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23:40 01/10/31【11月の日記は】

こっちだよ
 
22:17 01/10/30【ヒエラルキー】

いろんな哲学者が学問を分類している。そして多くの場合、哲学は他の諸学問よりも一段上のものだと位置づけている。
これを自分勝手とか胡散臭いかという人もいるけど、私はそうは思わない。

哲学が一番上に来るのは当たり前のことだ。
だって哲学者たちは、学問を「哲学的に」分類しているのだから。

だから、たとえば「科学的に」分類すれば科学が一番上に来るんだろうし、「社会学的に」分類すれば社会学が一番上に来るんじゃないかな。
 

22:12 01/10/29【Are there anything new?】

私よりも2、3歳年下の哲学科の学生がする質問って、すっごく純粋なのだ。
ハッキリ言って、殆どの質問が学問的には無意味だ。だから先生も困っているのが分かる。それに対して私は、まあ彼らよりは2、3年分は哲学に馴染んでいるわけだから、不完全ながらも一応学問的に有意味な質問をできる。この文に関してはこういう質問をするべきだ、と分かることが多い。

だけど、変だなあとも感じる。
なぜ自由に疑問に思ってはいけないのか。「ここでこういう疑問を持つべきだから」という理由で疑問を持つなんて。「職業的学者のための哲学」の弊害と言うこともできる。

そして、このような疑問でさえ、ハイデガーの技術論のコンテクストで「疑問を持つべきだから」持った疑問に過ぎなかったりするのがまた困ったもんなのだ、ああもうっ。
 

18:33 01/10/28【Blood is thicker thn water】

AIR(notフランスbut日本)の全米デビューが決まっていたと今更気づいた。活動場所がニューヨークだった影響で予定より遅れているらしいけど。
デビュー後は、ぜひぜひニューヨークのライヴハウスでSelfish(アナログ回線でも1分ほどでダウンロードできます)を熱唱してもらいたいものです。少なくとも話題にはなるでしょう。あとで石投げられても知らないけど。いやマジで。
 
23:10 01/10/27【公演の魅力?】

本を読まなくなったばかりか、同じ学校の音楽団体や演劇団体の公演なんかも行かなくなった。
昔は、欠かさず観に行ってたのに。高校の文化祭の時、3日間で10個の演劇を観た(完全制覇)のが懐かしい。今は、友達が出演すると言われたら付き合いで行くけど、そうでないなら、家で好きなCD聴いてた方がいいやとか、あと3000円だしても有名な劇団の公演に行ったほうがいいやとか思ってしまう。
一つは、読書の場合と同じように、心が空っぽで音でも言葉でも詰め込まないと自分が消えてしまいそうな飢餓感がなくなったことがある。それから、耳が中途半端に肥えてしまったということもあるのだろう。テクニックの有無は聞き分けられても、愛情の有無は聞き分けられない程度に、中途半端に。(ま、下手でも愛情があれば素晴らしいんだ!という境地に私が達するためには、あと10年は必要だな)

だから、公演団体に入っている皆様へ。チケットの売り方のコツをお教えします。
狙い目は「音楽(演劇)好きな人」ではなく、
「音楽(演劇)好きだと思いこんでいる人、音楽(演劇)好きになりたがっている人」。
そういう人なら、もう何でも良いからとにかく音楽を聴きたい聴かせてくれっ!という飢餓状態に陥っていることが多いと思う。もちろん、「悟りの境地に達している人」でも可だけど、そういう人は滅多にいないし。
 

9:48 01/10/27【読書の魅力】

本を読まなくなったなあと思う。

というよりも、高校生の時の読み方が病的だった。
とにかく、家に未読の本がなくなるのが恐かった。未読の本があと3冊、という状況になると、古本屋に走り、100円コーナーでちょっとでも心に掛かった本を5〜10冊購入する。そしてよく味わいもせずにむさぼり読む。内容を理解することよりも、活字を追うことそれ自体が目的だった。3年間で600冊以上読んだと思うけど、果たしてそれがどれだけ身に付いたのかはまったくもって謎である。

今の私は、当分の間はハイデガーの「存在と時間」「技術論」「芸術作品の起源」さえあればいい。これらの作品を本当に理解しようと思ったら、最低3年はかかるだろう。仮に3年で理解できてしまったとても、その後にはヘルダーリン論が、ニーチェ論が待っている。
幸せだ。
 

