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21:06 2015/02/03【言いまつがい】

長男は、
「えべれーたー」
「おすくり」
「しらばくおまちください」
系の言いまつがいを時々する。

なので、先日実家の沖縄旅行のお土産でちんすこうをもらったときは、危険を感じ、あらかじめちんすこうという名称は封印して、
「これは沖縄クッキーだよ。沖縄クッキー美味しいねー」
と教えておいた。

結果、長男は、
「おきわなクッキーおいしいねー」
と言ってるので、命拾いしたことは間違いない。
 

19:05 2015/02/01【手土産】

うちの夫は基本的にはとても優しいし仕事も出来るしいい男だと思うのですが(半分棒読み)、数少ない弱点の1つが、手土産を選ぶセンスが壊滅的に悪いことです。

たとえば、私が里帰り出産している時に実家に来たときの手土産が、「文明堂のカステラ」。
一応前情報として、「うちの母ちゃんはハイカラ好きだから、マカロンとか持ってきたら喜ぶんじゃないかな」とヒントを与えてあったのに、文明堂のカステラ。
いや美味しいけどな、文明堂のカステラ。10年ぶりくらいに食べたわ。

そして先日、長男がトッキュウジャー好きなので、何かトッキュウジャー関連のおもちゃを買ってあげようか、という話をしていたら、夫が息子への手土産に買ってきたのがこれ。


デンオウレッシャー。

って、その劇場版見てないし!
しかも変身させようとしても足にしかならないし!

ちなみに長男、気をつかって、「わー、かっこいい足だねー」と言ってました。
 

14:31 2013/09/19【ネクタリンの思い出】

私が小中学生前後の時、母が忙しくてなかなか買い物にも行けなかったため、生協に入っていました。

私がスモモ類が好物なので、夏になるとよくネクタリンも買ってくれたんですけど、なぜか生協のネクタリンって異様に小さい、直径5センチくらいのスモモサイズなんです。特殊な品種ではないし、お徳用とかわけありとかではなくて、いつ買ってもそうなのです。
なので、他の店のネクタリンを食べたことがなかった私、「ネクタリンはスモモサイズの果物」と思いこんでいました。

高校になって初めてデパートで売っているネクタリンを見たら、桃と同じくらいのサイズだったことに超衝撃を受けました。なにこれ、これがネクタリンなの? 今まで私がネクタリンだと思っていたものは何だったの?と。

時は流れて、最近歳をとって買い物が面倒になった母、再び生協を始めたのですが、およそ20年ぶりの生協、商品のラインナップが昔と全然違うのよー、と驚いていました。
昔は、なんか健康に気を使ってるっぽい独自のメーカーの商品が多かったのが、今ではそこらへんのスーパーで売ってるのと同じ、ごく普通の大手メーカーの商品が多くて、週替わりの目玉商品が大阪王将の冷凍餃子だったり。生協も変わったのねー、と言ってました。

そんな生協から先日、私がリクエストして買ってもらったネクタリンが届きました。

スモモサイズでした。

時が流れ商品のラインナップがすっかり変わった生協でも、なぜかネクタリンの小ささは不変でした。 なんでやねん。
 

23:51 2013/09/17【そうだ嬉しいんだ生きる喜び】

長男(2歳)は、この歳の子の9割がそうであるようにアンパンマン大好きなのですが、アニメの主題歌の「アンパンマンのマーチ」って、なんだかすごい曲ですよね。

よく話題になるのはその哲学的な歌詞で、一説によると特攻隊で命を落としたやなせたかしさんの実弟のことを歌っているなんて話もありますが、音楽のほうも強烈なプログレッション感があり、異様な高揚感を掻き立てます。
その理由を考えてみると、コード進行にドミナントモーションが多用されているからではないでしょうか。

ドミナントモーションとはG→Cのことで、「耐えて→解決」といった印象のあるコード進行なんですけど、これが4小節に最低1回は出てくるのです。
更に、ドッペルドミナントも1番だけで4回も使われています。ドッペルドミナントとは、D→G→Cのことで、ドッペルとは英語で言えばダブルの意味です。つまり二重のドミナント、「耐えて→解決すると思いきやもっと耐えて→今度こそ解決」という感じです。あまりにも印象が強いので、普通はBメロあたりで1回くらいしか使われないコード進行なのに、じゃんじゃん出てくるのです。いくら何でも耐え過ぎです。ドMか。

しかし、これだけ「耐えて→解決」を畳みかけられると、なんとなく洗脳されて、自分も助走付けてから前に飛び出さないと、って背中を押されているような気分になってくるんですね。こういうのが音楽の力なのかもしれません。

JPOPでは、「この曲っていい曲だよねー」という話題になると、すぐに「だって歌詞が共感できるし」と歌詞の話になってしまいがちですが、やはり音楽の醍醐味は「音」だと思うのです。
人間の無意識レベルに直接働きかけて、カタルシスを導いてくれる、その働きこそが音楽による救いなんだと思います。って、何の話をしていたんだっけ。アンパンマンか。
 

18:23 2013/09/13【うちのブルーベリー】

実家の庭には花や木ばかり植わっていて、食べられるものはほとんどないのですが、唯一、ブルーベリーの木があります。

しかし、食べごろになるや否や全部小鳥さんに食べられてしまうのです。

どうやら我が家のブルーベリーは、近所の小鳥さんネットワークの中では「あの家のあの実は美味い」と有名になっており、毎年実るのを楽しみに待たれているみたいなのです。
初夏になり実がふくらみ始めると、毎日のように近所中の小鳥さんたちが巡回偵察に来るようになり、熟するや否や、人間よりも先に収穫されてしまうのです。

そこで人間側も負けてはいられないと、木の周りに網を張って中に入れないようにしました。 が、小鳥側もそのくらいでは諦めません。網をくぐったり押し広げたりして中に入って食べ尽くし、あげくの果てに出られなくなって大騒ぎ。

更に、その大騒ぎを聞きつけた近所の野良猫までが庭に入ってきて、網にはさまって身動きの取れない小鳥を襲って大惨事に……。

ってことがあり、もう我が家ではブルーベリーの収穫は諦め、網を取り払い、全部小鳥さんに差し上げることになったのでした。人間と小鳥さんの戦い、人間の負け。
 

14:54 2013/09/11【ご報告】

次男を出産しました。
今回の妊娠は、途中で切迫流産で入院したり、マタニティブルーになったりといろいろ大変でしたが、今のところ母子ともに経過は順調です。
2児の母になった大久保一布も、改めてよろしくお願いいたします。
 

23:26 2013/03/20【ダイエットの極意】

ダイエット暦20年弱、途中で拒食症になって精神病院のお世話になったこともあった私ですが、最近分かってきたのは、痩せるための唯一の手段は「ライフスタイルそのものを変えることだ」ということです。

そりゃもちろん、摂取カロリーよりも消費カロリーが上回れば痩せますよ。一時的には。
でも、どんだけ運動したり、食事を減らしたりしても、その時に痩せるだけで、それらの努力をやめてしまえば元に戻ってしまうのです。
努力し続けている間はスタイルをキープできるでしょうが、一生努力し続けるのは大変です。普通は途中で疲れてやめたくなります。
つまり、努力を努力だと思わなくなること、ライフスタイル化してしまうことが大事なのです。

そして、ライフスタイル化というのは、気合いだけで出来るものではありません。仕事、友人関係、家庭環境など根本から見直さないとなかなか定着しません。たとえば、残業が多くて深夜に夜食を食べることが太る原因なら、残業の少ない会社に転職するとか、一人暮らしで外食が多いのが原因なら、実家に帰るなり結婚するなりするとか、そのくらいのことをやらないと、本当に痩せることは難しいと思うのです。
一見ハードルが高いように見えるかもしれませんが、一度越えてしまえばその後は楽になります。半永久的に努力を続けることのほうがよっぽど難しいのです。

ちなみに私は、出産して気軽に飲み会に行けない立場になったら、昔のダイエットの苦労が嘘のようにみるみる痩せていきました。うすうす気づいてはいたけど、お酒って太るんだなあ。
そして、数年後に子育てが落ち着いて、再びお酒をガンガン飲めるようになったら間違いなくリバ……ごほんごほん。
 

18:35 2013/02/27【修士課程終了】

ここ2年ほど、社会人やりつつ子育てやりつつ通信制の大学院なんかに通っていたのですが、先日修士論文が通ったとの通知があり、修士号を取得できることが決定しました。
これでやっと、最終学歴が「大学院中退」から「大学院終了」になりました!
今まで、前の大学院を途中で挫折してしまったことがすごくコンプレックスになっていたので、これでやっと先に進めるというか、20代を終わりにすることが出来たというか、一区切りつけることが出来てホッとしています。

2年間、それなりに大変だったけれど、終わってしまうと寂しいものですね。もう、期末試験直前と仕事の納期がバッティングした上に息子の夜泣きが始まって睡眠時間が全滅したりしなくていいんだなあ。
でも、これで満足してしまわず、修士は1つの通過点として、更なる境地を目指して行こうと思っています。
次は博士目指すぞー!(目指しません)
 

19:59 2013/02/24【ブラウン管現象】

中高生の時って、なぜか妙に現実感がなくなって、目の前で起こってるはずの出来事がテレビの画面を眺めているようにしか思えなくなることってありましたよね。(私は当時、これを「ブラウン管現象」と名づけていました。今なら「液晶画面現象」か?)

