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23:07 02/03/31【ひきこもり脱出作戦】

ひきこもりには、自分では気付いていなくても他力本願な人が多いんじゃないかな、と思う。私自身がそうだったからなんだけど。「自分は1人では生きていけないから助けが必要→助けてくれる人が居ない→絶望→ひきこもり」パターンだ。動いてもダメダメ、動かなくてもダメダメだから、いっそのこと動くのはやめて助けてくれる人が現れるのを待ち続けている。

この類の人が頑張って復活しよう!と思い立っても、大抵は「助けてくれる人を捜す→やっぱり見つからない→再び絶望→再びひきこもり」パターンに陥る。
悪循環を断ち切るためには、前提を覆す必要がある。すなわち、「自分は1人でもなんとか生きていける」のだ、と。動かなくてはダメダメだけど、動けばちょいマシになると分かれば、重い腰を上げて動いてみようという気が起こるはずだ。

どうすれば、「自分は1人でもなんとか生きていける」ことを分かってもらえるのだろう。私の周りの例では、何か事件に巻き込まれてそれを乗りこえたとか、小説や映画に感動したとかいう経験がきっかけになった人が多いみたい。事件は巻き込まれようとして巻き込まれるもんではないので、とりあえず、脱・ひきこもりを目指す人は小説や映画にいっぱい触れること、そして「1人でも生きられる」と毎日寝る前に3回ずつ唱えることを当座の結論としてオススメしておきます。
 

0:50 02/03/31【プライド】

どんな料理でも、大抵は味の素をふりかければそこそこ美味しくなる。
じゃあ、これからは全ての料理に味の素を使えば、料理上手だねっ!

という文章に対しては、NOと答える人のほうがまだ多数派だろう。
じゃあ、次の文章はどうだろう? 今度はちょっと難しいぞ。

どんな料理でも、「ショウガ+にんにく+唐辛子」の3点セットを投入すればそこそこ美味しくなる。
じゃ、これからは全ての料理にこの3点セットを投入すれば、料理上手だねっ!

それでも私はNOと言いたい。
「ショウガ+にんにく+唐辛子」なしでも十分美味しいものが作れるように努力をすべきだ。これはもう、化学物質か否かなんていう問題ではなく、向上心の有無、そして料理人としてのプライドの問題。

そして当然、文章書きとしてのプライドの問題にも同じ事が言えるわけで。
 

23:36 02/03/29【1回休み】

存在とは何だ、生きる価値はどーのと、いつも研究で偉そうに論じているわけですが、
実際の人間の死を目の前にすると、ハイデガーもカントもデカルトもいかに無力であるかを思い知らされてしまって、分かっていたはずなのに凹みまくています。
 
1:50 02/03/29【地図の読めない女の真相】

つい最近まで、自分は重度の方向音痴だと思い込んでいた。
確かに地図を読むのは得意ではない。でも、方向音痴と呼べるほどひどいわけではなく、社会生活をおくる上で十分な程度には道が分かるのだと気付いた。
では、なぜ方向音痴だと思い込んでいたのか。それは、今まで道を覚えることに関して他力本願だったからだと思う。どこに行くときも、すべて同行者任せで自分から道を覚えようという努力を怠っていた。これでは覚えられる道も覚えられなくて当然だ。

こういう事って、方向音痴以外にもいろいろあるはずだ。
家事が苦手だと言っている人、実は家事に関して他力本願で、自分でやる努力を怠っているだけではないだろうか? コミュニケーションが苦手だと言う人、今までコミュニケーションを相手任せにしていただけではないだろうか?

努力と失敗を繰り返せば、大抵のことは最低限はこなせるようになるものだ。苦手だと思う→やらなくなる→もっと苦手になる、の悪循環だけは避けるようにしたい。
 

22:04 02/03/26【Sein】

不在をどのようにして克服するか。これは私が自分に課した永遠の課題の一つだ。

失ったものが戻ってきたとしても、それは本質的な克服とは言えない。だってまた失うかもしれないじゃない。解決の道は、不在そのものを直視し、肯定する以外にはない。

では、不在を肯定するためにはどうすればいいのだろうか。
強くなることだと思う。他者に頼らなくても、自分を愛してくれる人が誰もいなくても、拠り所にすべき絶対的尺度が見つからなくても生きていけるくらい強くなれば、不在と向き合う痛みにも耐えられるようになるはずだ。

