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22:35 02/04/28【たまにはここで小説を書いてみる】

服を買いに行ったらレジで店員さんに「くすっ」と笑われたifです。(泣いていいですか?)

★部室棟の住人シリーズ「水道塔」は、お話コーナーに移しました。
 

14:24 02/04/28【コンテクスト】

if 『うちの大学さ、英語ばっかり習わされるんだよ。就職は英語で全て決まるとか言ってさ。困ったもんだよねえ。もし本当にそんな世の中なら、B子なんてダメダメじゃん。彼女、英語が苦手なだけでめっちゃ頭いいんだから大手に就職確実なのにね』

A子 『ねえねえB子聞いてよ、ifがB子のことダメダメだって言っていたよ。就職は英語で全て決まるんだってさ』

この時、A子は必ずしも嘘をついているわけじゃないのに、殆ど正反対の意味になってしまっている。

先生 『君の第一志望は西高校? 今の実力じゃ難しいんじゃないかな。まあ、もちろん君は生徒会活動とか頑張っているし、推薦状では先生もうんとホメてあげられるけどねえ。いかんせん学力がなあ。志望を東高校に落とすことも考えてつつ、まあ今のところは頑張って勉強するんだぞ』

親 『A男、今日の二者面談どうだったの?』

A男 『推薦状ではうんとホメてあげるから、頑張れだって』

コンテクストって恐ろしい。
伝聞というのは、嘘をついていない時でさえ、信頼しきれないものなのだ。
 

23:45 02/04/27【恋の時効は何年?】

二度と目を合わせられないような、二度と口もきけないような別れかたをしたとして、あの頃はお互い若かったよねと笑いあえるのは何年後だろう。密かに好きになって、誰にも言わないまま密かにあきらめた人に、あの頃、実は君が好きだったんだよと暴露してもいいのは何年後だろう。廊下ですれ違った回数、目があった回数まで記録している古い日記帳を、あの頃の自分と今の自分は別人だから、と割り切って読めるようになるのは何年後だろう。

「あの頃」という言葉を、過去を見ながらじゃなくて現在を見ながら言えるようになるのは何年後だろう。

私は都合が悪いことはすぐ忘れるタイプなので、勝手にぜぇ〜んぶ時効にしてるんだけど、もしも世間的にまだ時効じゃなかったら、公開したら逮捕されてしまう。
だから未だに余計なものを溜め込んでいなきゃいけない。
 

0:24 02/04/27【ルール】

日常生活で溜まった不満を排泄する方法はいろいろあるけど、純粋に独りで出来ることは少ない。飲食したり眠ったりして紛らわせるうちはいいとしても、私の場合は一定量を越えちゃうとそんなんじゃ誤魔化せなくなる。そこで、出現するのが「他者」である。文章や絵を描くことも、ゲームやスポーツをすることも、おしゃべりすることも、相手・客(仮想の相手・客を含む)を必要とするのだ。

例えば、ゲームやスポーツをする時はルールを守らなければいけない。ズルばかりしていたら試合してくれる人がいなくなってしまうし、個人競技でも記録に挑戦しなかったら自分がつまんない。

また、おしゃべりする時も、最低限守るべきルールはある。相手がちゃんと反応してくれなかったらおしゃべりは成立しないのだから。望んだ反応を得るためには、表現の仕方や話題のもって行き方にそれなりの工夫をしなければならない。

況わんやWebサイト作って人に見せようって行為にどうしてルールがないだろうか?
 

2:40 02/04/26【日常生活】

詩人と日常生活との関わりについて、俵万智は次のように語っている。(要約:if)

『詩人は、次の3タイプに分けられる。日常生活を批判するような詩を書く人、日常生活からまったく遊離した別の空間を詩として表現する人、日常生活をそのまま詩にする人だ。
しかし、どのタイプに属している人も、日常生活に対して何か満ち足りない感じを抱いている、という点では共通しているのではないか。
そしてその満ち足りない感じを昇華するために、ある人は批判するような詩を書き、ある人は遊離した別の空間を詩として表現し、ある人は何か満ち足りない感じの日常生活をそのまま詩にしている。方法は違うけれど、目的は同じなのだ』

