短編小説「オールド・グランダッド」



 「メリークリスマス!」
 「しいっ! やっと寝付いたところよ」
 妻が、唇を指に当てる。そのまま包容を交わし、冷えきった私の手のひらに血を通わせる。
 「楽しみにしすぎたみたいよ。さっきまで、ずっと部屋を歩き回ってたもの」
 「おやまあ」
 レゴブロックのトーマスを置き、空になった背中の袋を妻に預ける。街の子供にずいぶんせがまれたが、これだけはマイクにあげるつもりで守り通したのだ。
 「飲み助サンタさん。そろそろパパに戻ったら?」
 そう言って、妻がグラスを出してきた。
 30年経っても変わらないこの色。
 私は付けひげと帽子を外した。


 大好きなおじいちゃん。
 いい匂いのするおじいちゃん。
 いつも木の匂いと、ニスの匂いと、ほんのちょっぴりお酒の匂いがするおじいちゃん。
 ぼくね、秘密を知ってるんだよ。
 おじいちゃんは、サンタなんだ。
 いつもは大工さんだけど、この日だけは、サンタさんに変身するんだ。
 いっぱいいっぱい作った木のブロックを、みんなに配って回るんだよ。
 ちゃんとね、ソリで来るんだ。トナカイはいないけど、ダニーとブーマーとグーフィーが引っ張るんだ。
 おじいちゃんは、ぼくの生まれるずっと前からサンタだったんだ。
 サンタの正体を知ってるのは、パパとママとぼくだけなんだよ。
 今年も、いっぱいいっぱいブロックを配るんだね。
 ロックウッドの向こうのデボラの家にも、そのまた向こうのちびのモーゼスにも、みんなみんな配るんだね。
 ずっと寝てたけど、今日は違うよね?
 おじいちゃん。
 ほら。雪だよ。
 きっと世界中に、ううん、カナダ全部に降ってるよ。
 いっぱい積もるといいな。そしたらまた、おっきなスノーマンを作ってね?
 その頃には、元気になるよね?
 おじいちゃん。
 おじいちゃん? ……


 「…そして、鈴の音と共に、サンタは空に帰って行きました」
 すやすやと眠るマイクのそばで、今年で5回目になる古い絵本を読み終えた。
 そして、降り積もる雪のように時はすぎ、木のブロックはプラスチックになりました。
 されど変わらないものがある。例えば、この深く柔らかな色合い。祖父の愛したこの酒の色。
 サンタは、本当にいるんだよ。
 「…お空へ帰る前に、髪にブラシをかけてくださらない?」
 そっと妻が言い、私の肩にほほを乗せた。
 外では、まだしんしんと雪が降っている。
 カーテンの透き間に見える雪の向こう、はるかな夜空から、微かに、本当に微かに、鈴の音が聞こえた気がした。
 メリークリスマス。



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