてしまうには勿体ないくらいのレベルで可愛いです。女の私でも、思わず押し倒したくなりました。さやぴー萌えな殿方の気持ち、分かるなあ。あと、健さんのように見える男優さんの喋り方が、どうしたらこんなにエロく聞こえるんだろうというくらいエロかった。AV男優にも演技力とか素質とかあるのだと分かりました。

 

1:04 2002/11/22【こうすればもっと良くなる探し】

★「よかった探し」は限りなくネガティブな行為である。
なぜなら「よかった探し」するためには、まず「世界の全てが自分の敵であり、自分の望みは決して叶わない」という前提を信じることが必要だからだ。この前提は、新しい何かに挑戦しようという意欲を封じ込めてしまう。

「限りなく最悪な状況を期待していたからこそ、ほんの少しでもマシな事柄を見つけたときに喜ぶことができる」という考えが一つの処世術であることは認める。しかし、特にまだ成長する可能性を残している若者にふさわしい処世術だとは思わない。現状を打破しようという意欲が生まれないからである。打破して、新しい、良い状況を作り出そうという努力を放棄している。

むしろ私は、「こうすればもっと良くなる探し」を勧めたい。苦しい状況でも喜びの気持ちを忘れずにいられるという「よかった探し」の美点を損なわずに、現状を改善しようという意欲も推進することができる。周りを見てみよう。身の回りの小さなことから世界規模の問題まで、「こうすればもっと良くなる」ことがたくさん転がっているのが分かるはずだ。
 

ニゴ猿話で「ネタ化した他サイト言及ってどんなの?」と言っているので、他にも同様の疑問を抱いている方がいらっしゃるかもしれないし、軽く紹介してみます。

最近の有名どころでは、くまプーの主観リンクコメント九十九式言及(九十九式側のくまプー言及は、現在リンク切れにつき割愛)、Matsudastyle10月24日の替え歌(後日の奇啓示にも同様のネタあり)、無題の戦闘記録の罵倒芸、斬鉄剣のテキストサイト戦記シリーズなどが「芸としての他サイト言及」として成り立っていると思います。Maramune JunctionMMRケルベロスはもともとネタサイトだから背景がちょっと違いますが、芸であることは確かです。あと、最近は「脳死芸」なる言葉もあるようですが、よく分かりません。なんとなく、イメージつかめたかな?
 

22:36 2002/11/20【いつもと違う不快感】

日記サイトにおける馴れ合いの是非ってよく問われているけど、基本的にテキスト系サイトでは、文中リンク付きの文章でもネタ(笑えるオチのついた芸や、結論として自説を導き出しているエッセイ)として成り立っているのならギリギリセーフ、紹介や感想の域に留まっていたらアウト、というのが一つの大きな世論になっている気がします。

ところが、最近、日記才人を中心に活動している友人と話したところ、彼女が「ネタ化した他サイト言及は馴れ合いだからアウト、真面目に紹介したり感想を言ったりするのはギリギリセーフ」という認識を持っていることが分かり、驚きました。まるで正反対の認識じゃないですか。どうしてこの違いが生まれたのでしょうか。

日記才人のサイトは、素の状態がデフォルトで、その日あったことや思ったことが淡々と書かれた文章が多い印象があります。一方テキストサイト系は、原則的に「ネタ」で出来ていて、管理人キャラはデフォルメされ、読んで面白いことやオチがあることが重視されている傾向があります。

つまり、日記才人でもテキスト系でも、文中リンクに伴って「いつもと違うこと」をやると、馴れ合いだと非難されるという点では共通しているのです。馴れ合い反対派が感じているのは、文中リンクやその「紹介や感想」自体に対する不快感ではなくて、「いつもと違うこと」に対する不快感なのかもしれません。管理人の人柄の現れている素の意見が聞きたくてクリックしたのに冗談めいたネタが書いてあったり、フィクションでも面白いネタを期待していたのに単なる感想が書いてあったりした時のがっかり感が、文中リンクに対する嫌悪感を誘発してしまっているのではないでしょうか。そう解釈すれば、「馴れ合い反対!」という意見を謙虚に受け止められると思いました。

