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22:55 2002/10/31【ロジック・ラヴ】

赤面するif。(情報元:えんたかさん@BBS)

★マニュアルの類を読むのが好きだ。特に、パソコンのアプリやゲームのルール解説が楽しい。なぜならそこにはより純粋に近い論理があるからだ(論理萌えー)。時々「仕様です」とか不条理なことを言われる場合もあるけど。

何かを統べている全体的な法則を理解する過程が快感だ。法則を取得することによって、カオスだった塊が言語化されていく様子を眺めているのはたまらなく気分がいい。

私の興味は時に「理解すること」だけに向けられていて、「使用すること」には向けられていない。飽きやすいのではなく、最初からそれだけが目的なのだ。使い方を覚えたとたんに使わなくなったソフト、ルールと定石を覚えたとたんに遊ばなくなったゲームがいくつあっただろう。だって、使用は必ずしも新しい知識を生み出さない。「やれと言われたらいつでもやれる状態」をコレクションしていれば、少なくとも未来に訪れるかもしれないシチュエーションへの保険にはなる。これが正しい考えだとはさすがに思わないけど、自分の心を落ち着かせるためにしっくりくる方法だったのは確かだ。

ところで、もう長いこと関わっているのに未だに「理解する」域にすら達することができないものが2つほどある。
賢明な皆さんならもう予想できていると思うが……その2つが「哲学」と「創作」なのだ。
 

23:00 2002/10/30【対処法。】

叩かれたら凹む。誰だってそうだろう。
私も某所で叩かれたことがあるが、その時は正直かなり傷ついた。当然の感情だ。

批判された時の対処法は主に3つある。
1.正当な意見だとみなして該当個所を修正する。
2.根拠のない中傷だとみなして無視する。
3.そういう意見もあって良いと思うが、自分の主義と反するので今回は対応を見送る。

重要なのは、この3つをいかにして見分けるかだと思う。
2chは根拠のない中傷の割合が他のコミュニティに比べると高い。しかし全てではない。高名な学者が根拠のない中傷をすることもある。小学生が正当な意見を言うこともある。場所で判断せず、一つずつ冷静に見極めていかなくてはならない。それをせずにただ凹んでいるのは怠慢に他ならない。
中傷であることを見抜いてしまった中傷は恐くない。
真っ当な批判はもともと恐くない。
正体の分からないネガティブな言葉の塊が恐いだけなのだ。
 

19:31 2002/10/29【こんなメッセは嫌だ】

★メッセンジャーの状態設定に「少しだけ取り込み中」という選択肢が欲しい今日この頃。 別に何か急ぎの作業に取り込んでいるわけではなくて、むしろ暇を持て余してネットサーフィンしてるんだけど、かといって他にやるべきことがないわけではないし、積極的に会話をしたい気分でもないんだよなー、ああでも全く会話がなかったらそれはそれで寂しいなーという微妙な感情を表すのに便利なのに。

ついでに「会社で仕事サボり中」という選択肢があっても便利だと思う。いつでも話しかけてきてね、でも上司が近くを通りかかったら突然落ちるかもしれないからその時はごめんね、という意志表示。使用頻度はかなり高くなるんじゃないだろうか。
 

★ハッタリたがる人ほど、他人のハッタリに引っかかりやすいの法則。
なぜなら、自分を頭良さそうに演出しようとしている人は、「今のよく分からなかったけどどういう意味?」と素直に質問することができないから。

・分からない言葉が出てきたらすぐその意味を質問する。
・根拠の不明な主張をされたら根拠を尋ねる。
・漠然としていてよく分からないことを言われたら、より具体的な説明を求める。
これこそが、他人のハッタリを見破るための要なのにね。
 

20:15 2002/10/28【ファジー】

★昨日のネジが外れまくっている日記を消去したくて仕方ないifです。一体何があったんだか自分でもよく分かりません。多分夜中に書いたのがいけなかったのでしょう。
 

★自分は「ポジティブな気持ちでの閲覧」と「ネガティブヲチ」の区別があまりついてないよなーと思う。白か黒かなんて分けられない。もっと滑らかなグラデーションを描いて並んでいる。

自分と全く同じ考え方のサイトだけを見ても、何か新しいものを得ることは出来ない。確かに共感できる文章を見つけたときは嬉しいし、上手く言い表せなかったニュアンスが説明されているのを見つけると、思考がスッキリ整理される。でも共感できるサイトばかりに近づいていたら、自分の偏屈かもしれない価値観を更に踏み固めてしまうだけだ。

だからこそ、違和感を感じる場所を目指す。その違和感がやがてプラスの感情を生み出すのか、マイナスの感情を生み出すのかは誰にも分からない。大概はグレーゾーンをほよほよとさまよっていて、日によってちょっと両端に飛び出ることがある程度である。

人はそれを「ヲチ」とか「ネガティブアクセス」とか呼ぶ。でも、その呼び方はあまり好きではない。実際私は、違和感とその分析を、付随するマイナス感情ごと楽しんでいるのだから。
 

2:30 2002/10/28【冬が来れば思い出す】

★私は夏が一番好きだ。
夏になると感情的になる。
理由? そんなのは、灼けつく陽ざしと汗のにおいだけで十分だ。
それと蚊取りマットのにおい、エアコンの埃っぽいにおい。
視覚も聴覚も皮膚感覚も鋭敏になって、ちょっとしたことで嬉しくなったり泣きたくなったりする。蝉の声や花火をする子供の声を聴くと、いちいち昔の記憶が呼び戻されて、その中に私を閉じこめようとする。

