変則バッティングフォーム
理奈 「ここんとこ、きちんとしたメールが続いたね」
一平 「まあね。それでも、相変わらずのトンデモメールも多いけどね」
理奈 「で、この人はまともだったメール。菊地原さんからで、「前大洋ホエールズで
ご活躍されたという近藤和彦氏が亡くなられたというニューズがありました。
近藤氏は『天秤打法』と呼ばれる独特のバッティングフォームの持ち主で、素晴ら
しいアベレージヒッターであったと文献で読みました。近藤氏という素晴らしいバッ
ターが使っていたにもかかわらず、以後ぱったり姿を見ないということは、プロは
もとより一般人にはとても使いこなせる代物ではないのでしょうか?
また、種田選手のがに股打法しかり(種田選手は高校時代通常の構えだったよう
ですが)、西武の中村選手の肘上げ打法しかり、特徴的なフォームの選手もいます
よね。私は草野球好きなだけで、部活などの「本格的な野球」は未経験者なもので
何がどうしてあんな打ち方になったのやらさっぱり見当が付きません。
彼らは何を克服したくてあんな構えになったのか、各構えにどんなメリットがある
のか。そして、プロでもなんでもない一般人にも使いこなせるものなのか。
疑問に思い、質問メールさせて頂いた次第です」
ちょっと長い引用だったけど(それでも中略あり)こんな感じ」
一平 「要するにバッティングフォームについてだな」
理奈 「だね。それも変な打ち方してるのは何でだろうってことかな」
一平 「そうだな。確かに菊地原さんの言う通り、最近は妙なフォームで打つ選手は減った
な」
理奈 「あ、昔はもっといたんだ」
一平 「そうね。例に出ている近藤和彦まで遡ってしまうと、さすがに私も現役で見たことは
ないんだけど、それでも70,80年代あたりはけっこういたけどな」
理奈 「ふぅん。じゃあ、なんで最近少なくなったのかな。これも菊地原さんの質問とは違う
けど」
一平 「いや、本質的には同じ質問だ。彼の質問は「なんであんな構えで打つのか」、「ど
んなメリットがあるのか」というものだからな」
理奈 「じゃあまず、なんでああいうカッコで打つんだろ?」
一平 「菊地原さんのメールにも、「この天秤打法、漫画『名門!第三野球部』にも登場し、
パワーのない人間にはぴったりだとも紹介されていました」とあるな。生憎、私はこの
漫画は未見だがね」
理奈 「天秤打法?」
一平 「近藤和彦の構えにつけられたニックネームだ。どんな構えかというとだな……、まあ
写真なんかで見てもらった方が早いんだが、一応説明する。近藤は左打者だ。で、
まず左打席に入ってバットを持ってみろ」
理奈 「はい」
一平 「右手でグリップを握って、そのまま手を頭の上へ持ってこい」
理奈 「はあ?」
一平 「そして左手はグリップではなくって、バットの中間あたりに添える感じで持つんだ」
理奈 「ちょ、待ちなさいよ。なにこれ。こんなのバッティングフォームじゃないでしょ?」
一平 「それがだな、近藤という選手はこの打法で打っていたんだな」
理奈 「うっそーー。だってこれ、野球の構えというよりは、なんか剣道の竹刀とかの武器を
構えてるみたいじゃないよ」
一平 「あ、それは当たってるね。近藤自身、軽い小児麻痺だったそうで、その克服のため
に剣道をやってたことがあるそうだ。で、明治大からプロに入って、うまくプロの投手に
対応できずに悩んでいるところを、大先輩の故・青田昇にアドバイスされて、剣道の
構えからヒントを得て、この構えに落ち着いたらしい」
理奈 「へーー。でもこんなんで打てるのかなあ。漫画に「パワーのない選手にはぴったり」
って紹介されてたってあるけど、そうなの?」
一平 「どうかな……。これは私の印象だけど、むしろ無理に力まないで打てる打法だと思
うんだけどね。長打は出にくいような気はする」
理奈 「ふぅん。じゃあその漫画ウソなんだ」
一平 「だからそういうこと言うな(^^;)。単に私の方が勉強不足、経験不足ってだけかも
知れないのだ。私にはその漫画の言うような効用については「どうなのかな」って思う
だけのことだ」
理奈 「フォローが大変だね、カントク」
一平 「おまえのようなマネージャーがいるとな。で、なんでこんな格好で打つのか、どんな
メリットがあるのかってことだが、これはもうひとつだけと言っていい」
理奈 「ひとつ?」
一平 「菊地原さんは近藤和彦の他に、ベイスターズ・種田のガニマタ打法を挙げているが、
他にも有名なものとして、王貞治の一本足打法や、かのイチローの振り子打法など