このブラウン管現象をこじらせると、「世の中くだらない、みんな馬鹿みたいだ」という中二病に繋がっていったりもするわけですが、当時の私は、この現実感のなさが気持ち悪くて、原因が知りたくて心理学やら哲学やらの本を読みまくっていました。

今になって思うのは、あの時足りなかったのは心理学の知識などではなく、身体感覚、身体の経験だったのではないか、ということです。
中高生って、精神はどんどん発達して大人に近づいているのに、実際の生活は、親の作ったご飯を食べ、毎日学校と家を往復し、と小学生時代と大差ありません。
精神の発達と、肉体の経験のギャップが、「ブラウン管現象」を発生させていたと思うのです。

その証拠に、大学に入って一人暮らしして、家事を全部自分でやらなければいけなくなり、サークルも勉強も全て自分で能動的に決め、生活費のためにバイトもして……となったら、あの不思議な感覚はいつの間にか消えていました。その後は、ただただ圧倒的な現実だけが、目の前に横たわっていました。

将来自分の子どもが中学生になって、「世の中馬鹿らしい、みんなくだらないことで一喜一憂していて滑稽だ」なんて言い出したら、迷いなく、そう思うのはお前が自分の力で生きていないからだ、もっと身体を動かせ、さもなくば感謝しろ」と説教し、家の大掃除でも命じてみようと思っています。
 

1:53 2012/11/09【文学フリマ告知】

久しぶりに文フリ参加します。
暇してると思うので、ぜひ遊びに来てください。

<第15回文学フリマ>
2012年11月18日(日)11:00?17:00
東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)
アクセス

ご来場特典として、定価200円の新刊を会場限定で100円で販売します。また、新刊をお買い上げの方に、完全未発表新作のみ収録したミニ短歌集をプレゼント。
ウ-23『if→itself』にてお待ちしています。

新刊の表紙はアジさんに書いていただきました。

 

23:06 2012/10/14【全力の敵】

「全力で仕事をしたい」の敵はなんだろう、とふと考えました。
すぐに思いつくのは「仕事をしたくない」ですが、これは実際は敵ではありません。仕事をしたくない人はそもそも仕事しに来ないからです。「仕事なんていい加減でいいじゃん」も本質的には敵ではありません。そういう人はすぐにクビになるからです。(事情がありクビにならない場合もありますが、それは置いておく)

では、一番の敵は「淡々と効率よく仕事したい」だと思うのです。
淡々派は、業務フローをマニュアル化するのを良しとするけれど、全力派はそのマニュアルを常に疑い見直すのを良しとするわけで。 そういえば、たとえば大学のサークル内とかでの対立も、この「淡々派vs全力派」であることが多かった気がします。義務はきちっと果たしたつもりが「去年と同じことをすればいいと思うなよ!」と怒られたり、真剣に改善点を考えていたのに「せっかくクリア出来たんだからこれ以上引っ掻き回すな」と言われたり。

何事にも全身全霊で臨むのが理想ではありますが、実際リソースは限られているわけで、会社や結婚相手を選ぶときは「何を全身全霊でやり、何を淡々とやるか」が一致していることが大事な気がします。
 

10:01 2012/10/11【マニュアル】

うちの母ちゃんはマニュアルを読みません。
携帯を買っても、ブルーレイを買っても、なぜかマニュアルを開きもせず、「これどうすればいいの?」と私に聞いてきます。
不審に思い、なぜマニュアルを見ないのかを聞いてみたら、
「だって、マニュアルはマニュアルでしょ」
という衝撃の回答が返ってきました。

どうやら母は、マニュアルとは所詮机上の空論に過ぎず、実際の運用は別だと思っていたらしいのです。
たかが電話をするのに、たかが映画を見るのに、1センチもあるマニュアルが必要だなんてありえない。これはきっと、技術者向けとか、法的な説明義務を果たすためとかについているのであって、普通の人はこんなの読まなくてもいいはずだ、と。

実はそう思ってる人って一定数いるのかもしれませんね。というか、習うより慣れろ!って雰囲気の昔ながらの職場だと、そっちのほうが多数派ってこともあり得ます。マニュアルを読まない新入社員がいたら、まずは「マニュアルとは、読むものである」ってところから教えなければいけないのかもしれません。
 

13:54 2012/10/09【好きなこと】

出産前は、子どもを産んだら、自分の好きなことをする時間を犠牲にしなくちゃいけなかったり、自分が欲しいものを我慢したりしなくちゃいけなくなるんだろうなーと思っていました。

でも、違いました。全然犠牲になんてなっていません。
もちろん、物理的に自分のために使う時間は減るし、自分自身にかけるお金も減ります。でも、それって全然犠牲とか我慢とかじゃないんです。
たとえば服。私のようなババアの着る服を買っても、別に可愛くないし特に嬉しくもないわけですが、息子に新しい子ども服を買ってあげるとすげー可愛いし楽しいし嬉しいんですよ。
子どもを遊園地に連れていくと、めちゃくちゃ喜んで奇声を上げながら走り回ったりして、それを見ている私もめちゃくちゃ楽しくなってくるんです。自分の趣味の美術館とか行くよりもずっとそっちのほうが楽しい。

だから、子どものために我慢しているわけじゃなく、単純にそっちのほうが自分が楽しいから、自分が楽しむためにしているだけなんです。
というわけで、毎日息子の奴隷のごとく走り回って超幸せです。案ずるより産むがやすしですね。
 

10:40 2012/10/08【娯楽と趣味】

娯楽と趣味は分けて考えたほうが良いと思うのです。
なんというか、本業とは別軸の価値を生み出すのが趣味で、息抜きしてリフレッシュすることで本業への集中力を高めるのが娯楽、みたいな。英語で言えば、ホビーとレジャーの違いです。

たとえばテレビを見るのは趣味として低級だ、という主張は一理あるかもしれませんが、娯楽は息抜きが目的なので息さえ抜ければ低級も高級もありません
。 また、たとえば漫画には、趣味のための深い思索に富んだ作品もあれば、大笑いしてリフレッシュするための作品があります。前者が好きな人は後者をバカにしがちだけれど、そもそも目的が違うのだから、どちらが上とか下とかないはずです。

「あんな低俗なテレビ見る奴は馬鹿だ」とか、あるいは「小難しい芸術の本なんて読んで頭を酷使する暇あるなら仕事しろよ」とか互いに反目しあうことも多いけど、娯楽と趣味は、相反するように見えて実は人生を補完し合う重要な要素なので、どちらが欠けても良くないのではないでしょうか。
かくいう私も、社会人になってからは「リフレッシュ」に重きを置きがちですが、たまには趣味に没頭する余裕を持って、両者をバランス良く身につけられたらなぁと思います。
 

1:49 2012/10/07【スポーツ哲学】

スポーツと芸術って、実は似ていると思うのです。
両方とも、「人間」というものを表現する手段です。芸術は、人間の思考や感覚を形にすることで、そしてスポーツは人間の肉体の可能性を実演することで、現象学的に言えば人間の姿を顕わにしているのです。

でも、「芸術哲学」の研究はたくさんあるのに、「スポーツ哲学」が全然見当たらないのが不思議ですね。
この場合の哲学は学問的な意味の哲学で、たとえばスポーツ選手の人生哲学、みたいなのとはまた別です。

ひょっとして、有名な哲学者の大部分がスポーツが苦手だったからなんじゃないだろうか、と邪推してしまうのは私だけでしょうか。
 

1:48 2012/10/05【ペペロンチーノ】

確か高校1年生の頃でした、日清のSPA王が発売になったのは。
当時、まともなイタリアンレストランもないような茨城の田舎に住んでいた私、生まれて初めて「ペペロンチーノ」なるものを食べたのは、このSPA王でした。
部活が終わってから部室で食べた、というシチュエーションのせいもあるのでしょうけど、これが死ぬほど美味しくて、世の中にこんな美味しい食べ物があるなら毎日でも食べたい!と感動したのを覚えています。

その後、一時期売らなくなってしまったSPA王ペペロンチーノですが、先日コンビニに行ったらリニューアル再発売しているじゃないですか!
さっそく買って食べてみたのですが、あれ? 別に不味くはないけどフツー……。
やっぱり、あの時毎日でも食べたいってくらい感動したのは、物珍しさに加えて、部室で食べたからだったんですね。

ちなみにその3年後、一人暮らしを始めて本当に毎日ペペロンチーノ(という名の貧乏具なしパスタ)を食べる羽目になるとは、当時はまだ思いもよらなかったのでした。
 

15:02 2012/04/4【幼児音楽】

最近のJPOPって、正直ワンパターンな曲ばかりで、あまり面白く感じません。
コード進行は基本的に、王道進行、小室進行、カノン進行の組み合わせだし、メロディーも無理やりコードに合わせて作っただけで魅力的ではないし、どこかで聞いたようなオケばかりだし……。

ところで、最近息子と一緒にNHKの幼児向け番組をよく見ているのですが、幼児番組で流れる曲って、固定観念に縛られいなくて、けっこう斬新で面白いのです。
たとえば、お散歩の歌だったら途中で雨が降ると短調に転調したり、スキップするときは4拍子だったのが6拍子になったりするんです。それなんてプログレ!

