短編小説「再会」



 彼との時からもう10年になる。
 その頃、私はすでに一通りの生き方を経験し、子供とはとても言えない年齢に達していた。
 母の教えを守り、危うきには近寄らない心得を持ってはいたが、そんな自負もあの時には無意味だった。
 山には見えない仕掛けがある。毎年、何人もが漁師の罠に気付かず、怪我をしたり命を落としたりしている。私は幸い軽い怪我で済んだが、それもたまたま彼が通りかかってくれたおかげだろう。
 正直に話そう。当時、異性と共に過ごした夜がなかったわけではない。テントの中で彼の体温を感じている時、もちろんそのことを考えていた。それでもいいと思っていたのだ。
 だが彼は、ただ私の背中を優しく撫でるだけ。過去を問わず、今を問わず、そうしているうちに夜が明けた。
 彼は山頂を目指すという。私にはとてもそこまでの体力はない。背負ってでも行くと彼は言ったが、もちろんそれでいいわけはない。そして彼の気持ちを害したくなかったので黙っていたが、私はこの山の山頂なら何度も見ている。
 結局、寂しそうにふり返る彼の背中を見ながら、その場に残って体力の回復を待つことにした。
 あれから10年。私は家庭を持ち、相変わらず慎ましく生きている。
 彼と再会したのは、今日。山好きの大学生は、世界的なアルピニストになっていた。


 世界でここより高い場所はない。
 夜明けを待ち、我々の隊からアタックを開始する。
 基本的には無酸素である。重量の関係からだ。ただし、予備の2本は携帯せねばなるまい。
 天候は良し。我々の足元よりもはるかに低い位置から、最初の朝日が凍った大気を通過する。
 今だ。
 最初のハーケンを打つ瞬間に、それが見えた。


 はっきりと分かる。
 彼だ。
 私の母、私の夫、私の子供たち。みんな同時に彼を見た。
 彼が手を振っている。


 素晴らしい。
 人はその一生のうちに、これほど美しい場面に何度出会えるのだろう。
 金色に輝く太陽の中に、鶴が飛んでいる。
 朝日を浴びて、荘厳に力強く、8000メートルの空を鶴が渡っている。
 この世でもっとも高い空を手に入れた種族。神にもっとも近い場所を飛ぶことを許された、もっとも美しい鳥よ。
 熱いものが頬をつたう。それは確信の涙だ。私は、これを見るために生まれてきたのだと。
 ああ、一羽だけ、私のすぐ上に。
 影が重なる。白銀の中で一つになる。
 山よ。すべての神々よ。
 私は感謝します。



back

home