それが出来ないから、人間は神じゃなくて人間なんだけどね。
 

3:12 02/03/26【リーダーに告ぐ】

世の中には、常により良いものを求めて冒険する人と80%満たされればOKということにして守りに入る人がいる、という。

しかし実際はこう言った方が正確なのではないか。多くの人は自分の自信がある分野に関しては抵抗なく冒険し、自信のない分野に関しては守りに入る、と。会社の組織改革を先頭を切って押し進めている人でもランチは毎日社員食堂のハンバーグ定食かもしれないし、その組織改革に不安を覚え現状維持したいと思っているOLはタイ料理屋だのアフリカ料理屋だのを渡り歩いているかもしれない。この場合、前者は組織管理に自信があり、後者は舌が肥えている自信があるのだろう。

冒険に批判をするのは構わない。むしろ、批判を糧にしてこそ良い冒険が出来る。でも、守りに対して批判することは、必ずしも良い結果を生まない。だって、冒険に成功する自信のない人が守りに入っているのだから。必要以上に自分の能力を低く見積もっている神経症的な人でもない限り、批判を受け重い腰を上げて冒険しても失敗するだろう。最低限の忠告だけでそっとしておいてあげるのがベターな選択肢なのである。

どうしても放っておけないならさっさと左遷するなり影で操るなりすれば良い。無理を無理と見極めることも大事な能力なのだ。
 

2:12 02/03/25【諸手続がおわらない】

というわけで、今までよりも狭くて駅から遠いのに家賃の高い家への引っ越しはどうにか終わりました。

途中からでもRichard Sinclairのライブを見に行こうと思っていたのですが、ごめんなさい、引っ越しナメていました。とりあえず寝る場所が出来るくらいまで片づけが済んだのは22時過ぎでした。未だに梱包を解いてない段ボールがそこら中に転がっています。

瀕死のノートパソ用ACアダプタですが、要らなくなった延長コードから拝借した銅線を破れたコーティングの中に詰めてビニールテープで蓋をしてみたところ蘇生してくれました。意外と単純に出来ているんだなあ、って、こんなんで本当にいいのか?
 

1:49 02/03/24【いよいよ都民】

というわけで、引っ越しの前日にもかかわらず準備もせずRichard Sinclairのライブのお手伝いをしにお台場に行ってきたifです。

今日は30人限定のシークレットライブで、場所はメディアージュのVIPルーム(!)でした。照明はシャンデリアみたいだし、絵がいっぱい飾ってあるし、ソファーも立派だし、窓の外はレインボーブリッジだし、いかにもゴージャスな部屋です。客層もかなり濃さげ。何が凄いって、CD販売コーナーではマイナーな作品から順番に売れていって、誰もが認める代表作のCD2種類が最後まで1枚も売れなかったという事実でしょう。それって要するに、代表作2枚は観客全員が既に持っている(しかも、おそらくLP、CD、再発CD、日本盤CDと、数枚ずつ持っていると思われる)ということだからなあ。

Sinclairさんは、神経質そうなイメージを持っていたのですが、実際はかなり陽気で変な人でした。全員にサインしてくれたしリクエストにも応えてくれたしいい人だったので、歌詞間違えたりギターへろへろだったりしたことは帳消しです(謎)。ぽぁーん、ぽぁーんというギターの音にぽぁーん、ぽぁーんという歌声を乗せて、お台場の夜をほかほかしたSinclairワールドで染めていました。

終了後、「君のような典型的な日本の女性と記念撮影したい」と言われ、一緒に写真をとりました。典型的な日本の女性ねえ。確かに、髪は(ブリーチしても色が抜けなかったぐらい)黒くて(パーマかからないぐらい)まっすぐだし、瞳も(カラーコンタクトをするとサイズが合わなくて金環食になってしまうような)黒だけど、好きでやっているわけでは……。

で、10時間後には引っ越しするんですけど、新居に電話が通じるのがあさってからなので、明日は更新できないかもです。予めご了承下さい。
 

1:12 02/03/24【ずるい女?】

ちょっとだけアノ世界を理解できたかもしれません。

ifはいつもいろんな実在の殿方に萌えています。私にとって、「萌えている」という感情は、いわゆる801でこそないけど、それでも恋愛とは全く違う感情であって、萌え対象と恋愛対象は別なんです。だけど、世の中の過半数はこの区別を分かってくれません。まあ、無理もないんだけど。
このままだと、自分としてはただ萌えていただけなのに変な誤解をされてストーカーされてしまう危険性もあるし、っていうか今までもそれに近いトラブルに遭ったことがあるし、「いろんな人に色目を使っている」と周りに誤解されたらリアル彼氏にも愛想を尽かされかねません。(むしろ未だに愛想を尽かされていないのが奇跡)