12:05 01/10/26【お風呂の魅力】

昨日の午前中、セクションメイト(≒クラスメイト)に誘われてポスティングのバイト。午後、大学に行って教授と話をしつつ、ペン(先)の原稿を仕上げて提出。夜、セクションメイト達と1年ぶりに集まって飲み会。
今日は、1限から授業。これから、自転車で某大学に行って、自転車で帰ってきて、その後またICUの授業を受ける予定。
ちょっとキツイです。っていうか風邪気味。今の大事なときにこじらすわけにいかないので、大嫌いな風邪薬を飲んだ。おかげで胃が気持ち悪い(ifの胃は、薬品関係にめっぽう弱い)。昨日もおとといも大急ぎでシャワー浴びただけだよー。頭を洗いたい。今日こそはゆっくりお風呂に入るぞ。というわけで某大学行ってきます。

※後日談……昼食のサンドイッチを食べながら自転車を飛ばしていたら壁に激突しました(泣)。
 

20:18 01/10/24【ミクロの魅力】

長編小説のネタってなかなか思いつかない。

むしろ長編小説のネタは「ない」って言ってしまったほうがいいかもしれない。
長編にするためには、普通、長編に見合うだけの大事件を起こさなきゃいけない。
でも私は大事件なんて書きたくない。小事件、いや、小事件ですらないような小さな小さな出来事がいいのだ。

私たちの普段の生活は、それなりに喜びや悲しみで満ちている。だけど、その喜びや悲しみの内容は、国家の興亡だの、大災害だの、家庭崩壊だの、そんなものではない。大抵は、彼氏の態度がムカツクとか、友達の一言で心温まったとか、テストの問題が解けなくて困ったとか、その程度だろう。

私はそんな些細な出来事をテーマにしたい。友達が呟いた何気ない一言でフッと空気の流れが変わったような、そのほんの30秒間のことが書きたい。
……ほんの30秒間の出来事を300枚に引き延ばすのは無茶である。
困った。
 

9:21 01/10/23【命とはかくはかなきもの】

缶ジュースを飲んでいたら、舌の上で何かが「プチッ」となった。
あれ? このジュース、粒入りだっけ?
とか思っているうちに、一瞬間をおいて、「ジュワッ」っと、
っていうかこれ午後の紅茶だもん、粒が入っているわけないじゃ、
「ジュワッ」っと、苦い汁が……ひええええええええっ!!

どうやら私の知らない間に、甘い香りに惹かれて虫が缶の中に飛び込んだみたいでした。
ひええええええええっ!! もちろんその後2回うがいした上で念入りに歯磨きしました。

その2時間後。
私は自転車に乗っていました。
突然、左目にゴミが……。
ん? 瞼の裏でゴミが動いてる。
動いてるって?!
慌てて出してみると、そのゴミには手と足と羽がついていました。
ぎゃああああああああああっ!!

秋は虫の季節ですねえ。
いや、鈴虫とか鳴いてくれる分にはいっこうに構わないんですけどね。
 

3:01 01/10/22【ニワトリかタマゴか】

近代においては学問が技術化されている、とみんな言う。
司法が、立法が、政治が、国家が技術化されているとも言う。
分かりにくかったら、「マニュアル化」と置き換えても良い。
これは、良くも悪くも事実だ。

近代においては芸術が技術化されている、とも言う。
教育が、医療が、技術化されていると言う。
これも、例外は沢山あるだろうけど、過半数が事実だと思う。

だけど、それらの技術化は、目に見えているからまだ良い。
私は、こう思う。
近代においては技術が、技術化されていると。
技術の技術化は、目に見えない。
一見何も変わっていないように、いや、始めからそうだったように見えてしまう。だから恐い。

技術は、その最初に置いては今日ほど技術的なものではなかったはずだと思う。
むしろ、芸術や、真理を求めること(ex錬金術)に近かったはずだと。

世界の技術化と、技術の技術化は、どちらが先に起こったのだろう。
 

22:03 01/10/20【I'm living, I'm living, I'm living 】

★ICU歌劇団の公演、「cabaret」を招待券で観る。
うーーーーん。
まあ、これをきっかけに表現の幅が広がるだろうから良かったね、というか。
とにかく、相当の練習を積んだことは痛いほど伝わってきました。
ああ、微妙。
歌劇団って昔からこうだったっけ? 私の目が肥えてしまっただけなのか? 少なくとも、ソプラノソロが一カ所もない歌劇って、私にとってはカツの入ってないカツ丼と同じようなものなんだよなあ。ふええええ(欲求不満)。

