「海峡を越えたホームラン」

                           関川 夏央 著  双葉文庫  680円


     さて野球の本だ。ここは野球のサイトなのだから、当然、野球の本が多いのだろう、という憶測を
    裏切りたいので(^^;)、なるべく出さないようにしようとは思ったが、やっぱり駄目だ(^^;)。

     で、私は野球が好きである。プロ野球も大好きだ。だからプロ野球選手も好きである。中でも、
    外国人選手が大好きなのだ。日本のファンの中には、「外国人選手がいるから日本の若手が出ら
    れない」とか、「外国人選手抜きで日本人だけでやるべきだ」とか、ひどいのになると「外国人選手に
    タイトルを獲られるのは気に入らない」という、島国根性丸出しの情けない意見があるのは承知して
    いる。そういう人たちに聞きたいのだが、今、アメリカ大リーグで頑張っているイチローや野茂に対し、
    「メジャーでは外国人選手は入団させない」とか、イチローが首位打者を獲ったら、「日本人にタイトル
    を獲られるなんてくやしい」という意見が出たらどう思うのだろうか? 「寝て吐くツバは身にかかる」
    のである。

     なぜ私は外国人選手を愛しているのだろうか? その実力はもちろん、期待外れな面も含めて
    応援している。その理由は、わざわざ遠い異国まで野球をするために来ているからである。
    私もイチローや野茂の動向が気になる。応援もしている。それは、やはり日本人だから、というナショ
    ナリズムな面も否定は出来ない。だが、それ以上に、彼らに対しても、来日している外国人選手に
    対する愛情と同質のものを感じているからだ。日本にいれば、彼らの実力からすれば大スターでいら
    れ、なおかつ十二分の報酬と名声を得ることが可能だ。一方、アメリカへ渡れば、失敗してそれまで
    の名声が地に落ちる可能性もかなりあったはずだ。にも関わらず、彼らは異国へ渡った。そこに感動
    するのである。だから私は、マリナーズのイチローも横浜ベイスターズのズーバーも、同様に愛するの
    だ。

     すまん。例によって前振りが長くなった。が、今回のマクラは、紹介する本と密接に関連しているので
    ご容赦願いたい。
     さて、この「海峡を越えたホームラン」であるが、これは誕生したばかりの韓国プロ野球に身を投じた
    在日韓国人プロ野球選手を追いかけたノンフィクションである。このレポートは日本文化と韓国という
    異文化の衝突、融合、共有について認識するためのものにも見える。比較文化論だ。事実、関川氏も
    本文でそういう風にとってもらってもかまわないとしている。野球用語が数多く出てくるので、興味ない人
    にはつらいかも知れないが、逆に野球好きならスラスラ読めるはずである。
     「祖国」であるはずの韓国へ「帰国」した彼らを待っていたものはいったい何だったのか?
    四の五の言わないで、本文中にある彼らのインタビューを一部抜粋してみよう。さらに、蛇足ながら
    それらにコメントをつけさせていただいた。

 1.「気になりませんよ。もともと仕上がりは遅い方ですしね。ヤジられようと書かれようと、ぼくは韓国語が
   聞こえないし、読めない」 (張明夫−福士明夫  元南海−巨人−広島で通算91勝)

    これは初年度のオープン戦で打ちこまれることが多かったため、マスコミやファンに叩かれたことに関して
   答えたもの。日本でもまったく同じだと思いませんか? 来日した外国人選手が、シーズン序盤やオープン戦
   (場合によってはキャンプ中でも!)で期待通りに活躍できないと、すぐに失格の判定を下したがる。

 2,「自分は充分に自信はありました。キャッチング、肩、打力、全部ですね。三人の広島の一軍のキャッチャー
   より上だと、そういうふうに思ってました。今でもそう思ってます。一軍にあがれりゃこっちへは来ません。
   野球をやりたい、一軍でやりたい、金が欲しい。そういうことです。韓国の野球も日本の野球も一緒や
   ないか、と」(金戌宗−木本茂美 元広島)

