反則投球

  変化球でわかんないところ、まだあったから続けて聞いちゃおう。


理奈 「ね、変化球ってどーして曲がんの?」
一平 「簡単に言えば空気抵抗だ。投げた投手の力と素直な引力に逆らったボールだな」
理奈 「も少しわかりやすく」
一平 「だからさ、例えばボールを机に転がすと、何も傷害物がなけりゃ真っ直ぐ進むだ
    ろ? だけど、そのボールがデコボコしてたらどうなる? おかしな転がり方するだろ
    う? 基本的にはそれと同じだよ」
理奈 「すると、机の代わりが空気なのか」
一平 「そうだな。机よりゃ抵抗が少ないから、曲げるのはなかなか大変なわけだ。普通に
    投げれば当然まっすぐ進むだけ。そこに変化を与えるわけだ。捻って投げたり抜いて
    投げたりして、ボールに不自然な回転をさせようってことだ」
理奈 「さっきカントク言ってたけどさ、ボール自体がデコボコすれば変化するの?」
一平 「おう。空気というか、空間に変化をつけるのは事実上ムリだからな、細工するのは
    ボールだ。その合法的な細工が、ボールに与える不自然な回転てわけだ」
理奈 「合法的? じゃ非合法なのがあるわけ?」
一平 「あるよ。さっきおまえが言ってたけど、ボール自体に細工することだよ」
理奈 「どうすんの?」
一平 「いろいろあるがな・・・。まず有名なのがスピットボールだな。ツバや汗を指でボー
    ルになすりつけるんだ。こうして投げるだけでおかしな変化をする」
理奈 「だって汗なんかじゃ、投げたらすぐに飛んでっちゃうんじゃないの?」
一平 「ほとんどな。でも、90%なくなったとしても10%は残るわけだろ? ほぼ真円のボ
    ールだからこそ真っ直ぐ進むわけで、そこにちょっとでも凹凸が出来たら、わけのわ
    からない変化をしちゃうんだよ」
理奈 「じゃほんのちょっと何かをつければどうにかなっちゃうのか」
一平 「そうだね。他にはエミリーボール、グリースボール、マッドボールなんてのがある」
理奈 「それはどうやって投げんの?」
一平 「エミリーボールってのは、サンドペーパーなんかでこすってボールの表面をザラつ
    かせたボールだ。グリースボールは、その名の通りグリースや松脂なんかを塗って
    投げるボール。そしてマッドボールは泥をなすりつけたボールだな」
理奈 「いろいろあるんだね」
一平 「要するに、スタジアムというかグラウンドで簡単に入手出来て、わからないように細
    工できるものなら何でもいいのさ。他にカットボールなんてのもある。こいつは、ボー
    ルに直接キズを作ってしまうボールだ。変わったところだとシャインボールというのも
    ある。これは今までのとは反対に、ボールをツルツルスベスベにしちゃうんだ」
理奈 「え、そんじゃ変化しないんじゃないの?」
一平 「普通はそう考えるな。しかし、この手の反則投球は、正規のボールと違うボールを
    投げて変化させるわけだな。実際の硬球は多少、ほんの多少だがザラついたりして
    るだろ? そこを逆手にとって、反対にスベスベにしちゃえば正規のボールとは違っ
    た変化をするんじゃなかろうかってアイディアなんだな」
理奈 「すごいねー」
一平 「まあ、いろいろ考えるね(^^;)」
理奈 「でもさ、今カントクが言ったように、そういうのって反則なんでしょ?」
一平 「もちろんだ。審判はそれを発見次第、直ちに警告しなければならない。そしてその
    時の投球はボールだ。もし改めないようだったら退場処分だ」
理奈 「あれ、反則なのにいきなりの退場じゃないの?」
一平 「う〜〜ん・・・。正直な話、それが故意の反則投球だと断言できないからなんだ」
理奈 「どして、どして?」
一平 「だからさ、マッドボールにしろスピットボールにしろ、グラウンドのどこにもあるものだ
    ろ? だからワザとじゃなくて偶然ついちゃったんだ、と主張されたらそれを覆すだけ
    の材料がない限り、故意認定が出来ないんだ」
理奈 「カントク、言葉使いがムズカシくなってるよ」
一平 「あ、すまんな(^^;)。つまり、マッドボールじゃないかと疑っても、前のプレーでグラウン
    ドに接触して偶然ついたんだと言われたら否定できないだろ? だから最初は警告
