違いは権威だけじゃないなあ。


  アンパイアのストライク、ボールやアウト、セーフの判定は最終的なものである。
 それに異議を唱えることは何人たりとも出来ない。選手やコーチはもちろん、監督もだ。
 かろうじて、ルール解釈の問題に関しては疑義を出せることは可能だが、その権利を
 有
しているのは監督のみだ。
  これはメジャーだけの話ではない。基本的には日本球界も公認野球規則(註1)に準
 じているのだから、日本のプロ野球もその規則に縛られているはずなのだが、それを
 知らないとしか思えない選手や監督があまりにも多い。ちなみに、審判員に対する
 誹謗中傷や野次の類も厳禁されており、もしこのルールに違反した場合は退場を命
 じることになっている。

  面白い例を出そう。大リーグでの話だが、主審の判定に対してベンチから盛んに野次
 が飛んだので、審判はベンチ前へ歩いて行き、その野次に対する警告を行なった。
 しかし、その後もしつこく野次が飛ぶ。主審は黙って再びベンチ前へ行き、「今、野次っ
 たのは誰かね?」と聞いたが、もちろん誰も名乗り出ない。彼はベンチ内をぐるりと見
 回し、ベンチの隅に腰掛けていた若手の控え選手を指差して退場を命じた。その選手
 は収まらない。
 「俺は一言も野次ってないのに、なぜ退場なんだ」。
  すると、主審はこう切り返した。
 「では、もっと痛い選手を退場にしようかね」
  指差された若い選手は黙ってベンチを出たそうな。

  もうひとつ。苅田久徳と言ってもオールドファンしか知らぬだろう。名二塁手だったが
 日本プロ野球での退場第一号選手としても著名だ。これは昭和11年のことなのだが、
 実はその前年にも退場宣告を食らっている。巨人の前身・大東京軍のアメリカ遠征で
 の話である。

  アメリカ遠征などと言っても、とてもメジャーと戦える戦力ではなく、せいぜいAAが
 いいところであり、主にアマチュア相手の試合であった。
  ハワイ・リーグというアマ・リーグのチームとの試合中の出来事。
 守備についていたセカンドの苅田が塁審の判定に抗議した時に、つい「Son of a
 bitch!」
と口にしてしまった。当然、「Get out!」を宣告されてしまう。
  慌てたのは大東京の三宅監督だ。折りからのハードスケジュールで怪我人続出、
 内野の控えがひとりもいない。ここで苅田が退場になってしまうと、内野を守れる
 選手がいないのである。

  三宅大輔監督は審判に泣きついた。
 「退場は勘弁してくれ。今、苅田が口にした言葉は彼が喋れる唯一の英語であり(^^;)、
  しかも彼はその意味を知らないのだ」
 しばらく考えていた塁審はこう言った。
 「いいだろう。退場は取り消してやるが、その代わり彼はゲームが終わるまで一言
 も
喋ってはならない。無論、日本語もだ
 これには苅田もまいったろう。

  こういう機知を働かせることの出来る審判は、残念ながら日本にはいまい。


  註1:公認野球規則とは、アメリカのルール委員会が毎年更新・決定する野球の基本
     ルールのことである。この規則が毎年11月までに、野球が行われている各国へ
     通知される。日本では、このルールを翌年3月までに翻訳し、日本語版として関
     係者に配布している。週刊ベースボール等で、希望者に実費で提供する旨の
     広告が出されている公認野球規則とはこのことである。



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