トラブルに陥った時、普通に弁明するとします。
私が貴男に萌えていたのは事実だけど、それって、もちろん異性として魅力的だと思っているわけだけど、事実的に恋愛対象にしようというの意図はなくって、えっと、それで……ああっ、歯切れが悪いっ。

そこで、いっそのこと嘘でも次のように言ってしまえばいいのです。
私、801腐女子なの。
このたった一言で、実に単純明快に「好き」「でも付き合う気はない」の2点を両立させてしまえるのです。あくまでも貴男のホモ行為を妄想して喜んでいるだけであって、貴男と実際に恋人同士になりたいと思っているわけではないのよ、と。便利便利。今度から、相手に誤解されそうになったらこの手を使おうかしら。

つか実際、同じ理由で腐女子を自称している人、いるんじゃないでしょうかねえ?
 

3:42 02/03/23【卒業式でした。まる。】

の一言で終わらせるつもりだったのですが、他大の友人にちょっと話したところ「それ(ICUの卒業式)は普通じゃない。ネタにするべき」と言われてしまったので、簡単に説明してみます。私にとっては当たり前の風景なのに、本当にこんなのがネタになるのかなあ?  

場所はICU教会の礼拝堂。卒業生は、黒いマントと帽子を着用します。
1.パイプオルガン演奏
2.賛美歌合唱(第344番「とらえたまえ」)
3.祈祷
4.聖書朗読
5.卒業証書授与
一人一人呼ばれて前に出て、卒業証書をいただき、学長と握手します。しなくていいのについお辞儀しそうになって、危うく帽子が滑り落ちるところでした。ちなみに一番大変なのは、1時間の間に600人と握手しなければいけない学長でしょう。授与が終わったら、帽子についているフサを、左側から右側に移します。フサの位置や色が階級を表しているらしく、博士課程卒業生は金色だったし、マントには色の付いたフードをかぶせていました。
6.合唱("i thank You God")
7.式辞
8.大学歌斉唱
大学歌を歌う機会は、実に入学式以来です。当然私は歌えません。ちなみに歌詞は、「Stands our lovely Alma Mater〜♪」と、全部英語です。
9.祝祷
10.退場後、大学食堂で茶会

……ってな感じで進められたのですが、これってクリスチャン系大学としては普通ですよね?
 

21:09 02/03/21【たまにはこういうのも】

親来襲。引っ越しの準備を手伝ってもらいました。
こういう時に合わせてぴったりと、我が家の消耗品はなくなることになっています。

(スーパーにて、ガムテープなど引っ越し用品を買いつつ)
親「他に足りないものない?」
if「あ、そういえば、洗剤がちょうどなくなっていて」
親「はいはい。買ってあげましょう。他には?」
if「それから、トイレットペーパーも切れそうだったり」
親「はいはい」
if「ついでに、昨日の夜台所の電球が切れちゃってて」
親「はいはい。まだあるの?」
if「えっと、今ちょうど米がなくなっているんだけど」
親「はいはい。これで終わり?」
if「あ、あと、ちょうどスプリングコートが切れていて、アニエスべーあたりで一着欲しいなと」
親「はいはい……って、それは関係ないでしょ!!」

バレたか。
 

12:45 02/03/20【肯定】

久しぶりにキャンパるに行ったら、新人さんに新人さん扱いをされました。「入学式で学部の1年生に間違えられよう作戦」に成功の兆しが見えてきた、自称18歳のifです。

「派閥」って何でしょう?
単なる「気の合う人たち」と何が違うのでしょう?
筋の通った意見に賛成するのは派閥だ何だ関係なく当たり前のことです。問題なのは筋が通っていなかった場合であって、そのような場合を想定して交わされる一種の契約なのだと思います。「私はあなたの意見が少しぐらい間違っていても肯定するから、あなたも私の意見が少しぐらい間違っていても肯定してね」という。

ま、気持ちは分かります。自分の意見に対して「うん」と言ってくれる人が1人もいなかったら淋しいし、たとえ嘘でも誰か「うん」と言ってくれる人を確保しておきたい……かあ?!