※追記。
今、指摘されて気づいたけど、アップロードのタイミング悪すぎ。この文章はネゲスレ騒動とは一切関係ありません。
 

15:32 2002/11/20【遊んでいたツケが。】

究極の選択、という言葉がよく使われます。ブサイクだけど性格の良い男と、ハンサムだけど性格の悪い男だったらどちらを選ぶ?みたいな。相手の価値観の指標を知りたい時とか、このような問いを投げてみるのはけっこう有効だと思います。

しかし、価値観に順番をつけてしまったばかりに、選ばなくて良い時でも選ばなければいけないような錯覚を覚えてしまうこともありそうです。前述の場合なら、「ハンサムでしかも性格の良い男」を探してみる、という選択肢を見失わせてしまうわけです。人生は分岐点の連続ですが、その中には「別にあえて分岐する必要もない」場合がいっぱい含まれているのではないでしょうか。両極端のどちらかを切り捨てるのではなく、適当に真ん中付近に居場所を探してみるのが最良だ、という場合が。

そういうわけで、「宿題をするべきかしないべきか」悩んでいる私は、あえていつも「ギリギリまで後回しにする」という真ん中付近に留まっているのです。死にそう。
 

0:13 2002/11/19【予言】

auが「着うた」サービス

実は、2、3年前の日記で、「着メロが16和音になったらしい→このぶんじゃ、そのうちmp3が着メロになる時代が来るかもね」というオチを使ったことがあったのだが、まさか本当の話になってしまうとは。しかも、CD音源ってことは、mp3どころかwaveが携帯に乗ってしまったってことで。

冗談が実現してしまった。技術の進歩ってすごい。

そういえば、私が小説に書いたシチュエーションが数ヶ月後に本当に実現するということが数度あった。これは技術の進歩とは関係ない。もしかして、私には「嘘をまことにしてしまう」という不思議な力があるんじゃないだろうか。
よし、それでは、数ヶ月後に実現させるべく、今のうちにいろいろ書いておこう。

ifはジャンボ宝くじの一等を当てて大金持ちになる。大学院をやめて、執筆活動に専念し、すぐに小説家としてデビューが決定。デビュー作はベストセラーになり、やがて芥川賞を受賞する。社交パーティの場で高橋克典に見初められ、話題のカップルとしてフォーカスされる。

虚しくなってきました。
 

21:06 2002/11/17【建設的破壊、破壊的建設】

ニゴのとっている文学の授業に笙野頼子がゲストで来るというので、もぐらせてもらうことに。

笙野頼子は相変わらず怒っていた。男性上位の社会とか、封建的な文壇とか、物わかりの悪い近隣住民とか、流行作家とか、八王子の不動産屋とか、あと何だっけ、とにかく、全てに対してすさまじい怒りのパワーをぶつけまくっていた。口調からして煮えたぎっているのがあからさまに分かる上に、そういう対象について語るたびに「マスコミのくだらない文章とか……」「こういう頭の悪い人が……」「彼のような何の面白みもない無意味な言葉の使い方が……」と、ありとあらゆる罵倒系形容詞がついている。なんか、よほど今まで人間運がなかったのだろうか。いや、そんなことを言ってはいけない。この怒りこそが彼女の文章を書くモチベーションなのだから。逆に言えば、このくらい怒りのパワーを持ち合わせてないと、20年間も作家生活は続けられないのだろう。私じゃ到底駄目だ。

しかも、論敵の「くだらない無意味な」文章をちゃんと読破して、その上で喧嘩売っているというのが凄い。桜井亜美を3行で挫折した自分は作家失格だ。断筆するしかない。

一つ、大きな収穫があった。笙野さんの作品には、言葉遊びのような要素がけっこう含まれているんだけど、それをシュルレアリスム信者の友人は、「言葉から意味を剥奪して、その形や音の組み合わせを楽しむ行為」だと説明していた。しかし、直接質問してみると、むしろ「言葉が本当の意味を取り戻すために、凝り固まった慣用的使用法を破壊しているのだ」ということ。それなら分かる。全部壊せば何か新しいものが生まれてくるかもしれない的な能天気な発想は嫌いだけど、彼女のような建設的な破壊なら大歓迎。「半信半疑ゾーン」から「尊敬する作家ゾーン」に移動決定。

余談だが、帰り道に「就活どうしようかなー」と何気なく呟いたら、
「え? 就活なんてするの? どうして?」
とニゴに心の底から不思議そうに聞き返された。
友達は選ぶべきだと思った。
 