冬が近づいてくる。私は冬が一番嫌いだ。
窓の外はいつも夜。寒くて毛布にくるまっているうちにどんどん時間が過ぎて、気がつくと数ヶ月経っている。乾燥した空気のせいで鼻は利かなくなり、分厚いセーターのせいで皮膚感覚も麻痺していているので外の変化に気づかない。だからいつも冬の思い出は空白だ。だた膝を抱えてまるくなって、春に焦がれて、待ち続けた辛い記憶ばかりが残っている。

夏は甘ずっぱ系の恋愛もの、冬は存在がどーの真理がどーのという小難しい系お話が書きたくなる。たとえば好きな人から頭をコツンと叩かれただけで幸せになってしまうような気持ちとか、そういうささやかな揺らぎは夏じゃないと捕まえられない。反対に、夏は論理の階段を一段ずつ上っていく作業をするのには雑音が多すぎる。よそ見しているから、ちっとも前に進めないで、やがて転げ落ちてしまう。
冬が近づいてくる。今年の冬も、私は感覚が希薄な言葉の世界に囚われてしまうのだろうか。布団にもぐりこんで震えながら、待ち続けるのだろうか。
 

★あのぉ、某所の閉鎖はやはり昨晩の魚民での某氏某氏の会話が原因なんでしょうか?(ぼそっ)
あ、ササキさんからいだたいだ笹団子は非常に美味しくいただきました。お疲れさまです。応援しています。

 

9:50 2002/10/27【向上心】

日常生活でのストレスを誰にも気兼ねなく、またオチをつけたり分かりやすい言葉を使ったりエンターテイメントの枠に追いつめることなく、好きなだけ吐き出す場所として、裏日記でもつけてみようかな、と思った。

でもよく考えたら、気兼ねなく吐き出せない状態というのは、必ずしも私に損をさせているわけではない。「この文章はあまりにもプライベートすぎて、そのままじゃif→itselfには載せられないや」と思って、仕方なく載せられる状態まで問題を一般化して、更にベクトルの方向がズレるように装飾して加工するというプロセスは、自分にとってむしろプラスに働いていることが多いのだ。
言葉を整理することによって思考も整理され、現実世界での問題を解決するのに役立っている。
また物書き志望としても、いろんな言葉、いろんな表現を使う練習にもなっている。

だからやっぱり裏日記はやめた。
少しの不便なくして向上はあり得ないという良い見本だ。
 

10:33 2002/10/26【ものすごい勢いで劣化しそう】

★私は筆圧ならぬキーボード圧が非常に高い(ちなみに筆圧も高い。筆圧が低い人はキーボード圧も低いのだろうか?)。
パソコンのキーボードカバーなんて、3ヶ月でボロボロになってしまう。カバーしてなかったらキーボード本体がボロボロになっていたんだなーと思うとゾッとする。
前のパソコンはカバーを2回変えた。3回目に変えようと思ったら、もう同じ型のが売り切れていて買えなかった。そして暫くして、うちのパソコンはF10キーとF11キーが外れ、CtrlキーとShiftキーの感度は異常に悪くなり、Pキーを押すと時々元に戻らなくなってしまったわけだ。

今日、新パソのキーボードカバーを買いに行ったわけですが。
「その機種に対応したカバーは発売されておりません」
と言われた瞬間の私の絶望感、察してください。
 

★ライブ@原宿RUIDO

・五人一首
ぱ、ぱ、パンクですか?
疲れ気味の身体にこのテンションはちょっときつかった。しかし、これは使えるかも。非プログレファン洗脳用に。わかりやすくノリノリでかっこいい上に、わかりやすく上手い(主に速い、という意味で)。実験してみよう。

・GERARD
三人とは思えない音の厚さで、非常に安定した演奏。でもみんな同じ曲に聞こえた。

DAEMONIA再び
・なぜこのセットリスト?という昨日の疑問が氷塊。これしか弾けないからだったのか。それなら仕方ない(苦笑)。
アンコールされるも他に曲がないから、同じ曲をもう一回ずつ全曲演奏するという荒技を見せてくれました。終了予定時刻は大幅にオーバー。つか、普通に考えて二倍の時間かかってるし。ライブハウスのスタッフたちは、呪い殺さんばかりの目でステージを見ていました。
 

★今日のごめんなさい。

私はずっとNE.を「怖いサイト」だと思って、近づかないようにしてました。だって、だって、トップページにエヴァ文字でドーンと「晒されるような運営をしているその身を呪うがいい!」(記憶不確か)と掲げてあったんですよ! ああ、悪いことをしたらここに晒されてしまうんだなあと、ちり紙交換の車に怯えるいたずらっ子のような感情を抱いても無理ないじゃないですか! アンテナが解析にひっかかった時も「うわぁ、ヲチされてるー(ガクガクブルブル)」とか思ってました。ごめんなさい。私の文章を取り上げてくださったことを知り、改めて読んでみたところ、言葉に対して非常に真摯な姿勢で取り組んでいる方だなあと思いました。デザインも前より目に優しくなっていて驚きました。本当にごめんなさい。これから日参させていただきます。

怖いといえば、No-Futureもずっと怖いサイトだと思っていました。ごめんなさい。実際にサカイさんにお会いしてみたら、水族館好きの優しいお兄さんだったのでびっくりしました。本当にごめんなさい。既に日参しています。