だってそいつは、頭の中では「ifの今の発言、間違ってるよなあ〜」と思いつつ、表面では「そうだね♪」って肯いているんですよ。馬鹿にしてるんですか。まるで私、ピエロじゃないですか。そんな派閥なんてまっぴらです。私はいつでも自分が正しいと思った意見だけを肯定するし、私の意見を正しいと思ってくれた人だけに肯定されたいです。
 

1:00 02/03/19【通過点】

無事、卒業できることになりました。
貼り出されたリストに自分の名前を見つけたときは、ホッとして思わず座り込んでしまいました。ちょうど花粉症がひどくて目が真っ赤になっていたので、傍目からは「洒落にならない事態に陥っているヤヴァイ人」に見えたかもしれません。

夜はペン(先)クラブの追い出しコンパ。
新宿のドイツ料理屋さんで、美味しいビールと料理をいただきました。
これでいよいよ、大学院生なんだなあ……。
そう、4月からは東京女子大生。名実共に女子大生になります。秘密の花園に潜入です。
まずは、入学式で学部の1年生と間違われてサークルに勧誘されることを目標にしようと思います。

無理だって言うな。
 

23:02 02/03/17【そこに山があっても】

★相模湖に行ってきました。一番近くて、一番低くて、一番楽そうだった「嵐山」を選んで登ってみたのですが、それでも足の筋肉が乳酸パニックを起こして大変なことになってます。引きこもりは山を登っちゃいけない、これ定説です。今日は早く寝ないと足の細胞に細胞壁が出来そうなので、昨日の続きはもう少しお待ち下さい。

★だってですね。「好きな本は? 好きな音楽は?」と訊いてきたのはあなたのほうですよ。私は自分からは決して言い出さないです。言ったら周りが白けるだろうなあと判っているから。で、せっかく黙ってみんなの話に相槌をうっていたのに、あなたに質問されたから、仕方なく答えたんですよ。そしたら、案の定、「そんなの知らない」「変わってるね」と白けられるのです。そしてあとになって「ifは自分の知識をひけらかしている」とか陰口をたたくのです。お願いです、もう何も訊かないで下さい。私に何も話させないで下さい。私はただ、平和に生きていきたいだけなのです。
 

0:45 02/03/17【モヤモヤ】

★お台場TLGに、ピーター・ハミルのライヴを見に行きました。
詳しい報告は、気が向けばそのうちに。

★誰でもティーンズの頃は1回ぐらいは考えたことがあるはずだ。世界は物質と数式だけで説明できる、と。だって喜びや悲しみのような感情は、所詮みんな電気信号であって脳の中の電子の動きなんだから、物理法則に当てはまるはずじゃないか、と。

大人になると、このような質問はいつの間にかしなくなるみたいだけど、それは決して問題を解明できたからではなく、モヤモヤを抱えながらも、「この問題の解明は我々の生活を何も変えない」のだと判ったからに過ぎない。

そこで今、あえて、モヤモヤを解決する試みをしてみようと思う。物理的アプローチもいろいろあるみたいだけど(素粒子の動きは予測不可能であり確率論でしか語れないから云々とか)、ここでは哲学的アプローチで行ってみる。つか、私にゃそれしか出来ない。

結論から言えば、世界の「物理的側面」は、全て物理法則で表すことが出来ると思う。ま、当たり前の話である。だって、物理法則で表せるような側面のことを「物理的側面」と言うのだから。でもって、世界の「非物理的側面」は、物理法則では表せない。この場合の「面」とは部分のことではなくて別の角度から見た姿のことだと思って欲しい。

じゃ、「非物理的側面」は存在するのか?
存在を証明するためには、具体的な例を出すのが一番手っ取り早い。出します。
ここにリンゴがある。なるほど、リンゴの正体は分子がある一定の集まり方をしたものである。でも、それだけではあくまでも「ある一定の集まり方をした分子」であってリンゴではない。何かによって「ある一定の集まり方をした分子=リンゴ」であると決められているのだ。その「何か」とは何だろうか?