ネット上にはいろいろなタイプの日記がある。
小論文風に意見を主張する日記、掌編小説風のフィクション日記、日常を淡々と綴った日記……。
しかし、どのタイプに属している人も、日常生活に対して何か満ち足りない感じを抱いている、という点では(以下略)
 

15:56 02/04/24【インプット】

生きている限り、常に何かをインプットしている。昨日のように一日中家に引きこもっていたときはインプットの量はすごく少なくなるけど(苦笑)、でもゼロではない。ご飯は食べたし、巡回サイトの更新もチェックしたし、チャットもした。

アウトプットが尽きることがないのは、インプットが尽きることがないからだ。

高校の時の私は凄かった。なにせ、普通に1日2冊とか本を読んでいた。その上勉強もしていたし、ラジオも欠かさず聴いていた。そんだけ大量にインプットしていたから、当時Windows3.1のノートバッドに書き留めていた非公開日記程度ではとてもアウトプットしきれない。だから舞台に立ち、演技し、歌い、踊ったのだ。

coccoが自分を表現者ではなく排泄者だと言っていたのは嘘だと思う。生きている限り、排泄が尽きることは絶対にないからだ。彼女の場合、「腫瘍を切り取っていた」という表現のほうが適しているのではないのだろうか。私は彼女の歌の、嘆くだけで思考して乗りこえる意志が見られない怠慢さが大嫌いだったけど、それは彼女の歌がインプット由来ではなかったことが理由なのかもしれない。
 

23:45 02/04/21【限度】

銀行が倒産したとき、一定の金額までなら預金は戻って来るんですよね。
その上限は何百万だか何千万だか、とにかく私には関係のない数字だったとだけ記憶しています。っていうか、上限よりももっと気になることがあるのですが、どなたかご存じでしょうか。

戻ってくる金額の下限はいくらなのでしょう?

えーと、今、みずほ銀行の口座に200円が入っているのですが、
もしもみずほが潰れてしまったら、この200円は戻ってくるのでしょうか?
せこいとか言うな。
 

2:58 02/04/21【情報】

情報というのは、偉大だなーと思う。

高校生ぐらいまで、1年に1回ぐらいしか映画を観なかった。
エンターテイメント情報誌はほとんど読まなかったので、大ヒットしたハリウッド映画ぐらいしか知らなかった。ハリウッド映画は、ほぼ確実に私の好みではない。故に、観に行ってもつまんないなーと思うことが多い。観た映画がみんなつまんないから、映画というジャンルそのものがつまんないと思い込む。だから映画の情報は集めない。そういうわけで、大ヒットしたハリウッド映画ぐらいしか知らない。この悪循環だったのだ。

映画紹介のメルマガをバイトで担当したのがきっかけだった。仕事のために映画紹介サイトをチェックするようになって初めて、世の中には面白そうな映画が山のようにあるのだ、という事実に気付いた。試しにマイナーな作品を借りてみたら、やはり私の好みだった。今では単館系を中心に、1ヶ月に1つは観に行ったりビデオを借りたりしている。

芝居をつまんないと思っている貴方、劇団四季だけが芝居だと思っていませんか?
漫画がつまんないと思っている貴方、少年ジャンプだけが漫画だと思っていませんか?

情報を集める努力さえ怠らなければ、自分の趣味にあった作品は必ず見つけられる。
 

0:33 02/04/20【こんなんでいいの?】

奨学金を申請するのに、指導教官の推薦状が必要なのですが、
他大に行った私の場合、出会ったばかりの指導教官に何を書かせろというのでしょう。

先生:んーっと、まあ、適当にホメておけばいいよね。
私:はい、まあ、適当にホメておいて下さい。

そして出来上がった推薦状。
「ifさんは卒業論文でも素晴らしい成果をあげ、様々な困難を乗りこえながら並々ならぬ意欲で学問を営む模範的な大学院生で……」
本当に適当にホメてるよ先生。
 

1:37 02/04/19【フツーに考える】

極論というのは、時に必要以上に魅力的に見えてしまう。
だからこそ、いろんな仮説に囲まれてよくわかんなくなった時は、
フツーに考えてみることが大切だ。

例えば、アメリカでテロが起きたとする。
マスコミはこぞって、テロ犯人を責め、アメリカを擁護する。
そんな時に、「悪いのはアメリカのほうだ!!」という意見は一見すごく格好いい。
でも、フツーに考えれば、確かにアメリカにも責任はあるけど、テロもテロで決して褒められたことではない。「両方悪い」という、ありきたりであまり格好良くない答えが真実だったりする。

