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2:46 02/06/30【言い換え】

難しい言葉を簡単な言葉に言い換えるのは、内容をそれなりに理解さえしていれば、そう難しいことではない。でも、簡単に言い換えた言葉を再び難しい専門タームに戻すのは、容易ではない。

私はよく、時間節約のために日記と授業レポートで同じネタを使う。レポートの〆切は1週間後だけど日記はその日中に更新したいので、日記を先に書くことになる。そして後でレポート化のために、日常言語を専門タームに変換しようとするのだが、これが出来ない。不可逆変化なのだ。

日記には「分かること」と書いたけど、これは「了解(Verstehen)」のことだったっけ、「解意(Auslegung)」だったっけ、それとも「開示(Erschlossen)」だったような気もする。日記に「気持ち」と書いた部分は、確か「気分(Stimmungen)」のことだったような、いや「心境(Befindlichkeit)」のことか、ひょっとして「配慮(Besorgen)」のことだったか、ああでも「関心(Sorge)」の可能性もあるし……。結局、参考文献を読み直し、1から書き直すハメになる。

この事実の示すところは、やはり簡単に言い換えられた文章というのは元々の文章とは別物だ、ということだ。著者の本当の主張は、原著をそのまま読まないと分からない。改めて学問に近道はないのですね。
 

19:53 02/06/28【期限】

ICU図書館の入館ゲートは、卒業して有効期限の切れた学生証でも3ヶ月は侵入可能というバグがあります。東女の図書館には洋書がほとんどないので、今までレポートなどで原著を参照したい時はこのバグを最大限に活用し、ICU図書館でコピーさせてもらっていました。しかしそんな生活も今月いっぱいで終わりです。そろそろ研究で必要不可欠な本ぐらいは自前で買わなきゃいけません。つーか洋書高すぎ。1冊5千円って。

と思っていたら、やっと先月の交通事故の保険5万円が下りたと連絡がありました。病院だの新しく買った自転車だの支出を差し引いても3万円近く残ります。わーい、これでSein und Zeitぐらいは買える。延滞していたガス代と電気代も払える。

……1ヶ月に1回ぐらい当たり屋やったら、生活がずいぶん楽になるなあ。

いや、もちろん冗談ですよ。本気にしないで下さいね。やだなー、そんなこと、私がやるわけないじゃないですかぁ(真剣な目で)。
 

0:24 02/06/28【制約】

テーマ創作を見るのは楽しい。没個性とか言う人もいるけど、同じテーマを扱っているからこそ作者の個性がはっきり出ると思う。
狭義の創作に限らず、たとえば服の流行なんかもそうだと思う。一口に「今年はレースのスカートが流行っている」と言っても、色、形、どんなトップスと合わせるか、どんな小物と合わせるか、パターンは十人十色で、かえってその人の好みが露骨に出る。
Webサイトも全く同じだ。同じオフ会のオフレポをどう書くか、似たような書式になりがちなリンクページやアバウトページをどうするか、リードミーバナーをどこに置くか、そのような制約の強い場所にこそ、特徴が現れると思う。

テーマ創作をするのも楽しい。与えられた特定のテーマで書かなければいけないので、マンネリに陥りがちな自分の創作世界に刺激を与え、拡張することが出来る。

作者のインスピレーションをどんどん刺激してくれる良きテーマは、「作品化にあたって2つのネタが必要なもの」が多いような気がする。
たとえば、2年前にICUペン(先)クラブで競作したテーマは「境」だったけど、これはかなりいろんなイメージが膨らんで面白いテーマだった。境というくらいだから、何と何の境なのかを考えなくてはならない。生と死の境はどんな世界だろう、人間と動物の境はどこにあるのだろう、今日と明日の境に秘密の時間があったら楽しそうだな、等々。2つの単語の組合せからアイディアはとめどなく生まれてくる。

そういうわけで、今年のICUペン(先)クラブの競作テーマとして、2つのネタが必要なもの──「変身」「戦い」を提案してみた。変身するためには、「何から何へ」変身したのか決めなければいけないし、戦うためには「何と何が」戦うのか定めなければいけない。その結果、「変身」のほうが採用された。

さて、どんなお話を書こうか、考えなくては。
そろそろテスト期間だけど。
 

4:14 02/06/27【欲求不満】

何事も、賛成意見と反対意見が半々ぐらいあるのが健全だと思う。
世論が賛成に傾きすぎれば改善できるはずの点が見えなくなるし、反対意見に傾きすぎれば現状の評価すべき要素までが取り除かれてしまうことになる。

だから私は、周りの意見が片寄っているなあと思うと、少ないほうの味方になってバランスを取ろうとすることが多い。
しかし、当然ながら、少ない方の意見というのは通らない。
よって、私が味方した意見は大抵通らないのである。

慢性的フラストレーションの理由がちょっと分かった。
 

17:35 02/06/26【記憶】

★マーフィーの法則、その他類似品の各種法則は、全てこの一言に要約できると思います。
「我々は、都合が良いことはすぐ忘れるくせに都合が悪いことは延々と覚えている」
たとえば、分かりやすい例で「車を洗うと雨が降る」という法則があります。これは、車を洗っても雨が降らなかったことは当然のことと見なされて特に意識もせずに忘れてしまうのに、車を洗ったら雨が降ってしまった恨めしい記憶はいつまでも残っている、ということを示しています。
 