「何か」は物理法則ではない。別の法則、つまり、世界の別の側面なのだ(アリストテレスが「質料」に対して「形相」と呼んだものに近いと思って良いまた、デカルトが延長実体に対して思惟実体と呼んだものだと解釈してもOK。)。もちろん、「そんな側面から見る必要ない」「そんな側面を研究しても無意味だ」と批判することはできる。でも、そのような側面が存在していることは確かなのだ。

じゃ、次に、「そんな側面から見る必要はない」のか否かを検証してみよう。
必要ない派の言い分としては、「とある分子の集まり=リンゴだと決めた法則は、人間が頭の中で勝手に作ったものじゃないか」って来るだろう。でも、物理法則だって、人間が頭の中で勝手に作ったものに他ならないのだ。確かに、「とある分子の集まり=リンゴ」法則は人間が死んだら消えてしまう。しかし、物理法則だって人間が死ねば消えてしまうでないか。数式そのものが宇宙を泳いでいるのでないんだから。

村上陽一郎センセの受け売りになっちゃうけど、科学・物理とは十分に主観的なものである。世の中の、数式で表せる部分だけを選んで取り出して語っているのだから。物理的側面も、哲学的側面も、文学的側面も、みんな主観的だという点で等価値である。
ただし、物理的側面には、他にはないメリットが一つある。即効的に、しかも目に見える形で便利な物を生み出せるということである。便利なものがすぐ出てくるのは嬉しいことだと考えている人がいっぱいいる以上、物理的側面を研究する需要はある。

ただ、それはあくまで「需要がある」というだけであって、物理的側面が最も重要である、最も良いものである、という根拠にはならないということを、忘れないで欲しい。
 

23:34 02/03/15【悪循環】

哲学専攻である→ただそれだけで「どうせアタマいいんでしょ」「お高くとまっている」と言われる。また別の人には「就職ないでしょ?」「変人なんだね」と言われる→「哲学なんて何の役にもたたない無意味な学問だし」と自虐するようになる→他の哲学専攻の人たちにも嫌われる→四面楚歌

プログレファンである→邦楽ファンから「英語も出来ないクセに」「ファッションで聴いているんでしょ」と言われる。また一般的な洋楽ファンからは「ダサい」「古い」と言われ、某ちゃんねる掲示板では「プログレヲタ逝ってよし!」と言われる→「プログレって格好悪いしヲタばっかりだし」と自虐するようになる→他のプログレファンからも嫌われる→四面楚歌

できればもっと普通の趣味を持った人間として生まれたかった。
 

21:37 02/03/14【進化】

パソコンのACアダプタ、本当に風前の灯火なので、もしも私が突然更新しなくなったら、そのせいだと思って下さい。ifです。

3年ほど前、試供品で化粧水と乳液をもらいました。
化粧にはあまり興味のない私。たまに遠出するときに下地&ファンデーションを付ける程度なんですけど、捨てるのも勿体ないので一応使ってみました。

しかし、いつもと比べて別にファンデーションの乗りがよくなったわけでもないし、肌の張りにも変化がありませんでした。なあんだ、じゃあこんなもの付けてもお金の無駄だなあと思い、それっきりでした。
−−−−−−−−−追憶終了−−−−−−−−−−−−−−−−

先日、試供品で化粧水と乳液をもらいました。
化粧にはあまり興味のない私。たまに遠出するときに下地&ファンデーションを付ける程度なんですけど、捨てるのも勿体ないので一応使ってみました。

すると、いつもと比べてファンデーションの乗りが格段に良くなったのです。肌の張りも見違えるほどです。

……えーと、これって、3年間の間に、基礎化粧品の技術が進歩した、ってことですよね。
まさか、私の肌のほうが変化した、なんてことはあり得ないですよね☆
 

1:23 02/03/14【きれいごと・常識を疑ってみることpart2】

昨日の続きです。

「偽善を叩きつぶす」ことをモットーとした団体の多くがあるパラドックスにぶち当たります。
「世のため人のため」とか言ってる奴らをバカにしていたはずなのに、いつのまにか自分自身が「世のため人のため」に偽善を叩きつぶそうとしていることに気付いてしまうのです。つまり、自分自身こそが叩きつぶされるべき偽善的な存在であると気付いてしまうのです。

では、なぜ2chはそのようなパラドックスに陥らずに済んでいるのでしょうか。
これは、偶然なのか意図的なのかそれとも無意識なのか(私は無意識だと思っているのですが)「悪」の仮面をかぶっているからです。皮肉な話ではありますが、世間による2chの悪評、罵詈雑言が飛び交い、犯罪の温床になっているというイメージによって、自らの行為が偽善であることに気付かないで済んでいるのです。

そういうわけで、2chをつぶしたいと思っているそこのアナタ。
誉めましょう。
あななたち、偉いわねえ。自ら憎まれ役をかって出ることで、世直しをしようと日々頑張っているのね、尊敬するわと、嫌みではなく真顔で言い続けましょう。そうすれば、いずれ例のパラドックスに陥り、自滅するはずですから。
 