この曲とか、0〜2歳児向け番組の曲とは思えないほど難解だと思うんです。めっちゃかっこいい。ぐるぐるぐるぐるどっかーん!
http://www.youtube.com/watch?v=VOvbg1lgioM

ところで、先日テレビを見ていると、妙にキャッチーなメロディーの、でもどことなくJPOPっぽい曲が流れたんです。
http://www.youtube.com/watch?v=PE1Yz2PK2r4

いい曲なんだけど、なんだろう、この、アイドルのシングルのB面とかによくありそうな曲調は……。
と思いながら見ていたら、最後に「作曲 つんく」というテロップが。えっ。
 

16:12 2012/04/3【常識】

産休・育休のため仕事を離れてから1年が経ちました。
よく、仕事を休んで育児ばっかりしていると、社会人としての常識的感覚をなくしがちだと批判されることがありますが、実際に1年離れてみた結果、確かにそうだと思いました。

具体的に言えば、
「カレー食ってる途中で息子のおむつを替えて、そのあとすぐカレーに戻れる」
程度には社会人としての常識的感覚を失います。
今日は、道端を歩きながら無意識のうちに、
「だんごむし〜だんごむし〜ひっくりかえってだんごろりん〜♪」
と表情たっぷりに歌い上げていました。

このままだと、仕事に復帰しても、
「課長、昼マンマのあとの会議にはブーブーで向かいますか?」
などと言ってしまいそうです。

あ、ちょっとブブ飲みすぎたみたいなのでシーシー行ってきます。
 

16:52 2012/04/2【妥協】

現在育児休業中につき、主婦業に勤しむわたくし。
いろいろなレシピサイトを見て、毎日愛する夫のために(棒読み)いろんな料理を作っているわけですが、「あ、このレシピ美味しそう! 作ってみよう!」と思うレシピに共通点があることに気付きました。

どうやら、冷蔵庫にある材料で作れるレシピを見つけると、「これ美味しそう!」と感じることが多いみたいなのです。
なんと打算的な食欲中枢!

でも、ひょっとすると料理以外にも、人間は「手に入るもの」を「欲しい」と感じるように出来ているのかもしれません。
入れそうな大学だから入りたくなる、落とせそうな男だから好きになる、買えそうな値段の服だから欲しくなる、等等。

確かに、手に入るものを欲しいと感じることで、欲求が満たされることが多くなり、幸せを感じることが多くなるのは悪いことではありません。
でも、そういう防御反応のせいで、頑張れば手が届くものに対しても欲求を感じず、結果的に頑張らなかったとしたら、すごく損だなーと思います。
何事も、まず最初は「冷蔵庫に今何があるか」はとりあえず忘れて、自分が本当に欲しいものは何かをゼロベースで考えてみたい。現実を擦り合わせて妥協するのは、その次の段階じゃないか、と思うのです。
 

23:01 2012/03/30【漫画の中の成功】

一条ゆかりの漫画を読んでいて、少女漫画と少年漫画では「成功」のモデルが全く違うんだなあ、としみじみ思いました。

もちろん例外はたくさんありますが、努力を積み上げて成功するというパターンは、少年漫画に多い気がします。
それに対して少女漫画は、育ちがよく気だても良く愛嬌のある女性が、必然的に見出されて成功する、という話が多いような。そして、「恵まれない環境で努力を積み上げて成功した」女性は、主人公を蹴落そうとするライバル役として出てくる印象があります。

つまり、少年漫画においては「成功」は努力に対する報酬なのに対し、少女漫画での「成功」は、人格や、産まれてから今までの生き方そのものに対する報酬なのです。

少女漫画の世界では、正しく生きていればいつか誰かが見出してくれて、成功を与えてくれると考えているので、付け焼き刃の努力でその成功を奪い取ろうとすることは「ズル」と見なされます。よく、少女漫画では成長が描かれていないと批判されていますが、すでに成長し終わった人格に対してどのような評価が下されるか、というのが問題なので、それ以上の成長を描く必要はないわけです。

こういう価値観って、要するに女は出しゃばらずに王子様が現れるのをじっと待っていろって言っているわけで、旧時代の女性観にとってもすごく都合が良いわけです。私はフェミニストではないので、その善悪までは問いませんが、女性観が多様になりつつある現在、漫画作品の表現もますます多様になっていくと思うと楽しみです。
 

23:59 2012/03/29【美少女とBL】

私はオタクですが、いわゆる腐女子ではありません。どちらかといえば、男性向けの美少女が出てくるゲームのほうが好きです。とりわけKeyが、その、できればバイオリンを弾く天才少女とかが、いえ何でもありません。とにかくそういう感じの美少女が大好きなんです。

BLが嫌いなわけではなく、評判がいいものは読むことはありますが、カップリングにハァハァするというよりも、ストーリー自体を楽しんだり、「受」のほうに感情移入したり、普通の恋愛小説として楽しんでいるので、BLの読み方としては邪道だと思っています。

で、よく腐女子の人がBLが好きな理由として、「自分が安全な場所で傍観者でいるのが心地よい」っていうのがあるじゃないですか。
その気持ち、よく分からなかったんですよ。だって、傍観者じゃ嫌だもの。せっかくイケメンがいるのだから、見ているだけじゃなくて触りたい(妄想の中で)! いちゃいちゃしたい(妄想の中で)!

でも、よく考えたら、私の美少女好きも、「傍観者願望」の別な形なんじゃないの?と気付きました。
ゲームに出てくる美少女が大好きな私ですが、もちろん実生活ではレズビアンではありません。一ノ瀬ことみと岡崎朋也がいちゃいちゃするシーンを妄想してドキドキすることはありますが、一ノ瀬ことみと自分自身がいちゃいちゃするところなんて気持ち悪くて想像したくないです。

それに対してBLの場合、登場人物はホモといえども男です。現実に存在すれば、恋に落ちてしまう可能性もあるし(もちろん片想いでしょうけど)、自分自身といちゃいちゃするところを妄想することも可能です。
だから私にとって、BLは「安全」ではないのです。美少女のほうがより安全なのです。

多くの女性は、特に思春期時代は、自分のジェンダーやセックスに対してコンプレックスや恐怖感を抱くものですが、自分のような性的にノーマルな人間でも例外ではないのだなあ、と問題の根深さをしみじみ感じたのでありました。
 

20:14 2012/03/28【かわいさの理由】

よく、「自分の子が一番かわいい」って言うじゃないですか。

あれって、比喩的な話だと思っていたんです。そう思ってしまうくらい自分の子は愛しい、みたいな。
でも、産んでみて分かったのですが、比喩ではありませんでした。本当に自分の子が一番可愛いです。ママ友の子どもよりも可愛いのはもちろん、オムツのパッケージに書いてあるようなモデルの赤ちゃんよりも絶対に可愛いです。

いや、もちろん冷静に考えれば、私の遺伝子を受け継いだ子がそれほど可愛いわけがない、ってのは分かるんですが……。でも実際可愛いし、突然変異ってこともあるかもしれないし、ひょっとすると、これは本当に可愛いんじゃないだろうか。いやでもまさか。うーん。

その理由をいろいろ考えたんですけど、もちろん、
・自分の子だから愛着がある。
・四六時中一緒にいるから可愛い表情やしぐさをたくさん知っている。
ってあたりも理由なんでしょうけど、何より一番大きいのは、
・私のことが大好きである。
ってことなのかな、と思いました。

私の顔を見ただけでぱあっと笑顔になって、はいはいで駆け寄ってきて抱きついてくるんですよ。これが可愛くないわけがない。
それに対して、よその子が好きなのはあくまでよそのお母さんであって私ではないので、どれほど美形だったとしても、笑顔で駆け寄ってくるわが子の可愛さには劣るわけです。