★都合の悪いことは延々と覚えている繋がりで、韓国。
正直、太平洋戦争って私にとって歴史の教科書の中の出来事であって、「大化の改新」だの「フランス革命」だのと大して変わらない位置づけなのです。国家だの先祖だのって意識が希薄なのかもしれません。高校で日本史を選択しなかったので詳しい事情はよく分かってないのですが、もしも賠償とかが本当に必要なら政府さん早いとこやっておいて下さいって感じで、どうしても自分が当事者だとは思えないのです。もちろん、「戦争一般」は嫌いですけど。痛そうだから。

だから、日本がサッカーで負けて大喜びしている韓国人の映像とか見せられても、困惑するばかりでした。もう半世紀以上前なんだし、当時を覚えている人も少なくなってきたのに、何熱くなっているんだろう? と。

しかし、このシチュエーションをネットバトルと重ねてみて、なんとなく分かってきました。
3年前に「やらかしちゃった」人(例:ナミさん)が、もう当時を覚えている人も殆どいないんだし許してくれよ、と言ったところで、人々は叩くのをやめるでしょうか。否、ですね。恐らく彼は、サイトを閉鎖しない限りずっと叩かれ続けるでしょう。3年前やらかしてしまったという事実がある以上、反論すらできずに耐えるしかないのです。 これって、今の日本の状況に似てます。なんとなく腑に落ちない気はするけど、悪口を言われ続けるぐらいは我慢するしかないのかなあ、と。

というわけで、ifの易しい歴史講座でしたー。駄目?
(あ、左右両派を敵に回した気がする)
 

1:49 02/06/25【singing】

★ICUペン(先)クラブの新歓&6月卒業生追いコンでした。 奇跡的にアルコールの入らない1次会、そしてこれまた奇跡的にアルコールの入らない(少ししか)カラオケ2次会。 ちなみに、今日私が歌った曲をリストアップしてみます。

アザミ嬢のララバイ(中島みゆき・1976年)
VIRGINITY(レベッカ・1984年)
RASPBERRY DREAM(レベッカ・1988年)
EZ DO DANCE(trf・1993年)
愛の才能(川本真琴・1996年)
travelling(宇多田ヒカル・2001年)

気が付いたら見事に全時代対応しているし。
こうなると、60年代と70年代前半の曲を歌わなかったことが悔やまれます。UKロックで十分に対応可能だったのに。どうも最近、食指を動かされる新曲がなくてカラオケ離れしていた私ですが、「各年の曲を揃える」という新しい楽しみを発見できました。
 

★そういやここんとこ、耳がマンネリ化しているなーという気がするのです。
そこで、「みなさんから薦められたプログレ以外のアルバムを全てレンタルして聴いてみて感想を書く」という企画をしてみようと思います。ぼちぼちレポート期間なので、すぐに実行できると確約はできませんが、少なくとも夏休み中にはアップします。

どうぞ遠慮なく、和洋ジャンル問わずifに聴かせたいアルバムをメールして下さい。日本No.1のレンタルショップ「ジャニス」で借りる予定なので、多少マイナーな作品でも大丈夫だと思います。ただし、ブラック系(R&B、ヒップホップなど。ブルース、ジャズはセーフ。)とアイドル系は肌に合わないことが多いので避けた方がいいかもしれません。どうかご協力お願いします。
 

0:04 02/06/24【判断】

★問題を解決するためには、2つのステップが必要です。
1つは、分解。複雑な問題を、より単純な要素ごとに分けることによって、解決方法を見つけやすくします。そしてもう1つは統合。解決された各々の要素を、再びまとめて元の問題に還元します。どちらのステップが欠けても、効率良く問題を解決することは出来ません。

ところで、私の周辺の人を見ると、哲学・数学系の人は「分割」力に長けていて、自然科学・社会科学系の人は「統合」力に優れているような気がします。そういえばカントは、演繹的な判断を「分析判断」、帰納的な判断を「総合判断」と呼んでいたっけ。成程。
 

Nocheキキオンのライブ@お茶の水アイリーンホールに行ってきました。

アコースティックフュージョンという、何だかよくわかんないけど美味しそうな売り文句のNocheは、クラリネット、アコースティックピアノ、ギター、ベース4人編成。主にクラリネットによって奏でられる複雑かつキャッチーなメロディはプログレと近いものがあって、確かに美味しかったです。でも、ゲストボーカルの曲は要らなかったなあ。あの場所に果たして、ホイットニーヒューストンの曲を聴きたいと思っている人なんていたのでしょうか。

ライブを見るのは2回目のキキオンは……うーん、PAのせいなのか、本調子ではなかったような気がします。特にVo.の音量はもっと上げたほうが良いのではないかと。しかし、相変わらず初めて見るいろんな国の民族楽器が次々と出てきて、その澄んだ音色を聞き分けているだけでも楽しいです。アップテンポな曲での緊張感は前回以上だと思います。新曲希望。
 

2:11 02/06/22【ボーダー】

偽善者を糾弾すべき理由は、「偽善だから」ではないと思うのです。

というのも、数ある偽善パターンの中でも「私ってば良いことをしたなぁ〜という自己満足」というのは「喜んでもらえて純粋に嬉しい気持ち」と紙一重、どころか時に同一でないとも限らない、非常に区別が曖昧なものだからです。