★私があなたを知ってからまだ3ヶ月。
なのに、こんなに惹きつけられているのは何故だろうね。
あなたを見守って励ましているつもりが、
気がついたら自分の方が見守られて励まされている。
ポジティブな言葉を口にするだけの人はたくさんいるけど、
ポジティブな言葉を本当に自分のものに出来ている人は他に知らない。

生の価値とか死の意味とか難しいことはよくわからないけど、
確かに言えるのは、話したいことがまだたくさんあるということ。
聴きたい言葉もたくさんあるということ。
みんなも同じ気持ちだと思う。
だから、必ず乗りこえて。
戻ってきて。
全快したあなたと飲みに行くの楽しみに待ってるよ。
 

21:42 01/10/19【明日の歌劇団の公演に行くべきか】

写真はただ風景をコピーするだけではなくて、魂が表現されるんだ云々、という話は、
頭では理解できても、よっぽど凄いカメラマンの撮った芸術作品を見ない限り、心の底から納得は出来ない。
やはり腕のある人が高いカメラでいろいろ調節して撮るからこそ芸術になるのだろうなあ、と。

ところが、この前こんな出来事があった。
友人と、ある人(Aさんとする)について話していたら、
私はAさんを「優男」だと思っていたが、友人はAさんに対して「闘士」なイメージを持っているというのだ。
なぜここまで見解の相違が生まれるのかは謎だけど、
とにかく私はAさんの写真を取りだし、これのどこが闘士だ、と笑い飛ばした。
と、友人もAさんの写真を取りだして、これのどこが優男だ、と言うのである。

私が撮ったAさんは優男に、友人の撮ったAさんは闘士に写っていた。
ちなみに使用機材は、私は1万円強のデジカメ、友人は使い捨てカメラである。
素人が適当にシャッターを切っただけの写真でも、それはもはや純粋なコピーではなく、ある意味主観的なものになってしまうのだ。

というわけで、結論。
もしも複数人写った写真の中で、一人だけ妙に写真写りが良かったら、
カメラマンはそいつに惚れている
 

21:05 01/10/18【時間が速くまわっていく病、再発】

考えてみれば、私の周りにいる人は、まあ良いとされる高校を出て、まあ良いとされる大学に入った人たちばっかりだ。まあ良い性格に育って、まあ良い友人にも恵まれているから、今までの人生はまあ成功だったと感じ、親や教師の育て方はまあ間違ってはいなかったと思っている。

だから「子どもはどう教育するべきか」と問うと、
小さい頃きびしく躾けられた人は「厳しく教育するべきだ」と答え、
小さい頃自由に育てられた人は「自由に教育するべきだ」と答える。

多分、今までの自分の人生は失敗だったと考えている人たちに同じ質問をしたら、正反対の結果が得られるのだろう。すなわち、
小さい頃きびしく躾けられた人は「自由に教育するべきだ」と答え、
小さい頃自由に育てられた人は「厳しく教育するべきだ」と答える。

逆に言えば、厳しく育てられようが自由に育てられようが、いい人はいい、駄目な人は駄目、とも言えるのでありまして。
この種のアンケートって、実はそれほど信憑性ないのかも、と思ってみたり。

−−−−−−−−−−−−−−−
◆狂牛病マラソン最終日。

朝、ブラックコーヒー。昼、豚ひき肉のトマトソースパスタ。夜、ゴーヤのおひたし、鶏肉ときのこの炊き込みご飯。

本日より、全頭検査が全国で一斉に始まります。今日以降以降出荷される牛肉については「安全」ということなので、狂牛病マラソンは今日で終わりにします。と言ってもこれからもしばらくは、積極的には食べないと思うけどね。明日は生クリームの乗ったケーキを食べるぞ〜♪
 

19:33 01/10/17【眠さ攻撃の次は雨】

高校の頃、私のCD棚は「クラシック」「J-POP」「洋楽」の3部門に別れていた。

大学に入ってすぐ「クラシック」「J-POP」「プログレ以外の洋楽」「プログレ」になり、
そのうち「クラシック」「J-POP」「プログレ以外の洋楽」「プログレ(イギリス)」「プログレ(その他の国)」になり、
やがて「クラシック」「J-POP」「プログレ以外の洋楽」「プログレ(イギリス)」「プログレ(フランス)」「プログレ(イタリア)」「プログレ(その他の国)」になり、