人を愛すること、人に対して笑顔で接することって大事なんだなあ。
まさか0歳児から、人間関係の極意について教わるとは思いませんでした。
 

13:19 2012/03/26【断乳】

急激に「乳児」から「幼児」っぽくなりつつある今日この頃。
三回食にしたら、あまりおっぱいを飲みたがらなくなって、2、3分で離してしまうし、再び飲ませようとすると嫌がって噛んでしまったりするようになりました。
これはもう卒乳でいいんじゃね?と思い、断乳を決断しました。
「今日でおっぱいバイバイだからこれが最後ね」と言い聞かせたら、いつもは2、3分で離すくせに、たっぷり20分ずつ飲みやがりました。かわいいやつめ。ちょっと決心が揺らいだけれど、そろそろ仕事にも復帰するし、断乳すると離乳食食べるようになるって言うし、心を鬼にして決行することに。

結果、さすがもともとおっぱいに執着がない子だけあって、あっさり卒乳できちゃいました。
特におっぱいを欲しがることもせず、おいしそうにフォロミごくごく飲んでます。
楽チンな卒乳で良かったけど、このまま、この子はすぐにおっぱいのことなんて忘れてしまうんだろうなーと思うと母ちゃんちょっと寂しいです。

ただ、なんとなく口がむずむずするみたいで、でも何が足りないのかは自分でよく分かっていないみたいで、よく私の腕や足に噛みつくようになりました。すかさずその口におしゃぶりを放り込むと、「あ、僕が欲しかったのはコレだったのかも……ん? でも何かだまされてるような?」という不思議な顔をしてもぐもぐしています。

私のおっぱいは、2、3日目は人体としてありえないくらいに硬く張ってしまい、ちょっと触っただけでも痛くて大変でした(なんというか、分かりやすく言えば男の人が一番硬くなったときぐらい硬くなった)けど、3日目の夜に一度絞ったら、時々ちくちくする程度に落ち着きました。
その後もう一度絞ってみたら、見た目は母乳なんだけど味は塩辛くてまんまリンパ液、みたいなのが出てきて、ああ、母乳の原料って血液だったんだなぁと実感しました。

さて、無事卒乳できたことだし、
酒飲むぞーーーーーー!
激辛カレーも食べるぞーーーーーー!
コーヒーも飲めるぞーーーーーー!
と言いたいところなんですけど、どうも、あまり飲む気になりません。
今のところ、授乳できない淋しさのほうが勝っていて、もしも一生授乳できるなら、一生酒飲まない生活でもアリだったかな、なんて思ってしまいます。

断乳して良かったと思うのは、まず、離乳食を前より食べるようになったこと。
それから、今まで授乳しただけでコミュニケーションを取った気になって安心してしまっていたけれど、それがなくなったので、すごく意識的にコミュニケーションやスキンシップをするようになったことです。
身体の繋がりから、心の繋がりにシフトした感じです。これが本当のプラトニックラブ? 前よりももっと息子が大好きになりました。
 

18:22 2012/03/23【天然キャラ】

一般的に、「天然キャラ」のイメージというと、
「モテるためにわざとやってる、確かにかわいいけど同性からは嫌われる」 とかそんな感じでしょうか?

私も10代の頃は、意中の男性にアピールするためにちょこっと天然ぶってみたり、その結果、「単にキモいやつ」だと思われてしまったりしたことが、全くなかったわけではない、ことは否定できません。(黒歴史)
でも、さすがに20代後半にもなると、少なくとも意識的に天然ぶったことは1度もありません。

ところが、ちょうどその頃、SNS関係のいろいろなオフ会に出ていて、中にはちょっと失敗したかなーというか、どうもウマが合わない、アウェイ感いっぱいのオフ会に出てしまうこともありました。

で、そういうとき、悪い人たちではないんだけど話がかみ合わないのよねーと思いつつ、どうにか話についていこうとがんばっていると、決まって、
「ifさんって、天然系?」
って言われるんです。
ご存知のとおり、私はぜんぜん天然系ではないし、その時も別に天然っぽい行動なんてしていないのに。

もちろん、ウマの合う人たちといる時に、「天然系?」なんて言われたことはありません。

そこで、気づきました。「天然系」とは、そう呼ばれる本人だけではなく、呼ぶ側にもメリットがあるのではないか、と。
すなわち、話のかみ合わない、異質な存在に対して「天然系」という名前をつけることで、「あいつは天然系だから仕方ない」と安心する、という機能があったんです。

「天然系」という言葉がここまで市民権を得るに至ったのは、呼ばれる側の「変わったアタシをアピールしたい」という気持ちと、呼ぶ側の「異質なものに名前をつけて安心したい」という気持ちの利害関係が一致した結果なんですね。

注意しなければいけないのは、この蜜月が成立するのは、あくまでそれが「他称」である時です。
「自称」でしかない場合は、「変わったアタシをアピールしたい」のほうは満たされるけれど、アピールされる側にとっては何らメリットがないのです。

そうか、だから「天然系」が嫌われるのではなく、「天然系を自称する女」が嫌われるのか。
 

17:29 2012/03/99【家の中にストーカーがいます】

http://kokoro.squares.net/psyqa1087.html

Q: 息子のことで相談です。
もう9〜10ヵ月、定職に付かず家にいます。
以前から、母である私に対して、まるで赤ちゃんのような幼稚な嫌がらせをしたりしていましたが、最近はそれがエスカレートしております。
私のベッドと息子のベッドは、同じ部屋にありますが、ベッドの柵で隔てられております。
柵では、壁のような防音効果は無く、お互いの立てる物音が、全て筒抜けになります。
平日の息子は、私が起きる時間より1時間〜30分早く、大音量で泣きわめきながら起きます。
私が起きて台所に行くと、後からついてきて覗いてきます。
私がトイレに行くと、直ぐについてきて、トイレの前で声を上げて笑い、中に入ってこようとします。
朝の支度で、何度も部屋と台所を行き来する時も、その度に同じくついてきます。
洗面所を使っていると、直ぐ洗面所にペタペタとやってきます。
私と一緒にお風呂に入りたいらしく、常にタイミングを見ています。
私と一緒に入った時は、私が自分の顔を洗おうとすると、シャンプーやせっけんでいたずらをしようとするので、結局洗うことが出来ません。
私が休もうと電気を消すと、それまで機嫌良くしていても、直ぐに愚図りだして、大声で泣いて眠ってくれません。
私の休日には、いつにもまして早起きし、早朝から大音量で泣きます。
私が起きるまで、泣くのを止めません。
それでも起きないと、ボディータックルをかましてきます。
なるべく大きな音が出るように工夫しているらしく、オモチャをガンガン叩いたり、足で柵を蹴ったりします。
私が完全に起きると、泣きやみます。
私が洗濯ものを干していると、ガラスに張り付くようにして見ており、声を上げて笑います。
私が掃除機をかけていると、急いでやって来て、その廊下に座り込んで動かなかったりします。
他にも、毎日細々とした嫌がらせを沢山受けています。
今は、我慢して暮らしていますが、いつまでもこんな事を続けていると、私の方がおかしくなりそうです。
無視していても、何かが息子を激高させて、激しく抱きつかれたり顔を舐められたりした事もあります。
家に昼間は私と息子しかいないため、誰もいさめる事ができません。
他に、放っておかれるのを異様なほど嫌い、1人になると泣き叫び続けます。
これだけの異常行動をするのは、精神年齢が0歳児並みではないかと思いますが、いかがでしょうか?
 

23:04 2012/03/21【幸せ】

子どもを持つ幸せって、産む前は「自分のDNAを残せる」とか「社会的に一人前と認められる」とか、そういう理屈っぽいことを考えていました。

でも今になって思うのは、そんな小難しい理屈ではなくて、もっと本能的な幸せなんだなーってことです。
子どもの顔を見ると、それだけで脳内モルヒネが出てきて、多幸感が湧いてくるんです。お酒も美味しい食べ物も、ここまで脳内麻薬を垂れ流しにはしません。なんて安上がりな幸せなんだろう。
よく、子どもがいるから辛いときでも頑張れるって発言を聞いて、「なんで?」「辛いときに更に子どもの世話もしなきゃいけなかったら余計に辛いんじゃない」と不思議に思っていたけれど、あれって生物学的にも本当だったんだなー、としみじみ。
 

22:09 2012/03/20【音声】

「あー♪」
(ガラガラ)
「うー♪」
(シャカシャカ)
「あぁ?」
(しーん)
「あっあっ」
(カリカリカリ)
「うぁー!」
(ガタンッ!)
「……ふえぇぇぇんふえぇぇぇん!!!」
音声だけで隣の部屋で何が起こっているかだいたい分かるようになってきました(救出してきます)。
 