また哲学でも、「因果律なんでまやかしだ。ただ、偶然2つの事象が隣り合って起こっただけだ」なんて考えかたがあり、なんだかすごく哲学っぽくて頭良さそうな響きに思える。
しかし、フツーに考えて、やっぱり目の前に因果律っぽいものは見えているわけで、見えているものを排除することはできない。それが世界を動かす唯一の法則でないのは確実だけど、数多くの要素の中の一つであることは否定できない。

疑うべきなのは歯切れの悪い答えではなく、格好いい答えなのだ。
 

0:57 02/04/17【自縛】

○○のために生きている、○○があるから生きていける、という考え方は、自分自身にとってけっこう危険なんじゃないかと思う。

例えば私は子どもの頃、「自分は演劇のために生きている」と思っていた。でも、やがて病気したり家庭の事情だったりいろいろあって、不本意ながら演劇をやめることになった。
その瞬間、私には生きる理由がなくなってしまったことになる。さあ大変だ!

理由や目的って、けっこうコロコロ変わるものだ。これが絶対と思っても、数年で覆ってしまうことも珍しくない。そんな曖昧模糊としたものに、命なんて大切なものは託せない。

生きるのに目的や理由はないと思う。ただ、言葉では説明できない、動物的で原初的な「生きたい」という衝動があるだけなのだ。そして私たちは、その衝動を無理やり説明するために、手近にある「仕事」だの「趣味」だの「家族」だのに勝手に結びつけてしまう。

そして、自分で勝手に結びつけた「生きる目的」に自分で縛られてしまうのだ。「演劇は私の生き甲斐だから、やめるわけにはいかないわ!」と。自業自得である。
人生は、自縛さえしなければ意外と自由なのかもしれない。
 

2:27 02/04/16【逸脱】

ある対象を見て評価する時って、実際はその対象全体を見ているわけではなく、「普通(マジョリティ)から逸脱した部分」だけを見て評価しているのだと思うのです。

この人どう思う?と言われたとき、ふむふむこの人は目が2つあって口が1つあって耳が2つあるんだなー、なんていちいち検証する奴はいません。まず「普通から逸脱した部分」を捜しだし、次にその逸脱が良いか悪いかを判断します。「ずいぶん太っているなあ」→「生活管理の出来ない駄目な奴だ」とか、「ずいぶんいろんなことを知っているなあ」→「頭が良さそうでステキ」とか。

だから、何一つ逸脱していない対象を持ってきて、批評してくれと言われても困るのです。批評どころか「見る」ことさえ出来ません。見るべき場所がないのだから。私がアンチELTなのはその辺りに理由があるのだと思います。私にはELTの曲は聴こえないのです。
 

12:21 02/04/15【その書き込み、ちょっと待った!】

顔文字を使うなとは言いません。(爆)も(汗)も別に構いません。
だって意味通じるじゃないですか。いや稀に意味通じない人もいるけどさ。
文学的表現も、哲学的思想も必要ありません。
「日本語喋ってくれ」私が言いたいのはこれだけです。

例えば、次の書き込み例を見て下さい。
※これは私の創作であり、実際にあった書き込みではありません。

>とっても面白かったです。
>高校の丸山先生を思い出しました。って言っても通じるわけないやん!
>そういえば、「ブルー・カフェ」もそうでした。
>駅前にあるんです。でも全然違うんですよ。
>メニューの写真は綺麗なのに、実物は駄目でした。
>うちの近所の駅なんですけど。

顔文字も(爆)も使っていないのに、見事に意味不明です。
まず、何が「とっても面白かった」のか分かりません。「今日の日記が」とか、「昨日更新された小説が」などと主語を入れて下さい。
あと当然ですが私は丸山先生なんて知りません。相手と共有できない例を出す時は、「どういう先生で、どんなところが似ていたから思いだしたのか」を書くべきです。「って言っても通じるわけないやん!」から察するにギャグのつもりなんでしょうけど、ちっとも面白くありません。こっちにしてみれば「通じるわけないって分かってるなら書き込むな!」と叫んでディスプレイを破壊したくなるだけです。

