短編小説「ペンギン親父」


 これは夢ではない。
 学校から帰って驚いた。居間に、ペンギンがいる。
 親父愛用の座椅子に腰掛け、タバコをくゆらせながら、眼鏡をかけて新聞を読んでいる。
 風景としては、わりとシュールな部類に入ると思う。ので、おふくろにそれを伝えた。
 だが、おふくろの返答は、予想とやや違った。
 「あら、別にいいじゃないの。お父さんがペンギンでも」
 ということは、これは親父であるらしい。
 初めて見る現象だ。
 俺はペンギンに話しかけた。
 「親父。どうしてペンギンなんぞになったのか」
 ペンギンは答えた。
 「くえ〜っ」


 今、ペンギンは、タオルを首から下げ、イカ焼きをサカナにビールを飲んでいる。
 風呂上がりなのだ。
 ご近所にはなんと説明するのだろう。「あら、お父さん変わったわねえ」とか言われると思う。
 なにしろペンギンだ。ずいぶん変わった。
 あんまり会話も成立しないので、あきらめて風呂に入った。
 ここでまた驚いた。
 「おふくろ。こりゃ水だぞ」
 ところが、おふくろは動じない。
 「お父さん、ぬるめが好きだから」
 「氷が浮いてるぞ」
 「沸かし直しなさい」


 次の日、学校を休んだ。
 図書館に行くのだ。そして、この奇妙なペンギンについて調べるつもりだ。
 ひょっとしたら、地球を侵略しに来た宇宙ペンギンかも知れない。
 宇宙のペンギンが、はたして地球の図鑑に載っているかは分からないが、調べてみないと始まらない。
 「ペンギン大辞典」を借りて、読んだ。
 うちのと同じペンギンは、どうやら載っていないようだ。あきらめて返却しようとした時、最後のページにいた。
 「オヤジペンギン」とある。
 「45歳を迎えた中年の化けた姿。主食は米、納豆、焼き鳥、ビール。生息地は・・」
 俺は、あんぐりと口を開けた。
 我が家の住所が載っていた。


 驚異的に足が遅いので、移動の時はバスに乗る。俺は大人料金だが、親父はペンギン料金なので半額だ。
 もうたいていのことには驚かない。会話もできるようになった。
 今日は、家族で動物園だ。
 時々、遠慮のない視線を浴びることもある。まあ当然だと思う。すっかり慣れてしまった。
 ペンギン親父の手を引いて、ペンギンたちを見る。
 親父の表情がなごむ。喜んでいるらしい。
 柵を乗り越えようとするのを、俺とおふくろで必死に止める。気持ちは分かるが、親父なので仕方がない。
 オットセイにエサをやった。モルモットとも遊んだ。久しぶりに、楽しい一日だった。
 ペンギン親父が疲れてきたようなので、そろそろ帰ることにした。帰り道に生まれて初めて親父を背負った。びっくりするほど軽かった。
 ペンギンだから当たり前だが、ちょっとショックだった。
 おふくろは気丈に振る舞っているが、最近、白髪が増えたようだ。俺も来週からバイトを始める。これから大変だと思うが、家族なんだから当然だ。
 親父がペンギンになったことで、なんだか家族が近くなった。
 あなたの家でも、家族の誰かがペンギンになるかも知れない。もしそうなったら、どうかペンギンを助けてあげて欲しい。
 ペンギンに罪はないのだ。
 これは夢ではない。夢でなくてよかった、と思う。



back

home