12:09 2012/03/99【英語教育(失敗)】

子どもの英語教育ってどうすればいいんだろう、と悩む今日この頃。

今のところ、「0歳からディズニーの英語システムに入ってめざせバイリンガル!」とか「プリスクールに通わせてペラペラに!」とかはこれっぽっちも考えていないんだけど、このご時世、英語アレルギーではさすがに困るし、せめて英語の発音に耳を慣れさせるくらいのことはしたほうがいいのかなー、と。

1、2歳になったら、NHKの「えいごであそぼ」くらいは見せてみようとか、負担にならない範囲でできる教材があるかどうか探してみようとか思ってるけど、0歳のうちはテレビやDVDは見せない主義なので、特にやることがありません。

とりあえず、英語の響きに親しみをもってもらうために、1日1曲、何か適当な英語の曲を歌って聞かせることにしました。

といっても、そのためにわざわざ子ども向けの英語曲を覚えるのもめんどくさいので、もともと知っててカラオケのレパートリーにあるような曲を歌ってます。ビートルズとかクイーンとか。

で、今日もいつも通り、好きな洋楽を歌ってきかせていたのですが。

Twenty first century schizoid man〜♪

歌いながらジャケットの顔真似をしたら泣いて恐がられました。
しまった、英語に対する余計なトラウマを植え付けてしまった。
 

19:25 2012/03/17【ルール】

育児する上で、決めていることが2つあります。

1つは、子どもの前では何でも楽しそうにする、ということ。
たとえば、親がいかにもつまんなそうに嫌々掃除していたら、それを見た子どもは「掃除とはつまらないものだ」と思ってしまって、掃除をしたがらない子になってしまうと思うんです。
お母さんが楽しそうに掃除をしていれば、子どもも「掃除をすると気持ちいいな」ってなるんじゃないかな、と思っています。

もう1つは、質問に対して嘘をついたり適当な答え方をしない、ということ。
どうして○○しちゃダメなの?と聞かれたら、「決まりだからとにかく守りなさい」とか「そうしないと神様が怒るからよ」とかじゃなくて、本人が納得するまで、なるべく真摯に答えたいと思っています。

問題は、「子どもの作り方」を質問された時の回答方法ですが、それはその時までに考えておこう……。
 

23:01 2012/03/16【案ずるより産むが易し】

妊娠する前は、
・私がちゃんとした母親になれるんだろうか?
・子どもをちゃんと愛せるのだろうか?
・笑顔の絶えない家庭を作れるのだろうか?
などなど、正直不安でした。

でも、産んで分かった。これらは全部杞憂だった。

別に「愛さなくちゃ!」なんて思いつめなくても、ママ大好きーって笑顔でごろんごろん転がって来て寄りかかられたりしたら、そりゃもう、「ママもあなたのこと大好きよー!!!!」って抱き締めざるを得ないし。

「笑顔を作らなくちゃ!」なんて意識しなくても、毎日数々の奇行(今日は、私の膝を食べてみたら思っていたほど美味しくなくて泣きだしたり、枕に喧嘩を売っていたら枕に逆襲されて泣きだしたりしていた)で腹筋痛いわwww

私が「母親になる」のではなく、息子が私を「母親にしてくれる」のだなーと思います。
私が自力だけで母親になろうだなんて、おこがましい考えでした。全部息子のおかげ。息子の功績です。

そういえば、出産も同じでした。
産む前は、「がんばって産まなくちゃ!」って意気込んでいたけれど、結局のところ私は「うおおおお! 痛ええええ!」って叫んでいただけで、何もやってない。
頑張って産まれてきてくれたのは息子のほうです。

案ずるより産むが易し、とはよく言ったものだなあ。
 

23:51 2012/03/14【出産記録】

※血とか痛みとかの表現が苦手な人はご注意ください。

出産10日前くらいから、いわゆる後期つわりなのか、食欲がなくて一日中だるい、という体調が続いていました。おかげで体重は増えるどころか減ってしまい、中の人の成長がちょっと不安。

出産5日前。
体重測ったらまた減っていて、妊娠前とほとんど変わらなくなってしまいました。なんとかしてスタミナをつけないと、と思って近所の焼肉屋へ。うえっぷ。

出産4日前。
気持ち悪いのに焼肉なんてヘビーなものを食べてしまったせいか、余計に体調が悪くなってしまい、食欲完全消失。
ベッドからなんとか這い出ておかゆを作ってみたものの、5メートル先のリビングまで歩く気力すらなく、そのまま台所の床に座り込んで食べてみるも、嘔吐。
ついに、固形物を全く食べられなくなってしまいました。 というか、固形物どころか麦茶もローズヒップティーも炭酸レモン水も、なぜか不味く感じてしまって飲めません。
水なら氷入れればなんとか飲めるので、その日は夫が帰ってくるまで水だけでしのぎました。夫には、野菜ジュースとかポカリとか適当に買ってきてもらいました。

出産3日前。
相変わらず固形分を一切受け付けません。病院に行こうかどうか迷いましたが、日曜なので救急外来になってしまうし、もともと月曜に予約が入ってたので、1日我慢することに。 ほとんど寝たきり。

出産2日前。
自力でまっすぐ歩けないほど弱った私を旦那が仕事を休んでタクシーに乗せて病院に連れていってくれました。脱水症状と言われて即点滴。
内診の結果、まだ子宮口はほとんど開いておらず、今週中に産気づくことはないかなーと言われました。
胃薬と、妊婦が飲んでもいい抗生物質をもらって帰宅。抗生物質の影響でお腹がゆるくなるかも、と言われましたが、ここ1週間くらい重度の便秘だったので、お腹がゆるくなるのはむしろ歓迎です。
食事は相変わらず、野菜ジュースとかアクエリアスとかのみ。自分でも、どんどんやつれていくのが分かります。

出産1日前。
胃薬が効いたのか吐き気はおさまり、ヨーグルトくらいなら食べられるようになりました。
そのかわり、こんどは腸に鈍痛を感じるようになりました。抗生物質のせいだろうか。お腹ゆるくなると言ってたし。
今日中に便秘が解消するといいなーと思いつつ、寝る→起きる→トイレいく→ジュース飲む→寝る、の繰り返し。

朝おしるしがありましたが、昨日の内診の影響だろうとあんまり気にせず。
ネットとか見ると、おしるしの4〜5日後に陣痛ってパターンが多いみたいなので、週末あたり産気づく可能性が高いのかなー、土日だと無痛分娩が出来なくなって嫌だなー、とか思ってました。

夜になっても腸のあたりの鈍痛は続いているのに、便秘解消の気配はありません。
ここらへんでちょっと不安になりました。まさかこの鈍痛が、陣痛なんてこと……ないよね?
だって陣痛って、生理痛のような痛みって言いますよね? 今自分が感じている痛みは、生理痛というより、まぎれもなく「便秘が解消しそうな時の腹痛」なんです。
でも、言われてみればやや周期的に痛みが来ている気がするし、念のため周期を測ってみると、あれ? 概ね10分間隔だ……。いやまさか……。
不安に思い、病院に電話して相談してみました。10分間隔に痛んでる気がするんですけど、でも痛み的にどう考えても腸なんですよねー、と。 そしたら、念のため見てみますから来てくださいと言われ、とりあえず入院セットを持ってタクシーで病院へ。

夜間救急で内診してもらうと、あっさり、
「あ、子宮口3センチ開いてますねー。入院しましょう」
との結果。

えっ。ちょっ。
「今週中に産気づくことはない」って昨日言われたばかりなのに。
いきなり言われても心の準備が。
ええーーーーっ!
と、この時点で夜8時くらいだったと思います。

まさかこんなに早くお産になるとは思っていなかったので、入院手続きも一部が終わってなかったりして大慌て。とりあえず、内診室のソファーベッドでモニタリングをつけながら、親に連絡したり、夫に連絡したり、欠けていた書類を書いたり。 それが終わったら、着替えをして陣痛室へ入ったのが20時半くらい。
「夕飯は食べました?」
「いえ」
「お昼は何を食べました?」
「野菜ジュースと、ヨーグルトを少し」
「朝は……」
「アクエリアスと、ヨーグルトを少し……」
「……」
というわけで、有無を言わさず点滴を打たれます。
点滴効果で子宮の筋肉が元気を取り戻したのか、やっと「あ、これって陣痛ってやつかも」と思える程度に痛くなってきました。 試しに、いきみ逃しの3秒深呼吸とやらを試してみたら、確かに痛みが軽くなりました。
ああ、陣痛が来てるんだなーと、やっと実感。

21時ごろ、夫到着。
本来、個室の患者しか立会は出来ないことになっているのですが、たまたまこの時は陣痛室が貸し切り状態だったので、夫の立会が許されました。
痛みが強くなってきたので、いわゆる「ヒッヒッフー」ってやつに切り替えてみたら少しラクになりました。
あと、「夫に腰をさすってもらう」「テニスボールを肛門付近に押し付けてもらう」などの痛み軽減方法は一通り試してみたのですが、一番効果的なのはあまり余計なことをせずに「尾てい骨のあたりを自分で押さえる」でした。ごめん夫、気遣いだけは受け取った。

21時半ごろ。「そろそろもう一度内診してみましょうか。5センチくらいまで開いてるといいですねー」と言いながら内診してみたら、助産師さん、驚きの表情。「……8センチ、いや、9センチくらいまで開いてますねー」
ちょ、早っ!
1時間前まで3センチだったのに、9センチて!
まだ当分の間、だらだらと痛みに耐えつつ心の準備を整えていくんだろうなーと思ってたのに。
これじゃ、もうお産始まっちゃうやん。準備出来てない! 出来てないよ!

