短編小説「お手玉」



 「おんなのひとがいるの」
 幼い少女が、その小さな指で示す。
 「こっちこい、ってするの」
 紅葉のような手で手招きをする。
 少女の見ている方から、穏やかな光が差している。
 そんな少女を、老婆は優しく抱きしめる。
 「いないんだよ。そんなものはいないんだ」
 そして少女の手をしっかりと握り、老婆は言う。
 「いいかい。もしその女の人が見えても、決してそっちに行っちゃいけないよ」
 「でも…」
 「いけないんだよ。お前がとっても可愛いから、連れて行こうとしているんだからね」
 少女の困ったような顔。老婆はにっこりと微笑んで、古いお手玉を出した。
 「それより、おばあちゃんと遊ぼうね」
 少女の顔がぱっと輝く。
 「ひとぉーつ、ふたぁーつ、みぃっつ…」


 また、あの女の人が来た。
 あったかい光の向こうから。
 なんだかいっぱいに手を伸ばしてる。
 そして、何かを叫んでる。

 「・・コ・・」

 よく聞こえない。ちょっと近づいてみよう。

 「・・ツ・コ・・」

 何を言ってるのだろう。
 もうちょっとだけ。
 もうちょっと、近づこう。

 「・・リ・・」

 えっ…? それ…。

 「リツコ!!」
 腕を捕まれた。
 すごい力で引っ張られる。
 そのまま光の中へ吸い込まれた。


 「ああ、よかった! 大丈夫? しっかりして!!」
 ここは、どこ?
 私、確か…。
 「心配したのよ! もう死んじゃったかと思った」
 あれ? ママ?
 「だから言ったでしょう! 木登りは危ないからやめなさいって! どこか痛いところはない?」
 「マ、マ…」
 「大丈夫なの? 頭打ったりしなかった?」
 「…おばあちゃんは…?」
 「ん? 何?」
 おばあちゃんが、いなくなってる。
 大きな桜の樹が。
 これ…。
 「おばあちゃんに返さないと…」
 「あら、何を持ってるの…。お手玉じゃない。どこで見つけたの?」
 私、持って来ちゃったんだ。
 立ってみた。桜の樹の影。
 おばあちゃんは、ここに住んでるんだ。
 返してあげなきゃ。
 「埋めちゃうの? 本当にどこも痛くないの?」
 「この樹、おばあちゃんがいるの」
 ママが私をじっと見る。
 「遊んでたの。ママが来るまで。おばあちゃん、とっても優しいの。いろんな遊びを知ってて…」
 「リツコ!」
 ママが、急に抱きついてきた。
 「いいこと? おばあちゃんはいないの。もう死んじゃったのよ。だから、遊んだりしちゃ駄目よ」
 「でも…」
 「駄目よ。リツコがとっても可愛いから、連れて行こうとしているのよ」
 でも、どうしよう。
 おばあちゃん、寂しそう。
 だけど、ママも寂しそう。
 「それより、もっと楽しい遊びをしましょうね…」
 ママが、にっこりと笑った。



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