『広海さんの一大決心』



 やれやれ、いよいよ松苗広海さんの出番です。
 ■外道狩り■では元気のいい娘さん(っていう年でもないけど)でしたが、お読みになった方はご存知の通り、実にいろいろとあったわけで。
 されど気持ちの切り替えだけは、まるで百人一首のチャンピオンのように早い広海さん。
 もう桂木のおしめを替えなくていいんです。


 肩の荷が下りたわ。


 そこで、ふと考えます。
 例えば、優希は学校に通いつつ、部活を掛け持ちして、おまけに桂木の餌付けまでこなしています。
 智恵子は趣味が高じた仕事をやりながら、お稽古事もやってるわけで。
 桂木はどうでもいいですが。


 このままだとすぐババアだ…。


 長年、桂木や晶姉さんと暮らすという、劣悪な環境が育んだ野生の勘が彼女を動かします。
 何か始めなくちゃ。
 こうして、連日パンフレットとにらめっこの日々が始まります。
 広海さん、二十ウン歳にして初のデビューです。


 …で。
 いきなりチーズ&ワイン講座とかトールペイントとか護身ビクスとかに興味を持ち出すわけですよ。
 普通に手芸やテニスすりゃいいんですけど。
 どうもこの人、そういう普通の奴って嫌いみたいですね。
 やっぱ兄弟だわ。


 うん! これにしよ。


 …って結局陶芸かよ。


 何と言うか、兄弟の中では一応まともな彼女の性格が勝利を収めました。
 いや、もちろん上記のもろもろな奴も、暇を見つけて全部やるつもりでいます。この人。
 すごいバイタリティーです。
 よっぽど溜まってたんですね。


 早速、近所の市民センターに通い詰めです。
 すごい集中力です。
 若干、持続性に難がありますが、それでもセンスあふれる素敵な作品をいっぱい作ってご満悦です。
 もう陶芸教室の人気者ですよ。
 おばさんたちのアイドルです。
 社交的な性格はもとより、最初に作ったのがビアジョッキですからね。
 そして当然、仲の良い友達には配りまくりです。
 いずれ桂木の事務所から、会社名の入った食器は駆逐されるでしょう。


 今度はヨウジ立てか…。

 なによう。もっと喜びなさいよ。


 まあ、平和と言えば平和ですね。


 さて、順風漫歩に見えた広海さんの趣味生活。
 このままだと、面白くありません。
 いや別に彼女の幸せを壊すつもりはないんですが、好事魔多しです。
 実は彼女自身が思っているんですよ。
 「ちょっと違うかな」と。


 結局、例の事件によって起きた変化は、陶芸なんかでは代用できないのです。
 彼女自身も分かっていたんです。
 ただ、気付かないふりをしていただけなんです。
 忙しくしている事によって、それを誤魔化していたんですね。
 この人は勘がいいから、そういう事に気付いてしまうんです。
 そして。
 そういうのは何だか許せないんですよ。


 …よし。オトコ、作るか。


 というわけで。
 広海さんの本当のデビューは、まだまだこれからです。
 頑張れ。



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