『豪腕推理』2

「死を呼ぶ手紙」




 ちょっとした頭の体操です。
 以下の文章を読んで、その理由を推理してみましょう。
 今回のはわりと簡単だと思います。






 ガラスの向こうは雨模様で、私の心は土砂降りだった。
 念願叶って事務所を開いたはいいが、その初日でこの天気である。
 私の仕事は天気に大きく左右される。せめて曇り空なら、こうして日がな一日暇をもてあます事もなかっただろう。
 振り返って事務所を見渡す。
 ドアは正面に一つだけ。窓は背後に一つだけ。
 広さは、せいぜい8畳ほどもあろうか。天井はやや低く、狭い事務所をより狭く見せている。
 まるで牢獄のような密閉された空間である。
 目の前には、マホガニーに見える合板の机の上に、水晶に見えるガラスの置き時計。金色に光るエッフェル塔のライターはもちろん金ではなく、鉄ですらなく、樹脂にメッキをしたものである。
 私は煙草をやらないが、机の上の寂しさを紛らわす役には立っている。
 その横にはボールペンが転がっていて、これで我が円卓の騎士たちは──合板に映るくたびれた中年の顔を除けば──以上である。
 はなはだ寂しい机の上と言う他はない。
 それ以外にあるものと言えば、元はベージュだったような薄汚れたカーペットと、元はソファーだったような二つの長椅子くらいである。私はその一つに腰を下ろし、恨みがましいまなざしをブラインドの奥に向けた。
 はめ殺しの窓の外、音もなく降り続ける雨。
 私以外に誰もいない事務所。
 客は一人も来ない。
 窓のない入り口のドアには、客がいつ何時入ってきても分かるように、大きな鈴が付けられている。
 今日は、たった一度だけその鈴の音を聞いた。すなわち、私が来た時にである。
 そして少なくともあと一回は、確実にまた鈴の音を聞けるはずだ…。私が帰る時に。
 こんな時は、あまり思いつめない方がいい。
 私はいつも持ち歩いている牛革の鞄を開くと、中から読みかけの本を取り出した。
 何もしないでいるよりはずっと良い。
 しおりから本を開くと、午後の長い時間をなるべく考えないように読書に没頭した。
 本の内容は推理物だ。
 タイトルは「死を呼ぶ手紙」という。
 怪奇趣味で有名なある海外作家の、連続殺人をテーマに扱ったものである。
 ただの連続殺人ではない。予告殺人なのだ。
 最初に殺された屋敷の主人の胸元から、殺人を予告する紙切れが発見される。消印が三日前の未開封の手紙である。
 主人公たる名探偵の到着と同時に、今度は主人の愛娘の元に手紙が届けられるのだ。
 それも、娘の部屋に直接である。
 内側から鍵をかけ、窓にはかんぬきをした娘の部屋の机の上に、夜、何者かがその紙切れを置いて消えたのだ。
 不吉な朝は、娘の悲鳴で始まる。
 姿の見えぬ犯人が、屋敷内を徘徊しているのだ…。
 死の予告を届けるために。
 それは一通の手紙から始まって…。



 …と、ここまで読んで私は気付いた。
 机の上に、紙切れが乗っているのである。
 マホガニー風の机の上、私の目の前に、この部屋に入った時には絶対に置かれていなかったはずの紙片が置かれているのだ。
 これはまさに、「死を呼ぶ手紙」なのだろうか?






 さて、ここで問題である。
 この謎を解いていただきたい。

 私の事務所にはドアが一つしかなく、何者かが入ってくれば鈴の音がするので分かるのだ。
 そんな音など一切聞いていない。
 もちろん「実はドア以外に引き戸があった」などという馬鹿な事もない。
 前もって何者かが隠れているなど論外だ──この事務所にそんな死角はない。
 何かの特殊な自然現象か、あるいは私に気付かれないように部屋を出入りする方法があるのだろうか?
 偶然の結果が重なって、たまたまそうなったのだろうか。
 それとも、本当に殺人鬼が私を狙っているのだろうか?

 答が分かった方は、以下に進んで答合わせを。
 分からない方も、じっくりと考えた後にご確認いただきたい。



正解はこちら




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