今では「クラシック」「J-POP」「プログレ以外の洋楽」「プログレ(イギリス5大バンド)」「プログレ(イギリス)」「プログレ(フランスMAGMA関係)」「プログレ(フランス)」「プログレ(イタリア)」「プログレ(ドイツ)」「プログレ(北欧)」「プログレ(その他のユーロ)」「プログレ(ユーロ以外)」に分けられている。

分かるとは確かに「分節化する」こと、分けることなんだなあ、とか、
赤ちゃんの感情は初めは「快」「不快」しかないところからこのように増えていくんだよなあとか、
うん。おもしろいですね。

果たしておもしろがっている場合なのかはこの際気にしない方向で。

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◆狂牛病マラソン14日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、生春巻き(ライスペーパー、キャベツ、豚肉、にら、チリソース)。夜、試行錯誤の味噌カツ丼(成功でした♪)。
 

23:13 01/10/16【それでも眠い】

表面的に見栄えの良い言葉、語呂がよくてキマっている言葉、そんなかっこいい言葉こそが物事の本質を隠蔽していることになぜ気づかないのか。
あなたは言葉を喋っているのではない。言葉に喋らされているいるのだ。
言葉に乗っ取られているんだ。

どうして私は彼女が嫌いなのだろうか。
と考えると、たいていはいつものあの結論にたどり着く。
彼女が昔の私に似ているからだ。
私は昔の私が大嫌い。昔の私に似ている人も大嫌い。

そういえば、男の人に「昔の俺に似ている」って口説かれかたをしたことが3、4回ある。
一般論を導くにはサンプルが少なすぎるけど、もしかして男って自分の過去を肯定できる生き物なのだろうか?

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◆狂牛病マラソン13日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、ツナのり巻き、おかかおにぎり。おやつ、えんどうまめスナック(肉エキス不使用)。夜、チキンとオリーブのパスタ。
 

23:38 01/10/15【まだ眠い】

というわけで、BLASTの皆さんの笑顔が目に焼き付いて離れないifです。
オランダまで追いかけて行きたいです……。嗚呼、青春。

内心はちょっとだけ左寄りで、自分の力で戦争も差別もない世界を作れたら格好いいかもなあと一瞬考えたこともありつつ、表面上は自分の立場も考えて保守的であることを心がけているため、トータルではプラマイ0になっているような人はけっこう好きだ。

私の世代は、団塊ジュニアとその一個下の世代(シラケ世代?)ジュニアが混在している。
でもって、私がこの人好きだなあと思う人って、団塊ジュニアであることが多い。

適当に友達と彼氏をキープできていて、適当に流行のファッションで夜遊びして、適当に勉強もやってなんかそこそこ上手くいっているのって、要領良くて羨ましい反面、浅いというか、つまんないんじゃないかなあと思ったりもする。
もちろん、自分を天才だと思っている奴は嫌いだ。身の程を知り、諦めることは大切だと思う。でも、一度トライして挫折して諦めた人と、一度もトライせずに諦めた人では重さが違う。

20歳ぐらいまでは、傷つくことを恐れない怖いもの知らずなガキでいて欲しいなあ……と後輩を見ながら考える秋の夜長でありました。

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◆狂牛病マラソン12日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、アンチョビとオリーブのパスタ。夜、鶏肉とピーマンのカレー粉炒め、ごはん、。
 

0:34 01/10/15【眠い】

BLASTの皆さんを成田まで見送りに行ってきました。
詳細はこちら

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◆狂牛病マラソン11日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、納豆そば、柿。夜、豚肉と豆腐の味噌煮、すじこ(親のみやげ)、ごはん、。
 

23:24 01/10/13【親来襲は無事切り抜けました】

というわけで、八王子で実家の法事+親族昼食会があったので、昼間からビールジョッキ1杯、ワイングラス4杯飲んだifです。酔っぱらいに太陽の光はツライということが分かって有意義でした。あ、そうそう、A.S様、ハガキ届いておりました。ご結婚おめでとうございます♪♪♪

さて、以前、大江健三郎が「人殺しはなぜ悪いのか」という質問を受けて、「まともな人間ならそういう質問自体が出てこないはずだ」という答え方をしたことがあり、ああ、大江さんも頭の固い悪いオトナの1人だったかのか……、と一部で反感を買ったことがありました。