    来日したほとんどの外国人選手たちが言うセリフとほぼ同じなのに驚く。ブーマーもバースもフィルダーも、
   この金戌宗と同じことを言っていたのを思い出す。

 3.「(前略)アパート入ったんだよね、球団の世話。電灯のひも引っ張ったんだよね、そしたら電灯ごと落ちて
   来んの。しっかりくっついてないんだよ。運動神経で受け止めたけどさ。電気釜とかテレビとかつけたの。
   全部で4つかな、たいした電力じゃないんだよ。そしたらパチーン、あっけなくブレーカー落ちちゃってさ。
   勘、狂っちゃうよ。おれ、やりきれない気分で、暗闇の中でしばし茫然。ああ、日本じゃないんだなァと
   (朱東植−宇田東植 元東映、日本ハム−阪神)

    この話も考えさせられませんか? 昔、近鉄にちょびっと在籍してさっさと帰国したドン・マネー。彼も朱と同じ
   ことを理由に退団したんですよね。曰く、「球団が世話したアパートがひどい(壁や天井はシミだらけ、ゴキブリ
   だらけ)、球場のトイレは汚くて入る気がしない、ロッカーが狭くて汚い」などなど。
    悪いのはわがままな選手側でしょうか、それとも設備に手を入れない球団でしょうか?

4.「日本で一軍経験10年以上の張明夫、朱東植はこちらでは抜群の活躍をしている。それを見れば
   日本の一軍より確実に下であることがわかる。しかし、日本二軍で打撃2位の李英求(木山英求)
   や金戌宗が、当地では打撃20傑にも入らぬところを見れば、我々の野球は日本の一軍と二軍の
   間の水準にあると判断できる」(韓国のスポーツ紙の記事より)

    なんかもう、日本のスポーツ紙を読むようですね(^^;)。上の文の「日本」を「アメリカ」もしくは「大リーグ」
   に、「当地」を「日本」に置き換えれば、もうそのまんまです。

5.「早く帰りたいよ。帰ってシャケ食って、ゴルフしたい。友だちと会いたい。クルマ運転したいよ。日本語
   を思い切りしゃべりたい。シリーズ(韓国シリーズ)が終わった翌日に帰るってことは前から決めてた
   からね」(朱東植)

    シーズンが終わったらすぐ帰国、たとえタイトルを獲っても表彰式にすら顔を出さない外国人選手に憤慨
   していたあなた、これを読んでどう思います? この本を読んでも、なお同じ風に考えるでしょうか?

6.「金だけで来たんじゃないよね。金だけだったら来ないよ、正直言うとそんなたいした金じゃないんだ、
   日本円で計算しちゃえば。張本さんからこっちで指導者をもとめていると聞いたし、おれもおれの持
   ってるものを、日本のプロの技術とか経験とかを教えたいものな。そうでなけりゃ来た甲斐がないよ
  (朱東植)

    メジャー経験の長い選手の中には、もちろん高飛車というかお高くとまったのもいた。だが、多くはこの文
   のように考えていたのではないだろうか。巨人にいたスミスにせよ、クロマティにせよ、きっとそうだったはずだ。
   古くは阪急のスペンサーもそうだったろう。

7.「だからさ、シリーズの途中で、趙コーチがホテルのおれたちの部屋に来てくれたとき感動したんだ。
   彼は言ったんだ、日本語でね。ふたりともよくやってくれた、あなたたちのおかげでチームがよく
   なった。そういわれたとき、おれ、ジーンときたぜ。なにしろ、ワイワイやってても、おれたちは孤立
   してると思ってたからね。所詮日本だしさ。誰も評価なんぞしてくれないだろうと思ってたもんな
  (朱東植)

    この本で、もっとも感動したコメントのひとつである。日本にいる外国人選手たちだって、きっと朱と
   同じに違いないのだ。高い金をとって、ホテルも別。疎外感のない方がおかしい。昔、ロッテにたレロン・
   リー外野手の話を思い出した。首位打者をとった年、そのことを祝福してくれたチーム関係者は、なんと
   通訳だけだったという。それどころか、当時の某監督は、「終盤の勝負どころでリーが打ってくれてたら
   優勝できた」と、まるで優勝を逃した戦犯扱いにしたようなコメントをしていた。それを伝え聞いたリーは、
   トイレで泣いたそうだ。日本人として、とても悲しくなったのを憶えている。
    金だけじゃないのだ。彼らだって血の通った人間なのである。そのことを忘れている(あるいは知らない)
   監督やコーチの、なんと多いことか。