7:41 2002/11/17【レポートモード】

★非日記モードにつき手抜き更新。

「やり遂げた」感が欲しくて、いろんな趣味の世界に足をつっこんでいるんだと思う。
ただ漫然と毎日勉強してるとか、毎日日記書いてるとかいうんじゃなくて、目に見える形の結果がないと不安で。「資格をとった」とか「本を出した」とか「公演が成功した」とかいう類の成果をちらつかされると、思わず今すぐしなきゃいけないことを放り出して飛び込んでしまう。

「大学の単位を取った」という成果は目に見えるはずなのに、どうして魅力を感じられないのだろう。摩訶不思議。
 

★ああ、そんなこと(11/15)を言われてしまったら、今更「フレンチロースト」を書いた動機が「昔好きだったけど閉鎖してしまったサイトが再開した時に感じた気持ち」だったなんて言えない。「若者の微妙な心の動き」どころか、単なるテキストサイト中毒者(81ニッキ)のラリった戯言じゃないか。
ついでに白状すると、拙作「名のない人」は、名前の持つ哲学的意義がどーのこーのなんて小難しい話ではない。実は、「2ちゃんねるで固定ハンドルだった人が名無しに戻っちゃって寂しいなー」という話なのだ。真面目に批評してくれた友人に土下座して謝りたい。そしてインターネット万歳。インターネットさえあれば私は生きていける。今日なんて、4日ぶりに部屋の外に出てみたら数時間でネット禁断症状が出たよ!
 

★とりあえず、私がよく、省略の多い発言に対して「それどういうこと? いつ? どこで?」とか聞き返す理由が知りたい人はここ読むべきだと思いました。
 

22:36 2002/11/14【成長しているらしい】

春休みに母親がタイかベトナムかに旅行に行くので、通訳としてついてきて欲しいと言われた。いや通訳っていわれても、私がかろうじて話せる外国語は英語だけなんだけど、それってタイやベトナムで通用するのだろうか?
まあしかし、母を一人で行かせるのはさすがに心配だし、スポンサー付きで旅行できるのはありがたいので、一緒に行くことにした。そういえば、私のパスポートは3月頭で切れてしまう。更新しに行かなくちゃ。

マイパスポートは大学に入学する直前にとったんだけど、当時は未成年だったから、有効期間5年の手数料割高なやつしか発行してくれなかった。今度は10年のにしようと思う。いちいち更新するの面倒だし、せっかく集まった入国のスタンプが白紙に戻ってしまうのは寂しいし。
未成年でも10年パスポート取れる制度にしてくれればいいのになー。

(ふいにパスポートを開き、5年前の自分の顔写真と目が合ってしまう)

……。
有効期限5年で良かった。心の底から良かった。
っていうかこの写真誰だよ、と思った。
 

0:39 2002/11/14【みんなが同じこと言ってるとアンチテーゼ出したくなる年頃なのですよ。

★喫茶店とはコーヒーを買うところではない。時間を買うところである。

だから重要なのは原価率ではなく、滞在時間率とでも言うべき指数である。私の独自の基準では、1時間200円を切れば「元は取った」と思うことにしている。ドトールで180円のMブレンドを頼んだなら1時間、隠れ家風カフェで400円のコーヒーを頼んだなら2時間ねばれば、「得した」ということになる。

この前、ミスドで250円のアメリカンコーヒーを頼んで立てこもったのだが、ちょうど1時間で閉店になって追い出されてしまった。悔しい。15分損したじゃないか! 50円返せ!

納得いかないので今日、再びミスドに行って来て、アメリカン1杯で2時間ねばって勉強してきた。前回は50円分の損、今回は150円分の得、トータルでプラスになった。よっしゃ、この前の貸しは取り戻したぜ!