でもね、これは買いかぶりかもしれないけど、なにも大江さんは「そんな不道徳的な質問するなんてけしからん」と言ったわけではないと思うのです。
多分、我々は人殺しがなぜ悪いのかという疑問すら持たないように教育されている、という現状を客観的に述べただけなんじゃないのかなあ。そして、
その客観的事実に対しては是とも否とも言っていないのです。

私が同じ質問をされても同じように答えると思います。哲学は、真か偽かを問うだけで善か悪かを問うことは出来ない。善悪を語れるのは倫理とか宗教とかです。
ああそうか、やっぱり大江さんは根底のところで哲学者なんだ。

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◆狂牛病マラソン10日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、法事のため親戚一同と昼食会で中華料理。
チャーシュー、エビチリ、フカヒレスープ、焼きそばなどなど。
牛肉は食べなかった(つもり)です。夜、お茶づけ。
 

23:13 01/10/12【明日は法事で親が来る】

多くの人が、不良少年だとか反体制だとかの恐い人たちに憧れる時期が1度はありますよね。
かく言う私も、中学生の頃は馬鹿だったので、珍走団を見て「かっこいい」なんて思ってしまったことがありました。
でも、なぜ恐い人をかっこいいと感じてしまうのでしょうか。

仮説1 自分自身、今の社会や大人は間違っていると思っているけど反抗する勇気がないので、反抗している人を見ると格好いいと思う。

仮説2 退屈な日常に刺激を与えてくれるから。

仮説3 体制に反抗している人は、いろいろレトリックが働いて実力よりも強そうに見えるから。(強い=格好いいと見えてしまうのは、本能として説明がつく)

みなさんはどれだと思いますか?

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◆狂牛病マラソン9日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、なんとか飯(レトルトの、香港風豚肉あんかけライスみたいなの。原材料に肉エキスもゼラチンもなし♪)。夜、わかめサラダ、チキンライス。

いつまで続けるの? と聞かれますが、今月中に安全宣言が出されるみたいなので、それまでということにします。風評被害に加担するのも嫌だし。早く安全を保証できるようになってね。
 

20:50 01/10/11【晴れでも憂鬱】

★というわけで、うちの前の駐車場に除草剤をまくことが分かっていたら今日は布団を干さなかったのに……と凹み気味のifです。
しかも、雑草と言っても背が低いのがちょろちょろと生えているだけで、駐車の邪魔にはなっていなかったし、埃がたつのを抑えてくれて助かっていたのに。
何故健康よりも、ほんのちょっとの見た目の差をとるのかなあ。

★私と同じぐらいの年齢の若者ってつまんない。
だって、バカでガキっぽい人が殆どなんだもん。

とか言っている輩に限って本当にバカでガキっぽい人が殆どだ。
とか言ってる輩に限って(以下略)

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◆狂牛病マラソン1週間目。

朝、ブラックコーヒー。昼、なめこそば。間食、ポテトチップス。夜、ゴーヤチャンプル、ごはん。

◆狂牛病マラソン8日目。

朝、ブラックコーヒー。昼、ペペロンチーノパスタ、柿。夜、さんま、ごはん、ひじきサラダ。
 

21:32 01/10/09【忙しいのが楽しくなったのは1年半ぶりだ】

威信とか、プライドとかって。
罪のない命をたくさん奪って、更に自国の国民を新たな危険にさらしてまで、守らなければいけないものなのでしょうか。
本気でそう思っているのなら、ある意味仕方がないのかもしれません。
でも私には、彼らが何か目に見えない力に動かされているように、そしてその目に見えない力を自分の本心だと錯覚しているように思えるのです。

戦争やテロだけじゃない。
現代社会で生きる私たち全てが、「目に見えない力」の奴隷になっているように感じます。
その力の正体は何でしょうね?
答えはハイデガーが知ってます。

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◆狂牛病マラソン6日目。
朝、ブラックコーヒー。昼、納豆ご飯。間食、お煎餅。夜、キャベツと豚肉の味噌煮、ごはん。
 

1:32 01/10/08【貴重な体験でした2】

昨日、今日とBLASTライブで、CD販売のお手伝いをしていました。

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◆狂牛病マラソン4日目

今日食べたもの……朝、ブラックコーヒー。昼、納豆ごはん。夜、シュウマイ弁当(ごはん、豚肉のシュウマイ、焼き魚、タケノコ、ニンジンの煮物、つけもの)、打ち上げ(枝豆、揚げナス、海鮮サラダ)。あと、ビールとビールとワインとワイン。
牛関係の調味料は……入っていなかった、と信じることにします。