どうも私は、赤と黒の多いサイトを怖いサイトだと思いこむ傾向があるみたいです。気をつけます。
 

12:31 2002/10/25【手段と目的】

★よく失恋したあと、「絶対キレイになって後悔させてやる!」とか言いますけど、それって本当に効果あるのでしょうか。

数年前に交際をお断りしたことがある男の子から電話がありました。某一流企業に内定したそうです。
で、だから何?
内定したこと自体は素直に凄いなーとは思うけど、それと恋愛感情は全く別問題なわけで。「あの時OKしなかったことを後悔」するどころか、その言外から漂ってくる「どーだ、見直しただろ、ね、ね!」みたいな自意識過剰さに更なる嫌悪感を感じてしまいました。

相手にダメージを与えたいだけなら、手間ひまかけてキレイになろうだなんてまだるっこしい方法をとるよりも、無言電話するなり不幸の手紙を送るなりしたほうがよっぽど効果的なんじゃないだろうか(犯罪だけど)。自分を磨く行為は、誰かを落ち込ませようとか懲らしめようとかいう動機じゃなくて、もっとポジティブな向上心からして欲しい。「復讐」なんてドロドロした目的を掲げられてしまったら、「磨く」という言葉が可哀相だ。

私が言うと全然説得力がないのはなぜだろう。
 

★ハローウィンナイト@On Air West。

・Leo Nero
リズム隊がGERARDだったので、9月とは違ってメタル風のYS。Giannniの歌はますます研ぎ澄まされていて、唖然とするのみ。

・DAEMONIA
テーマはメタルdeオペラ、なのだろうか。演奏自体はなかなか面白い。ゴブリンの変名バンドだからゴブリンの曲を演奏するのはいいんだけど(というより、みんなゴブリンの曲を聴きたくて来ている)。なぜバッハ?なぜMike Oldfield?なんかすごく腑に落ちない。カバーバンドなの? オリジナル曲ないの? いっそのことゴブリンの曲だけ演奏してくれればいいのに、わざわざ来日した意義が今ひとつ分からない。

・ARS NOVA
PAのトラブルで何度も演奏停止してしまったのが残念。ヨーロッパの古城風のメロディーにコスプレっといったら……なんとなくマリスミゼルを思い出したの私だけでしょうか?ものすごいく上手い女の子版マリスミゼル。
 

23:54 02/10/23【呪いの言葉】

私が人から言われて凹むのは、ダントツ一位で
「就職して社会に貢献できない上に学会にもろくに貢献できない二流文系大学院生めが!」
ってな言葉だと思う。反論のしようがなく全くその通りなので本当に凹みまくる。「東大と京大以外の文系大学院なんて、将来性ゼロだよねー」なんて言われてしまった日には、もう悔しさでわんわん泣き出すと思う。

ところが、未だこの言葉を人から言われたことがない。明らかに私に敵意を持っていて、私を落ち込ませようと画策している人の煽り発言でも、せいぜい「ブス」「デブ」止まりである。容姿コンプレックスは5年も前に克服してしまったし、デブでないことは確かなので、言われても痛くも痒くもない……いやさすがに良い気はしないけど、頬をつねった程度の痛みしか感じない。

一番言われたくない言葉を言われないで済んでいるのは、「本当のことだから言っちゃいけない」と気遣ってもらっているからなのか。それとも、大学院の内情を知らなくて、大学院生=頭がいいと勘違いしている人が多いからなのだろうか。多分後者なんだろうな。
 

2:20 02/10/23【趣向】

「最近の子供の学力の低下は、本当に困ったものだよね」
「ふーん」
「小学校では分数+小数の計算を教えなくなったとか」
「ふーん」
「中学校では、解の公式を教えずに二次方程式解かなきゃいけなくなったんだってよ」
「ふーん」
「理科ではイオンを教えないくせに水の電気分解は教えるんだって。あり得ないよね」
「ふーん」
「あと、社会の教科書からルネサンスと十字軍が消えたって」
なにぃっ! 許せんっ!

あなた分かりやすすぎです。
 

0:34 02/10/22【トラウマ】

★私は追いかけることが出来ない。引き留めることもできない。
遠ざかる背中を見ながらどんなに胸が痛んでも、「行かないで」と言うことができない。
一歩でも追いかけてしまうと、どこからともなくもう一人の私の声が聞こえてくるのだ。

「はあ? 何やってるの? あんたストーカー?」
「違うよ、ただ私は彼にもう一言だけ話したくて」
「だから、そういうのをストーカーっていうの。バカじゃん。私には貴方が必要なの〜♪とか思って自己陶酔してるんだろ。その湿っぽさ、初恋の中学生並だな。ぷぷ」
「あー、もう、分かったよ。もう追いかけないよ。あんな奴、もう顔も見たくないね。戻って来たってこっちから願い下げさ」
「そうそう、それでこそifだよ。さあ、家に帰って気晴らしに酒でも飲もうぜ」
「賛成、飲む飲む」

そんな感じで、二歩目を踏み出だしたことは未だなく、酔いつぶれて眠ってばかりいる。
求めることは、恥ずかしいことだと思ってしまう。相手に負担を強いるのはワガママだと感じてしまう。だから今日も私は、ただ背中を見続けている。
 