何をやってるんでしょう私。
 

81ニッキでした。
 

7:25 2002/11/13【世の中は世知辛い】

★blog騒動なんだけど。
たとえば開設したばかりの零細サイトが、「日本一の個人サイト目指します!」とか身の程知らずな宣言していたとして、それに対して「お前じゃ無理」「侍魂も知らないくせに」等とマジレスする奴いるだろうか?
普通だったら、若ぇなーと苦笑いするだけでスルーされるはずだ。
ところが、このは、なぜかスルーされなかった。普段は何を言われても動じない大手サイト管理人達が、どういうわけかこぞって反応してしまった。それはなぜか。彼が東大生だったからである。

そんな馬鹿な。この多様化の時代に、東大生=権力=敵、という構造が何の検証もなしに無条件に受け入れられてしまっていいものなのか。その発想はあまりにも安易じゃないか。冷静に考えれば、彼は仮にもblogに挑戦しようと思っているのだから、根底に「既成のメディア・権力への反発」のような精神を持っているはずだと気づけるだろうに。その点で、彼は「僕ら」の敵というよりはむしろ仲間である。しかも、今後の「僕ら」の関わり方次第では、それなりにスキルを持った頼もしい仲間になりうる、と思ってしまう私は、楽天的すぎるのだろうか。

白紙状態の相手を、いきなり敵視して攻撃するのが得策とはとても思えない。むしろ、こう言ってあたたかく受け入れてあげたい。
Welcome to our blog world !!
 

★以前から九十九式とはよくネタがニアミス起こすなーと思っていたのだが、その理由の一つが今日、明らかになった。
なんと、宮本さんはユーザだったのだ!
何を隠そう、私も同じソフトを活用して日記を書いていた。こういうレベルでツールが思考を規定することがあるのだろうか。興味深い。
 

ネット小説の孤独[紫の紳士録)より。
>ぼく自身は、(純文学の定義を)ひとにツッコマレた時は、「結論の書かれていない小説」だと答えています。
>結論は読者の想像力に委ねられるのです。
>「純文学」が好きなひとは、そういった想像力を働かせるのが楽しいと思うひとであり、
>嫌いなひとは、それが疲れる、あるいはめんどくさいと感じるひとでしょう。
(情報元:INT-RO

かなり納得した。私は純文学がけっこう好きなんだけど、確かに正答の書かれていない(正答が一つとも限らない)推理小説のような読み方をしている。伏線を探し、作者の意図を読みとり、きっとこの部分はこういうことが言いたいに違いない、と文章の糸を解いていく。その仮定がスリリングで、自分なりの正答を導き出したときには大きなカタルシスを得ることが出来る。反対に、純文学嫌いの人からは、そのようなスタイルが「不親切」「わかりにくい」などと敬遠されてしまう。

……さて、そろそろ賢明な皆さんは気づいただろうか。わざわざ春宮さんのテキストを引用したのは、これを出すためのエクスキューズであるということに。つまり、お話の新作です。感想や批判を言ってくれる人がいたら涙を流して喜びます。ええ、本当に。
 

0:35 2002/11/12【いつまでも笑って許すわけじゃない】

★最近、夏休み前に比べると勉強するのが楽しい。
夏休み前と今で変わったことと言ったら、今の方が真面目に勉強しているということぐらいなんだけど。

そういえば、最近、デジカメが楽しい。
今までは使い捨てカメラと30万画素のトイデジカメしか使ったことがなくて、それだと全然思ったような写真が撮れないので、単なる「記録」として以上の興味なんてわきようがなかった。まともなデジカメを初めて使ってみたところ、ズームもできるし夜景も撮れるし、三脚買ってからはブレなくなったし、なんだ写真ってこんなにいろんなことが出来たのか、と目から鱗状態なのだ。
何事も真剣に取り組めば取り組むほどその面白さが見えてくるってことか。
 

★スイートマロン(オリジナルレシピ)

1.剥き栗を茹でて、つぶしながら砂糖・バター(各、栗の重さの5分の1程度)、卵黄(栗5,6個につき1個)、パサパサしているようだったら水少々を加え、よく混ぜる。

2.アルミの容器に1をスプーンで詰めて、オーブントースターで表面に焦げ目がつくまで焼く。

秋もたけなわです。
 

0:06 2002/11/11【意外と信頼できる】

★「言葉にすると、本来伝えたかったこととズレてしまう」
という話をよく聞く。
確かにそういう場合もある。しかし、「言葉にした時点で全て嘘になってしまう」というレベルまで悲観する必要はない。