◆狂牛病マラソン5日目

朝、ブラックコーヒー。昼、たらこパスタ(オリーブオイル仕立て)。夜、高菜おにぎり、松茸おこわおにぎり、お酒。

自炊している限り、牛関係を避けることはそれほど難しくはないのです。バターの替わりにサラダ油やオリーブオイル(風味はスパイスで補えます)、牛乳の替わりに豆乳やココナッツミルク、コンソメの替わりに昆布や鳥がらで自分で作ったスープ、ゼラチンの替わりに寒天……等々。

でも、コンビニで出来合いの弁当・お惣菜を買って食べようとすると、その選択肢の少なさに愕然とします。
っていうか、お弁当って、表示しなければいけないのは添加物だけで、原材料は書いてないんですよね。普段、アレルギーなどで食事制限をしている人は怖くて調理済み食品は買えないってことになります。

たしかに、たとえばホットドッグを買ったとして、パンの原材料、マーガリンの原材料、マスタードの原材料、ケチャップの原材料、ソーセージの原材料、ピクルスの原材料……と延々と書いてあったらパッケージの見た目も悪いし面倒だろうと思います。でも、せめて知りたい人がいたらすぐに調べられる環境になるといいのにな。大手チェーンだったらwebで公開するとかさ。
 

23:11 01/10/06【Winkの「ゲバッゲバッ」(get back get back)って曲が好きだった】

少し前ワンツードンの話題が出ましたが、子どもというのは、語呂がいい言葉とか、言葉遊びが好きなものですよね。だから、子ども向きの音楽も、必然的にリズミカルな言葉を取り入れたものが多くなっています。
これらを、いくつかのパターンに分類してみました。

1 単純連呼型
cf まじょ まじょ まじょ まじょ まじょがいる
  まじょ まじょ まじょ まじょ まじょはだれ
 (まじょのタンゴ・ワンツードン)

ちなみに私が小さいときは「はげはげはげはげはげがいる〜♪ずらずらずらずらずらはだれ〜♪」という替え歌が流行りました。

2 語尾・語頭重複型

cf あさおきたたたたん ひがさしたたたたん
  パジャマぬいじゃったん たたたたん
 (あさおきたん・みんなのうた)

例の、テテテテテテテテテレパシー(うちゅうじんのテレパシー・ワンツードン)もこれに当たります。

3 擬音語・擬態語型

cf けっけっころっけ ころっけ けっこう
  けっけっころっけ ころっけ けっこう ころっけ けっこう
 (ぼくんちのチャボ・みんなのうた)

この曲は、「コケコッコー」と上手に鳴けないチャボの話です。
コロッケ結構という文章になっているところが子ども心にも工夫が感じられていて好きでした。

4 意味不明型(「魔法の呪文」という形式をとることが多い)

cf アップル パップル ピップル ポップル ピプパペ
 (アップルパップルプリンセス・みんなのうた・歌は竹内まりや)

cf2 ウルラウルラウルラウルラウルラウルラリー
 (ふたごのオオカミ大冒険・みんなのうた)

このパターンって、ちょっと手抜きっぽくないですか?
たしかに手っ取り早く語呂の良いことばを導入できるけど、夢オチなみに安易だと思うのですが。

5 踏韻・回文等ことば遊び型

cf めぐり へめぐり どうどうめぐり
  りぐめ うどうど りぐめへりぐめ
 (お地蔵さんロンド・みんなのうた)

この曲は確かに、居眠りお地蔵さんが堂々めぐりを引き起こすストーリーで、語呂の良さと内容が一致している好例だと思っています。個人的にはこういう知的な面白さが好きですね。

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◆狂牛病マラソン3日目

食べたもの……朝、コーヒー(豆乳との相性を実験してみたのですが、口当たりを柔らかくするためにほんの少量用いるなら使えそうです)。昼、炒飯(タマネギ、ピーマン、豚肉)。夜、豆腐ステーキアンチョビソース、ごはん。夜食、山羊乳チーズ、ワイン。
 

22:56 01/10/05【スーパーの試食コーナーの焼き肉に誘惑されつつ】

というわけで、今更ながら「東スポ」が大阪では「大スポ」なんだと知ってショックを受けているifです。

一般名詞的に使われる地名なら、つまり地名とその後に続く単語の間に「の」が入れられるのであれば、場所によって変化するのは特に違和感ないんですよね。むしろ変化しなかったら気持ち悪い。東京タワーとそっくり同じものが大阪に出来たとしても、それは大阪タワーであって東京タワーとは呼びたくないし、東京都青年の家と同じ施設が北海道に出来たら、それは北海道青年の家であって、東京都の名称のままだったら道民は利用しちゃ駄目みたいで変です。