ところが、ここまで超順調だったお産の進行、9センチで一度停滞してしまいます。
原因は主に2つ。
1つ目は、私の1回の陣痛が短くて、十分ないきみが出来ないこと。そのかわり頻度は高いので、「休む暇なくすぐ次の痛みが押し寄せてくるのに、その痛みはすぐ治まってしまい、お産を進行させることができない」という生殺しループ状態。
2つ目は、いきみ逃しの呼吸方法は練習してきたけど、肝心の「いきみ方法」を私があんまり理解してなかったこと。なんかとりあえず、うんこするとき踏ん張るみたいにすればいいんでしょ?程度にしか思ってなかったんだけど、どうやら私は産まれながらにしていきみ逃しの天才だったみたいで、自然に任せていると絶妙に逃してしまうみたいなんです。
そして1回の陣痛が短いので、「違う、もっと下、もっと下いきんで!」「え、どこ? どこ?」とかやってるうちに波が去ってしまうんです。

このままじゃらちが明かないと判断した助産師さん、
「破水させちゃいますね」と笑顔で宣告。
いやちょっと待て。だから心の準備が。さすがに破水はまだちょっと準備ががが。
しかし、抵抗するも空しく、次の陣痛の波が来ると同時に子宮に手を突っ込まれました。ちょ、やめ、だから、まだ私、心の準備が、準備がまだできtてb

プチッ。

……プチッ?
そして、だらーって生温かい液体が大量に流れ出てきました。なんか、おしっこを漏らしたみたいな感じで気持ち悪い。

助産師さんの判断は確かに正しかったみたいで、陣痛、急激に強くなってきました。さっきまでは夫も近くにいて恥ずかしいし、あんまり声を出さないようにしてたんだけど、もはや我慢できず、痛みの波が来るたびに「ひぎゃああああああ!!!!!」と奇声を上げてしまう程度に進んできました。
そしてとうとう、分娩室に移動です。たぶんこの時点で午前0時くらい。
ちなみに、水戸の母はこの頃病院に到着していたらしいです。

分娩室に入ってからは、さすがにあんまり正確な記憶はないです。
陣痛来る→ひぎゃああああ!!!!→声出しちゃダメ! いきみに集中! 違う、もっと下!→え、どこ? どこ?→そうそう、もっといきんで!→無理! 波おさまっちゃいました!
をひたすらずっと繰り返してたと思います。
そのうち「頭が見えてきたよー」って言われたけど、自分ではよく分かりませんでした。ただ痛みが強くなっただけで、「何かでっかいものを出そうとしてる」感覚はあんまりなかったです。

そして、恐れていたことが現実になってしまいました。
「切開しましょう」と医師の声が!
切開て、切開て、いわゆるあれですよね。出口を、ちょっきんって、切るやつですよね。

できればそれは避けたかった。だって、出口を、ちょっきんて、切るんですよ。ありえないじゃないですか!

しかし、ここで天使の声が聞こえてきました。
「切開するので、麻酔の注射をします」と。
麻酔! ますい! マスイ! なんて甘美な響き。
麻酔してくれるなら、会陰切開、全然アリです。
むしろ早く切って取り出して終わりにしちゃってください。

というわけで、麻酔の注射が打たれ、いきんだ瞬間に「ちょきん」って音がして、「頭が出てきたよー」と言われました。
あと一息。今度は肩を出さなきゃいけません。

でもさ、冷静に考えて、肩って下手すると頭よりも大きいくらいじゃん。 なんとなく「頭さえ出ればお産はほぼ終わり」ってイメージがあったけど、肩がそう簡単に出るわけないんですよ。
数度いきんでも全然出てくれる気配がなく、心が折れそうになってると……
「……えっ、えっ」
という大人のものとは思えない声が、下のほうから聞こえてくるではないですか。
早っ! 産声早っ!
まさかお前、そんなに外に出るのが嫌だったのか!

この声に助けられるように、最後のもうひとふんばりをすることが出来て、無事、赤ちゃんを出し終わることができました。続いて、するすると胎盤も出てきました。
「3755グラムです」
「でかっ!」
意識もうろうとしているはずの私でも、思わず突っ込まずにいられないでかさでした。 お前か。お前が私の全ての栄養を吸い取っていたのか。だから臨月に激痩せしたのか私。
この時点で深夜1時くらい。

さて、出産が終わると、お待ちかねの「出産より痛い」と評判のソーイングタイムです。
これ、本当に痛かったです。陣痛とはまた別種の痛さ。
がんばって説明すると、陣痛の痛さが「ひぎゃああああ!!!!」だとすると、縫う時の痛さは「いでええええ!!!!」って感じの痛さです。
切開した部分は麻酔がかかってるのでまだ耐えられるのですが、その他に自然に裂けた部分もあって、ここに針と糸を通す時なんてもう、性器破壊系の拷問されているとしか思えない痛さで、何度も叫び声をあげました。

縫い終わったら、赤ちゃんを抱かせてもらいました。改めてでかい。でも柔らかくてあったかい。
お顔を見ると、唇をしきりにぱくぱくさせていました。
お前、さっきまであんなに「外に出るの嫌だ」って泣いてたくせに、二言目が「飯くれ」かよ。

一度退席していた夫と母も分娩室に入ってきて赤ちゃんと面会。
いろいろ話したいこともあったのですが、そろそろ私のほうの痛みが限界なので、「すいません、とりあえず痛み止め打って寝かせてください」とお願いして、面会は2、3分で終了させてもらいました。

助産師さん曰く、「これだけ大きな赤ちゃんで、しかもお産の進みも早かったんで、相当痛かったでしょうねー♪」と。
「♪」じゃねーーーーー!
よく、お産の喜びで痛みを忘れるとか言うけど、たぶんあれは都市伝説だと思います。喜びは喜び、痛みは痛みです。一生忘れねえぞ。

ちなみに夫によると、赤ちゃんのファーストインプレッションは「朝青龍」。
言われてみると確かに似ています。さすが私の息子だけあってブサイクwwwでもかわいいwww
もともと、「智」とか「理」とかの漢字が入った、頭の良さそうな名前をつけないなーと思っていたのですが、この顔で智も理もねーよな、というわけで、名付けが振り出しに戻ってしまったのでした。

出産前は、よく「どうにかなるから大丈夫よ」みたいなことを言われたけれど、実際に体験して思ったのは、むしろ「どうにもならないから大丈夫」ってことです。
努力や心構えで何かがどうにかなるものではない。陣痛は勝手にやって来て、痛い痛いって言ってるうちに赤ちゃんは勝手に産まれてくるので、母に出来ることなんて何もないんです。
だから案じても仕方ないし、案じている暇があったら読みたい本の1冊でも読んでおけ!(出産すると、しばらく読みたい本を読むような時間もなくなるから)って感じです。
 

23:15 2012/03/5【1年前の出来事】

土曜日に水戸で友人の結婚式があるので、金曜日のうちに有給を取ってゆっくり帰省することにしました。 妊娠7ヵ月のお腹をかかえて、電車で茨城へゴー!