8.「交替の仕方が、ちょっと納得いかないことがあったりしたよ。何回か。たとえばさ、7回までヒット
   4本、エラーがらみの1点でおさえてた。こっちは3点。いい調子だな、と思ってたね。(中略)
   7回ツーアウトまでいった。ランナーをひとり1塁においていた。つぎのバッターのゴロをサードが
   暴投して1,2塁になった。そしたら交替だものね。おれらの常識からいえば自然な流れじゃない
   わけ(後略)」
  (朱東植)

    これを読んで苦笑した人もいるだろう。日本で投げるアメリカ人投手と同じですね。思い出すのが、元
   巨人のクライド・ライト投手。大リーグのエンゼルスなどで通算100勝を記録したピッチャーで、鳴り物入り
   で巨人入りした。そのライト、長嶋監督の投手起用や交替にさっぱり納得できず、しょっちゅう爆発して
   いたものである。
    で、そのことを踏まえて朱のコメントを読んでみよう。朱が主張するほど、交替がおかしい局面とも思え
   ないのだ。悪い調子ではなかろうが、年齢のこともあり(当時、朱は36歳)、リリーフにいいのがいれば
   マウンドにいたのが朱でなくても交替して不思議はない場面だ。どの国でも投手は代えられたくないもの
   なのだ、という証明か(^^;)。

9.「(前略)おれ、監督にはっきり聞きたいんだ、理由をね。僑胞(註:「キョッポ」と発音する。在日韓国人の
   こと)だから替えるのか、そうじゃないのかって。だから言葉だよな。喋りたいし、わかりたいんだよ。
   壁、蹴っ飛ばすとか、バックネットにボールぶっつけるとかしかできないもん
  (朱東植)

    これも、日本の外国人選手たちが常々感じていることなんだろうなあ。通訳はいるけど、所詮彼らは
   球団が雇った人間だから。自費で雇いたいと本気で思っている選手はけっこういると思われるが、多分、
   球団が認めないのだろう。

10.「わからない方がいいってこともある
   (金戌宗)

    上の朱のコメントに対する金戌宗の意見だが、これも一面の真実を捉えている。つまり、必要以上に
   言葉がわかってしまうと、チームメイトたちが言っているかも知れない陰口や、コーチ・監督の怒鳴った意味、
   果てはスタンドのファンのヤジすらも理解してしまうことになり、これはこれでノイローゼの一因になろう。
   無論、新聞も読めてしまうので、読めない方がよかった記事まで知ってしまうことになる。
    知らない方が気が楽だ、という金のコメントも、消極的ながら首肯せざるを得ない。

11.「ウリナラ野球、ウリナラスタイルというかけ声には、ときどきうんざりしますよ。なぜ自分らのスタイル
    を確立するまえに、いや確立するために、よその国の野球を学ばんのか、とイライラします。彼らの
    ありあまる自信にもね
   (張明夫)

    来日する外国人選手たちがまず面食らうのが「日本流」であろう。「ここは日本だ! おまえは日本野球を
   やるのだから、日本のやり方に従え!」という監督の叱咤を受けることになる。きっと彼らも張のように言いたい
   のだと思う。
    ちなみに、「ウリナラ」とは「我が国」という意味であり、ウリナラ野球は「韓国野球」という理解でよろしい。

    だいぶ引用が多くなったが、これでも遠慮したのである。本当は引用したいところだらけなのだが、
   もっと知りたいと思った方は、是非買ってお読みになってください。そして、この本をさらに楽しみたい方は、
   是非とも日本における外国人選手のことを書いた本も同時にお読みになってください。ロバート・ホワイティング
   氏などの本がお薦めです。
    日韓比較文化論と上に書きましたが、私にはそれ以上に、日本プロ野球における来日外国人選手のことを
   知るためにもうってつけの本だと思います。

最後に.「いまになって日本に来た外人選手の気持ちがようわかるようになりました」(張明夫)