この種の偽善までもを撲滅しようとしたら、世界中のおよそボランティアと名の付く仕事をしている人全員を撲滅しなくてはならなくなるでしょう。私は中学高校とボランティアサークルに所属していて、高校卒業後もたまにその類のイベントに参加しているというかなり肩身の狭い(苦笑)立場なのですが、この業界、「偽善者め!」と言われてドキッとしない人は皆無だと思います。

では、糾弾するべき行為とは何か。
私は、「『善いこと』を目的ではなく手段と見なす」こと、もっと分かり易く言えば「ボランティアの名を利用して私腹を肥やす」ことに限定して構わないと思います。私腹を肥やすとは、募金の着服みたいなお金の問題に限らず、社会的な地位向上のために「俺は善いことをしてるんだぞー」と宣伝することも含めます(件の祈りテキストはこのタイプ)。手段に成り下がった瞬間から、「他人のためになること」は「他人を蹴落とし、踏み台にすること」へ向けて緩やかな変化をスタートさせます。その結果、社会が具体的な危機に曝される可能性が飛び抜けて高くなるのです。

幸い、今のところ非難されている人は上記のタイプと一致しているみたいですが、これから先、世論が暴走して全ての偽善者を否定するようなことにはならないで欲しいです。善と悪の境界も、善と偽善の境界もけっこう曖昧なものですから、オールオアナッシングな考え方は通用しません。心の中で自己満足している程度の無害な人は容認してあげないと、ボランティアの存在を前提として成り立っている幾つもの業界が死んでしまうのです。
 

2:25 02/06/21【歯切れ悪すぎ(w】

そんなわけで、学生プロ○○ラー、取材してきました。
表向き詳細は新聞に載るので、ここでは記事には書けないような裏エピソードを……と思ったのですが、やっぱり差し障りのない程度でやめておきます。いろいろと怖いので。

本人だけに取材するつもりだったのに、たまたま近くで用事があった荒○社長さん(なんか汚い噂話がつきまとっている方らしいのですが、顔が悪人面のせいで損してるケースも多々あるのではないかと。)までもがいらしてしまったので、型通りの答えばっかりになってしまい、イマイチ本音が聞けなくて残念でした。

それでも言葉の端々から感じたのは、彼は多分、本当はサッカー選手になりたかったんじゃないかなーということ。実際、関東の某Jリーグチームに属していたこともあったらしいのですが、上手くいかなかったようで1年で退団。それからプロ○○ラーを志すまでの数年間、社長さんの前では言えない葛藤があったのだろうと思います。

取材終了後、社長さんに「今からミラクルフルーツを食べに行くんだけど来ないか?」と誘われ、この際なので3人で行ってみることにしました。都立大駅近くの「HEART」というお店。ミラクルフルーツというのは赤くて小さなグミのような実で、これを2、3分口に含むと、酸っぱいものが甘く感じるようになってしまう、と話題になっている果物です。この実自体も甘くてけっこう美味しい。そしてレモンを囓ってみると……本当に甘いグレープフルーツのような味がしました。知覚過敏の歯だけはちゃんと酸っぱがっているのに。もともと甘いパイナップルなんて、もう甘すぎて気持ち悪いほどでした。確かに不思議。

珍しいものをおごっていただいたので、悪いことは書けなくなっちゃったよー。
しっかり買収されている私。

なお、今日と昨日の日記は、近いうちに削除します。いろいろと怖いので。
 

23:14 02/06/19【納得いかない】

だぁーっ。もう、プロダクションとかマネージャーとか名の付く人は苦手だーっ。

「毎日新聞キャンパる」の記事のために、ある学生プロ格闘家を取材することになったんですよ。
まず、彼の属する団体にメールを出してみたのですが、音沙汰無し。念のためもう1通出してもやっぱり返事は来ません。電話をしたら、「本人の連絡先を教えて欲しい」という至極単純な用件にもかかわらず、プロダクションだか何かのほうにたらい回しされました。プロダクションの電話番の人に「今担当者がいないので、こちらから後日かけ直します」と言われたのを信じて待っていても電話は鳴らず、仕方なく自分からかけ直しても、3日連続で「今担当者がいないので……」と同じ答えが返ってきました。それなら担当者の携帯を教えてくれと頼んでも教えてくれないし。

結局、その学生プロ格闘家の携帯番号をゲットしたのは、最初にメールを出してから2週間後でした。こっちには「〆切」ってのがあるんだぞ、何様だと思ってるんだ、嫌みの一つでも言ってやらなきゃ気が済まねぇ、とぶつぶつ呟きながらダイヤルすると、
彼「もしもし……あ、毎日新聞キャンパるのifさんですね、話は伺っております。こちらの不手際で連絡が遅くなってしまったようで、申し訳ありません」
何も言わないうちに、ちょっとハスキーな男前の声で爽やかに謝られてしまいました。
か、かっこいい、かもっ。
私「あっ、いえ、こちらこそお忙しいところ申し訳ありません(ドギマギ)」
どこにぶつければいいのか行き場を失った怒りは、その1時間後に掃除していた私の右手に乗り移り、掃除機の柄にヒビを入れてしまいましたとさ。あーあ。
 