世界は、大まかに言えば三段階に分けられる。
一段階目は、「事物それ自体」。
二段階目は、「感覚刺激」。視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚である。人間が扱えるのはこの段階からであり、一段階目の事物それ自体に触れることは不可能である。極端に言えば、事物それ自体が実在しているのかどうかも誰にも分からない。確かに世界が実在するように見えているし聞こえているけど、それは夢かもしれないし、催眠術にかけられているのかもしれないし、脳に電極を突っ込まれて人工的に刺激されているという可能性を完全に否定することが出来ないからだ。
三段階目は、感覚刺激が解釈されて生まれた「概念」。この段階において、二段階目では「赤くて丸くていい匂いのするもの」だった対象に「リンゴ」という名前が与えられる。「白っぽい大きな塊と黒っぽい大きな塊がぶつかって大きな音がした」という事柄には「自動車事故」という名前が与えられる。

二段階目の感覚を言語化しようとすれな、必ずズレる。たとえば感情。恋をしたときの不安感の入り交じった嬉しい気持ちを、正確に言葉で表すのは不可能だ。
しかし、三段階目だけに関していえば、原則的に全て正確に言語化できる。当たり前だ、そもそも三段階目の世界とは言語化された世界に他ならないのだから。「本能」や「(本能的な)学習」という概念化の方法が退化しまくった人間にとって、概念化とはすなわち言語化に等しい。いわば、「全てのテキストファイルはエディタで読める」と言っているのと同じくらい当たり前のことである(そもそもエディタで読めるようにした形式のファイルをテキストファイルと呼ぶでしょ?)。

私たちの生活では、心の大部分を三段階目が占めていることが多いんじゃないだろうか。「白くて柔らかいもの」を食べていることよりも「ご飯」を食べているし、「茶色くて四角いやつ」に座っているというよりは「椅子」に座っている。

そもそも、自我の崩壊した人間は目が見えなくなるそうだ。もちろんいくら自我が崩壊したって網膜に像は映り、それが大脳に伝わることには変わりないけれど、全ての輪郭はぼやけて、遠くと近くを見分けることも出来ず、漠然とした色の塊にしか見えなくなってしまうらしい。

つまり、私たちの知っている世界とは、かなりの割合で概念化された世界であり、それは正確に言語化できるものがかなりの割合で存在しているということを意味している。また、第二段階の感覚を最小限のズレで人に伝えるための文学的レトリックの方法論も、古今東西で考案されている。このようなレトリックを学んだり、語彙を増やすための努力したりもせずに、ただ言語不信を訴えてばかりいるような怠惰な表現者にはなりたくない。
 

★今日もPROG NIGHTのバイト。

まずはトリオ・プログレッソというプロミュージシャンによるブラジル音楽バンドのアコースティックライブ。ブラジル音楽だけに、パーカッションセットには普段のプログレのライブでは見かけない楽器もまざっていて、見てて面白かった。ジャズ風味あり、ボサノバ風味あり、サンバ風味あり、でもどの曲も詰め込みすぎずに引き算の演奏。癒されました。動画。

でもって、せっかく(?)癒されたのに、次のマハビヌシュ・オーケストラ1972年の映像で、再び体力と精神力を著しく消耗することになるわけです。最強。普通、これだけのテクニックがあったらテクニックについてばかり言及されるのだろうけど、彼らに関してはテクニック云々書く気が全く起きない。だってパワーも叙情性もみんな凄いんだもの。っていうか、それらの要素が全て一体となって機能しているという感じ。完成された音楽とはこういうことを言うのか。息をつく間もないほどのテンションで突っ走る1時間でした。歌詞やメロディじゃなく、演奏そのものに心を打たれたのは久しぶりっす。ドラムソロ聴いているだけで目頭が熱くなるだなんて、そんな馬鹿なことがあっていいのだろうか。凄いもん見させていただきました。
 

14:23 2002/11/10【否認、投影、解離、ヲチ】

★「ヲチを楽しむ」という概念が生まれたのは、いわゆる防衛反応なのではないだろうか。
トンデモな人間と仕事などでどうしても関わらなければいけない、という状況で、いかに疲れないでいられるかを無意識が模索した結果が「生暖かくヲチする」という考え方なのだ。

そういえば、私は最初に「ヲチ」という方法で対象に関わったのは、家庭内でのことだった。うちの母親はちょっとしたことでヒステリーを起こす人で、一度発作が起きるといくら私が論理的に説明してもちっとも耳を貸さずに泣き叫んでばかりいる。