    で済ませてるんだよ」
理奈 「そうかぁ。じゃあちょっとくらいキズついたボールでも、それはさっきのゴロでついた
    ものだと言われちゃったらわかんないってことか」
一平 「その通り。マッドボールやスピットボールだけじゃないぞ。カットボールってのは何か
    鋭いものでボールにキズをつけたものなんだけど、実はな、バットの先っぽでボール
    を引っ掛けて打っちゃった場合、カットボールと同じようなキズがついちゃうことがある
    んだよ。こうなるとアンパイアもどうしようもないね」
理奈 「ピッチャーが投球する前に見つけることって出来ないの?」
一平 「難しいね。反対に、投げ終わってから証拠を抑えることは出来るよ」
理奈 「証拠?」
一平 「ああ。エミリーボールやカットボールは、どうしたって道具が必要だからね。審判が、
    今の投球はおかしいと思ったら、ピッチャーの身体検査をすることがあるんだよ」
理奈 「犯罪捜査だね(笑)」
一平 「まったくな(^^;)。でも、野球において反則投球は文字通り犯罪行為だからな。さっき
    の話だと、エミリーボールやカットボールだと、ピッチャーが紙やすりや刃物を隠し持
    ってることが多いんだ。実際、大リーグでは現行犯で捕まったケースがある」
理奈 「やるねー」
一平 「犯人はなんとニークロなんだ。おまえらくらいの年代じゃ知らないだろうけど、私らく
    らいの野球ファンなら誰でも知ってる大投手だ。ジョンとフィルという兄弟だったんだ
    が、どっちも40歳過ぎてもローテーション投手の中心として大活躍してたんだ。ともに
    ナックルボーラーで、投球全体の95%はナックルを投げてたっていう伝説的な投手
    だね」
理奈 「そんな凄いピッチャーが違反投球してたんだ」
一平 「そうなんだな。捕まったのは弟のジョンの方だ。おかしな変化球が続いたので、不思
    議に思ったアンパイアがジョンの身体検査をしたところ、ユニフォームのズボンのポ
    ケットから爪切りが出てきたんだ。爪切りのヤスリの部分でエミリーボールにしてたん
    だな。無論、即刻退場だったよ。もともとナックルボール自体が、投げた投手も予測
    できないような変化をするボールだから、なかなか見破るのは難しかったろうね。見
    抜いた審判は大したもんだよ」
理奈 「あ、でもさー、もしかしてピッチャーだけ検査してもダメなんじゃない? 例えばキャッ
    チャ−が細工して、ピッチャーに使わせるってことないの?」
一平 「さすが鋭い。その通りだよ。さっきのエミリーボールやカットボールなんかは捕手が
    協力することが多いらしいよ。でまた、証拠品隠しもうまいしね。カットボールは何か
    刃物がなくちゃダメなんだけど、刃物なんか持ち込んだらこりゃもう絶対の証拠になっ
    ちゃう。そこで考えたのがベルトのバックルなんだな。ベルト穴に通す針みたいなが
    あるだろ? それを刃物みたいに鋭く研いじゃったヤツがいたんだ。これじゃあ審判
    にゃわからないよ」
理奈 「そうだね・・・。あ、ロージンバッグ! あれの粉はどうなっちゃうの?」
一平 「またまた鋭いな。結論を先に言えば、ロージンはいいんだ。これを指につけて、その
    粉が多少ボールにつくのはやむをえないって考えだ。ただし、ロージンの粉を直接
    ボールやグラブにふりかけるのは反則だぞ。なんぼなんでもひどいわな(^^;)」
理奈 「実際に、この手の反則をやってるヒトっているの?」
一平 「ちょっと前まではメジャーではけっこういたようだね。今はとんと聞かなくなったけど、
    さてどうかな。メジャーでけっこういたっていうのは、何も審判が見破ったからわかっ
    たってわけじゃなくって、投げてたピッチャーが引退後に告白してはじめてわかったっ
    てのがほとんどなんだよ。だから、今現役のピッチャーが投げていないとは誰にも言
    えないね。
     でも日本のピッチャーにはあまりいないんじゃないかな。やっぱ真面目だから、露
    骨な反則はイヤみたいだしね。仮にやってた人がいたとしても、アメリカ人と違って、
    引退後も真実はしゃべらないって可能性が高いしね」