終わりの4行は、構成が滅茶苦茶です。どの文節がどの文節にかかっているのかまるで分かりません。修飾語は被修飾語よりも前に置いて下さい。倒置法の時は被修飾語の直後に置いて下さい。後に置く場合は「直後」以外にはあり得ないのです。主語と述語の関係も同じで、主語は述語よりも前に置くか、述語の「直後に」置くかのどちらかです。

>そういえば、うちの近所の○○駅の目の前に「ブルー・カフェ」って
>喫茶店があるんですけど、そこもメニューの写真と実物が全然違っていて、
>写真のほうがずっと綺麗なんです。

このように並び替えれば、一応意味は通るようになります。
こんな滅茶苦茶な文章を書く馬鹿いねーよ、と思うかもしれませんが、けっこう居るのです。しかもそういう奴に限って高学歴だったりします。身内だけで喋っている時は主語や目的語を省略しまくっても文法が変でも通じてしまうことが多いので自分では気付いていないのでしょうけど、一歩外に出たら大変ですよ。書き込む前に冷静に読み直して、第3者が読んでも5W1Hが分かるかどうか考えてみることをオススメします。
 

23:10 02/04/13【意味】

自分は何のために生きているのだろうか?

と考えたことが、誰でも1度くらいはあると思う。
ノーベル賞を取ったり、オリンピックで入賞したり、教科書に載ったりしないかぎり、死んだらすぐに世間から忘れられてしまう。そんな生に意味などあるのだろうか?と。

この問題を解く鍵は、前提の間違いを見破れるかどうかにかかっている。
すなわち、生が意味を「持っている」という部分。
生が意味を「持っている」のではない。生そのものが意味なのだ。
呼吸すること、鼓動をうつこと、寝ること、食べること、排泄すること……。
それ自体が、かけがえのない意味なのだ。

だから23歳スネかじり半引きこもり2年後無職疑惑濃厚の私も悩む必要なんてないんだよ☆
 

0:11 02/04/13【だめんず】

まだ東女生になって1週間も経っていないはずなのですが。
卒業証明書をもらいにICUに行ったところ、

あれ?男がいる!

なんで男がいるの?早稲田か東大のサークル勧誘かな?

っていうか、ここICUじゃん!

という妙な思考を辿ってしまいました。慣れって恐ろしい。
このままのペースだと2年後には、どんな男性にも萌えることができる経済的な体質になってしまいかねません。下手するとロクでもない男にひっかかってだめんずうぉーかーまっしぐらです。やばい、やばすぎる。予防のために、普段からなるべく男性と会話をするように心がけたいと思います。どんな男性でもいいから。(既に手遅れ)
 

0:05 02/04/12【さよならピアス】

アルヲさんお疲れさまでした。

★持病のじんましんがひどくて、ピアスしてる耳たぶの辺りが腫れてしまいました。
しばらく外していなきゃいけないらしいです。
って、しばらく外したら塞がっちゃうじゃん!
泣く泣く、3年間お付き合いしたピアス穴にサヨナラしなきゃです。
うー、悔しいよお。
 

彼氏に「俺、ピアス嫌いなんだ」と言われた瞬間から、何があってもピアスだけは外すまいと心に決めていたのに(←天の邪鬼)
 

14:47 02/04/11【ドロドロ……】

毎日新聞キャンパるで、「大学と匿名掲示板」のような記事を書いています。2chで中傷されて困っているという大学関係の組織を取材しているうちに、誰が悪いと一概に言えないケースが多く、問題の根は意外と深いんだなあ、と思わされました。

単なる「祭だワッショイ」的な悪のりだけで荒らされているわけではなく、内部での派閥争いなどが絡んでいることが多いみたいです。もちろん祭の参加者の大部分は野次馬的な第三者だと思いますが、そもそもの発端は派閥争いで負けた側の書き込みだったりするわけです。

そうするとネット上の匿名掲示板は、決して新しい問題を作っているわけではなく、古くからあった(でも外からは見えなかった)問題を顕在化させている、って言った方が良いのかな。この機能、上手く利用できれば、社会の歪みを是正するのに役にたつはず。青少年環境法案が見送りになったのも、ネットの力が大きかったと思うし。
 