1:39 02/06/19【1日15時間睡眠】

何もしなかった日ってどうしてこんなに疲れるのだろう。もう寝ます。

あ、あと私は実生活のみならずweb上でも引きこもりなので、あんまり日常的には他のサイトのBBSに書き込んだりメール出したりしないのですが、私と言葉を交わしたことの人のサイトは殆どちゃんと観ていますので、薄情者とか思わないで下さい。
 

22:20 02/06/17【6月病】

★私の巡回サイトは掲示板を入れて80カ所ぐらいあるのですが、これだけあると、一通り更新をチェックするだけでも2時間近くかかります。実際にテキストを読んでいる時間は多分半分くらいで、あとは「あー、まだ更新してないや。はい次っ!」って作業をひたすら続けているだけ。テスト前や原稿の締切前でも、時間をかなり無駄に使ってしまっていました。

そこで数日前、はてなアンテナを導入したのですが、これ、ものすごく便利です。どのサイトが更新したのかが一目で分かるので、無駄にクリックすることがなくなって、ネットに費やす時間も半分くらいで済むようになりました。おかげでこれからは今までの2倍のサイトを巡回できそうです。ん?
 

★大学の保健室に精神科医が来る日だったので、あわよくば無料でお薬を手に入れようと思い、受診してみました。授業に行くのがかったるくて仕方ないと訴えたのですが、「それは病気のせいじゃない。あんたは鬱病じゃない」と断言されました。ifはお医者様のお墨付きで「ただの怠け者」だそーです。わーい。
 

23:26 02/06/16【最低限】

★文章を書く上で最も大切なのは「相手に伝わること」であり、語彙の豊富さも思想の深さもまず何が言いたいのか伝わらなければ意味がない。

お世辞にも分かりやすい文章を書いているわけではない自分を引き合いに出すのは胸が痛むけど、私の場合は最低でも「この1文が結論です」ってのだけは分かるように心がけている。たいていその1文は最終段落の最初か最後にあり、そうでない時は「だから」「要するに」「つまり」などの接続句をひっつけていることが多いはずだ。

徒然と書かれた日常日記は別として、思索系の文章を書く人はせめて「どれが結論なのか」はハッキリさせて欲しいなあ、と思う。文章構成力に自信がないならこの際太字フォントにするだけでもいいから。何が一番言いたいことなのか分かるか否かで、思索系の文章の価値は無限倍(n/0倍)になる、と思う。
 

こっちもやっと形になった。
 

23:39 02/06/15【Verfallen】

長くなってしまった上に分かりにくいのですがこれが今のところ限界です。ある程度は日常言語に直しているため厳密でない表現はご容赦下さい。
 

火曜日の朝食はクロワッサン!!(14日参照)
 

10:28 02/06/15【曖昧さ】

半分が勘違いと妄想で出来ている緩いコミュニケーションってのがあったなあ。
友達同士でわざと斜め前の彼に聞こえるように「私、料理得意なんだけどさー」と会話して自分をアピールしてみたり、部活の落書きノートに意味深なポエムを書き残してみたら次の日彼が自分から私の隣の席に座ってくれて喜んだりとか。
ロマンチックと思う人もいるだろうけど、私はこの手の曖昧さは得意じゃない。果たしてそのコミュニケーションは本当に成り立っているのか、何%くらいが妄想にすぎないのか分からないから余計に不安になる。痛い目に遭わないように、前もって全てを悪い方へ悪い方へと考えてしまい、かえって絶望的な気分になってしまう。

そういうわけで、思ったことははっきりと口に出すようになって久しい。特に、好きな人には駆け引きもタイミングも考えずに好きだと言うことにしている。余計な勘ぐりに体力を使わなくていいし、確実に伝わる(冗談だと思われることもあるけど)のでラクだ。

webサイトやってると、「友達同士でわざと斜め前の彼に聞こえるように会話している」的な居心地の悪さを感じることがある。ああこれってあのサイトのことを言っているんじゃないだろうか、この意見は私に言っているのだろうか、と。上手に一般論に昇華できないなら、文中リンクに批判的な世論なんて気にしないで堂々と名指しちゃえよ、というのが私の主張である。思想と文章で補うことが難しいケースは多々あるわけで、そういう時ならリンクで補おうとする行為は正当と見なされるべきではないだろうか。
 

1:20 02/06/14【消滅】

ネットワークバーンナウトとは、掲示板の書き込みやサイトの更新を頻繁に行っていたはずの人がある日を境にぷっつりと居なくなってしまう現象のことですが、この現象、発信する側だけでなく受信する側にもあるんじゃないかと思います。昨日までは1日3回もに観に行っていたサイトに、ある日突然興味が無くなり全く行かなくなってしまう、という。名付けて、「読者バーンナウト」。
私の場合、そのサイトにハマってから半年前後でやって来ることが多いです。3日間ぐらい更新が滞っていたり自分が旅行で見られなかったりしたのが原因のこともあるし、何の理由も思い当たらないこともあります。

