夢のような話だが、たった一度だけ球場火災というものがあった。

    問題の中日球場が完成したのは昭和23(1948)年のこと。当時、プロ野球で使
   用していたスタジアムは、後楽園、甲子園に西宮の3つだけで、あとは地方球場へ
   行くしか手段はなかった。つまりところドサ廻りである。

    巨人にライバル心を燃やす中日としては、このままにしておけない。場所はすぐ
   見つかった。以前、某紡績会社のあった焼け跡であるが、現場を確認して驚いた。
   コンクリートの破片と瓦礫の山で、こんなところに球場が建つのかという声も出た。
    不安な声も多かったが、10月中旬に着工するやわずか1ヶ月半で完成してしま
   ったのである!

    問題の事件は3年後の昭和26年8月19日に発生する。
   巨人を迎えて、25,000人を超満員の観衆を飲んだ中日球場に火災が起こったの
   である。
    時刻は午後3時半を回ったあたり。3回裏ドラゴンズの攻撃中、打席には4番の
   西沢道夫がいた。

    この時、バックネット裏の指定席上段あたりで、「火事だ」の声があがった。
   突貫工事ででっち上げた木造建造物の哀しさ、あっというまに火の手が勢いを増し
   始める。運悪く上陸していた台風の余波で強風が吹き荒れていた。
    ネット裏はたちまち火の海と化した。

    内野スタンドに張り巡らせてある8メートルのネットをよじ登ったり、外野スタンド
   からグラウンドに飛び降りる観客。逃げ場を失った人々が右往左往し、大混乱とな
   った。

    結局、死者4名、重傷者85名、軽傷者283名の被害者を出した。25,000
   を超える観客がいたにも関わらず、思ったより少ないと感じた人もいるかも知れな
   いが、手当てを受けずに帰宅した大勢の軽傷者がいたことを忘れてはならない。

    出火原因は、タバコの不始末。木造スタンドの隙間から落ちたタバコの吸い殻
   が、スタンド下にあった支柱の間に挟まっていた紙屑に燃え移ったため、と推定さ
   れた。

    中日球場の再建は思いの外に早く進み、年内には着工し翌年4月5日の開幕戦
   に間に合い、35,000人の収容人員を誇ったナゴヤ球場に生まれ変わった。

    現在の球場は、鉄筋コンクリートだし、当時とは消火および防火耐性も比較には
   ならないだろうが、筆者が一抹の不安を覚えるのはドーム球場である。
    東京、福岡、ナゴヤ、大阪などの各ドームで、仮に火災が発生したらいったいどう
   なるのだろう? 木造ではないから、そう燃えないかも知ないが、各種化学製品を
   使用しているだろうから、それが燃えた時の有害ガスは? 不燃ガスは?

    もちろん、排気システムや消火システムはあるだろうが火災で電源が落ちたら
   どうするのだろう? 福岡ドームは屋根が開閉できるが、それとて電気が生きてい
   るから使えるのだ。
    西武ドームはその限りではないが、ドーム球はオープンエアーでない。
   天候の変化には強いが、万一ガスが発生すると篭ってしまうという欠点も合わせ
   持つ。

    ま、筆者が知らないだけで、実際は心配ないのかも知れませんがね(^^;)。
   詳しいことをご存知の方がいらっしゃればご一報下さい。この欄で追加記入いた
   します。

 追加情報−
  先日、この記事を読まれた建築設計士の徳重敦史さんよりメールをいただきました。
 門外漢の私には手が出ない事柄について、「どなたかご教授を」と書いていた甲斐が
 ありました。以下は、徳重さんの解説文を一部修正して掲載させていただいていま
 す。

−−−
  ドーム球場の火災に対する一抹の不安を記されていましたが、問題は無いはずです。
 日本国で建物、特に球場のような大規模な建物を建てるには、日本国の法律(建築基
 準法・消防法等)に従っていなくてはならないからです。「はず」と申し上げたのは、法律上
 の問題が無いのであって、法律自身が予測不能な、若しくは非常に稀な災害に対しても
 どれ程安全であるのかは、当事者以外判り得ない領域だからです。

   しかしながら、野球ルールの変遷と同様に法律自身も様々な実例を基に改訂を重ねて
 現在の内容となっています。勿論、中日球場火災事件も参考の一つに挙げられているに
 違いありません。古くから建物が木造である歴史を持つ日本国は、世界的に見ても火災に
 対する法律は非常に厳しい面があるのです。
   因みにですが、球場のように不特定多数の者が利用する施設は、火災等の災害や緊急
 時の非難に関して、法律上では集会場・ホール・映画館等と同種類の建物とみなされます。
 これらの施設に対しては、一般の人々が使用する建物の中で一番厳しい規定が適用され
 ていると思って頂いて間違いありません。

  例を挙げますと、観客席やベンチ等の化学製品は非常に燃え辛く、また燃えたとしても
 有害ガスを発生しない仕様となっています。但し、残念ながら全く燃えないことも
 ないし、有毒ガスも全く発生しないわけではありません。石油化学製品である以上、燃える
 のはやむを得ませんし、燃えたらガスも発生します。品種改良を重ね、燃え辛く致死量に
 至るようなガスを発生しないに過ぎません。

  火災等の停電時には、非常用発電機が対応します。設置が義務付けられているだけで
 なく、停電発生後30秒以内には消火や非難等に必要な電力が供給できるようになっ
 ています。
  また、ドーム内での煙(ガス)の沈滞を心配されていますが、これは建物としては欠点
 では無く長所なのです。火災による煙の拡散速度は集団の避難速度よりも速いとされて
 います。煙を特定の箇所に留まらせ拡散速度を落とし、避難とは異なる経路で屋外に排出
 することが安全な避難に繋がるのです。

  ドーム球場をはじめ、ホールや映画館等は、火災時に天井の高い部分に煙を溜める(蓄煙)
 計画としている例が多く見受> けられます。気積の大きいドーム球場は気積の小さいホール
 や映画館よりも寧ろ安全であるとも言えるでしょう。神宮や甲子園のようにオープンエアーで
 ある球場の方が火災時の煙に対して安全であるように思えますが、煙が屋外に直接逃げて
 くれる反面、 燃焼に必要な新鮮な空気(酸素)が常に供給され、火災が拡大し易いという
 危険性も 併せ持っています。

  試合の攻守交替時にでもチョッと球場を見渡すと、あちらこちらに防災設備機器を見つけ
 られると思います。建物が実在しているのには、それなりの根拠・裏付があるので、安心
 して野球観戦を思いっきり楽しんで頂きたいものです。今年からは札幌ドームもファイターズ
 の本拠地として使用されますしね。
−−−−

 以上です。プロの観点は違いますね。徳重さん、ありがとうございました。
2004.2.20



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