★10万hitありがとうございました。
今までこのサイトを訪れてくれた全ての人に感謝します。
拙いながらも3年以上も筆を執り続けていられたのは、偏に皆さんのおかげです。
 

16:38 02/10/20【social context】

○○なんてみんな同じだ!の罠。
こういう言い方するときって、ほぼ確実に、実際は○○なんて「ある面から見れば」みんな同じ○○だ、という主張であることが多い。つまり、別の面から見れば違うのである。男も女も人間という点ではみんな同じだ!という論理は正しいけど、同時に「性別という点では異なっている」ことを忘れてはならない。

ややこしいのは、この場合の別の面が可視的なものではなく抽象的、形而上的な側面だった時である。
Duchampが「泉」というタイトルをつけて芸術という名の下に発表した便器が芸術なら、全ての便器は芸術ではないか、と主張した人がいた。また、石ころや空き缶がジャンクアートとして通用するなら、全ての石ころや空き缶は芸術と言っていいのではないだろうか、と。
確かに、見た目は全く同じ便器である。しかし、実際は「社会的背景」が異なっている。目に見えぬ要素だけに忘れられがちだけど、この要素こそが芸術と非芸術を隔てているのだ。

なんでもかんでも芸術だと言ってしまう風潮を批判して、 Noel Carrollが芸術を「社会的背景」から定義した。
ある事物が芸術であるのは、
1.広い意味で人間による創作物である。
2.作者はその事物によって芸術界に関わろうと試み、関わることに成功している。
この2つを同時に満たした時である。

(『Philosophy Of Art』より if意訳)
私たちが普段使っている「芸術」という言葉のニュアンスに忠実な、分かりやすい定義だと思う。

ところで、テキストサイトとは何だろうか。
文字が書いてあればテキストサイトなのだろうか。
だとしたら、世の中殆ど全てのサイトがテキストサイトじゃないか。
そこで、社会的背景の出番である。

あるWebサイトがテキストサイトであるのは、
1.人間によって書かれてWeb上にアップされた文章である。
2.既にテキストサイトと言われているサイトにリンクしている。また、そのようなサイトからリンクされている。
この2つを同時に満たした時である。

割と素直に受け容れられる定義だと思いませんか?
 

14:53 02/10/19【PC乗り換え作業中】

アンサーソングを歌おう。

★そういえば、「うちの組織は企業(or政府)を模倣しています!」と公言しているサークルに限って、中に居るのは「目をキラキラさせている奴」ばっかりだった、と学部時代を思い起こしてみる。
私はまだちゃんと社会に出たことはないので、そういった奴らを横目で見ながら、企業という組織を維持するにはああいう所属意識を持たせることが必要なのかなと思って、それにしても気持ち悪いなぁとため息をついていたのだった。
しかしBBSや他の方の日記を読む限り、そういう奴ばかりではないらしい。安心した。しかし、就職から逃げる口実がまた1つ減ってしまった。再びため息。
 

指摘の理由が納得がいくものだったら(10/18)、そりゃ1回で直すと思う。改善したいという向上心あって批評依頼しているのだから。問題は、納得できなかった場合だ(そして、過去の自分がそのスタイルを選択した背景にはそれなりの理由があったことを考えると、納得できないケースは意外に多いと思われる。管理人が「テキストサイトでも作ってみようか→内容はどうしよう」パターンではなく、「書きたい文章を書いた→Webにでもアップするか」パターンであった場合は特に……)。そんな時、自分の考えのほうが正しいのか、指摘のほうが正しいのか、確かめる術がない。そもそも「正しい」考えというのが実在するのかどうかも怪しい。

今のところ、この判断の精度を高めるためには、「他にもいろいろな人に聞いてみる」という非常に原始的な方法しか思いつかない。ベストな方法だとは思わないけど。

私は柊さんの、改名前から変わらぬ落ち着いた語り口が大好きなのですが、そのような元からの個性とルミ姉さんの批評との出会いは、非常に幸福なものだったのだろうと思います。
 

10:50 02/10/18【ワガママ】

今日の格言:他人から「直したほうがいい」と言われる部分は、よりにもよって「そこだけは絶対に変えるわけにはいかない」と思っている部分である。

でなければ、「今の自分には技量がなくて直したくても直せない」部分である。
20年も生きていない若者や、インターネットを始めてから半年そこそこの初心者だったらいざ知らず、ある程度の経験を積んでいる人だったら、修正可能な部分は既に修正済みだ。残りは、技術的に不可能かポリシーとして譲れない部分かのどちらかなのだ。

ルミ姉さんが13日に、「他の批評サイトで指摘された問題点が何ら改善されないままに批評依頼されても何となく鼻白んでしまう」と書いている。批評者として納得できない気持ちは非常によく分かるけど、ある程度仕方がないことなんじゃないだろうか。個人的には、てらたまさんが以前「フォントのセンタリングだけは変えるわけにいかない」と書いていた、その気持ちも同じくらいよく分かる。大抵の被批評者は、他人の意見を真摯に受け止めて改善したいと思っているはずだ。ところが、フタを開けてみると、指摘された部分は主義的に変えるわけにはいかない部分なのだ。仕方ない、今回はなかったことにして、別の人にもう一度批評してもらおう。別の人なら、別の修正可能な箇所を指摘してくれるかもしれない、とつい思ってしまうのである。

