短編小説「悲しき中年」



 さーて、どんな景色が見えることやら。
 最初は社長室だな。見晴らしのいい部屋を一人で占領しやがって。あのハゲ。
 おいおい、鼻クソなんかほじってやがるぞ。人が必死に仕事してる時間によお。あのハゲのせいで、うちの会社は傾いたんだよ。
 ああ、もうムカツク。次だ次。
 今度は会議室か。さすがに誰もいないな。まあ、何を話し合ってもどうせ無駄なんだから、その分契約を取れっての。
 おっ、女の子が入って来たぞ。花でも替えに来たのかな。ってことは、これから会議が始まるのか。
 どうでもいいや。次。
 やっと到着、懐かしき我が職場よ。営業の諸君、今日も張り切ってるかい?
 なんだかみんな疲れた顔をしてるな。当たり前か。
 おお、隅っこの方にいたぞ。愛しのジュンコ君。
 ああちくしょう。サル部長と話してやがる。このエテ公、セクハラなんかしやがったら、孫の代までたたるからな。
 ここは以上。次に行こう。
 なんだ食堂か。とか言って知ってたけど。まだ開いてないな。当然ながら。
 誰もいない食堂ってのは、なんだか怖いな。次だ。
 お? おおーっ!!
 こりゃ、女子更衣室ではないですか!!
 神様ありがとう。私、この瞬間を一生忘れません。
 さすがにカーテン閉まってるけど、スキマから覗いちゃうもんね。
 あの美しい背中、誰かな〜? こっち向かないかな。
 う〜ん、駄目か。仕方がない。次に行くか。
 ピンクのブラが目にまぶしいねえ。
 次は受け付け。ようやく玄関に到着か。
 ずいぶんかかるもんだねえ。
 まあどうせ、もう一度確かめるわけにはいかないけどな。
 みなさん、おはようございます。
 そしてさようなら。


 ついに地面に激突した。
 痛みなど、これっぽっちも感じなかった。
 私の頭は砕け、玄関前の道路に広がった。
 そろえた靴には、ちゃんと遺書がはさんである。
 ヤスユキ、ノリコ。お父さんを許してくれ。



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