0:11 02/03/13【きれいごと・常識を疑ってみること】

徐々にカミングアウトしてきたのでもう言っちゃうけど、ifは2chの洋楽板住人である。
最近、友人から「2chなんかのどこが良いの?」と本気で訊かれることが多いので、私が思う魅力を書いてみようと思う。本当は私程度の人間に語る資格はないとも思いつつ。

やっぱ、一番のポイントは、偽善を廃し本音を言える風潮なのかなあ。
たとえば日本を腐らせた政治家とか、そういうムカツク奴が死んだとする。ハッキリ言って、「残念だ」なんてとても思えない。死んだってムカツク奴はムカツク奴のままだ。でも、現実世界では「あいつ死んだね、ざまあみろ」と言うことは許されない。メディアは追憶番組を始め、「惜しい人を亡くしました」とか言い出す。そんな時、2chだけは「さまあみろ」と言うことを許してくれる(むしろ、「惜しい人を亡くしました」なんて書いたら叩かれる)。

同じように、有名バンドの新譜が駄作だったとする。でも、誰もそう言わない。メディアは褒めちぎるし、ファンサイトや公式サイトの掲示板で「新作はあんまり……」と書くと叩かれるし、ひどい場合は荒らし扱いされて削除される。そんなときも、2chなら「やっぱ駄作だよね」と言えるのだ。

そういうわけで、2chは何でもかんでも叩くわけではない(時々なんでもかんでも叩く人はいるけど、そういう人は2ch内でも嫌われる)。叩かれるのは、「本当は嫌な奴・駄目な作品なのに、世間の圧力せいで褒められている」ような存在だけである。今まで世間の言葉を盲信していたけれど、本当にそれでいいのだろうか?と自答しながら読むと、それなりに考えさせる意見も多く、興味深いんじゃないかと思う。
 

0:15 02/03/12【表現の自由?】

巷でなにかと話題の青少年有害社会環境対策基本法ですが、近年の少年犯罪増加に対して何らかの処置をしなければいけないことは事実であり、この法案に反対するなら代案を積極的に出すことが必要です。

で、最も大きな問題は、検閲(とあえて言おう)を行うのが国家だということですよね。現在、日本には既に出版倫理協議会という民間団体があって、18禁指定図書を定める等の自主規制を行っています。この出版倫理協議会が従来よりももうちょっと厳密なレーティングを行うという制度ができたら、そこそこ使えるのではないでしょうか。

個人的には日本の映倫よりもアメリカのMPAA(アメリカ映画協会)のほうがレーティングのモデルに相応しいと思います。
簡単に説明しますと、アメリカの映画は公開前にMPAAにお金を払ってレーティングを受けることができます。これは強制ではありませんが、劇場主の意向もあり、実際ほとんど全ての映画が次のような指定を受けています。

G指定……誰でも見られる映画(ディズニーなど)
PG指定……幼児が見るときは親の同意が望ましい(ETなど)
PG−13指定……13歳以下の子どもが見るときは親の同意が望ましい(タイタニックなど)
R指定……17歳以下は保護者同伴(ターミネーターなど)
NC-17指定……17歳以下は何があっても立入禁止(アダルト映画など)
※映倫のR-18は18歳未満立入禁止の意味なので、混同しないように。

一見厳しそうに見えますが、指定されている映画の例を見れば判るように、PG−13指定やR指定をされたからといって決して弾圧を受けるわけでも興行成績に影響が出るわけではありません。(タイタニックが青少年に有害だと非難されたことなんてなかったよね?)
実際、PG指定の映画を幼児に見せるのをためらう親はごく稀です。それどころか若者の間では「G指定はダサい」というイメージがあり、見に行くのを避ける傾向があるくらいです。
MPAAの例からも、民間団体のレーティングが表現の自由を侵す危険性は少ないと言うことが出来ます。

出版倫理協議会の親団体である日本書籍出版協会は、法案に抗議しているみたいですが 、ただ抗議するだけでは法案賛成派の人たちを納得させることなんて出来ません。表現の自由を守るためこそ、自主的にこのようなレーティングを定めたほうがいいのでは? と、部外者の私は脳天気に考えるのでした。
 

2:29 02/03/10【愛】

愛をお金の量で測れるか?と訊かれたら、こう答えたいです。
お金の「絶対的な」量では測れなくても、「相対的な」量ではある程度なら測れる、と。もちろん例外はたくさんあるでしょうけど。
つまり、10万円持っている人が1万円をくれるのと、1万円しか持っていない人が1万円くれるのだったら、後者の方がずっとずっと嬉しいということです。また、同じくらいのお金を持っている人だったら、出費にルーズな人のくれる1万円よりもドケチの人がくれる1万円のほうが嬉しいわけです。