自分の中の絶対の禁忌を侵さない限り評価は得られない、という悲しい事実。私だったら1回言われたぐらいでは受け容れられないような気がする(1回の指摘で受け容れてしまう人がいたとしたら、その批評サイトの熱狂的信者だってことであり、それはそれで気持ち悪い)。長文で細かく批評してくれるサイトが1つ2つあるよりも、短めの批評でもいいから気軽に依頼できるサイトが沢山あったほうが、その機能を果たせるのではないか。

私は批評されたことはあっても批評したことはない。
だから、あえて「批評される側」としてのワガママを言ってみた。これに、「批評する側のワガママ」がぶつかり合えば理想の批評が浮かび上がってくるはずだから。
 

※追記
あーあ、ぐだぐだじゃん。要するに、
・批評とは、単に技術的な誤りの指摘ではなく、必然的に主義主張の領域にも関わってしまう。
・技術的な指摘だったらすぐに受け容れられるけど、主義主張に関わる指摘はそうそう受け容れられない。
・受け容れられない可能性を自覚してしまった以上、長文で丁寧な批評サイトには、とてもじゃないけど申し訳なくて批評依頼できない。
・だからワガママ言ってみると、短時間で機械的に批評するサイトのほうが気軽に批評依頼できていいんだよなあ。
ってなことが言いたかったのです。
 

9:08 02/10/17【パターン】

いろんな人のサイトを読んでいて、好みだなーと思う日記って、決まったパターンであることが多い。
私の場合、“日常雑記+思索”形式の日記が好きみたいだ。

「今日、○○をした」
→「それについて、△△だと思った」
→「考えてみると、これって世の中全般に言えるんじゃないだろうか」
というパターン。

そして更に、このパターンって、私自身がよく使うパターンに他ならないということにも気付いてしまった。
なんだよ、私も結局自分が可愛いだけかよ。つまらん。
 

12:08 02/10/16【本質は変わらない】

技術とはかつて、職人の技術のことであり、アナログで人間の温かみがあるものだった。それが近代になって精密自然科学を取り入れてから、周知の通り冷たくて人間を脅かすものに変わってしまった。

これを以て人は何て言うだろう。
「技術は変わってしまった」?
「技術は使いようによって冷たくも温かくもなる」?
否。確実に言えることは一つ。
「技術には、もともと人間を脅かすような要素が含まれていた。ただ、その要素が発現したのが近代だったというだけだ」と。

あの人は変わってしまった、とよく言う。昔の彼はもっと謙虚で気配りが出来る人だったのに。一体何が彼を変えてしまったのだろう。
それに対する私の答えは、「今更何を騒いでるの? 彼はもともとそういう人だったじゃん」である。たまたま発現するのが遅かっただけで、気付いている人はとっくに気付いていた。

現在の科学技術だけを頑なに否定するのは、社会的意味はあっても論理的意味はない。懐古主義は何も産み出さない。今も昔もそこにある本質をどのようにして見つめ、受け止めるかが問題だ。
 

0:36 02/10/15【上書き保存】

昔の恋人というのは、必要以上に悪く言われがちである。それはつまり、「今の恋人」が「昔の恋人」に変わる過渡期というのが何かと修羅場的シチュエーションが多く、最後に嫌な記憶ばかり焼き付いてしまうので、それ以前の蜜月期の記憶を覆い隠してしまうからなのだろう。

今日は昼過ぎから秋葉原をぶらぶらして、死相の出ている現ノートパソコン(NECラヴィ)の跡継ぎとして東芝ダイナブックを購入した。
私は同じメーカーのパソコンを続けて購入したことが一度もない。それはつまり、新しいパソコンに乗り換える直前っていうのは、「苦労して作ったファイルが丸消えした」とか「重要なメールが届く日なのにメールチェックが出来ない」とか、何かと大変なイベントばかりが起こるので、蜜月期のことを忘れてしまい、「もうNECはこりごり」とか思ってしまうからだと思う。

パソコンのソフトをいじるのは好きでもハードのほうはさっぱりな私、「美しく別れる」技術なぞ持ち合わせてはいない。そのおかげで過去にこだわらずに先に進むことが出来る。いいことなのかは不明。
 

10:33 02/10/14【針路】

騒いだ翌日は反動で鬱になるの法則。

だー☆くまたんという大変便利なサイトが出来て以来、そこだけ読んでいれば話に乗り遅れずに済んでしまうので、2chのスレを滅多に見なくなってしまった。そんな横着者は私だけかと思っていたら、意外と共感してもらえたみたいで。
もともと2ch読者が対象だったはずのニュースサイトが、2ch読者を減らしてしまうという本末転倒な現象。

ネットに限らず、いろんな場所に当てはまるんだろうなあ。サッカーや大相撲のダイジェスト番組が出来てから試合中継を見なくなってしまったって人も多そう。つまりそういう人は、サッカーの話題についていけなくなるのが怖かっただけで、本当にサッカーが好きな人ではなかったということになる。

反対に、軽い気持ちでダイジェスト番組を見てみたら面白くて、それ以来試合中継を見るようになった、という人も居るはずだ。そういう人は、もともとサッカー好きの要素がある人で、ただそれまで見るきっかけがなかっただけなのだろう。

ダイジェスト番組やニュースサイトは、本当に好きな人を対象に呼び寄せ、本当は好きじゃなかった人を対象から遠ざける。実は本末転倒でもなんでもなく、歪みを是正すべく非常に上手く機能しているのかもしれない。
 