という話をしたら誰も賛同してくれませんでした。
ねえ誰か。
 

22:56 02/06/12【説明】

★ifは音楽に対する知識はなくても好奇心だけは多分人並み以上なので、いつも読んでいる日記に誰かの新譜やライブの話が出てくるとけっこう真剣に読みます。しかし、結局「どんな曲」で「どんな演奏」だったのかという肝心の部分がサッパリ分からない場合が多すぎます。普段の彼の日記は面白いんだし、決して文章力がない人じゃないはずなのに。確かに音を言葉で表現するのは容易ではありません。でも、ミュージシャンの人格がどうのとか、会場の雰囲気がどうのとか書くより前に、せめてどういうジャンルでどんなバンド編成なのかぐらいは分かるようにしてくれないと、試聴してみようという気も起きないよー。私も気を付けなきゃですね。反面教師にしてがんばろう。
 

★いちいち立ち止まって考え込まずに勢いつけてどんどん先へ進んでみたい。
適切な相槌と自分の考えが異なっていても適切な相槌がうてるようになりたい。
下ネタを言えるようになりたい。
髪を金髪にしてコギャル風メイクしてキャハハハーって笑ってみたい。
感情的なケンカをしてみたい。

「してない」のではなく「出来ない」からタチが悪いのだ、この馬鹿女は。
 

0:15 02/06/12【まだ見ぬ世界へ】

リドミと才人とテキ庵と日記速報だけがテキスト系サイトコミュニティだと思っている人、多いのではないのでしょうか。確かに侍魂効果でこちらばかり話題になって人数が膨れ上がってしまったけど、少なくとももう1種類の(しかも多分、より古くからある)コミュニティが存在するはずです。天野アンテナとか湘南日記放送局とか日記観察とかに代表される、アンテナコミュニティです。私はテキスト系サイトはこの辺りから発展して出来たとばかり思っていたのですが、交流のなさっぷりからしてどうも違うみたいですね。

リドミなど前者は、「更新報告型」。いちいち報告文を考えて書き込むのは面倒だし、実質1日1回しか報告できないシステムであることが多いので、1回の更新に命をかける傾向があります。そのため、コラム形式で1つのテーマについて書かれた、読み応えのある量の段落文体が多くなっています。

一方で後者の「アンテナ型」では、更新が自動的に反映されるのですが、報告文を自由につけることは出来ません。そのため、多くの人に読んでもらうためには更新回数が重要なファクターとなり、CGI等を用いて1日に何回も数行ずつの更新をする実況中継風日記が多くなります。

リドミから好みの文体のエッセイストを見つけたときは滅茶苦茶嬉しいし、アンテナ系にはweb日記特有の他人の生活を覗き見する楽しみみたいなのがあります。両方からお気に入りの日記を捜してみてはいかがでしょう。片方しか知らないのは勿体ないと思いますよ。
 

2:08 02/06/11【ものがたり】

★今日は、イルバレ来日のポスターとパンフを吉祥寺内のCD屋とライブハウスに配ってきましたー。(と、さりげなく宣言)
 

★お互いに好きだったけど告白できずに、友達以上恋人未満だった相手が、ある日突然失踪してしまったのです。彼の実家について私が知っている情報は、「○○市」「山の上」「自営業」「近くにパソコン屋がある」というだけ。それでも地図を目を皿のようにして見て目星をつけ、実際に○○市内を歩いてみることにしました。いくつもの山を登って降りて汗だくになった末、ついに条件に合致する場所を探し出しました。表札を確認すると、確かに彼の名字が書いてあります。間違いありません。インターホンを押そうか帰ろうか迷っていると、ちょうど買い物に出かけていた彼が戻ってきて、目が合ってしまいました。もう後には戻れません。
私「あ、あの、久しぶり」
彼「どうしてここが分かったの?」
私「会いたかった」
彼「とにかく、上がって。お茶入れるから」
部屋にあがり、しばらく無言でお茶を飲んでいましたが、ついにぽつぽつと事情を話し始めてくれました。実は彼は不治の病で、余命が1年しかないと宣告されたのだそうです。そして、みんなに迷惑をかけると悪いから、と思って身を隠したということです。
彼が死んでしまうなんて……。そんな重要なこと、どうして最初から私に言ってくれなかったんだろう、と思うと悔しくて悲しくて、涙がぼろぼろこぼれてきました。しかし、いつまでも泣いているわけにもいきません。私は差し出されたハンカチで顔を拭うと、意を決して顔を上げました。
私「それでもいい。1年でもいいから、隣にいさせて下さい。好きなんです」
彼「ありがとう。僕も好きだよ」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

という夢を見て、切ない気持ちいっぱいで枕を濡らしながら目が覚めました。全く身に覚えのないエピソードだし、相手役も見たこともない顔の人だったのに、妙にリアルで怖い。何かの暗示ですか。それとも妄想でしょうか。ねえ、妄想なんでしょうか。
 

23:59 02/06/09【戦略】

人間って汚い生き物だなあ。いや、私が汚いのか。「○○さんなんて僕にはちっとも魅力的に感じないんだよね。君みたいな××さがないからさ」(××には任意のポジティブな形容詞が入る)のような、別の女の子を貶し相対的に私を持ち上げるような口説き方にけっこう弱かったりする。ああ、この人は本当の私を分かってくれているんだわ、と勘違いしてしまうわけである。
逆に、自分をほめた直後に別の女の子をほめられると、一気に気持ちが醒めて、( ´_ゝ`)フーンと言うしかなくなってしまう。ああ、この人は誰でも良く言う人で、私はその他大勢のうちの1人に過ぎないんだなあ、と。

