・喝采を浴びた敬遠



理奈−「あーーー、敬遠ですかーー」

一平−「イヤそうな顔で言うな(^^;)」

理奈−「だってさあ、今年のローズの件だって…」

一平−「まあそうだな。タイトル争いで醜い敬遠合戦が起こるのは日本の悪しき風習だね。特に、今年のローズや、かの
     阪神・バースの時の敬遠の嵐は恥ずかしかったね。選手時代は人格者で名を売った王貞治が監督したチームで
     起こっている、という点もみっともなかったね」

理奈−「アタシは王さんの現役時代知らないからわかんないけど」

一平−「そうだろうな。もちろん王と言えども聖人君子ではありえないから人並みに遊んだろうし、悪いこと(いい意味で)
     だってやったろう。だが、真面目で人を思いやる気持ちは長嶋以上とも言われていた人だった。その王が、自分
     の記録を守るために出た手段が四球だからね、これはもう失望してしまうな」

理奈−「んでカントクの好きな大リーグにはそんなことはない、と」

一平−「少なくともタイトル争いではないな。だが全くないというわけではない。山場で、当たっている強打者との勝負を
     避けるとか、あるいは塁を詰めた方が守りやすいとか、そういうシーンでは当然のようにある。それでも日本より
     は少ないと思うなあ」

理奈−「じゃ今回わざわざ取り上げた理由はなに?」

一平−「実はアメリカで、ものすごい敬遠策があったんだ。今回のローズ敬遠劇を見て思い出したのがこのエピソード
     なんだ。同じ敬遠でも品格が違う、プロ中のプロと言っていい敬遠だ」

理奈−「どんなの?」

一平−「これは二グロ・リーグであった話なんだけど…」

理奈−「二グロ・リーグってなに?」

一平−「あ、そうか。じゃ次は二グロ・リーグの説明をしようか。話を戻すぞ。主人公はリロイ・ペイジ投手だ。通称
     サッチェル・ペイジと言うんだけど、こっちの名の方が通りがいいだろうな。で、このペイジがだね、8回裏で
     6−3とリードして二死走者一塁。ここで迎えた打者を敬遠しちゃったんだ」

理奈−「…なにそれ。塁は空いてないし、仮にそこでホームランされたってまだリードしてんじゃないの。それとも、
     そのバッターがやたら当たってたとか相性が悪かったとか、そういうの?」

一平−「いや、そういうことじゃない。ペイジは伝説的な大投手なんだけど、相手チームにも「黒いベーブ・ルース」と
     いう異名をとる人気打者がいたんだな。J・ギブソンというんだけど、ペイジは観客に見せ場を作るために
     わざと2番、3番を敬遠して満塁とし、そして強打者のギブソンと勝負する、という演出をしたんだ」

理奈−「うっひゃー」

一平−「ギブソンは、素振りをするとその風を切る音でマウンドにいた投手が震え上がったというパワー・ヒッターだ。
     ここまで舞台を作られて彼も燃えたろうね」

理奈−「結果は、結果は!?」

一平−「初球、目の覚めるようなストレートをイン・ローに投げ込んだ。ギブソンは見送る。2球目、これまた剛速球が
     捕手のミットに収まった。ギブソンはピクリともしない。そして3球目、今度は膝元に大きく曲がり落ちるカーブ
     を投げ込むとギブソンは強振、見事に空振り三振だった」

理奈−「おーーー」

一平−「実に見事というか美事な勝負だったろうね。打者のギブソンも完全に脱帽で、マウンドまで歩み寄り、ペイジ
     に握手を求めたそうだ。無論、観客も大喜びで、ギブソンとの勝負の間中、ずっと立ち上がって声援を送って
     いた。そして三振に倒れると、帽子や衣類その他をグラウンドに投げ込んで大興奮、それらを片づけるため、
     ゲームは30分も中断したそうだ」

理奈−「すごいねー」

一平−「絶対と言っていいと思うが、日本じゃ100%あり得ないことだね。例えば、ヤクルトの石井一久が、二死
     1塁から2番の清水と3番の高橋由伸を敬遠して松井と勝負する、みたいなもんだ。こんなことを許す監督
     は日本にはいないし、だいいちファンも怒るだろう。日本のファンで、純粋に野球が見たくて球場に来る人
     は滅多にいないだろうから、こんなことをしたらヤクルトファンは激怒するだろうな」

理奈−「なんか、野球の質が違うって感じだなあ」

一平−「そうだね。野球選手としての誇りを感じるね。勝負師としての意地やファンへの思いもあるだろう。ここまで
     見事なプロ精神を持った選手はいないね」


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