せっかくだからちょっとぐらい観光もしたいよなー。
そういえば、茨城の私鉄の中で「ひたちなか海浜鉄道湊線」だけはまだ乗ったことがなかったなあ。出産したら、鉄道めぐりなんて当分できないだろうし、今のうちに乗っておこうかしら。
というわけで、田んぼの中をのどかに走るローカル私鉄に揺られ、終点の阿字ヶ浦駅に着きました。

ここは、駅猫のおさむ君がいることで有名なのですが、残念ながらお散歩中?だったのか、おさむ君には会えず。10分くらい駅舎の撮影とかして、そのまま折り返し電車に乗って帰る途中、那珂湊駅の手前あたりで突然停車してグラグラ揺れ始めました。

最初は、地震とは気づかなかったんです。初めて乗る電車なのでどのくらい揺れるのかわからないし、「電車の揺れ」としてはギリギリありそうな程度の揺れだったんで、「さすが田舎の電車は揺れるなー」なんて思っていました。
でも、窓の外を見たら電線が大縄跳び状態になってるし、目の前の家の瓦がボロボロ落ちてるし、そこで地震だと気づいてうっひゃー!!!となりました。

電車は安全確認しないと発車できないので、閉じ込められたままツイッターで情報収集。ワンセグは圏外。
ツイッター、こういう時に意外と役に立ちません。「お台場燃えてるなう」とか「東京タワー揺れてるなう」みたいな東京の情報と、「東北地方が震度7だったらしい」「三陸津波やばい」みたいな東北の情報ばっかりで、茨城がどのくらい危険なのかは全く分かりません。

ちなみに今いる那珂湊駅付近、名前の通り、港町です。民家の2階から海が見えるレベルで海から超至近距離です。おまけに、5キロしか離れてないところに東海村の原発。更に、私は妊娠7ヵ月。「地震があって欲しくないシチュエーション」としては数え役満の域に達してます。
高台に避難しないとやばくね? と思うも、電車は本社の許可なしに勝手に乗客を下ろすことが出来ないらしく、まさしく身動きの取れない状態。
気持ちは焦るばかりですが、線路沿いの道路では、周辺住民が比較的のん気に立ち話とかしていたので、たぶんここは少し高台の、そこそこ安全な場所なんだろう、と信じることに。
とりあえず、持っていたボストンバックからパーティーバックを出して(結婚式のための帰省なのでそんなものも入ってた)財布とか携帯とか詰めて、「もしもの時はこれだけ持って逃げればいいセット」を作って情報待ち。

そうこうしてるうち、津波到達予定時刻を30分以上過ぎ、最大の危険は去ったのかな?と思った頃、やっと本社からのスタッフが到着。
「この先、線路がぐにゃぐにゃに曲がってるので、運行は不可能です。代行バスも出せません。ここで降りてください」
とのこと。ぐにゃぐにゃて。
かくして、土地勘のない那珂湊に一人で放り出された私。

とりあえず水戸の実家に電話してみたのですが、呼び出し音は鳴るけど誰も出ません。 停電してるみたいで、信号機も街灯も全部消えてます。路線バスもタクシーも動いてないっぽいので、まずはヒッチハイクで水戸まで帰ることを試みました。
20分ほと大通りに立って、2台の車が止まってくれたものの、両方とも行き先は全然違いました。 どうもこの道路には、水戸行きの車は走ってないみたい。
水戸行きの車を捕まえるためには、大洗まで行ったほうが良さそうです。 大洗まで、通常なら20〜30分も歩けば着くんですけど、そのためには途中「海沿いの低い道路」「河口にかけられた橋」など、津波の第2波、第3波が来るかもしれない時には絶対に通りたくないスポットを通らなければいけないため、諦めるしかなさそうです。
ちなみにその頃、大洗は津波で民家20棟が半壊、船が何隻も座礁してガソリンが流れ出たりしていたそうなので、この判断は賢明でした。

ぼちぼち日が落ちて暗くなってきました。元気な時の私だったら、「よーし、徹夜で水戸まで歩いちゃうぞ!」みたいなことをやりかねなかったのですが、さすがに身重でそれは無謀なので、本日中に水戸に帰るのは諦めて、最寄の避難所を探すことにしました。
ちょうど、毛布と防災袋を持って歩いている老夫婦がいたので、避難所に向かってるに違いない!と思い、あとをつけてみました。
周辺は落ちた瓦、崩れた塀などが散乱してます。10分に1回くらい余震があって、そのたびに新しい瓦が上から降ってくる、非常に危険な状態。うん。やっぱり歩いて帰宅は無謀でした。

たどり着いたのは「那珂湊第二小学校」。最近改築したばかりのようで、きれいな建物です。 住所表示を見たら、「ひたちなか市富士ノ上」って書いてありました。富士ノ上! なんと心強い高台ネーム! とりあえず津波は心配なさそうです。
既に数十人が避難してきており、本部テントみたいなのも出来ていて、避難所としての機能は十分ありそうです。とりあえず、ここで一夜を過ごすことにしました。

体育館の一角を確保し、再び情報収集。
実家は相変わらず電話繋がりません。夫の携帯には10回くらいかけたらやっと繋がったので、避難所にいて命の危険はないから安心してね、と伝えられました。
18時ごろ、どこからか「大きな余震が来る」という情報があって、一度みんな建物の外に出て校庭に移動しました。 結局余震は小さいのが続いているだけだったので、18時半すぎには体育館に戻りました。30分間寒い思いをしただけでした。あの情報は何だったんだろう?

この時点で、電気のない避難所の中は真っ暗。
ところどころ、懐中電灯や携帯の明かりがぽつぽつ点いているだけの状態です。 気温もどんどん下がっていくし、さすがに心細くなってきました。ツイッターは繋がるけど、貴重な充電はなるべく温存しておきたいし。
当然ながら、他の避難民は地元の方なので、家族や知り合いがいるし、避難するとき家から持ってきたお菓子を食べたりしているわけですよ。 旅行者の私は、知り合いなんて1人もいないし、鞄に入っているのは100ccほどお茶が残ったペットボトルだけ。 しかも余震もガンガン続いてます。
震度3〜4くらいのは30分に1回、その他にも10分に1回くらい、「あれ? 大きなトラックでも通ったのかな?」「風で窓が揺れてるのかな?」「子どもたちが走り回ってるのが床に響いてうるさいなあ」って出来事があったんだけど、今思うとあれ全部余震でした。ごめん、子どもたち。濡れ衣だった。

でも、心細さに「わきゃーー!!」ってなりそうになると、まるで「母ちゃん落ち着けよ」とでも言わんばかりに、中の人がドカドカ蹴ってくるんです。
これにはだいぶ救われました。そうだな、私がしっかりしなきゃだよな。パニクってる場合じゃないよな。分かった。分かったからそれ以上暴れるな。お前が落ち着け。痛いってば。

20時ごろ、やっと自家発電装置が動き出し、電灯が点きました。
電灯ってすごいな。ただ明るいってだけで気分が全然違う。状況は何も変わってないのに、心細さが半減しました。
ほぼ同時に毛布の配給開始。だいぶ冷え込んできたので、「妊婦だから2枚ください!」と主張しようか……と一瞬思いましたが、辺りを見回すと、避難民の過半数が老人か小さい子ども連れで、弱者の巣窟という感じです。臨月や不安定期ならともかく、安定期の妊婦ごときで我侭を言える雰囲気ではありませんでした。

結婚式のためにたまたま帰省した先でこんな目に遭う私って不幸だよなーと思ったけれど、冷静に考えて、結婚式の前日にこんなことになってしまった新郎新婦が一番不幸なので文句は言えません。結婚式、当然中止だろうなあ。

21時ごろ、ラジオが導入されました。
それまで断片的な情報しか入って来なかったけれど、東北地方が予想以上に酷い事態になっている、ということをやっと知り、驚きました。
さっき「新郎新婦が一番不幸」って言ったの、訂正するわ。一番不幸なのは、宮城や岩手に住んでる人たちだ。
なんでまだ救援物資来ないの?とか、なんでまだライフライン復旧しないの? 政府なにやってんの? とか思ってたけど、そりゃ、東北があんなんじゃ、死者が出たわけでもない那珂湊ごときに救援が回ってくるわけねぇわな。自分たちは命があるだけ良かったんですね。早く家に帰りたいとか飯食わせろとか、贅沢言ってる場合じゃなかった。ある意味、諦めがつきました。

22時ごろ、夕飯の配給。
冷たい水で戻したアルファ米が1人1個配られました。
って、水は? 水はもらえないの? 普通、米より先に水じゃないのか?
手持ちの水は残り100ccだし、かなり不安です……。
もちろん、電車を出てからここに来るまで、水を手に入れようと努力はしたのですが、お店は閉まってるし、自販機は停電で動いてないので、合法的に手に入れるのは不可能だったんです。

まあ、水を備蓄してない避難所なんてありえないし、アルファ米を戻せたってことは、配ってないだけであることはあるってことだよね?
だったら、どうしても苦しくなった時は必殺妊婦カードを突きつければ分けてもらえるだろう、と思い、文句は言わないで食べることにしました。あんまりお腹は空いてないのですが、お腹の中の息子のためにも栄養は取らなくちゃね。
冷たいアルファ米(五目味)、意外と悪くないです。時々戻ってないお米がガリっというのはご愛嬌として、味はちゃんと五目ごはんです。
そして食べ終わったあと、なぜか急激にお腹が空いてきました。今まで食欲がなかったのは、緊張で空腹中枢が麻痺していたのかも。