周りでモテる男の子を見ていると、そういう意味で「貶し上手」な人が多い。いつも八方美人じゃ駄目なのだ。恋ってのは単に相手にプラス評価されたいわけではなく、特別扱いされたいものなんだから。モテたい人、参考にしてみてはいかがでしょうか。あんまり身近な人を貶して面倒な事態になったら困るというのなら、芸能人とか利用するといいかも。
 

10:06 02/06/09【融合】

★怒ると論理的な文章が書けなくなる人が多いのは何故だろう。
私はむしろ、怒っているときのほうが論理的な文章を書いているような気がします。平静の時は理性と感情が非常に近い位置にあって区別が曖昧なのですが、怒ると理性はそのままだけど感情だけは一方的に高く飛び上がるので、両者の位置がぐっと離れて、どっちがどっちなのか間違いようがなくなるのです。……ただしぐっと離れた理性と感情のうち、感情のほうを選んでしまったら救いようがありませんがね。

・平静バージョン
Aさんみたいな言い方って、まあ悪いとは思わないけど、出来れば社会人としてマナーっていうかもうちょっと気を遣って欲しいなーと思ったりもするんですよ。

・怒ってるバージョン(理性)
Aさんは発言内容自体は間違っていないが、発言方法が未熟だ。

・怒ってるバージョン(感情)
Aムカツク氏ね。
 

★人生初の合コンとやらに行ってきました。友人が幹事だったので、半ば人数合わせで参加名簿に入れられてしまったわけですが。
なんだか普通の飲み会だったなー。感覚としては、知ってる人と知らない人の割合からして「オフ会」に近い。もっとこう、普通は電話番号聞いたり途中で抜け出す組があったり、いろいろアクションを起こすものではないのでしょうか。女性参加者も私以外は美人揃いだったはずなのに。全員が合コン初心者だったのが良かったのかな。
 

12:00 02/06/08【沈黙】

★ウィトゲンシュタインの「語り得ぬものには沈黙しなければいけない」という言葉は、「論理で表せないものは無意味で無価値だから逝ってよし!」というニュアンスだと誤解されてその後の論理実証主義者たちに伝えられてしまったのですが、実際はちょっと違います。
彼は、むしろ語り得ぬものを賛美しています。そして、その価値を壊さないためにも、語ってはいけないと言っているのです。これ以上傷つけないためにも、論理のナイフの飛び交うこの空間──言葉界──に引っ張り込むのはやめよう、と。
「○△□論」ばかり言及している人は、○△□を否定するためではなく、むしろ○△□を守るためにこそ「論」の部分を語っているんじゃないかな、と思うのです。そう信じたいです。
 

★BONDAGE FRUITの新譜発売記念ライブ@吉祥寺スターパインズカフェ。Expose誌にライブレポを書くから、ということで招待扱いにしていただきました。……ってことは書かなきゃなのか、しかも英語で。

プログレ回帰の噂があったので期待していたのですが、やはりプログレというよりはBONDAGE FRUITというジャンル名だよなー。ただしアバンギャルド路線全開だった昨年末のライブに比べればはるかに私好みです。拍子も調も一応存在するスピーディな曲をセレクトしていて、素直に楽しませてくれました。新譜からの曲と未収録の新曲は、オリエンタルな音階のメロディーを繰り返しながら徐々に複雑になっていくいつものパターンを踏襲しつつも、前回よりアンサンブル重視の構成に思えます。パーカッション×2にウッドベースというド迫力なリズム隊も、インプロ少な目(※当社比)な楽曲のイメージとぴったりでした。勝井さん(Vln)と鬼怒さん(G)の息のあった応酬はいつ見ても格好いいっす。
 

3:16 02/06/07【その根拠は】

どうして哲学するの?
それは、私が哲学をしなければ生きられない欠陥人間だから。普通の人なら気にも留めずに、当然のように道具として使えるような論理自体を、いちいち疑って確かめずにはいられない体質だから。
それは、呼吸に似ているかもしれない。哲学者はストップウォッチを睨み付けながら、意識的に3秒に1回呼吸をする。みんなは不思議そうに、なぜ数えながら呼吸をしなきゃいけないんだ、そんな無駄なことに時間を使わずに遊びに行こうぜ、と言う。本当は私だってそうしたい。でも、ストップウォッチを手放したら呼吸が出来なくなって死んでしまうから、仕方なく哲学しているだけだ。多分、他の院生や教授も同じだと思う。実際的な問題を解決するのにここまで役にたたない学問も珍しい。学べば学ぶほど教養としていかに無力な知識なのかが分かってくるので、最後には欠陥人間だけが残るってわけだ。

じゃあ、どうして「学問としての」哲学をするの?
学位のためです。他に理由なんてありません。
 

1:25 02/06/06【It's a small world】

東女のSF研の新歓だったんですよ。この歳になって大学のサークルで新入生として歓迎されることがあるとは思っていなかったのでかなり新鮮です。ティーンズの女の子にお好み焼き代をおごってもらうってどうよ?