10:16 02/10/13【reasonable reason】

★ICUの教務課の人は不愛想で不親切だ、というのが定説らしい。
ところが、私は教務課で嫌な思いをしたことが全くない。
むしろ、丁寧に対応していただいた記憶ばかりある。

友人1「授業登録を変更したくて行ったんだけど、すごく面倒くさそうに対応されてさあ……」
友人2「登録単位の上限を上げてくれるように手続きしに行ったんだけど、全然融通が利かないんだよ」
私「このままじゃ卒業不可だって言われたときと、成績警告書が来たときの2回、教務課に行ったけど、すごく親切だったよ」

ああ、親切にされた理由がなんとなく分かってしまった。
 

★Head Pop Up@吉祥寺シルバーエレファント。

HEAD POP UPと言えば、去年ラーシュ・ホルメルが来日したときに対バンだったのを見たことがあったのですが、その時に関しては「面白そうなことをやってるのに、いつも下を向いているか他のメンバーを見ているかで一度もこっち(客席)を向いてくれなかった」という強烈な印象のみ残っているのでした。いや、物理的にだけじゃなくて、精神的にもバンド内だけで自己完結しちゃってるような感じがして、客としては淋しかったのです。私の声は届いているのだろうか、と。

今日はシルバーエレファントというステージと客席が近い会場だったのが幸いしてなのか、私がさんざん「もっと格好よさそうな服&仕草キボンヌ!」と言い続けたのが影響しているのか、しっかりとこっちを見てくれていました! 感動! ああ、やっぱり意識が客席に向いてくれているというだけで、演奏も3倍良く聞こえます。

こうして聴くと、本人達が言っているほどB級ではないように感じます。あえてB級グルメに例えるなら、牛丼やハンバーガーではなくて、新鮮な素材を厳選した寿司好きのための回転寿司、かな。プログレ好きのための回転寿司プログレ。あれこれと色とりどりの楽器、色とりどりのフレーズが次々に回ってきて、しかもしれがいちいちフルートだったりオカリナだったりアコーディオンだったり変拍子だったりしてプログレファンのツボをついていて、ついつい食べ過ぎてしまいそう。ご馳走様でした。

そして、今日のライブはインスト中心だったのですが、Head Pop Upの大きな特徴の1つは日本語ボーカルだと思っています。普通、日本語ロックと言ったらごにょごにょ発音して英語っぽく歌うか(最初から英語で歌えばいいじゃん!)、はっきり発音はしていてもボーカルを全面に押し出してその他の楽器は伴奏に徹してしまうか(J-POPかよ!)、どちらかなのですが、彼らの場合はあくまで日本語の発音・発声を尊重したまま、曲の1パーツを構成する楽器として成り立たせている。これは実は凄いことだと思うのです。ありのままの日本語の楽器化、この路線はこれからも続けて欲しいなあと思います。
 

 

6:33 02/10/12【ID】

世界一良い曲調査
此処から人が流れると激しく調査結果が狂いそうなのであえて宣伝してみます。
竹田さんごめんなさい。もしもインドネシアのジャズバンドだのハンガリーの室内楽バンドだの書き込む人が居たらほぼ確実にif→itself経由の人です。

★相変わらずrougeさんは期待に応えるなあ。サービス精神。

お話新作の正式タイトルは「XYZ」に決定しました。感想をくださる皆さんに感謝。

★年齢と共に、特定の組織にコミットできる度合いって少なくなっていくんじゃないだろうか。

若ければ若いほど、自分の未熟なアイデンティティを所属する組織に見いだしがちになる。
しかし、依存していた組織を抜け出して別の新しい組織に入る経験(それは仲違いが原因かも知れないし、単に卒業や引っ越しが原因のこともあるだろうけど)を繰り返しているうちに、己が己である印を自分の外部ではなく内部に求めるようになる。外的な要因によって左右されない「自分」が確立され、肩書きという言葉の甘い響きがいかにまやかしであるか見抜けるようになる。

正直、どうしてこの歳になって自分を「○○社の人間」だと思いこめるのか、分からないのだ。たかが数ヶ月の新入社員研修を受けただけで、私自身が素直に洗脳されてくれるとは到底思えない。いつまでたっても「『私』が○○社に務めている」という構図が「私は『○○社の人間』である」という構図にシフトできないのは目に見えている。

考えれば考えるほど就職が嫌でたまらない。この会社で頑張る!と目をキラキラさせた同僚達の中で、私1人が取り残されてしまいそうな気がする。もちろん給料をもらうからには、それなりに真面目に働くだろうけど、拠点を同化するほどコミットできていない居心地の悪さから逃れることが出来ないと思う。

私と同類の人間は、どうやって割り切っているのだろう。どうやって社会の中で違和感を最小限にできるのだろう。誰か教えて。
 

7:47 02/10/11【ふぃろそふぃあ】

哲学者とは、誰もが出来ることをやらず、常識を疑い、既成の規則に意義を唱える人です。

朝寝て夕方起きて、授業に出ず、宿題をやらない私は、なんて哲学者に相応しい人間なのでしょう。
 

13:21 02/10/10【モテる条件】

謙虚で受動的な日本人は、S気質よりもM気質の人口のほうが多いそうです。だから、貴重な資源であるS気質の人間はモテる傾向にあるはずです。
いや、たとえ需要と供給のバランスを考えなくても、自分から能動的にアプローチできるS気質の人間は、恋人を作りやすいんじゃないでしょうか。マサムネさんが以前「Sはサービス精神のS、MはマグロのM」と言っていたのはなかなか言い得て妙だなあ、と。