がある。まあイチローは最近、振り子にしてないがな」
理奈 「そういういろんな構えも、メリットはみんな同じっての?」
一平 「そうだよ。まあイチローの振り子や、百歩譲って王の一本足もなんとなくわかるが、
近藤の天秤打法や種田のガニマタ打法なんか、とても打てるような気がしない」
理奈 「うんうん」
一平 「でも、実はどの打法もみんな最後は同じなんだ。ノーマルな構えだろうがガニマタだ
ろうが天秤だろうが、打つ時はおんなじだ」
理奈 「ウソだ、種田みたいなみっともない打法が……」
一平 「みっともないとか言うな(^^;)。だからな、どんなフォームで構えていようが、打つ瞬
間てのはみんな同じなんだよ」
理奈 「?」
一平 「わからないか? 野球中継で確認しなさい。いいか、どんな妙ちくりんな構えの打者
でもな、ボールを捉えた瞬間は、みんな同じスタイルなんだよ」
理奈 「え、そうなの?」
一平 「そうだ。もう現役は引退したが、王のフォームはビデオや写真で見る機会は多いだろ
う。その時によく見て欲しいんだ。スローVTRや分解写真だととりわけわかりやすい。
打った瞬間、つまりインパクトの瞬間のフォームに注目するんだ。どの打者もほとんど
同じことに気づかないか?」
理奈 「あら、ほんとだ。王さんも、最初は一本足だけど、打つ時には足を降ろして両脚で打
ってるね。あ、こっちは種田だ。へえ、やっぱ打ってる瞬間は普通なんだなあ」
一平 「だろ? 種田は現役ではいちばんわかりやすいから、今度中継があったらよく見て
欲しいね。彼の打法を文章で書くのは難しいが(^^;)、右膝を開いた状態で、左脚も
パカッと開けている。しかもその左脚は爪先立ちになっているんだな。その姿勢で顔は
投手と正対しているもんだから、余計にそのフォームの不気味さが引き立っている
(^^;)」
理奈 「見れば見るほど変だ〜〜」
一平 「けどな、右打者がだよ、左脚をつま先立ちにしたまんまで打てるわけがないんだよ」
理奈 「でも打ってるよ、種田」
一平 「だから、打つ時は両脚をちゃんと揃えているだろう。つま先立ちにもなっていない」
理奈 「ははあ」
一平 「王にしたってそうだ。ボールを打った瞬間は、当然、両脚を地面についている。当然
のことながら、左脚一本で打ってるわけじゃない」
理奈 「確かにそうだ。じゃあさ、なんでこんな構えで打つんよ? 結局、打った瞬間は元に戻
してるのに」
一平 「まさにそこだ。つまりバットがボールに当たるまでが、変則フォームの仕事なんだな」
理奈 「よくわかんない」
一平 「まだわかってもらっちゃ困るの(^^;)。結論から言うとフォームとはタイミングなんだ。
ノーマルの構えだろうが一本足だろうが、そして天秤だろうがガニマタだろうが、すべて
投球とバットの振り出しのタイミングを合わせるためなんだ」
理奈 「タイミング……」
一平 「これも王がわかりやすいが、王が一本足は投球フォームに合わせている。王の視線
は投手の足に行っているだな。ピッチャーがモーションを起こして足を上げると、それ
に合わせて一本足になっていくんだ」
理奈 「ああ、なるほど。投球フォームになぞる感じで……」
一平 「そんな感じだね。だから王は、投球モーションと自分の打つタイミングを合わせるため
に一本足になったわけだ。無論、王だけじゃない。イチローも種田も、恐らくは近藤も
そうだろうと思う」
理奈 「タイミングとるだけのためにああなっちゃうの?」
一平 「「だけ」とはひどいな。バッティングなんてタイミングがすべてだぞ。だから、全盛期の
王に対戦したセントラルの投手たちは、なんとか王のフォームを崩してタイミングを取
らせないことに腐心したんだ。有名な、中日・小川健太郎の背面投げとかもそうだ。
そこまでいかなくても、極端なクイックやスローで投げるとかな。もちろん王も黙ってい
ない。どうしてもタイミングが合わせづらいフォームの投手に対しては、二本足の普通
の構えで打ったこともある」
理奈 「あ、全部一本足じゃないんだ」
一平 「ああ。もっとも、王はすごかったから、ほとんどの投手のタイミングをマスターしてしま
っていたね。だから二本足で対応しなくちゃならない相手はほとんどいなかった」
理奈 「じゃああれか、種田があんなカッコで打ってるのも……」
一平 「タイミングをとるためだね。中継があったらよく見て欲しい。つま先立ちになっている
左脚が、ぐるぐる回ってたり、ぴくぴく動いているのがわかると思う。ずばり、タイミング