それより何より衝撃的だったのは、SF研部員のTさんが、どうやら高校の後輩らしいということ。しかも彼女の兄は私と同学年で、中学も高校も一緒。挙げ句の果てには実家が歩いても5分かからない距離にあることが判明。慌てて携帯メールで確認してもらったところ、予想通り「ifさん? 知ってるよ」という返事が。
ひえー。私の封印した過去がー。
最近では顔面に移植した猫の皮がすっかり定着してきて更生成功した私の、当時の悪事がバレてしまうでないか。せっかく新しい土地でゼロからやりなおそうと思っていたのに。

ん?
いやしかし、過去を封印したがっているのは彼のほうも同じなのではないだろうか。奴だって中学生のころはかなり弾けていた。(ピー)とか(ピー)とかしていて問題になってたのは彼だったはず。今ごろ電話の向こうで昔の自分を思い出して赤面しているに違いない。そう、私は弱みを握られているだけではなく、弱みを握ってもいるのだ。
私「ねえ、Tさん」
T「?」
私「余計なことを喋るな。さもなくば私も余計なことを喋るぞ、とお兄さんに伝えておいて」
T「は、はい……」
斯くして、夕立の叩きつける吉祥寺にて、2つの記憶が闇に葬られたのであった。
 

23:04 02/06/04【萌え禁止令】

★魅力的な異性に萌えるのは本能であり、特殊な体質も知識も必要としない。「どんな対象に萌えやすいか」は人それぞれだけど、どんな対象にも萌えない人間というのは殆どいないわけで、ある意味普遍的な話題と言えよう。

だからこそ、危険だと思う。人間は楽な方向に流れるものだから。例えば音楽なら、「ダブルストロークのスネアとバスドラのポリリズムが……」とか解説するよりも「ドラム叩くビル・ブルッフォード萌え〜」と言うほうがずっと簡単だし、漫画のデッサン力やテーマとなる思想について批評するよりも「猫耳萌え〜」と叫んだほうがよっぽど精神力を消耗しないし、サッカーでも戦略やテクニックを分析するより「トッティ萌え〜」って思ってるほうがはるかに楽なのだ。

そうして簡単な道ばかり選んでいたら、やがて物事を深く掘り下げることが出来なくなって、語彙が貧弱になるばかりでなく、思考までもが希薄になってしまいそうな気がする。よって、今から私は「萌え」という言葉を使うのをやめることにする。よろしく。
 

★夏物の服を物色しに、渋谷〜表参道あたりをフラフラしてました。結局服は買わずにD'UNE RARETEのパンだけを買って渋谷駅に戻ったところ、ゆりかもめ1日券が落ちているのを発見。ちょうど暇だったので券を有効活用させていただきました。えーと、急に海が観たくなって、お台場に行きました。も、もちろん自分のお金で切符は買いましたよ!

以前から行ってみたかった台場史跡公園に足を踏み入れてみたところ、私以外に誰もいない模様。左の海の向こうにはフジテレビと観覧車、右の海の向こうには東京タワーというロケーションで、此処だけは舗装道路もない一面の原っぱなのです。ぽっかりと穴があいたみたいに静かで、時間が止まったような不思議な空間でした。さっき買ったばかりのクロワッサンをかじりながら草の上に横になって、潮の香を浴びながら暫しうとうとしてました。幸せかも。
  

もちろんその幸せは、30分後にやってきたカップルの喘ぎ声で台無しにされたんですけどね。
 

2:33 02/06/04【「理屈じゃない」は理屈たり得るのか】

ミヤモトアンテナ便利すぎー。
 

★まず、ハイデガーの言葉を借りて哲学を「存在(作用)についての認識」、他の諸科学・諸認識を「存在者(個々の事物)についての認識」と定義します。なんだか哲学だけ特別な学問みたいで思い上がるんじゃねーよと言われそうですが、これは認識を「哲学的」に分類した結果なので、哲学が最上位に来るのは当然です。例えば「物理学的」に分類すれば、物理学が最上位に来るような体系になるはずです。

ところで「論理」の最も単純で最も基本的な要素は「真」と「偽」、すなわち「1」と「0」という命題です。「1か0か」という問いは、「存在か非存在か」という問いに言い換えることもできるので、存在論が本質となっている哲学は当然、論理も含んでいるということが分かります。

ところで、「存在(作用)」と「存在者(事物)」は切り離すことが出来ません。存在(作用)がなければ存在者(事物)はあり得ないし、存在者(事物)から存在(作用)だけ取り出すことも出来ません。

例えばキリスト教神学の対象となる存在者は「信仰」(キリスト教的世界観における人間の実存の仕方)ですが、これは「キリスト教的世界観」と「存在(作用)」を止揚させたものだと解釈することができます(参考:『現象学と神学』ハイデガー著)。よって、信仰の認識である神学も、キリスト教的世界観についての認識と、存在(作用)についての認識、つまり哲学を止揚したものだと言えるのです。神学が「罪」について語るとき、キリスト教的世界観における罪を語っていると同時に哲学的「負い目」(存在の根拠となっていること、のような意味で使われる言葉)についても語っていることになります。

神学だけではありません。化学や生物も、心理学や社会学も、日常的認識ですら、必ず哲学を内包していて、哲学から逃れることは出来ません。哲学から逃れられないということは、論理から逃れられないということです。

