隠し球


理奈 「また知らない言葉なんですけど」
一平 「なんでしょう?」
理奈 「んと、マーシーKさんからなんだけどね、「テレビのプロ野球珍プレー好プレー
    で隠し球をしている選手がいました。隠し球についてくわしく教えてください。
    ルール違反ではないのですか」とのことであります」
一平 「あーー、珍プレー好プレーね。ということは、年末年始にやってたやつを見て送って
    くれたのかな、随分待たせちゃったなあ」
理奈 「だってあんた、プラモ作ったりゲームしたりLD見たり、遊んでばっかなんだもん」
一平 「週にいちどの更新が精一杯だよ(^^;)。でも、フジテレビの珍プレー好プレーで必
    ず出るプレーがあるんだよ。当時、南海ホークスに所属した立石充男三塁手が、
    西武球場でやって隠し球。これ、よっぽど視聴者に好評なのか、毎回毎回流れる
    んだよね。マーシーKさんも、多分、これを見たんじゃないかな」
理奈 「んでね、アタシ隠し球って知らないんですけど」
一平 「あ、おまえ隠し球って知らないか」
理奈 「知んない」
一平 「じゃ詳しくやろう。ったって、単純ちゃ単純なんだけどね。
    要するに、ランナーがいるだろ。そいつが離塁したときに、内野手が隠し持っていた
    ボールをタッチして走者を殺すってプレーだよ」
理奈 「ふぅん。でもマヌケ」
一平 「そうか?」
理奈 「だって、よーっぽどボーっとしてなきゃわかるんじゃないの、そんなの」
一平 「う〜ん、そう言っちゃうと身も蓋もないんだけどね(^^;)」
理奈 「質問にもあったけど、ルール違反にはならないの?」
一平 「もちろんならないよ。ただね、このプレーはタイミングが難しいんだ。それを誤ると
    ルール違反になっちまう」
理奈 「どういうの?」
一平 「隠し球ってのは、内野手がボールを隠し持ってて、それとは知らない走者にタッチ
    するプレーだよな。ということは、普段、ボールを持っているべき投手との連携が重要
    になるんだよ」
理奈 「そうだろね」
一平 「この時に、ピッチャーがプレートを踏むかまたぐかしてたら、その時点でボークにな
    っちゃんだよ。あるいは、プレートを離れていても投球するかのようなポーズをとった
    ら、やっぱりボークだ。捕手のサインを覗き込むようなマネをしてもダメだ」
理奈 「キビシーね。それじゃ滅多に成功しないんじゃないの?」
一平 「その通り。投手はもとより、捕手や各内野手もそのことを確認してないと、思わぬ
    ことになりかねない」
理奈 「あんまり現実味がないのかな。だから引っかかるのかも」
一平 「うん、そうだ。結局そういうことだと思うんだね。隠し球ってのは、野球選手なら誰で
    も知ってるけど、そう簡単に出来るもんじゃない、ということもわかってる。だから、ま
    さか自分がやられるなんて思ってないんだよ。だから、巧い人が効果的にやると引っ
    かかる」
理奈 「じゃ、うまくやるコツなんてあるの?」
一平 「あるにはある。まずは、事前に投手、捕手、各内野手たちが「やる」ということを確認
    していることだ。まあ、目と目で阿吽の呼吸、なんて状態なら最高だね。そして、実行
    犯の内野手は、あまりベースに近寄らないこと。あまり近くにいれば、走者だって怪し
    むに決まってるし、そうじゃなくても、牽制球の心配をして塁から離れたがらない。これ
    じゃやりたくてもやれない」
理奈 「ふんふん」
一平 「そして、実行犯はもちろんだが、投手と捕手には名演技が要求される。つまり、実際
    にはボールを持っているのは実行犯なんだが、攻撃側にこのことを悟られちゃ意味
    がない。そこで、いかにも投手がボールを持っているかのような状況を演じなければ
    ならないわけだね。でも、さっき言ったようなこと、つまりプレートに触れたり、サインを
    覗くようなプレーをしようものなら、たちまちボークだ。だから、投手、捕手ともにそれ
    を知っていて、不自然なプレーはできない。タイムをかけるわけにもいかない」
理奈 「うぇー、どうすりゃいいの?」
一平 「そうだな、ありがちなのは、投手がマウンドを降りて、捕手と何か話しているようなフ
    リをするとかね。タイムかけちゃダメだよ、繰り返すけど。そうすりゃ走者は、リードと
    は言わないが、2,3歩塁から離れるかも知れない。そういうところを狙うんだ」
理奈 「現実問題として、そんなのムリなんじゃないの?」
一平 「ま、相当難しいのは確かだね。だから、そうそうお目にかかれるプレーじゃない。しか
    し、逆に言えば、だからこそ、たまにやると効果があるってことでもあるんだ」
理奈 「プロでも滅多にないんでしょ?」
一平 「そう思うよ。だからこそ珍プレーに取り上げられたりするわけだし。あ、そうだ、昔、
    これの名人と言われた選手がいたんだ。今は解説者をやってる大下剛史内野手だ。
