映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦

                                             バンダイビジュアル  3,800円


   一言で言うと、これは「しんちゃん映画ではない」
  というのは、別にしんちゃんやしんちゃん一家が絡まなくてもストーリー上は、特に問題はなさ
  そうなのだ。主役は、間違いなく又兵衛であり廉姫である。そしてテーマも、このふたりの
  ラブ・ストーリー(というか悲恋もの)であることは明白だ。

   ざっとあらすじを書くと、さる理由で戦国時代へタイムスリップしてしまったしんちゃん一家
  と、その友人となった侍の井尻又兵衛義利。そして又兵衛の仕える小大名・春日康綱の娘・廉。
  武蔵国の春日領を治める康綱は、名うての戦上手・「鬼の井尻」の活躍もあり、数々の小競り合
  いを制し、辛うじて領地を守っていた。そんな鬼井尻の泣き所は幼なじみでもある廉姫への恋情。
  身分違いの愛に苦しむ又兵衛と、そんな彼に焦れる廉。ある時、廉姫に大大名である大蔵井高虎
  から婚姻の話が来る。領土安堵のため高虎との結婚を覚悟していた廉と父殿・康綱だったが、
  ヒロシの話を聞くうちに考えが変わる。高虎の話を断ったのである。これを好機と見た高虎は
  春日へ攻め込む手はずを整える。圧倒的な大兵力で春日城に迫る大蔵井家。迎え撃つ又兵衛たち。
  合戦は、そして又兵衛と廉の恋の行方は…。

   映画として、また時代劇としての考証は子供向けアニメーションとしては異例なほど詳細で、
  極めて真面目に調べてある。というより、TVドラマや映画でも、ここまできちんと設定したもの
  はほとんどないだろう。某○HKの大河ドラマの10倍は正確で説得力がある

   年代の設定からして、わざわざ天正2年(1574年)としてある。そこまで決める必要はない
  のだが、この辺にも並々ならぬこだわりを感じる。城下町にしろ、山を削った山城の表現など見事
  の一言につきる。
   だが、この映画のウリはなんと言っても合戦であろう。そんじょそこらの安物アクション映画と
  は比較にもならない。私は戦国ものが好きで、それなりにこだわりもあるが、この映画には感心
  してしまった。列挙してみる。

  1.投石戦がある!
    あまり知られてしないようだが、戦国期の合戦において石っころの投げ合いはかなり有効かつ
   有用だったらしい。訓練の必要もなく誰にでも出来、何しろ原価ゼロである(そりゃそうだ。その
   辺に落っこちてる石を投げればいいだけだ)。威力もバカにならず、こぶし大の石がモロに当たれ
   ば、いくら鎧兜で装甲しようとタダでは済まなかった。特に武田信玄軍の石礫攻撃は有名だった
   そうだ。

  2.鉄砲描写も正確!
    あれは適当にバンバン撃つものではない。ちゃんと班編制されており、指揮官の号令一下、射撃
   するのである。これをちゃんと表現した映像は思ったより少ないのだ。さらに、撃つ前の準備表現
   も万全。火縄に火をつけ、火蓋を切る。そして引き金を引くのである。
    そして、ちゃんとカバーもいる。火縄銃は先込めの単発式である。つまり次発の撃発までには
   ある程度の時間がかかるが、その隙を狙われぬように護衛の弓衆がつくのが一般的である。だが、
   これを再現した映画はほとんどなかった。

  3.槍がスゴイ!
    槍といえば、穂先で刺し合いをするものだと思うだろうが、実は違う。実際は、槍を長い棒代わり
   にして叩き合うのが普通なのだ。そう、極端なことを言えば穂先などなくても良いことになる。
   だから、いざとなれば竹槍も十二分に戦力となったわけである。
    この叩き合いの描写があったのだ、この映画には! これには本当に驚いた。少なくとも私は初め
   て見た。この映画では槍がやけに長いと思われるかも知れないが、叩き合いには長い方が有利であり
   3メートルから6メートル近くもあるものも使われたのである。
    突撃してくる騎馬隊を防ぐための槍ぶすまとしての活用、戦の最後は槍合戦。こういうところまで
   描かれているのには本当に感心した。

   他にも、敵役の大蔵井高虎は南蛮鎧を身につけたり、赤母衣武者がいたりして、ああ、これは織田
  信長がモデルなんだな、ということもわかったりして、戦国ファンならニヤリとする演出がいくつも
  ある。

   ストーリー的な話になると、特に後半30分の大蔵井との合戦は見事に尽きる。前半の総力戦も
  すごいが、後半の奇襲夜戦は迫力もの。又兵衛を中心にした戦闘シーン、このまま又兵衛を死なせ
  ていいのか苦悩するヒロシ、又兵衛を思い、いても立ってもいられない廉の心情と行動。どれも素晴
  らしい演出で、その盛り上がりは半端でない。そしてラストの悲劇まで一気呵成に見せ、観客に息継
  ぐヒマを与えない。前半の、しんちゃんと又兵衛たちの楽しい絡みに対し、後半の悲壮な戦争。この
  対比があったればこそ、より一層、戦争の悲惨さ、虚しさを強調してくれるのだ。そういうことでは
  ある意味「プライベート・ライアン」より上だろう。