いろいろなサイトを見ていると、モテているように見えるキャラの管理人(実際にどうなのかは知らないけど)って概ねSだなあと思います。又さんとかrougeさんの文章には、「〜された」「〜言われた」という記述よりも「〜した」「〜言ってやった」という記述のほうが多い。一方、痛い系とか非モテ系とか言われる管理人の文章には、「〜された」「〜言われた」が圧倒的に多く含まれてます。この方なんて、内容的にはいろいろな女性と仲良くしていてモテているみたいなのに、ざっと読んだ印象がどうしても痛い系から逃れられないのは、言い寄られた記述ばかりで言い寄った記述がほとんどないからなんだと思います。

私に浮いた話が全然ないのは単にM気質だからであり、決して容姿その他が芳しくないからではないのです。そうに決まってます。
 

1:02 02/10/09【収支】

★新作です。お話ページ更新しました。
よろしければリアクション下さい。特に、誤字脱字&文章表現や構成のおかしい所の指摘、読者としての純粋な感想(意図したシーンで意図した通りの感じ方をしてくれたか否か確かめて修正するのに役立てます)は重宝します。それ以外のご意見ももちろん大歓迎ですが、例によって〆切が迫っていることもあり根本的なスタンスについての批判要望は反映できない可能性大ですのでご了承ください。

★趣味や仕事が続くかどうかって、結局収支がプラスかマイナスかで決まるのかな、という話をしていた。
運動系サークルに入ったとして、普段の練習はきつくても試合で団結して勝つ喜びのほうが多ければ、得をしたってことになる。また、会社の仕事がどれほどつまらなくても、給料をたくさんもらえればトータルではプラスになる。この収支がマイナスに転じたときが、サークルや会社を辞める時なのだ、と。

それは確かにそうだけど、収支がマイナスだからこそ止められないという悪循環もあるのではないだろうか。たとえば昔の私の場合、演劇をすることで溜まるストレスが、演劇によって発散されるストレスを明らかに上回っていた。ところが当時の私は、演劇をすること以外にストレス発散の方法を知らなかったので、溜まれば溜まるほど余計に演劇に打ち込むようになり、余計にストレスを蓄積させてしまった。

別の土俵に移るのはリスクが大きいし、相当の勇気とエネルギーを必要とする。だから、私たちはしばしば別の土俵の存在に気付かないふりをして、赤字の事業にしがみつく。そして、悪循環に陥っていく。

カルト的なものに騙される人があとを断たないのは、それがプラス収支だと錯覚しているからではなくて、マイナス収支だからこそ止められないんじゃないかと思う。寄付をした。願いは叶わない。不快になる。彼らには、寄付をする以外の方法で願いを叶えようという発想がないから、不快から脱出するために更に寄付をしていまう。

土俵を移ることは、案ずるほど大変なことではない。本当は、赤字の事業を継続するほうがずっと大変なのだ。この事実にさえ気付くことが出来るなら、もうカルト的なものは敵ではない。
 

19:42 02/10/06【栗ごはんが食べたい】

★祖母の命日なので、親戚一同八王子霊園で墓参り。
1年に1回しか会わない人たちだし、職業や人生観もあまり似ているとは言えないのに、なぜか親近感を感じる。親族って不思議だ。

 

★親に隠し事をする、ということに対して全く罪悪感を感じない。

たとえば、旅行に行く予定の日の朝、軽い頭痛を覚えたことがあった。そこで、念のために薬を持っていこうぐらいの気持ちで「頭痛がする」と言ってみた。ところが親は、それを聞いた瞬間に楽しみにしていた旅行を取りやめてしまったのだ。何度も「大した痛みじゃない」と説得しようとしても、時既に遅かった。ああ、こんなことになるなら頭痛がしたことなんて隠して我慢すればよかった……とどれだけ後悔したころだろう。

こんなこともあった。高校の時、私は友人と一緒にマックでバイトをしたいと思い、同意書を書いて欲しいと親に頼んだ。親は「学生の本分は勉強だけだ!」激怒し、同意書を破り捨てた。ここまでならまだ分かる。奴らはその上、余計なことをた制裁だと言って、ただでさえ少なかったお小遣いをもっと減らしてしまったのだった。ああ、こんなことなら同意書なんて偽造してしまえば良かった、サークルだとか自習室で勉強してたとか言えばいくらでも誤魔化せたのに。相談してしまったことを、死ぬほど後悔したのだった。

どんなことでも親に知られたら最後、良いことは剥奪され悪いことは更に悪い方向へと突き落とされる。だから親には何も相談しないほうがいい。これが、私が人並みに生活するために学習した最良の方法である。上記のような家庭環境を考慮すれば、誰が私を責められよう。親の自業自得ってやつだ。

母「ところでif、就職活動ってそろそろ始まるんじゃないの?」
if「え、いや、その、まだ大丈夫だよー」
3年かけて修士を卒業する予定だってこと、未だ言えてません。
 

1:16 02/10/05【真の悪は】

そうそう、ボランティアの話で思い出したことがあります。
私は高校の時、赤十字関係のボランティアサークルに属していて、赤十字の総会に、高校生代表として出席したことがありました。

ハッキリ言って、幻滅しました。
まず、2000人強の参加者全員に、豪華な幕の内弁当、飲み物、記念品の一輪挿しが無料で配布されるのです。100歩譲ってお弁当と飲み物ぐらいは仕方ないとしても、この一輪挿しは何ですか? つーかこのお金は善意の寄付金から出ているんじゃないですか?
しかも一通りの総会が終わった後は、なぜかジャズバンドの演奏なんて余興があるのです。このバンドのギャラは、やはり善意の寄付金から出ているんじゃないですか?
1人あたり1000円の経費を2000人分節約できたとしたら、200万円になります。200万円あったら、何人の命を救えるんだ?