そんな家庭の中で精神のバランスを保つには、一歩距離を置いて斜めから生暖かく見守るというのが最も効率が良かったってわけだ。
 

★東女の大学祭があまりにもどうしようもなくつまらなかったので、何の悔いもなしにPROG NIGHTのバイトに行くことが出来ました。ICU祭って、実は盛り上がっているほうだったのね。
ジェネシスはもともとあまり興味なかったのですが、フォーカスいいなあ。実力あるバンドであることは知っていたけど、あんなにエンターテイメント精神があったとは。速度や調の変化の付け方とか、テーマの繰り返し方とか、いちいちツボにはまっていました。とりあえずあのヨーデルは「歌」というより「芸」です。声だけで中国の雑技団に入れそうなレベル。
 

6:43 2002/11/09【今だけ、という価値】

私の体型の最大の悩みは「腰が張っている」こと。
だから、スカートやズボンを選ぶのがすごく難しい。トップスならデザインさえ気に入れば何を買ってもそれなりに着られるんだけど、ボトムスは気をつけないと変なところにしわが出来てしまったり、バランスの悪い骨格が必要以上に強調されてしまったりするので、買うときは何軒も回って徹底的に試着する。
苦労の末、運良く気に入ったボトムスを見つけると、迷わずに即買うことにしている。自分の気に入るセーターなんていつでもどこでも見つかるけど、自分の気に入るスカートは今買わないと次にいつ見つかるか分からないのだ。その年の流行によっては、まったく完全に見つからなくなってしまう可能性だって否定できないじゃないか! ほら、今のうちに、早く!

このような強迫観念を10年近く持ち続けた結果、私の洋服ダンスは「めったに見つからない」はずのボトムスばかり目立ち、「いつでも手に入る」セーターが極端に少ないという不思議な状況になってしまった。

そういえば、プログレのCDはマニアックでレアなアイテムから売れていって、王道の人気作は最後まで売れ残るらしい。実際、作品の質としては王道の人気作の方が高いことが圧倒的に多いのに、みんな「今買わないとなくなってしまう」と、あえて不人気作を先に買い占めようとする。

今しか手に入らない、という言葉は冷静に考えればかなりの確率で無意味である。絶対に何があってもこれを買わなくちゃ駄目、類似品じゃ駄目、ってシチュエーションは人生に置いてそう多くはないのだから。
惑わされないで、自分にとって本当に必要なものを見分けられるようになりたい。
 

0:34 2002/11/08【閉栓回避】

★というわけで、3月末に今の住所に引っ越ししてから一度も払っていなかった水道代ですが、本日無事に払ってきました。水道局は遠かった! 自転車は凍え死にそうに寒かった! どうして金を払う側が寒い思いして移動しなくちゃいけないのか全く理解できない。金が欲しいならうちまで取りに来くるべきだと思う。

分かってると思うけど、最終通告前だったら自転車1分のコンビニで払い込みできたのに、という台詞は禁句だから。
 

★無理な要約は文意を歪めるけれど、過剰な装飾も文意を歪める。
難しい事柄を簡単に説明しようとすると、難しい問題を易しい問題にすりかえておいて、その易しい(けど別の)問題について語る、という事態に陥ってしまう。反対に、簡単な事柄を難しく語ろうとすると、易しい問題を難しい問題にすりかえておいて、その難しい(けど別の)問題について語る、という事態に陥ってしまう。

だから、「一つとして同じ言葉はなく、別の言葉を使ったら別の意味になってしまう」という、まさにその主張を根拠に、私は「簡単なことをわざと難しく書いた文章はあんまり好きでない」と言ってみよう。もちろん詩や散文のような文学作品は別問題だけど。
 

0:39 2002/11/07【最終通告】

誰だ、水道はいくら滞納しても止まらないって言った奴は。
 

0:32 2002/11/06【いわゆる便所の落書き】

駅のトイレにこんな落書き発見。

「只今、トイレットペーパーは準備中です」という張り紙に対して、「本当にペーパーつける気あるんですか?」と疑問を投げかけるものあり、それに対して「女なんだから紙ぐらい持ち歩け」「トイレ使わせてもらってるだけでありがたいと思え」とつっこみが入り、更に「いつもトイレ使わせてもらって感謝してます♪」と自称争い嫌いの良識派からの独り言に見せかけた自己主張があり……。
ちょっと面白かった。この会話パターン、この匿名性、なんとなく「何か」に似ているなあ。

とゆわけで、なんとなくそれっぽく再現してみました。
 

トイレットペーパーのない公衆トイレって

1 :名無しさん :02/10/29 21:53
最低だと思う。
用が済んでから紙がないことに気づいて愕然とした。

2 :名無しさん :02/10/29 21:53
2げと!