だから、無人販売所で50円のネギを35円(全財産)で買ってきた私の愛はお百姓さんに届いたと信じています。
 

23:12 02/03/09【理由】

「頻繁に更新できないサイトなら閉鎖したほうが良い」と言う人は、きっとただアクセスアップゲームを通じて有名人になりたいだけだからオールオアナッシングの思想になっちゃうのであって、どうしても伝えたいことがあるわけでも文章を書くことが楽しくて仕方ないわけでもないんだろうなあ、とか思います。

更新が滞っている言い訳ではありませんよ。
 

18:46 02/03/08【これで卒業できなかったら笑い者だ】

毎日新聞きゃんぱるの4年生たちと箱根に行ってきました。写真集。
私は金ないし卒業旅行で海外に行く予定もないので、これが実質卒業旅行になります。

★車が目的地に近づいてくると、自分の身体に違和感を感じました。
何かが忍び寄り侵されていくような、ゾッとする感覚。
ふと窓の外を見ると、そこには枝先が鮮やかなオレンジ色に染まった杉の木が。
風が吹くと、枝先が揺れてオレンジ色の煙のようなものがぶわああああっと……。
これだっ!!←ifは重度の花粉症

その時、隣に座っていたK氏(霊感が強いことで有名)がボソリと呟きました。
この辺、いっぱい居るな

……居るって、居るって、何が? 
花粉が、だよね?
頼むから花粉だって言ってくれ〜〜!!

★今回泊まる宿は、一泊朝食付き5000円の旅館。
綺麗だし、露天風呂もあるし、これで5000円は安すぎです。
しかも、車2台に分乗して行くので交通費も1人1000円程度で済むとのこと。
やっぱり学生旅行は安くて楽しくていいのお。
安くて……。

芦ノ湖遊覧船乗り場にて。
D氏「遊覧船、2000円だって。どうする?」
K嬢「安〜い♪乗ろう乗ろう♪

……新社会人の経済感覚、おそろしや。
ひき続き貧乏学生な自分だけ乗らないわけにもいかず、またその後もバカ高いプリンスホテルのラウンジでお茶するのに1人だけ注文しないわけにもいかず、結局、それなりの値段になってしまいました。うう、これからは社会人と旅行するのはなるべく避けます。
ifは20日の仕送り日まで文字通り1文無しです。貯金の残高は120円、財布の中身は35円です。ガス・電気の引き落としも控えてるし、卒業式の衣装(マントと帽子)を借りるのもお金がかかります。原稿料が入るのも来月以降です。私はどうすればいいのでしょうか?(思考停止)

★とは言え、楽しかったですよ。いい思い出になりました。
特に温泉は絶品です。疲れもとれて肌もツルツルです。髪質も柔らかくなったみたいです。温泉マンセー。もう、観光なんてしなくていいから、3日間ぐらい滞在してひたすら温泉に入っていたいですね。

やっぱ老化してるのかなあ。
 

23:31 02/03/05【生活が……】

最近1ヶ月にお金を使ったこと。

CD購入……0枚
本購入……0冊
洋服・服飾品……0着
自費外食……マックのバリューセット、コンビニの焼きそばパン等のみ。
旅行……なし
酒……500円ワインを何度か

これでどうして、仕送り日2週間前なのに残金0円になるのでしょうか???
 

13:35 02/03/05【目的】

「なるほど、なるほど、うんうん、全くその通り」
と思わせてくれる文章は、必ずしも私にとって良い文章ではない。
「ん?それなりに筋は通っているけど何か違うぞ。何だろう?
 ……そうか、私は○○だと思っていて、彼は××だから違和感を感じたのか!」
こんな風に、無意識下の私の考えを意識上に引っ張りあげてくれるような文章が好きだ。
つまり、他人の文章を見下した上に都合よく使い捨てるということである。我ながらひどいジコチューだ。
 

でも此処の読者も数割はそのような目的で此処に来ているに違いない
 

0:46 02/03/04【言葉の要素】

歌詞の魅力と一口に言っても、思想が深いとか、表現力が豊かだとか、いろんな種類の魅力があるが、ここでは「音声」としての側面について書きたいと思う。

私の場合、特に洋楽を聴いていると、(歌詞の意味がよく分からないという理由もあるけど)音声的側面に注目したくなることが多い。今のSの音が滅茶苦茶セクスィーとか、この歌手の発するVの音って凄く気持ちいいなあ、日本語にもVの音があればいいのになあ、○○語って美しい響きなあ、とか思う。