   しんちゃん映画名物の大物声優だが、今回は何と言っても主役(と断言していいだろう)・又兵衛
  役を演じた屋良有作だ。この人、実力派の舞台俳優で、声優として一級品と言っていい演技力を持っ
  ている。しかし、幾多のアニメや洋画のアテレコをやっているものの、これと言った代表作がなかっ
  たのも事実なのだ。どちらかというと主役向きではない地味めな声質なのだが、それが地味で実直な
  又兵衛にピッタリ合っていた。素晴らしい芝居で木訥な田舎侍を演じ切っている。この又兵衛役は
  間違いなく屋良の代表作になるだろう。
   他にも、春日の殿様役で羽佐間道雄、その家臣役で玄田哲章、大塚周夫など、声優ファンなら
  「えっ」というような大物が端役で出ていたりして、贅沢な作りをしていることも見逃せない。
  又兵衛の家に先代から仕える老臣・仁右衛門役の緒方賢一も実にいい。

   今回、ちょっと驚いたのが廉姫を演じた小林愛。この人、前作のオトナ帝国でチャコを演じていた
  のだが、正直言って私の評価は高くなかった。ところが、この廉ではそれなりの芝居をやっている。
  ちょっとハスキーな声なのだが、それが落ち着いた姫役に合っていたのだ。今まで、しんちゃん
  シリーズで、このように主役格が連続出演するようなことはなかったので、最初はちょっと不思議な
  感じがしたものだ。単に原恵一監督が小林愛のファンなのかな(^^;)とか思ってたくらいだ。だが、
  実際に見てみると、なるほど悪くはなかった。

   まあ、スペクタクルは実写に負けてないし、又兵衛と廉の関係も悪くないので、これは前作より
  一般受けする内容だろうとは思う(だからこそ文化庁の賞を獲ったのだろう)。事実、映画として
  の評価はかなり高いと思う。だが、冒頭に言った通り、これはクレヨンしんちゃんとは言い難い
  作品になっていることも確かなのだ。だから、映画としては面白いし楽しめたが、しんちゃん映画
  としては点が辛くなってしまう。

   例えて言うなら、押井守監督作品の原作つきアニメのようなものだ。うる星やつら2ビューティフル
  ドリーマーは、映画として極めて評価出来る。しかし、あれのどこがうる星なのだという意見には
  素直に首肯せざるを得ないだろう。パトレイバー2も同様だ。
   しんちゃん映画なら、ブタのヒヅメ大作戦などは、ちゃんとしんちゃん映画になっていながら、
  アクションものとして見事に昇華していた。オトナ帝国も、ギリギリの線ではあるが、あれも一応は
  クレヨンしんちゃんになっている。ところが今回は、しんちゃんいらないのである(^^;)。無論、
  キー・パーソンになってはいるのだが、あれは別にしんちゃんでなくとも良い役だろう。

   それと、この作品でいちばん私が衝撃を受けたのが、人が死ぬことなのだ。そりゃ戦争ものに
  なってしまっているから、当然、人は死ぬ。それはいいのだ。が、しんちゃん(幼児ですよ!)の
  目の前で死んでしまうシーンがあるのだ! これはちょっと辛かった。しんちゃん映画でここまで
  突っ込んでいいのか?という疑問は当然湧いた。作品中のしんちゃんの気持ちは察するにあまりある
  が、見ている子どもたちにもかなりショッキングなシーンではなかろうか。

   戦争のいちばん悪いところは、どんな良い人でも実にあっさりとあっけなくバタバタと死んで
  しまうことにある。製作側もそれが言いたかったのかも知れない。プライベート・ライアンの子ども
  向けか?とも思えないことはなかった。廉姫の兄弟たちはみな戦死している(つまり春日の家には
  世継ぎがいないのだ!)。又兵衛の父親、兄弟も全員戦死だ。劇中、襲われた廉姫を助けに来た又
  兵衛に対し、廉は「殺すな!」と叫んでいるし、又兵衛が敵の大将の御しるしを獲ろうとした時も、
  しんちゃんが止めている描写を入れていることからもそれはわかる。その上での、あのシーン。
  見る人の評価は分かれるところだろう。

   なーんてキビシイこと書いたけど、でもね、この映画面白いのよ。それは認める。だから見て
  欲しい。これは確か。ただ、私みたいなしんちゃん映画ファンからすると、ちょっと異質だなと
  思うだけの話。まあオトナ帝国でもそれは薄々出ていたんだけど、この作品ではよりはっきりして
  いる。しんちゃんとしんちゃん一家の活躍があんまりなかったからね。だけど、しんちゃんに
  特にこだわりがなければ、これは時代劇として一級品の面白さがありますので、是非見てください。
  クロサワの「乱」よりゃずっとオモシロかったです。