でも、固有名詞の中の地名は変わって欲しくありません。東京三菱銀行は大阪に行っても東京三菱銀行大阪支店であって大阪三菱銀行にはならないし、東京プリンが神戸でライブをやっても神戸プリンにはならない(これは内心なって欲しいけど)のに。

固有名詞なのか否か、簡単に見分ける方法ってないのでしょうか。

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◆狂牛病マラソン2日目。

今日食べたもの……朝、コーヒー(ブラック)。昼、高菜おにぎり、ちりめんじゃこおにぎり。夜、秋刀魚の塩焼き、ごはん。夜食、豆腐とにんじんサラダ(自家製フレンチドレッシング)。
今日買ったもの……豆乳(どこまで牛乳の替わりになるのか実験する予定)、味の素製「丸鶏がらスープ」(スープの素をかたっぱしから原材料チェキしたところ、ビーフエキスと書いていないのはこれだけだった)、山羊乳チーズ。

戦闘意欲満々です。
 

23:11 01/10/04【自炊派に告ぐ!】

狂牛病マラソン開始します。
牛関係のものを何日食べないでいられるかを競います。
飽きるまで、または売っている牛肉が安全だと証明されるまで続けます。
1人で勝手に決行しますが、もしも参戦者がいましたら大歓迎ですのでメールください。

NG食品は、牛肉全部、牛乳、乳製品、牛骨を使用したゼラチン、スープの素、インスタントラーメン等。

鶏肉、豚肉は内臓関係のみNGにします。卵は信じることにしました。
養殖魚はなるべく避けます。
(ここで「なるべく」と弱気なのは、干物・切り身など加工されてしまうと養殖であるという表示義務がなくなり、判別不能になってしまうため)

というわけで、これからしばらく、その日に食べたものをアップします。
「ちょっと待て、それ牛だよ」等のツッコミ歓迎。

今日食べたもの……朝、コーヒー(ブラック)。昼、ツナとシメジの醤油味パスタ。夜、イワシの竜田揚げ、大根おろし、ポン酢、ごはん、わかめの酢の物。
 

19:17 01/10/03【理由を聞かせて】

私は、非常に疲れている上に、寝不足でした。
昨日は3時間しか寝ていないし、午前中はがちがちに緊張しながら某大学(そこの大学院を受験予定)の授業を受けていたし、午後は卒論のチュートリアルでICUに行かなきゃいけないし、生理中でお腹が痛くて足元がふらついているし、とにかく今、電車の中では座って少しでも眠りたかったのです。って言うか眠ります。眠る眠るとき眠れば眠れ眠ろう(5段活用)。眠るぞ眠るぞ〜。

……途中で乗ってきたおばあさんは、なぜか私の正面に立ちました。

ほんの1、2秒の間、私の頭の中で2人の私の言い争いが駆けめぐりました。
人格1「ほら、おばあさんに席を譲りなよ」
人格2「だから、眠くて疲れてるんだってば」
1「甘い。甘過ぎ。世の中9割の人間が眠くて疲れてるの」
2「その上生理痛なんだよ〜」
1「甘い。あんたの歳の女性の4分の1は確率的に今、生理中なんだから」
2「そ、その上風邪ひいてて熱があるんだよ〜(←嘘)」
1「見え見えの嘘つくんじゃないの」
2「そ、その上、つわりがひどくってさ
1「(私のお腹を見ながら)それはアリかもね