23:17 02/04/08【郷に入れば……】

東女の大学院の入学式でした。
去年、ゼミに参加させてもらっていたときは学生たちの性格まではよく分からなかったけれど、いざ入学してみんなでカフェに行こう、なんて関係になってみると、やはり大学色ってあるんだなーと実感しました。

……っていうか、どうしてみんな、そんなにハッキリしない態度なの?
まず、カフェに行こうと決めてから(しかも鞄や上着の準備も出来ている状態で)実際に歩き出すまで30分。更に入るカフェを決めるのに、どうしよう、どこにしよう、と言っているうちに30分。極めつけは、入るカフェを決めてから中に入るまで入口でうだうだすること10分。もちろんオーダーもなかなか決まらないし、「そろそろ出ようか」と言ってから実際に腰を上げるまで5分かかるってどういうことよ???

いや、言わなくていいです。
分かっているので、言う必要ないです。
これこそが一般の日本人女性なのであって、ハッキリとモノを言いすぎるICU生が異端なのです。
 

21:28 02/04/07【法則】

その1 ナンパの法則
何かアピールポイント(ルックス、お金、知識etc)がある人じゃないと恥ずかしいし成功率も低いのでナンパしようとは思わない→ナンパしてくる人は、大抵は水準以上である。

その2 オフ会の法則
ある程度自分に自信のある人じゃないと恥ずかしくてオフ会に行こうとは思わない(特殊ジャンルのオフ会は除く)→オフ会に来る人は大抵は水準以上である。

ここまでは、経験上当たっていると思う。

その3 宣伝書き込みの法則
面白いサイトだという自信がある人しか恥ずかしくて宣伝書き込みなんて出来ない→宣伝書き込みをするサイトは面白い

これだけは絶対に違うのは何故?
 

21:55 02/04/06【仮装】

ルミ姉さん、ありがとうございます。

★スーツって便利です。スーツを着ているということは、仕事中あるいはその前後という意味だから、何をしても(いや、法律に違反することは駄目だけど)「仕事なんだから仕方がない」という目で見てもらえます。

私はけっこう自意識過剰なところがあるので、1人でラーメン屋や牛丼屋に入れません。でも、スーツを着ているときだけは不思議と1人でも入れてしまうことに気付きました。「今、私はお得意さま営業中で、夕飯の時間が30分しかなく、付近に早くて安そうな店がこれしかないから仕方ないのだ」なんて勝手なストーリーを作って自意識を誤魔化すのです。

そういえば最近、就職した大学の同期がみんな社会人っぽくなってしまいました。ちょっと前まで一緒に社会人批判して、あんな風にはなりたくはないよねーと言っていたのに。彼らも、スーツを着ていることを免罪符にして社会人っぽい行動をとっているのかもしれません。そしてやがてスーツが本当に似合うようになってきたら、中身まで社会人っぽくなってしまうのでしょう。置いてけぼりみたいで淋しいなあ。
 

23:28 02/04/05【ifの議論講座】

★というわけで、バイト中に大学院から「今日の4時半までに卒業証明書を届けないと入学させない」という脅しの電話をもらって、慌てて早退させていただいたifです。おかげさまで入学できそうです。

★議論しようとするとついカッとなって余計なことを言ってしまって自爆したり、すれ違いが多くなってお互い意味不明になって破綻したりして困る、と言う方に朗報です。ifが議論に勝つ(あるいは負けたときでも納得できる)方法を教えます。

それはズバリ、「相手をうち負かすことではなく、真理を見つけることを目的にする」ということです。具体的な実践方法は至極簡単。一言で言えば「わからないことは質問せよ!」です。

自爆や破綻の殆どは、相手の話を理解していない状態で反論してしまうことから生まれます。
相手の話の中に知らない用語が出てきたら、意味を聞きましょう。「そんな言葉も知らないのか」と思われるのがイヤだという気持ちも分かりますけど、気にする必要ないですよ。目的は語彙自慢じゃなくて議論に勝つことなんだから。また、相手の論理展開がよく分からなかった時も聞きましょう。「ちょっと待って、今、Aの時はBになるって言ったのが分からないんだけど、どうして?」と。