    東映と広島で活躍した名二塁手なんだけど、彼はなんと隠し球を3度も成功させてい
    る。多分、そんな選手は空前絶後だろうね。姑息ではあるが、頭脳的なプレーでもあ
    るんだ」
理奈 「でもやっぱ姑息かな」
一平 「まあね(^^;)。この種のトリックプレイはどうしてもそう見えるね」
理奈 「あ、他にもあんの、こういうの?」
一平 「あるとも。アマや草ではよくあるんだけど、走者1,3,塁で、一塁走者が二塁へ走ろ
    うとして派手にコケるんだ。すると、投手は「しめた」と思って、一塁へ送球する。走者
    は慌てて二塁へ逃げる。すると一塁手が二塁ベースカバーのショートかセカンドへ送
    球、走者は今度は一塁へ逃げる。つまりラン・ダウンプレーになるな。この時、一時
    的に守備側は三塁走者の存在は忘れがちになるんだ。その隙をついて、三塁走者が
    ホームへ向かって走る、というプレーだ。一見、そんなことに引っかかるのかと思うけ
    ど、守備側はアウトを獲りたくて汲々としているわけだから、案外引っかかってくれる
    ことが多いんだな」
理奈 「へー」
一平 「ま、高いレベルになればなるほど、あまり通用しなくなるんだけど、応用はできる。
    上記のケースで、別に転ばなくても1塁走者が2塁へ走ればいいだけだ。すると捕手
    は二塁へ送球する。この隙をついて三塁走者がホームへ走るってプレーだ。これは
    プロでもよくあるな」
理奈 「うん、アタシも見たことある」
一平 「これも最近はあまり通用しないかな。守備側がこのことをあらかじめ予見して、捕手
    の送球を投手がカットすることもあるからね。もしその時に三塁走者が走ってれば、
    簡単に刺されてしまう。また、それを逆に攻撃側が利用して、一塁走者の盗塁成功
    率を上げるってこともある」
理奈 「騙し合いだねー」
一平 「そうだね。ついでだ、もうひとつ面白いトリックプレーを教えよう。
    戦前、バッキー・ハリスという選手がいた。日本プロ野球史上初の外国人選手だ。
    捕手として名古屋軍やイーグルスに在籍していたんだが、いろいろ面白いことをや
    っていたらしい」
理奈 「どんな?」
一平 「たとえばな、ハリスは日本人の奥さんをもらっただけあって、片言ながら日本語を話
    したんだ。そこで、捕手としてマスクをかぶっているときに、「モシモシカメヨ、カメサン
    ヨ」とか、訳のわからないことを話しかけて打者の気をそいだりしたんだね。いわゆる
    ささやき戦術というやつだ」
理奈 「あははは」
一平 「で、このハリスがやってのけた傑作トリックプレーがこれだ。
    ハリスが三塁走者にいたときのことだ。ハリスが突然、相手の投手に話しかけたんだ
    な。「そのボールはなんだかヘンだ。ちょっと見せてくれ」とね」
理奈 「それで?」
一平 「真に受けた投手は、キョトンとしながらも、三塁のハリスに向かってボールを転がし
    た」
理奈 「で、ハリスさんはボールを調べたの?」
一平 「それがそうでない。ボールが転がってくるやいなや、風のようにホームへ向かって走
    り出したんだ。守備側はあっけにとられてたけど、別にハリスはタイムをとってたわけ
    じゃないからインプレー。おまけにルール違反でもない。引っかかった投手が悪いと
    いうわけで、見事に1点だ」
理奈 「うひゃひゃひゃひゃひゃ」
一平 「そういう下品な笑い方はやめなさい(^^;)。最初にひっかかったのは阪急にいた森
    弘太郎投手だそうだが、以降、被害者が何人か出た。しかし、そのせいでハリスが
    三塁にいる時は、守備側もかなり気を配るようになったんだ。で、迎えた阪神戦。マウ
    ンドにいた西村幸生投手は、「ハリスのやろう、またやるんじゃなかろうな」と警戒して
    いたわけだ。そこへ、案の定、ハリスが「そのボールを見せてくれ」と声をかけてきた。
    西村は、ここですぐにタイムをとればハリスの目論みは気泡に帰すわけだが、今まで
    何人もダマされてきた投手の仇をとろうと思ったんだろうね。タイムをかけるにはかけ
    たんだけど、小声でこっそり申請した。ハリスにバレないようにね」
理奈 「そんでそんで?」
一平 「タイムを確認した西村はハリスにボールを転がした。けど、ハリスはそんなことは知
    らない。転がってきたボールを見て、しめしめとまた走り出した。しかし、三塁塁審は
    「タイムがかかっている」としてハリスを呼び戻したんだ。ハリスは赤っ恥をかいて、
    二度とこのプレーをやろうとはしなくなったそうだよ」
理奈 「へー」
一平 「まあ、このプレーは極端な例だけど、隠し球も含めてトリックプレーってのは、決まっ
    ても姑息だと言われることもあるし、失敗すれば物笑いだ。それだけに、成功すれば
    効果はあるんだけど、難しいプレーなんだね」