3 :名無しさん :02/10/29 21:55
その名の通りクソスレだな(藁

4 :名無しさん :02/10/29 22:34
紙ぐらい携帯しる!

3 :名無しさん :02/10/29 22:40
っていうかトイレ使わせてもらえるだけでありがたいと思え。

4 :名無しさん :02/10/29 21:45
っていうかその後>>1がどうしたのかが気になる。

5 :名無しさん :02/10/29 22:53
あーわかるわかる。本当に、公衆トイレ設置するんだったら紙ぐらい置いて欲しいよね。

6 :名無しさん :02/10/29 23:42
>>5ジサクジエンハケーン

7 :名無しさん :02/10/30 0:06
>>1の母で(略

うむ。自然だ。
 

11:35 2002/11/04【history】

★ICU祭です。
我が文芸部は、古本を中心としたフリマと、絵や詩の展示をやっています。いやまあそれはいいんだけどさ。高校生ぐらいのカップルが、中古CDコーナーを物色しながらこんな会話をしていたんですよ。
男「何? このシャ乱Qって」
女「ああ、確かこれ、つんくが昔やってたバンドだと思う」
男「へー、そうなんだ」
女「っていうか、あんたのほうが詳しいはずでしょ、辻ちゃんファンなんだから」

絶句。
今時の高校生は、つんくがシャ乱Qやってたことを知らずにモーニング娘。を聴いているんですか。
 

★夜はお茶の水にてELP、ピンクフロイドのフィルムコンサートの手伝い。

フロイドのほうはあまり興味なかったので折り込みチラシとか観て暇をつぶしていたのですが(ごめん)、ELPはかなり楽しめました。というか映像を観たのは初めてです。音楽自体、聴くの1年ぶりぐらい。で、百聞は一見に如かずっていうのは本当。CD7枚も持っているのに、エマーソンが猫背であることを知らなかった自分、オルガンにナイフを突き刺すエマーソンの姿を知識として知っているだけで一度も観たことがなかった自分に愕然としました。

いきなり結論。やっぱりELPはすげー。マニアになりやすい体質のせいで、ついつい大御所バンドはつまんなくてマイナーなバンドがいい演奏するって錯覚を覚えてしまうのですが、大御所には大御所たる理由が当然あるんですよね。「神」としてはヘタクソかもしれないけど(だから、彼らを神扱いしている人達の間で時折ELPヘタクソ説が流れる)、「人間」だとしたらあり得ないくらい上手すぎます。なんだあのドラムの手数は。1秒間に15回ぐらい叩いてます。ELP聴くのサボってエマーソンのフレーズをパクってばかりいる後続バンドばかり聴いていてごめんなさい。

あと3人とも予想以上に見た目がかっこいいです。若くてキラキラ目が輝いています。確かにこんな人たちが来日したら、女の子たちがキャーキャー群がりたくのも分かります。カメラも顔ばっかり映してるし。指を映せ! 私は指の動きが観たいんだ!
 

4:09 2002/11/03【メトロポリス】

★Art Zoydの来日ライブのために横浜へ。
せっかく横浜まで来たのだからと、昼食にカレーミュージアムと足を運んでみた。
本当は話のネタに変わったカレーを食べてみようと思っていたのだけれど、みんな考えることは一緒みたいで、変わったカレーを出している店は一時間待ち以上の長蛇の列。のんびりと待っている時間はないし、バカップルの群に紛れて独りでぽつんと一時間待っているのは精神的に拷問に近いので、やむなく待ち時間0分だったオーソドックスなカレー屋「エチオピア」に入ることにした。

しかし、これが正解だった。かなり美味しい。スープは小麦粉っ気がなくさらさらしていてご飯によくなじむ。時々「あ、今噛んだのグローブだ、おお、今のはナツメグか」とか分かってしまうレベルで粗挽きのスパイスがたっぷり入っている。とはいえ、鳥がらベースのだしの香りが非常にまろやかなので、決して棘があるわけではない。自転車圏内にあったら月に2回は通うレベル。怪我の功名だ。