このように相手の意見を理解しようと努めれば必ず、相手(or自分)の意見の矛盾が浮き上がってきたり、2人の意見が同じことを違う言葉で表現しただけだったと判明したり、相違の原因が単に好みの問題であることが明らかになったりします。「わからないことは質問せよ!」これだけでいいので、ぜひ実践してみてください。
 

1:06 02/04/05【愚痴愚問】

というわけで、バイトの帰りにライブハウスに寄ったせいで、未だにジリジリジリと「歪んだ鼓膜が元にもどっていく音」が聞こえるifです。

水戸に帰っていたり、バイトの時間が変更されてしまったりした影響で、今日までに東京女子大に提出しに行かなければいけなかった卒業証明書はまだ手元にあります。入学取り消しになったらどうしよう……。やはり今日までにICUの部室に持っていく予定だった荷物もまだ手元にあります。書留やら宅急便やらの不在通知も3通溜まってます。書留のほうは、保管期限が明日みたいです。なんで郵便局も大学も、深夜や早朝は開いてないのでしょうか。

いやむしろ、なんで(私にとっての)深夜や早朝にしか開いてないのでしょうか。
 

23:17 02/04/03【捨てられる理由】

なぜサイトを閉鎖する人が多いのか、不思議に思う。
トラブルや荒らしが原因で閉鎖、というならまだ分かる。でも、多忙のためサイトを閉鎖、っていうのが一番よく分からない。多忙なら、多忙じゃなくなるまでの間、更新休止にすればいいだけじゃないか。閉鎖しちゃったら、将来もし再びサイトやりたくなったとき、また下積みからやり直さなきゃいけなくって大変だ……って、これだぁ!

if→itselfは、最初の1年間はずっと1日10ヒットだった。そりゃもう長くてツライ1年だったわけさ。だから、苦労して積み上げてきたものをみすみす捨てようなんて、とても思えない。

でも最近は違うんだね。大した苦労しなくても、1ヶ月もあればある程度の規模になれてしまう。苦労しないで手に入ったものだから、簡単に捨ててしまえる。

すると、「なんで閉鎖しちゃうの! 勿体ない!」と叫んでいる私は、飽食の時代になっても「ご飯は絶対に残すな!新しい洋服なんて買わなくてもお姉ちゃんのお古があるでしょ!」とか怒っている時代遅れの母親みたいな感じなんでしょうかねえ。
 

22:46 02/04/02【プラスマイナス】

水戸の実家より東京に帰還です。

貧乏学生たる者、納戸にあったインスタントラーメンやら缶詰やら1000円分くらいめいいっぱい鞄に詰めて、更に着替えや洗面用具の鞄とノートパソコンの鞄をぶらさげて、水戸駅へ向かいます。つい最近までひきこもりだった乏しい体力で大量の荷物を運ぶはさすがに堪えました。っていうかこの程度で息切れしてどうするんだ私。鞄をちょっとでも軽くするために上着をはおって来たことが、これまた裏目に出た模様。暑くて暑くて汗が滲み出て来ました。

本当は鈍行で3時間かけて帰ろうと思っていたのですが、駅までたどり着くだけで疲れてしまい、急遽、特急スーパーひたちに予定変更。自由席特急券1300円也。

結局赤字だし。
 

14:40 02/04/02【COMMONSENSE KNOWLEDGE】

昨日書いた、論理的思考と日常的思考の違いというのは、実は私の学士論文「ハイデガーの技術論における日常知:COMMONSENSE KNOWLEDGE IN TECHNOLOGY THEORY OF HEIDEGGER」のテーマの1つだったりします。

日常的思考に焦点を合わせて研究する学問をエスノメソドロジーといいます。従来の社会学では、日常的知識は、科学的知識(論理的知識)からはみ出た、いわばより劣った知識であると思われていました(図1)。しかしエスノメソドロジー学者ハロルド・ガーフィンケルは、「日常的知識は、科学的知識の劣ったものではなく、全く別のものである(図2)」ということを証明するのに、次のような例を出しました。

A君「How are you?」
Bさん「私の何に対するhowを訊いているの? 健康? 成績? 経済状態? それとも?」
A君「(突然顔を赤くして怒りだして)俺はただちょっと愛想良くしようとしたまでさ。君がどんなhow you areかなんて知ったことか!」

