アナウンス嬢の誕生


一平−「おまえ、ウグイス嬢って言葉知ってるか?」

理奈−「ウグイス? スクイズじゃなくて?」

一平−「お約束ですね(^^;)。そうじゃなくてだな、球場のアナウンス嬢のことだよ」

理奈−「へー。ウグイス嬢って言ったんだ。なんか可愛いな」

一平−「そうだな。で、これが日本で初めて登場したのが昭和22(1947)年のことだ」

理奈−「そうだろね、戦後なんだろね」

一平−「昭和22年の4月3日から開催された読売旗争奪戦で、第一号になったのが青木福子さんと
     いう人だ」

理奈 「もともとは何してた人なん?」

一平 「これがNHK職員

理奈 「あ、アナウンサーの人? じゃあもともとプロなわけだ」

一平 「いや違う違う。アナウンサーじゃなくて事務職員なんだ。彼女は、転勤で日本放送協会大連支局
     へ移ることになったんだ。それが戦時中」

理奈 「ダイレンてどこ?」

一平 「あ、ご存じありませんか(^^;)。中国だよ。当時、日本が傀儡政権を立ち上げていた満州国に
    あるところだ。で、終戦になると日本へ引き揚げてきたわけだ」

理奈 「それでアナウンサーにでもなったの?」

一平 「いや、それがな、青木さんはNHKへの復職を希望して申し入れたんだけど、断られてしまったんだ
     な」

理奈 「あらー」

一平 「青木さん、困ってしまった。まあ、戦後2年目くらいだから、復員してきた兵隊たちがごっそりいて、
    就職はなかなか大変だったんだろうね」

理奈 「ねぇねぇ、それまで場内アナウンスは男の人だったの? それともなかったの?」

一平 「あるにはあったよ。ただし男性のみ。これはアメリカに倣ったんだろうね。アメリカでは今でも男が
     アナウンスするのが当たり前だしね」

理奈 「じゃあさ、なんで女性にしようって話になったんだろ?」

一平 「プロ野球だからね、スポンサーは、お客さんとともに神様なんだよ。で、スポンサーの広告放送を
    この大会から試験的に入れてみよう、という企画が出たらしいんだな。広告収入も得られるしな。
    で、そういうことなら、ソフトな女性の声の方がよろしかろう、ということになったらしいんだ」

理奈 「へー。じゃなに、ラジオのCMみたいなもん?」

一平 「ああ、そうだ、そんなもんだね。で、日本野球連盟の職員が、往年の名野球アナウンサーである
    志村正順さんに相談したわけだ。そこで志村さんが青木さんのことを思い出して、紹介状を書いた。
    それを持って青木さんのところを訪れたってことなんだ。これがウグイス嬢誕生の発端だ」

理奈 「青木さんは受けたのね」

一平 「うん。NHKに未練はあったけど、大先輩の推薦だし、他に仕事もなかったんじゃないかな。
    で、承諾するにはしたんだけど、実は青木さん、野球はまったく知らなかった

理奈 「あららら」

一平 「なにせ、バッターが打つと「どうして右の方へ走るんですか?」(^^;)という程度だったというから、
     関係者も頭を抱えた。といって、もう期間もないし青木さんで行くしかない。もう連日のように、連盟
     の人だとか、審判の島秀之助さんだとかが詰めかけて、みっちり勉強した。後楽園球場の放送室
     で、野球教室やってたようなもんだ」

理奈 「連盟の人もだけど、青木さんもたいへんだったろうなあ」

一平 「そう思うね。でも、そこは頑張り屋の青木さん、教えにきてくれた講師陣が優秀だったこともあって、
    わずか半年後にはすっかりマスターし、スコアまでつけられるようになったそうだ」

理奈 「おーー、すごいすごい」

一平 「未だにスコアつけられない理奈さんとは大違いですね」

理奈 「講師の差じゃないの?」

一平 「はい、そうかも知れません(^^;)。で、青木さんはウグイス嬢のパイオニアになったんだけども、
    当時はそれだけじゃ食べられなかった。試合も多くはなかったからね」

