短編小説「冬の妖精」



 冬の妖精たちがひらひらと舞う。
 羽根よりも、乙女の吐息よりも軽い妖精たちが僕の肩に降り積もり、僕の耳元でそっと、ここではないどこか別の世界の話を話している。
 とても遠くただ白い道。一度まぶたを閉じると、僕のお母さんと同じ声で暖かな暖炉に誘われる。そこにはパンと葡萄酒があって、僕の大好きなお父さんの揺り椅子が僕の体を優しく包み込む。
 嘘だ。
 目を閉じちゃいけない。
 一歩、また一歩と鉛に変わった足を浮かすたび、僕の目の前で、妖精たちが怒ったように踊りを踊る。ここで僕に仲間になれと。素敵な羽根は夜を流れる吐息に。
 そして言うのだ。忘れてしまえ。
 それより楽しく遊ぼうよ。
 「黙れ」
 僕は僕の声が聞こえない。
 風の声しか聞こえない。
 僕の最後の炎の精霊。もしあなたが行ってしまった時、僕も一緒に連れていかれるのだろうか。この白い妖精たちの中に。羽根よりも軽く、鉛よりも重い妖精たち。
 まぶたが閉じる。最後の。


 「なぜ、右目がないのですか」
 僕はこう言ったのだった。熱いお茶、熱い毛布、そして何より、熱い暖炉の火がある小屋で。
 疲れは、とても強くその人を抱いていた。僕よりも強く。僕の体より、その人の心は疲れていた。
 「これは、印なのだ」
 夜よりも深い、星よりも遠い声でその人は言った。
 「戦いの。私は、だからここにいる」
 そして湯に浸した布を、僕の凍った頬に当てた。その人の指が触れる。冷たく熱い指が。
 空に星が一つもない時、人は夜、家を出ることをしない。その人の心にあるのは星のない空だ。今、それが見えた。
 そして僕は今、死にかけた子犬を見下ろしているのかも知れない。何もできずに。
 満足したその生涯を閉じようとしている子犬。僕の手は、きっとそれを汚してしまうだろう。
 「私は靴なのだ。例えるなら」
 その人が言う。
 「足を失った靴だ。だからここにいる」
 その人が、僕の荷物を取ってくれた。
 「お前の剣だ」
 僕は首を振った。
 助けてくれたからじゃない。靴は、もう足を求めないからだ。
 その人は行ってしまうだろう。僕と会ったから。そして、もう会うことはないのだろう。
 その人の手が剣を握る。僕は目を閉じる。その人の長い髪が、僕の手に渡される。
 これでここにいる理由はない。


 冬の妖精たちも、もう踊りをやめたようだ。
 ひょっとしたら、僕を仲間に入れることができずに、寂しかったのかも知れない。
 長い長い帰り道に、僕は胸にしまった人相書きを出した。片目のない、美しい女性の絵を。
 いくつもの街を焼き払った伝説の竜。
 僕はそれを切り裂いた。ばらばらになったその人の顔は、夜の暗い闇の中に吸い込まれて行った。




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