ところが、日本語の曲を聴いて、音声を美しいと思ったことがあまりない。思想的、文学的に優れている歌詞はたくさんあると思うけど、「日本語って美しい響きだなあ」とは滅多に思わない。単に日本語の発音に耳が慣れているからという以外にも、理由がありそうだ。
そこで、「音声的に美しい邦詞」の条件を考えてみる。

1.多少の破格表現があってもいいから、最低限日本語として成り立っていること。
半分近くが英語だったり、「修羅場裸場女子浮遊〜♪(byサザン)」のような何語だか分からない詞に関しては、どんなに響きが美しくても「日本語って美しい」とは言えない。

2.ハッキリと発音していること。
本来なら英語が相応しい曲に無理やり日本語を乗せようとすると、変に英語っぽい発音になったり曖昧な発音になったりする。だったら最初から英語で歌ってよ。英語曲の劣化コピーじゃなくて、誇りを持って日本語を使って欲しい。

3.韻を踏む、メロディと言葉のアクセントや印象を一致させる、などの技術がある。
同じメロディの部分は発音のにた言葉を当てたり、美しく静かな旋律では無声音、暗い不協和音の中の旋律には濁音を多くしたりすると、言葉の音声的役割が増すはずです。

この曲の詞こそは!!てのがあったらぜひ教えて下さい。
なんとなく、シンガーソングライターよりも職業的作詞家の作品のほうが音声的には優れていることが多いような気がします。
 

2:42 02/03/03【That's What You Get】

昨日今日と、Kevin Ayersのライブ@お台場TLGでお手伝いしてきました。
チケット完売だそうですね。ごめんなさい。行きたくてもチケットが手に入らなかった人もいるのに、アルバム2枚しか聴いてない私が(一番後ろから立ち見とはいえ)この場に同席できてしまって本当にごめんなさい。お詫びのしるしにKevin着メロ作りましたのでどうか受け取って下さい。ドコモで3重和音以上対応の機種に限られますが、これをそのままメールの本文にコピペして自分の携帯アドに送れば使えます。

さて、例によって迷子になりながらもTLGにたどり着いたのが開演1時間半前。今ごろきっとメンバーの皆さんは真剣にリハーサルしているんだろ……
呑んだくれていました。
えーと、ビール瓶が2本4本6本……。大丈夫なのか?
大丈夫なのでしょう。さすがジャンキー。っていうか日本に無事に入国できて運が良かったですね。このままいつかの誰かのように本国イギリスに再入国拒否されないことを祈ってます。ところで最新CD(再発)のジャケットが、ケシの花に囲まれながら腕を羽根のように広げて飛んでいるKevinの写真ってどういうことなんでしょうね。

しかし、肝心のライヴのほうは素晴らしかったです。素晴らしい、というよりも楽しい、と言った方が正確かな。微妙にアルコールの影響を感じさせる演奏を聴いているうちに、何も呑んでない私まで酔っぱらってきました。気がつけば客席200人総酔っぱらい状態。不思議な一体感です。演奏は2日目のほうが安定していたけど、どちらかといえば1日目の酔っぱらいへろへろ感のほうが好きです。できればお仕事(CD販売)しながらではなく、客席で呑んだくれながら聴きたかったなあ。

今日は昨日よりも曲数が少なかったこともあり、皿だのグラスだのをガンガン叩いて2度目のアンコールを要求する客が続出し、このまま終わってしまったら血を見るんじゃないかという雰囲気。その頃楽屋のKevin Ayersは情緒不安定状態に陥って演奏どころではなくなっていたそうですが、なだめられてなんとかステージに乗るも、曲の途中で退場してしまい、仕方なく残りはバックバンドのみで演奏する、というシーンもありました。

結局、サイン入りCD100枚とバックバンドのシングル70枚は飛ぶように売れてしまい、Kevin Ayersファンの熱狂ぶりを思い知らされました。あとで聞いた話では、チケットを買えなかったファンの人たちが今日暴動を起こすという噂もあったとか。

……え、えーと、チケット買えなかった方、サイン入りCDが売り切れで買えなかった方、くれぐれも、私にウイルスを送ってきたり、し、しないで下さいねっ(汗)
 

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