理奈 「ああ、リーグ戦じゃないんだもんね」

一平 「そうだ。で、アルバイトで神宮の早慶戦なんかでもアナウンスしたんだそうだ。その時、青木さんは
    びっくりしたそうだよ。当時の早慶戦は満員が常だったから。そのころは、まだまだプロ野球よりも
    大学野球花盛りだったからね、プロの試合で満員なんてことはほとんどなかった。なのに早慶戦は
    いっつも満員。同じ野球なのに、こんなに観衆が入るのかって驚いたって言ってたそうな」

理奈 「今じゃ逆なんだけどね」

一平 「そうだな。早慶戦はまだ入る方だけど、もはや六大学野球なんてのは応援団以外はあまり観衆が
    来なくなっちゃったもんな。で、話を戻すと、他にもバイトをやった。当時、銀座にあった連盟の売店で
    売り子までしたそうだよ」

理奈 「売り子さん? お菓子とかジュースとか…」

一平 「球場の売り子さんじゃありませんよ(^^;)。売ってたのは、選手のブロマイドだのサインボールだの
    だったそうだ。まあ、たいへんだったろうね。
      だけど、そんな苦労が実って、ウグイス嬢が評判になって仕事も増えた。まあ試合数も増えたし。
    翌年の昭和23年には後輩も入ってきたんだ。務台鶴さんというんだけど、古くからの巨人ファンで、
    球団史とかにも関心がある人なら、務台という名前に聞き覚えがあると思う。
     この務台さんはウグイス嬢の最古参になった人だ。都合30年以上も後楽園球場でアナウンスを
    務めている。で、彼女も野球はほとんど知らなくて、子供向けの野球ルールの方で勉強した人だ。
    黎明期の人たちはひとかたならぬ苦労をしているね」

理奈 「でもさ、今まで男の人だったのに、すんなり入っていけたんかな? お客さんだってとまどったような
    気がするし」

一平 「そうだね。で、務台さんたちも最初に注意を受けたそうだよ。スタメン読み上げの時なんかでも、
     『一番、ライト、イチロー』って場合、『イチバンーー』ていう風に最後を伸ばさないように、とか。
    あるいは、スポーツなんだから、あまり女っぽくやらないでくれ、とか言われたそうだよ。要するに、
    マリリン・モンロー(向井真理子)の声でやられても困る、ということなんだろう。まあ、そりゃそうだ
    ろうな(^^;)」

理奈 「あはは、そりゃそうだ。峰不二子の声でセクシーにアナウンスされても困るよね、あははは」

一平 「他にも、ただ読めばいいってもんじゃないんだそうだ。選手によってクセもある。A選手は、前の打者
    が打ち終わると、さっさと打席に入ってしまう。だから早めにアナウンスしないといけない、とか。
    B選手は、紹介アナウンスが終わるのを待って、それからボックスに向かう、とか、そういうのまで
    ちゃんと対応しなくちゃならない」

理奈 「細かいね」

一平 「あと、問題は選手名の読み方だね。開幕前には、必ず選手名鑑でチェックし、全球団に問い合わせて
    名前の確認をするそうだ。紛らわしいのや読みにくいのがあるだろ、けっこう。現役選手で言えば、
    たとえば中日の山崎武志。ふつう「yamazaki」と読みたくなるが、これは「yamasaki」が正解。
    阪神の赤星も、「Akaboshi」ではなく「akahoshi」。カープの苫米地なんか、「とまべち」と読めない方が
    普通だろう。千葉ロッテの諸積だって、野球ファンだから「もろづみ」と読めるが、そうじゃなかったら
    読めないんじゃないかな」

理奈 「だねー。最初の人ってのはたいへんだねー、なんでも」

一平 「うん。しかも青木さんや務台さんは世界初と言ってもいいくらいだからね。なにせアメリカじゃ場内
    アナウンスは男性なんだから。台湾や韓国は、日本がお手本みたいなところもあるから女性がやって
    るようだけどね」


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