ダイエットしなければジョークがジョークにならないという哀しい事実を発見。
哀しさのあまり、次の瞬間席を譲りました。
 

18:10 01/10/02【エンピツへの問い】

卒論の中間報告を作らなくてはいけない。
目の前にエンピツがあった。
だが、はて、エンピツとは一体何だろう。
まず注意しなければいけないのは、エンピツとエンピツの本性は違うということだ。エンピツの本性は、エンピツ的である必要はない。そして、もしもエンピツを使い方次第で善にも悪にもなるのだと言ったらそれはエンピツの本性から目を覆い隠そうとしているだけであると。我々はむしろ「エンピツが善にも悪にも使えるのはエンピツのいかなる本性故か」と問わなければいけない。
さて、エンピツの役割は書くことである。書くということは、あるものを明るみに持ち来たし、「現−存」(An-wesen)に導き、完成された到来へ「いざ−なう」(An-lassen)ことである。これは露わに発く1つの在り方であり、アレテイア(真理)の領域である。
露わに発くことには常に危険がつきまとう。ポイエシスとして露わに発く時でさえ、現実を曲解させてしまう可能性があるし、挑発として露わに発く時はそれ以外のポイエシスとしての発露の可能性はことごとく駆逐されてしまう。
しかし、危険のあるところには救うものもあるはずだ。危険なのは発露の1つの在り方であり、発露はエンピツの本性である。「本性」は「存する」が語源で、それは「齎すもの」である。齎すもの、つまり発露に使わすものそれ自体が救うものなのである。我々が、エンピツの成存に心を留める役割を果たせば、齎すものが姿を現すのであるる。

おっと、最後の「る」が1コ余計だ。消さなくては。
私の目に消しゴムが映った。
だが、はて、消しゴムとは一体何だろう。
まず注意しなければいけないのは、消しゴムと消しゴムの本性は違うということだ。消しゴムの本性は、消しゴム的である必要はない。そして、もしも消しゴムを使い方次第で善にも悪にもなるのだと言ったらそれは消しゴムの本性から目を覆い隠そうとしているだけであると……。

つづく。(永遠に)
 

14:58 01/10/01【今語れることを今叫べることを】

少し前、ここ(9/23)に
「昨日は時事ネタ、今日は下ネタ、明日は日常雑記というように、ネタ探しに苦労の跡が見られる日記群から受ける雑駁な印象」という言葉があったのですが、私はむしろ、毎日同じテーマで書いている日記の方がネタ捜しに苦労しているようなイメージがあります。

「その日の自分が一番言いたいこと」って毎日違うのは普通だと思うんですよ。今日一番言いたいのが仕事の愚痴だったとしても、明日言いたいことは読んだ本の感想かもしれないし、明後日はちょっと下ネタな気分になるかもしれないし、時事問題にもの申したくなるかもしれない。それが自然ではないでしょうか。

給料もらってるわけじゃないんだから、更新するのが負担になったら、そんな日記書かない方がいい(この点では、コロコロさんも同意見みたいですね)。無理せず自然体が一番だ、というヘタレな私は、テンションの毎日変わらない素晴らしきネタ日記たちを尊敬こそしても、自分でやってみようとは思いません。さあて、卒論の続きでもやるか。
 

1:55 01/10/01【夜が来るわ1人にしないで】

常に周りの空気にちょっとだけ違和感を感じているのが一番良い。自分の中を満たしているものと自分の外側に満ちているものが同じだったらどこまでが本当の私なのか分からないし、自分が本当に生きているのかどうかも分からなくなってしまう。

飽きる、というのはつまりそういうことだ。
私は飽きやすい。1週間に1回は「今まで1度も聴いたことがない初めての音楽を聴きたい」発作が起きるし(そのせいで経済的にピンチなんだけど)、どんなに奇抜な意見でも3回聞いたらありふれた意見の1つとしか思わなくなるし、同じ小説家の作品を3冊読めばもういいやという気分になる。エスニック料理が好きなのも、小さい頃から食べていた和洋中伊の料理に飽きてきたからだ。
それは、常に新鮮さを、違和感を、そして自分がここに居るということを感じていたいのだと思う。

重傷かもしれない。
 

1:52 01/09/30【可能性】

僅かな可能性におびえて二の足を踏んでばかりいたら人生つまらない。飛行機が落ちるかもしれないからと飛行機に乗らなかったら遠い土地の異文化に触れる機会を失ってしまうし、溺れたら嫌だからと海水浴に行かなかったら大自然の力を感じることも友情を深めることも出来なくなってしまう。
第一、絶対に安全なんていうのは不可能なのだ。飛行機に乗らなくたって、自動車でも電車でも事故る可能性があるし、歩いていても車にひかれるかもしれないし、通り魔に襲われるかもしれない。家にいたって病気になるかもしれないし、突然ピストルを撃ち込まれるかもしれないし、北朝鮮のミサイルが落ちてくるかもしれない。
生きるというのは、危険にさらされるということだ、死の可能性に臨んでいるからこそ生きる価値がある。余計な心配事にとらわれて行動範囲を狭めてしまうのは、自分自身を狭めてしまうことになり、本末転倒になってしまう。
 

今日の夕飯のおかずは牛肉でした。
 

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