「そして粛清の扉を」
黒武 洋 著 新潮社 1,500円
私は本が好きである。というか、活字中毒なのかも知れません。読むものがなければ、新聞は
もちろん、広告だってパンフだって何かの取説だって読みます。そもそも、インターネット以前
にパソコン通信を始めたのだって、他人の文章を読みたいってのが理由だったくらいですから。
で、本ももちろん好きなわけだが、乱読というタイプではなく好きな本は何度でも読む、と
いう熟読タイプです。
前フリが長くなりましたが、そんな私が新聞等で書評を読んでから、たまらなく読みたくなり、
文庫になるのを待てずに(ケチな私は、読みたい本があってもハードカバーではまず買わず、
安い文庫になるまで待つのが普通)、1,500円のハードカバーに飛びついたのがこの本
なのであります。書評によると、新潮社第一回ホラーサスペンス大賞受賞作なのだそうで。
で、私が読んだところ、これはホラーの要素はありません。純粋にサスペンスなので、その手
のもの(ホラーものね。あるでしょ、残酷殺人描写なんかが売り物の小説とか)がキライな人
(私も(^^;))OKです。では、軽く内容を紹介しましょう。
東京の私立宝厳高校に勤める、45歳になるベテラン教師・近藤亜矢子は、ほとんど自己主張
をしない女性だった。そのせいで同僚教師からは軽視され、生徒たちからも軽蔑される存在だ。
担任を受け持つ3年D組も、問題児ばかりを寄せ集めた最悪のクラスである。
そんな亜矢子が、卒業式の前日、クラスの生徒に「おまえたちは人質だ」「卒業はさせない」
と宣言する。反抗した生徒2人をサバイバル・ナイフで葬った後、手にしたマカロフ(拳銃)
で、さらに2人を射殺。騒ぎを聞きつけて教室に飛び込んだ同僚教師をも射殺した。以後、生徒
たちの罪状を読み上げては「緊急措置」を施してゆく。次々と殺される生徒。学校の通報で駆け
つけた警察は接近を試みるが、亜矢子が事前に設置した監視カメラ、校舎近辺に埋設した地雷の
ため、近づくことも出来ない。捜査の結果、近藤亜矢子は別人の戸籍であり、偽名であることも
判明、亜矢子の動機すらわからない。生徒や学校に対する怨恨か、と思われたが、亜矢子は生徒
1人につき、身代金2,000万円を要求してきた。動揺する捜査陣。金目当ての犯行なのか?
さらに亜矢子から、驚くべき宣言が発せられた…。
と、ここまでのあらすじを読んで、あれ、これバトル・ロワイヤルに似てるのかな、と思った
人もいるでしょう。が、似ているのは表面的な事柄だけです。根底に流れるテーマや作者の言い
たかったことはまったく別物です。この作者の言い分には賛否両論ありますが、私は同情的です。
実は私も、この主人公・近藤亜矢子の行動を夢想していたことがあることを告白します。そう
思える人には、この小説はかなり衝撃的かつエキサイティングであり、好意的にすら思ってしま
うはずです。そう、ある種のカタルシスを感じてしまうのです。これと同じテーマを扱った小説
では、西村寿行の「闇の法廷」シリーズがありますが、読後感はかなり似ていると思います。
そして「やられたなあ」とも思いました。私も、いつか書いてやろうと思っていたテーマだっ
たからです。それをここまで面白くやられてしまっては仕方がありません。息をもつかせぬスピ
ード感のある展開、思わず先へ先へと読み進みたくなるスピーディなストーリー。一級品のエン
ターテイメントだと思います。
ベタ褒めに近いですが、残念ながら欠点もあります。それはラスト。ネタバレになるので詳し
くは書けませんが、あのラストは「ルール」違反のはずです。探偵小説のルール違反と言えば、
大体おわかりでしょう。まあ、これは探偵小説ではありませんがね。ああいうオチにしてしまう
と、それまでの緊迫した警察と犯人のやりとりは何だったのか、という失望感が出てしまいます。
これだけが残念でした。
でも、傑作だと思います。お奨め。1,500円は高くない。ロードショーの映画1本見るの
に1,800円。それを考えたらお得ですよ。