ちなみに私は調子に乗って「大辛(いちばん辛いやつ)」を頼んだんだけど、正直前半は平気だったけど後半は水ばっかり飲んでいた。直下型の辛さにはかなり耐えられる自信あるんだけど、カレーの辛さって時間差攻撃でやってくる。油断禁物。
 

 

★Art Zoydのライブ(正確に言えば、無声映画「メトロポリス」を上映しながらそれに合わせてArt ZoydがBGMを生演奏する、というイベント)は、これがまたかなり良かった。バンドの演奏も良い、映画も良い、演奏と映画のマッチングも良い、これ即ち無敵。
欲を言うなら、私は音楽ファンであって映画ファンではないので、Art Zoyd単体ライブも見てみたかった。パーカッション(ドラムセットではなく、様々な打楽器が一列に並んでいる)のパフォーマンスとか注視してみると面白いのだけど、そればかり見ているとストーリーについていけなくなってしまう。

パーカッションとサンプラー中心の調のない音楽は、色のないスクリーンと見事に同化していた。特に、危機の迫るシーンや不気味な描写の時に、Art Zoydの本領が発揮されている。キーボードがまた不協和音で不安感を煽るんだよなー。静寂の使い方も実に上手い。

ところで、私は今日が無声映画を見るの初めてだったのですが、無声映画ってみんなあんな風に、演劇みたくオーバーアクションしたりいちいちポーズ決めたりするんでしょうか? だとしたらかなり好みなのですが。どの場面のどの画像を切り取っても、全てちゃんと絵になっているというのが凄いと思った。
 

 

2:13 2002/11/02【口説きの法則】

なんとなく分析モード。

「口説く」(恋愛に限らず)台詞を要素に分けてみる。
1.君は魅力的だ(能力がある)
2.君が欲しい(必要だ)
3.僕は魅力的だ(能力がある)
4.君は僕が欲しいはずだ(必要なはずだ)

最も一般的かつ無難な口説き方は、1+2をメインで攻めつつ3+4をさりげなくちらつかせる、というような方法であると思う。
「君、すごく可愛いね(1)。もっとじっくり話してみたいなあ(2)。あそこに僕のポルシェがあるんだけど(3)、夕飯がてらドライブにでも行かない? いい店知ってるんだ、きっと君も気に入ると思うよ(4)」
「君のスキルはもっと大きな評価に値するね(1)。ぜひ我が社で働いてみないか(2)。もちろん、今まで以上の待遇は保証する(3)。君にとっても悪い話ではないと思うんだがね(4)」
まあ、合理的な口説き方である。

ところで、実はもう一つ、一見不合理な口説き要素というのが存在する。
5.君には魅力がない(能力がない)。
この要素、(3)や(4)と組み合わせると、効果的な時がある。君は劣っている。→ではどうすれば克服できるの?→君にないものを持っている僕と付き合えばいいんだ、という流れを組み立てればいい。

でも、私はこの方法は嫌いだ。仮にも人様を口説こうって時、相手を誉めることは最低限の礼儀だと思うからだ。

「水道水には発ガン物質がたくさん含まれているんですよ、このままじゃガンになって死にますよ(5)。でもこの浄水器は、マイナスイオンの力で水を美味しく綺麗にしてくれます(3)。お値段は20万円と少々高めですが、命と比べれば安いもんでしょう(4)。
「あなた、霊に取り憑かれていますよ! このままじゃ呪い殺されますよ!(5) でも大丈夫、我がパペパペ教の教祖様なら、このぐらいの霊は簡単に退治できますよ(3)。さあ、呪い殺されるかパペパペ教に入信するかどっちがいいですか(4)?

騙されるな。5→3→4で人を口説こうとする奴にろくな奴はいない。一度ハマってしまったらあとはお決まりの悪循環だ。私の知り合いで、この類の男に引っかかってしまったと付き合っている子がいるんだけど、彼の否定の台詞をいつも真に受けて、服や髪型をころころ変えながら「どうして私って駄目なんだろう」とばかり言っている。周りが変える必要ないと忠告しても、聞く耳を持たない。まるでカルト宗教に洗脳されたカモのようだ。

もう一度言おう。仮にも人様を口説こうって時、相手を誉めることは最低限の礼儀だ。
 

[home]