みなさ〜ん、真に批判されるべきなのはこういう奴らですよ。デカい組織の上の方で初心を忘れているような、管理事務費と管理人件費を合わせた45億円という数字を見ても何も感じないような、金銭感覚の麻痺した奴らです。今は、草の根で募金活動している小市民たちを偽善者だとか言って批判している場合じゃないんだってば、マジで。
 

2:14 02/10/04【才能】

哲学する才能がある者が哲学するわけではない。
哲学なしで生きていく才能がない弱者が哲学するのだ。

哲学は、呼吸や鼓動の仕組みを考えることと似ている。
普通の人間は「どうすれば呼吸できるのだろう」と考えなくても呼吸できるし、心臓は意識して動かそうとしなくても勝手に動く。しかし、時々、意識して呼吸しようとしなければ窒息してしまうような劣等種がいる。彼らは生きていくために、呼吸の仕組みを考えざるを得ない。この劣等種が哲学者だ。

哲学の知識というのは、いわば呼吸の仕方とか心臓の動かし方とかいうもの。そんなんいちいち考えなくても呼吸できる普通の人にとってはナンセンスな知識である。せいぜい飲み屋で演説して女の子に「すごーい、物知りなのね」とお世辞を言われるぐらいにしか役立たない。

もう一つ。
ボランティアする才能がある者がボランティアするのではない。
ボランティアしなくても生きていく才能(生きている自分を肯定できる才能)がない弱者がボランティアをするのだと思う。やる人はそれが生きるために必要だから誰に言われなくてもやるし、やらない人はよっぽど金と時間が余ってない限り誰に言われてもやらない。やる人が偉いというわけでもないし、反対につまらない偽善者だというわけでもなく、その人にとっては呼吸をしていることと一緒なのだ。

私は「哲学しなきゃ生きていけない病末期」の上に「慢性ボランティアしなきゃ生きていけない病」という大変な虚弱体質なので、普通の人の生活レベルに追いつくための治療費だけで、莫大な時間を吸い取られている。損だなあと思うけど、劣等種として生まれついてしまったのだから仕方ない。

……以上、なが〜いなが〜いエクスキューズでした。
もしも同病者の方がいらっしゃいましたら、ぜひこの運動にご協力下さい。
 

3:08 02/10/03【祭】

早朝10時(早朝です!)に、けたたましい太鼓の音で起こされた。窓の外を見てみると、細い通りに馬だのお神輿だのひいた人たちが列をなして歩いている。流鏑馬の矢を持っているってことは、多分井荻八幡宮(源氏ゆかりの神社)。そうか、今日が秋祭りなのか。

イベント好きとしては、境内に行ってみなきゃと思う。夜になって買い物帰りに立ち寄ってみると、案の定縁日が出ていた。しかも150メートルぐらいびっしりとお店が並んでいてけっこう賑わっている。

この辺は夏祭りよりも秋祭りのほうが盛大なくらいで、きっと昔は農民しか住んでいなかったんだなーと思う。しかし、台風一過とはいえ涼しい秋風が吹いている中、縁日でビールを飲むってのは、慣れてないと何かいけないことをしているみたいだ。
心はまだ夏です。
 

2:17 02/10/02【部歌】

久しぶりに母校ICUに行ってみる。売店で飲んだ「ICUブレンドコーヒー」は以前と変わらない味で妙に嬉しい。

ペン先クラブ(≒文芸部)でだべっているうちに、「部歌」の話になる。ペン先で部歌を作るとしたら、一体どういう曲になるのか。
「ぺんさきくらぶぺんさきくらぶぺんさきくらぶ♪」
おお、7拍子だ。かっこいいぞ。
「やっぱ歌詞に『武蔵野』は入れたいよね」
国木田独歩作品を始めとして数々の名作を生みだした地ですから。

そんなわけで、部室で適当に歌ったやつを思い出しながら適当にmidi化してみた。打ち込みに1時間ちょいしかかかってないので本当に適当なのはご勘弁を。あと微妙に私の特殊な嗜好が反映されているのもご勘弁を。→これ。

ペン先クラブ×8

文学の里 武蔵野 リベラルアーツ教育(※1)
小説漫画コラム イラスト短歌俳句
デザインポエムその他 紙の上の創作

なんのきこのき(※2) 春展(※3) ICU祭はフリマだ
奥泉光 高村薫
平田オリザ(※4) 目指してるよ

ペン先クラブ×8

可愛い後輩達よ、これから毎日、部室に来たときと帰るときにこの部歌を歌うこと。お分かり?

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※1……ICUのカリキュラムはリベラルアーツ(多分野に及ぶ教養)が売りです。
※2……会誌名。
※3……春に行う展覧会。はるてんと読む。
※4……3人ともICUの卒業生。

 

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