「信仰」やら「想い」やら、非哲学的な認識について語る人間は、時として「その問題は理屈じゃないから」と言って論理的に反論してくる人を退けようとします。しかし、本当に理屈と関係ないものがあるとしたら、それは認識不可能であり、非存在に等しいのです。よって、諸認識について有意味なことを述べようとする限り、諸認識に含まれる哲学的部分との整合性を保つように努力する義務があり、「理屈じゃない」という台詞で論理的反駁を封じることは不可能なのです。
 

0:21 02/06/03【指向性】

★他のサイト(特にプログレ系)のオフ会にはよく参加するのであんまり意識していなかったのですが、考えてみたらif→itselfのオフ会って初めてなのね。黄狼さんしゅーいちてくらさんイシダさん、参加ありがとうございました。まず最初に行った目黒寄生虫館はイシダさんのレポが詳しいから私は書かなくていいやー。付け加えることとしては、来館者ノートにNO-FUTUREのサカイさんの名前があったことぐらいか。

サナダムシやらアニサキスやら観たあとは、渋谷の監獄バー「ロックアップ」。当然、白くて長い麺類を頼まなきゃってことでゾンビパスタとかいうのを食べてみましたが、普通に美味しかったです。黄狼さんと(検閲削除)の批判で盛り上がったり、徐々に夜モードに入っていきます。
←部屋がゾンビに襲われました

センター街「八月の鯨」で更に飲み直し。なんだか勢いで言ってはいけないことをいろいろ言ってしまったような気がするので、酔っていて覚えていないことにします。
全て記憶に御座いません(はぁと
 

★if「あなたが好きです」
相手「好き? そんな概念は論理実証主義的には無意味だ!」
if「でもあなたと付き合いたいのです」
相手「ある人を好きな人を全体集合として、ある人と付き合いたい人をB集合とすると、∀χ∈Bと表せる。よって君の発言はトートロジーであり価値がない!」

個人的にはこんなシチュエーションが激萌えだと思うのですが、さんざん説明しても理解してもらえませんでした。あくまで冷静な口調で、論理的に完膚無きまでズタズタに打ちのめされてこそハァハァするというのに。みんな本当の萌えというものを分かってないなあ。
 

2:40 02/06/02【アウトプット】

★ついにプリンタを購入。ICUに居た頃は大学のプリンタを使っていたのですが、卒業と同時にログインできなくなってしまったし、東女のパソコンはWindowsじゃない上にFDドライバが付いていないという代物なので、友人に頼まないとレポートも印刷できない状況でした。
それでこのプリンタ、店頭価格が6000円。更にT-ZONEで溜まったポイントを使ったので5000円で手に入ってしまいました。3年前は同じくらいのプリンタが2万円したのに、外の世界は着々と進歩しているんだにゃー。どーりで最近CPU300MHzの愛機もよくフリーズするわけだ。というわけで、今からセットアップしてみます。
 

★音楽に限らず、多くの芸術の分野で「私vs作品」スタイルを必要とするものと「私=作品」スタイルを要求するものがあると思う。たとえば演劇。舞台上に異空間を創って客席と対比させるような演出の作品は前者、客席と舞台の境目を曖昧にして、しばしば客席に役者が降りてきて演技するような作品は後者になる。
なんとなく、エンターテイメントと呼ばれる作品は「私=作品」スタイルが多いような気がする。「即効で」「確実に」鑑賞者に影響を与えるためには効果的だからだ。対して、芸術と呼ばれる作品を鑑賞するとやけに精神力を消耗するのは、それが「私vs作品」スタイルで、一種のバトルが起こっているからなのだろう。確かに疲れるけれど、私と作品のぶつかり合いによって新しいものが産み出されるという楽しみもある。どちらも優劣はないと思うけど、個人的には「私vs作品」の創造性が好みかもしれない。
 

4:43 02/06/01【恋がおちた】

高校の時、ラジオから流れてきたチエ・カジウラの「恋がおちた」という曲に号泣したことがある。なんて暗い曲だろう、そして、なんて今の私の気分を的確に表した歌詞だろう、と。
繰り返し聴いた記憶だけが残っていて、どんなメロディーでどんな歌詞だったのかどうしても思い出せない。そのCDが中古屋で激安で売っていたので、つい買ってしまった。期待で胸を膨らませながら、再生ボタンを押す。
……ん? 長調?
いや、確かにこの曲に間違いない。だんだん記憶が戻ってくる。

時計の針が回るたびに君がホラ遠くなるよ
教えてねえ2人はいつか無邪気に出会えるの
君がくれたおとぎ話も口癖もすべてはどこへ
いつかふれた宇宙のような愛しさを抱きしめているよ

至極ありふれた失恋ソングじゃん。「君が居なくなって淋しい」の1文で要約できてしまうような。特に貶すところもないけど、特にほめるところも見つからない。どうして当時の私はあんなにハマったのだろう。

多分、求めていたのは「チエ・カジウラの言葉」ではなくて「私の言葉」だったのだ。「私vs曲」ではなく、「私=曲」だった。そういう目で見ると、J-POPは「私=曲」スタイルを取るのに非常に優れた曲が多い。
頑固者と罵られるくらい揺るがぬ「私」を確立してしまった今、「私vs曲」スタイルでしか音楽を聴けなくなって、結果J-POPから離れてしまったのだろうか。
 

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