A君は、日常モードで「How are you?」と言いました。これは、別に相手の状態が知りたかったのではなく、ただ「I'm fine, thank you」という答えを期待していたわけです。しかしBさんは論理モードで答え、その結果ケンカになってしまいました。
もしも日常的知識が科学的知識よりも優れたものであるのなら、科学的知識を導入することによって2人のコミュニケーションはより円滑になったはずです。そうならず、ケンカになってしまったという事実が、2種類の知識が互いに独立しているということを示しています。
 
   

 

16:58 02/04/01【誤読1】

「その質問の答えは既に3行目に書いてあるんですけど……」
「その例は関係ないって7行目にズバリ書いてあるんですけど……」
オマエ本当に私の文章を読んだのか?と小一時間問いつめたくなるような誤読をされることがある。どうして人は、明らかに書いてあるはずの文章を見落とすのだろうか。

原因の一つは、日常的思考と論理的思考は別物だということだと思う。
日常的思考は、論理とは別のルールで働いていて、一般に前者は「和」、後者は「真理」を目指す。もちろん、どちらかがより優れているということではない。たとえば、私が日常モードで「失恋しちゃった」と書いたとする。「元気出して。またいい人が現れるよ」と慰めて欲しいのだ。しかし論理モードの読者に、「君の性格の○○なところが合わなかったんじゃない?」などと反応されて、余計に凹むハメになる。

また、私が「村上春樹は体言止めを使わない」と書いたとする。村上春樹の文章を分析・批評しようという意図のもと、論理モードで書いたのだ。しかし、日常モードの読者には、一緒に楽しく村上春樹についておしゃべりしよう、という合図だと誤解されてしまい、BBSが「ノルウェイの森っていいよね〜♪」とかどうでもいい書き込みで埋まってしまう。

日常モードで書かれた文章を論理モードで読むと、あちこち矛盾していて思考が曖昧なように思える。反対に、アルヲさんのような論理モードの文章を日常モードで読むと、「悪意」に見えてしまうこともある。

だから、誤読を避けるために大切なのは、書く側ならいかに効率良く「どっちのモードなのかを示せるか」であり、読む側ならいかに的確に「どっちのモードで書かれているかを見分けられるか」ではないだろうか。

両方のモードを使い分けられる人は少ない。私の経験から言えば、ホワイトカラーよりブルーカラー、都会よりも地方のほうが、日常的思考を重視する傾向があるように思える(自分も上京したばかりの時は切り替えに苦労しました……)。
現実世界では全く接点のないような人たちが集うテキストサイト界。結果的に受け容れるにせよ排除するにせよ、相手の文化的なバックグラウンドを考慮する必要性は日々高まっている。
 

16:58 02/04/01【誤読2】

さて、真理と和は、両立可能だろうか?
住み分ける他に方法はないのだろうか?

和は、時に真理を隠蔽することによって成立する。そして真理は、和を壊すことでやっと見えるようになる。完全な両立は不可能だ。でも、互いに少しだけ歩み寄ることによって部分的にでも共存することは可能だと思う。ここでは、その具体的・実際的な手段を模索してみたい。

1.相手に歩み寄ってもらう方法
・日常モードの人が論理モードの人に話しかける時は、「これはただの愚痴なんだけどさ」「ちょっとノロけさせて」「理屈じゃねぇぇぇぇんだよ!」(笑)などと前置きする。
・論理モードの人が日常モードの人に話しかけるときは、「私はあなたの意見の内容を問題にしているのであって、あなたの人格を否定しているわけではないよ」とさりげなく伝える。難しそうだ。

2.自分が歩み寄る方法
・日常モードの人が論理モードの人に話しかけるときは、少なくとも「結論」と「その根拠」を明確にする。
・論理モードの人が日常モードの人に話しかけるときは、なるべく柔らかい言葉を使う(日常モード世界では、キツイ言葉を使うことは内容に関わりなく「悪意」を意味する)。断定調は避ける。1つ貶したら無理やりでも1つ褒める。挨拶や社交辞令を省かない。
 

我ながら地味な結論だな。でも、これさえ出来てない人がいっぱいいるのだから(私も自信ないし)仕方がない。
 

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