水が配給されなくて1つだけ良かったことは、トイレにあんまり行かなくて済むことです。
ちなみにトイレは、
用を足す→紙は便器ではなくゴミ袋に捨てる→10人分くらい汚物が溜まったら、プールから汲んできた水で流す、方式。
トイレットペーパーが潤沢にあったのが不幸中の幸いですが、臭いし、私は特殊な妊婦下着をつけているので着脱に時間がかかって並んでる人に迷惑かけるし、いろいろ面倒でした。

心配しているであろう夫を安心させるために、「アルファ米うめー」「避難所ひまぷー」「今夜のまどマギが見られなくて生きるのがつらい」等々メールを送っていたら、「無駄なことに充電を使うな」と怒られました。作戦成功。

23時ごろ、スタッフの人が「皆さんの中に、医者か看護師はいませんかー?」と聞きにきました。ドラマではよくあるこのセリフ、リアルに聞くのは初めてです。残念ながら、この避難所には有資格者はいないようでした。
その30分後、また別の人が、「酸素吸入が必要な方、どなたですかー?」と聞きにきて、おじいさんを車椅子で運んでいきました。さっきの呼びかけはこの件だったのかな? その後、必要な医療を受けられていることを願います。

翌日午前2時ごろ。追加の毛布が運ばれてきて、無事2枚目をゲット。
気温は0度を下回っており、1枚だけだと相当寒かったのですが、これでなんとか眠っても死なない程度の温度を保てるようになりました。
とは言っても、せっかくうとうとしていても、30分に1度は余震か緊急地震速報で起こされてしまい、結局ほとんど眠れません。緊急地震速報、マジ何の役にも立たないな。震源が近い時は間に合わないし、震源から遠い場合は大したことない小さな揺れしか来ないし。

明け方、もう何度目だか分からない緊急地震速報が流れ、みんなうんざりして反応しなくなっていたのに、「場所は長野……」と聞こえた瞬間体育館がざわついたのが印象的でした。
なんで長野? これから日本沈没するの? おわりのはじまりなの? と絶望的な気分になりました。

夜が明けて、7時ごろ、朝食の配給。
メニューはアルファ米(わかめご飯)を半袋、みかん1個、水コップ半分。
念願の水がもらえたのはうれしいけれど、それにしてもコップ半分か。追加の物資が来なかったら備蓄ヤバいんじゃないのか?

8時過ぎ、ダメもとで地元のバス会社とタクシー会社に電話してみたのですが、バスはやはり運休、タクシー会社には繋がりませんでした。公共交通機関で実家に帰るのは今日も無理そうです。

9時ごろ、ボランティアの看護師の人が巡回に来ました。ただし、医療器具などはないので相談だけ。妊婦であることを伝え、もしもの時どうすれば良いのかを聞きました。幸い、救急車と病院は機能しているとのこと。少し安心しました。

11時ごろ、もともと通話やメールは繋がりにくかったのですが、ついにネットもツイッターも繋がらなくなりました。充電も限界に近かったため、ひとまず携帯は電池を抜いておくことに。

12時半ごろ、お昼ご飯の配給。
干し芋(地元ひたちなか市の名産)1切れ、しらす(すぐ近くに加工工場がある)1パック、バナナ半分、水コップ半分。
すごくローカル色の溢れるお昼ご飯です。
っていうか、しらすだけ単体でもらってもどうすれば。いや気持ちは嬉しいのですが……。

と思っていたら、さっきの看護師との会話を聞いていた隣のおばあさんが、
「妊婦なんでしょ? これ食べなさい」
とあたたかいおにぎりと沢庵をくれました。
おばあさん、避難所のすぐ隣の家に住んでいて、プロパンガスなのでご飯も炊けるそうです。ありがとうおばあさん。塩味だけのおにぎりがこんなに美味しいとは!

しかし、健康な大人だからキンキンに冷たいアルファ米でも「干し芋としらす」なんて珍妙なメニューでも耐えられるけれど、アレルギーで食べられるものが限られている人とか、離乳食中の幼児とか、こういう時どうするんだろう。自分で備蓄するしかないよな。遠くない将来、瓶詰めの離乳食とかは多めに買って備蓄しておこう、と思いました。

15時ごろ。温かいコーヒーが配給。(もちろんインスタントですが)
さっきのしらすの残りをおつまみにしながらコーヒーを飲んだら……美味い!
なんというか、ただ生きるためだけの飲食物じゃなくて、嗜好品って、すごく心が豊かになりますね。
まさに今、私は文化を取り戻した! 人としての尊厳を取り戻した!って気分になりましたもの。
いや、つまみに食ってるのがしらすって時点でちっとも文化的ではないのですが。

17時半ごろ。誰かがどこかから手に入れてきた朝刊を、みんなで回し読み。
地元のライフラインや交通の情報が知りたかったのですが、やはり東北がひどすぎて地元茨城の情報はほとんど載ってません。いつになったら帰れるのだろう……。

と思ったら、いきなり私を呼ぶ父の声が!
なんと、父が車で迎えにきてくれたのでした。居場所教えてないのになんで?
聞いてみると、
実家は停電中で電話はずっと不通→近くの公衆電話で1個使えるやつがあるとの情報を母が井戸端会議でゲット→私の携帯に電話するも繋がらず→夫の携帯に電話したら、数度目に繋がる→夫から私の居場所を聞く
ということだったらしいです。公衆電話GJ。井戸端ネットワークGJ。

というわけで、なんとか実家に帰れたものの、実家も未だ停電&断水中なので、住み心地的には避難所とあんまり変わりません。 備蓄マニアの母のおかげで水とラーメンと缶詰だけは大量にあるのが救いです。 ガスは通っていたので、お湯を沸かしてカップ焼きそばを夕飯に食べました。カップ焼きそばうまい!

夜10時ごろ、電気がついに復旧!
エアコンが使えるようになったのは大きいです。寒さに震えずに眠れるなんてありがてえ、ありがてえ。
携帯も充電できました。テレビも映りました。
津波の映像ってこんなだったのか……と世間から24時間遅れで言葉を失いました。

翌朝8時起床。
ちょろちょろだけど、水が出るようになりました。沸かさずに飲むのはちょっと不安ですが、一応透明になったし、洗濯やトイレは普通に出来るようになりました。
昨晩繋がらなかったネットも繋がりました。これでとりあえず、普通の生活ができます。

12時ごろ。
親戚から「電話繋がらないんだけど無事ですか?」という電報が届きました。
電報の日付は昨日の朝。 「災害時、電報は役に立たない」ことがよく分かりましたw

で、次の課題は横浜にどう帰るか。
・電車と高速バスは不通
・路線バスを乗り継いで……と思ったら、必要な路線バスだけがピンポイントで不通
・高齢の父に長距離運転させるのはあまりしたくないのだけど、頼み込んで土浦あたりまで送ってもらうしかないか……と思ったら、近所のガソリンスタンドがどこも閉まってるか売り切れで、無理。
詰んだ。

とりあえず、ダメ元で2時間おきに各社のホームページを見ていたら、夜10時ごろになって、「水戸〜つくばの臨時路線バスが出ます」という情報が!
つくばエキスプレスは時間限定・各駅限定であるものの、一応復帰してるはず。これで帰れる!

というわけで、翌朝臨時バスに乗るべく水戸駅北口へ。
構内通路を通って南口に出ようとしたら、構内通路は中が一部崩壊しているとかで、全面通行禁止。慌てて車でぐるっと大回りして南口に向かい、ぎりぎりバスに間に合いました。

TXで秋葉原に着いたときの感動といったら。東京よ! 私は帰ってきた! 茨城脱出成功!
しかも東京、コンビニとか普通に営業してるじゃないですか。せいぜいカップラーメンが売り切れてる程度で、水も弁当も普通に売ってるじゃないですか。
飲食店もスーパーも営業してる。飲食店がやってるってことは、お金さえ出せばあったかいご飯が食べられるってことですよ!!!
電車もバスも概ね走ってる。自販機も普通に販売してる。瓦やブロック塀の残骸が道をふさいでたりしてない。これじゃ、まるで普通の生活が可能じゃないですか。すごい!
茨城と東京、大して距離があるわけではないし、と思っていましたが、ここまで違うとは。まるで天国と地獄です。
やっば都会(どげー)はエバラギとは違うっぺなー。
と、まるで電気のない村から集団就職で上京してきた田舎娘みたいな感想を漏らしてしまいました。

そして無事、翌日は仕事に行くことが出来ました。
案の定、通常業務も溜まっているし、地震のせいで湧いてきた新しい仕事もたくさん積んであるし、職場は炎上中。
あと2、3日、茨城で足止めされていたほうが良かったかも……なんて考えてしまうのも、危機を脱して日常に戻ることが出来たからこそですね。腹の中の息子ともども無事に帰ることが出来たことに感謝します。

※これは、当時のmixi日記を転載したものです。東日本大震災でお亡くなりになった方々やご遺族に心よりお悔やみ申し上げます。
 



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