短編小説「チョコレート」



 2月14日は、男の価値が問われる日なんだとさ。ワカルよな。
 だから、先輩の喜びようといったらなかった。
 「おいっ、オカモト! 見てみろこれ!」
 今時古風なことに、部室のロッカーの奥にひっそりと置かれたハイクラウン。ご丁寧に手紙付きだ。
 「あなたのファンです。なんでえ、たった一言かよ。これじゃ誰だか分かんねえよ」
 「キョーコ先輩じゃないすか?」
 「ありゃ本命いるし、第一もう義理もらったじゃん」
 というわけで、今年の戦績は先輩が1個の俺が0個。差ぁ付けてくれるよな。まあ、確かに俺より多少は背が高いよ。
 俺たち、二人でデュオやってる。部室は軽音と一緒だけど、フォークやるのは俺と先輩の二人だけだ。
 いずれは街頭デビューする予定だ。だけど、まともなオリジナルが一曲もないのはツライ。だからそれは、しばらく先の話になるだろう。
 練習の帰りに、ナゾの美少女について語り合った。もっとも8割方は先輩がしゃべってたけど。
 「どうせブスだよ」という直球はさすがに言えない。まあ、勝利の余韻に浸るがいいさ。
 そういえば、前にも同じようなことがあった。
 ありゃ去年の文化祭のことだ。俺たち、シャレで空き缶置いて演奏してたら、中にチョコが入ってたことがあったんだ。
 演奏の最中は集中してるから、誰が誰に宛てて入れたか分からない。ヒヤカシだったのかも知れない。
 でも先輩は、そのチョコが自分の好物のハイクラウンだからって、強引に自分宛てだと決めつけていた。
 まあ、好きにすればいいんだけどね。
 もしそうなら、ナゾの美少女は先輩のマイナーな好みを知っていたことになる。
 だったら本命なのだろう。
 正体不明のナゾの美少女。そして先輩は喜んでいる。それでいいじゃないか。
 確かにそのチョコは本命なのだから。


 先輩。先輩。
 俺、先輩が好きです。
 俺は男だけど、好きなんだから仕方がない。
 だから絶対にコクりません。この気持ち一生、俺の中だけにしまっておきます。
 また明日も一緒に演奏してください。俺、それだけで満足です。
 拍手ん中、俺ら二人立ってんのが見えます。そいつに向かって、俺、一緒に走らせてください。
 そしていつか…素敵な彼女、見つけてください。
 俺、今サイコーに幸せです。



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