をとっているんだね。そして投手の足が上がったら、種田の左脚も動いて、少し上がっ
ていると思う」
理奈 「そうか、うちの選手たちもタイミングとるんで足が少し上がるよね」
一平 「そうそう。打撃フォームで、最初から最後まできっちりと両脚を地面いつけっぱなしの
選手は、まずいないと思う。無意識のうちに、軸足の反対足、つまり投手に向かってい
る方の足がスッと上がるだろ? あれは投球フォームに合わせようとしているわけだ」
理奈 「なるほどそうか。じゃあ天秤だのガニマタだのってのも、少し変わってはいるけど、タイ
ミングとるために足がちょっと上がるのと同じ理屈ってことか」
一平 「そうそう、その通り。タイミングをつかむなんてのは甚だ個人的な問題で、どうすれば
つかみやすいかという基本的なものはあるけど、千差万別なんだ。だから王や近藤、
種田たちは試合での経験や練習の中で自分に合う手段、すなわちフォームを見つけ
たんだね。それがあの格好なわけだ。ただ、その構えは基本とはかなりかけ離れて
いて、誰にでも出来るというものではない。でもそれでいいんだ。自分に合うことが
いちばん大切だからね」
理奈 「でも、ああいうのはあんまり教えてくれないよね」
一平 「そりゃそうだ。指導者としては、どうしたって基本に忠実なことを教えたがる」
理奈 「個性は殺すのか」
一平 「いや、それもないではないかも知れないが、大抵の選手は基本通りで打てるからだ
よ。だからこそ「基本」と言われているわけだしね。指導者の端くれとして言わせて
もらえば、入部してきた選手には、取り敢えず今までの自分のフォームで打たせる
んだ。それで、あまりにも打ち方に無理があったり、タイミングが取れてなかったら、
基本を教える。逆に、少々基本から外れていても、うまくタイミングを捉えていたり、
きちんと打てていればそのままにする。そして、ノーマルの構えで今ひとつだった
選手には、改めて、その子に合う構えを一緒に模索してやるって感じかな」
理奈 「じゃあ、そういう変則フォームってのはアマじゃ出来ないの? 菊地原さんも「プロでも
なんでもない一般人にも使いこなせるものなのか」って聞いてるし」
一平 「そうだなあ。憧れのプロ選手の特徴的なフォームを真似るのは野球少年の基本だけ
どね。いろんなフォームを真似して「これは」というのをつかめることもあるだろう。ただ、
普通の打法で問題なく打てていたのに、わざわざ変則打法にする必要はないと思う
けどね。基本的なフォームでどうしても打てないから、いろんなフォームを試すっての
は悪くない。
思うんだけどね、恐らく、アマ、それも草野球の選手の中には、びっくりするような
フォームで打ってる人もいるんじゃないかなあ。指導者なんていないし、みんな我流
だろうからね。それはそれでいいと思う。きっと彼らは、試合の経験を活かして、自分
に合ったフォームを見つけたということなんだろうから。だから、「変則フォームを使い
こなせるのか」というよりも、自分に合ったフォームを見つけたら、それがたまたま変
則だったってことなんだろうと思うよ。これは草だけでなく、恐らく種田も同じだった
はずだ」
理奈 「そういやカントクは普通の打ち方だっけか」
一平 「ああ、まあそうだね。ちょっと足を上げるけどね。ただ、以前に、ミヤーン打法を取り入れた
ことがあった」
理奈 「みやーん?」
一平 「昔、大洋にいた……ああ、ミヤーンも大洋なんだな。近藤も種田もホエールズ系だ。
そういう変則打法が生まれやすいチームなのかな(^^;)。で、そのミヤーンだが、
グリップの太い重たいバットを極端に短く持って、バットを倒して構える。グリップエンド
を投手に向けている感じだ。この打法だと、とてもバットの振り出しを早くすることが出
来る。スピードボールをセンター返しするのに適した打法だったね。あるいは松原の
ように……って、松原も大洋の選手だよ(^^;)。この松原ってのは、顎を完全に肩に
乗っける打法だった。私も試したことがあったが、高めのボールが実によく見える打ち
方だったね。
このように、その打法もそれぞれに利点がある。当然、欠点もある。それを見越して
いろんなフォームに挑戦するのは楽しいことだね。まして草野球なら、どんどん取り入
れよう。ダメだったらやめて、また次のフォームを取り入れればいい」
理奈 「だそうです、菊地原さん。アマには無理とか言わないで、いろんな打ち方で楽しんで
みてくださいね」