ト ガ 「どーするよ戸叶」 漫画界の隠れた名台詞の中でも、今回取り上げるこれは隠れに隠れていると思われます。 いや、ファンの方なら、誰の台詞かくらいは分かりそうな気もします。 …されど。 どんな場面で言った台詞かが分かる方は、おそらく相当にコアなファンの方だと思います。 だって無茶くちゃ普通の台詞だし。 ちなみに上記の台詞は、同じコマにて同じ人物がこう続けます。 「十文字 火ィ点いちゃってるよ」 ここまでくれば、「ああ、あの場面か」とお気づきになる方もおられそうですね。 今回のお話は、誰でもきっと日常的に使うような何気ない台詞が、使い方次第でいかに光り輝くかという点を考えてみたいと思います。 では出典を記載しましょう。 最近のスポーツ漫画の中では出色の、TVアニメも好調らしいこの作品。 アメフト漫画『アイシールド21』からです。 初出・「少年ジャンプ2004年13号」 77話 「地獄に惚れた男達」(単行本9巻収録) ちょこっと回り道になりますけど、アメフト漫画って珍しいと思いません? その理由はたぶんこの辺だと思われます。 ・日本では今ひとつマイナーである ・全員、防具を着用している ・1チーム最低11名、攻守で通常倍近くのメンバーが必要 …という事で、単純に描くのがめんどくさいジャンルなのでしょうね。 マイナーな競技はそれだけで注目を集めたりもしますが、人気に結びつくかどうかはまったくの未知数です。 いきおい相当に漫画そのものの実力が求められるわけで、いかに目利きの作家さんや編集さんでも二の足を踏まざるを得ない。その辺が真実なのかも知れません。 おそらく日本で一番マイナーなスポーツの漫画と言えば『レース鳩0777(アラシ)』だと思いますが、アメフトだって競技人口は決して多くないのが現状でしょう。 また、防具着用というのが曲者です。 表情が見えにくいんですね。 これは、漫画にとっては実に致命的と言えましょう。 しかしこの『アイシールド21』という作品では、主人公に色付きのバイザーをかけさせる事によって、表情が見えない事の匿名性を逆手に取っているのです。 「謎の主人公」という設定に無理がありません。 現実の世界観をまったく変えずに、これを成功させているわけです。 正直これには唸りました。 そして、この漫画の素晴らしい点ですが。 試合が自然で面白いという基本が、しっかり描けていると個人的には思えるのです。 この手の漫画は串団子です。 串が日常パートで団子が試合なんです。 その境目があんまり露骨だったり、ぜんぜん違っていたり、面白さに差があったりする漫画も多いのですが、ここは巧みに処理されています。 演出の巧さ、そしてキャラクターの魅力でしょうか。 さて、お話はようやく上記の台詞になります。 これは主人公の属するチームメイトの一人、黒木浩二君の台詞ですね。 「ハァハァ3兄弟」という激しく素敵な名前で呼ばれているうちの一人です。 なんでこう呼ばれているのかは本編を読んでいただくとして、簡単に黒木君の素性をご説明します。 彼はいわゆる不良であります。 不良3人組ですね。 台詞にある戸叶君、十文字君とはいつも一緒です。 3人は筋金入りの、先生もさじを投げるタイプの不良でした。 それがアメフトやって万々歳という単純なモノでもないのですが、作中の台詞をもうひとつ引用してみましょう。 「学校じゃ浮いてたけど/たった3人だけの大事な仲間だった」 後にトレーナーとなる先生が、黒木君の先輩たちを評して語った台詞です。 黒木君と戸叶君、十文字君の3人は、この言葉に自分たちを重ねて見るわけです。 不良だから蔑まれる。 誰にも理解されない。 だからこそ、強固な絆が3人にはあるのです。 そこで冒頭の台詞です。 この台詞は、アメリカにてアメフト修行に臨む時の台詞なんですが。 「死の行軍(デス・マーチ)」と呼ばれる正気の沙汰とは思えない修行に、ついて来るか否か。 家に帰れば日本で楽しい夏休み。 行くなら地獄。 3人組が行く理由はひとつもありません。 元々、弱みを握られて嫌々始めたアメフトでした。 未だにぜんぜん嫌々です。 だから当然、黒木君も戸叶君も、とっとと背を向けてしまうのでした。 しかし。 十文字君のこの言葉で、二人は脚を止めるのです。 「周りにいつまでも言わせといていいのかよ/使えねえクズだって」 …その後、冒頭の台詞へと続くわけです。 十文字君にも複雑な事情があるのですが、重要なのはこうでしょう。 彼が行くなら決まりなのです。 誰が行っても決まりなのです。 そんな事は聞くまでもない。 たった3人だけの大事な仲間なのだから、それは当然であるわけで。 だからこそ。 「どーするよ戸叶」 …この台詞は、戸叶君に決定を委ねたのではないのです。 俺は行くけどお前はどうすると聞いたのです。 この台詞を言った時には、もう黒木君の心は決まっていたに違いないのではないかと。 そう、信じるだけの理由がここにはあります。 スポ根マンセーの説教くさい方法論とは違う、アメフト漫画のくせにスポーツとはまったく別のアプローチから、男同士の友情の絆をたった一言で表している好シーンだと思いました。 本編の展開から考えるに、これは何気ない日常の台詞なんですね。 普通は見過ごしてしまうような台詞です。 そして名作と謳われる作品の多くは、何気ない台詞にとても気を遣った上で何気なく書いていると思うのです。 この漫画の作者の稲垣理一郎氏(原作)と村田雄介氏(作画)は、漫画の完成度において、これがデビュー作とは思えないほどのクオリティを保っています。 きっと、漫画が好きで好きでしょうがないんじゃないか。 そんな気がしてくる先生方です。 今後もぜひ注目していきたい作家さんですね。 商業ではないフリーや同人の世界では(時には商業でも)、「実際言わねーよそんな台詞」と突っ込みたくなるキャラクターがけっこういますよね。 かっこいい、洒落た台詞を考えるのは、実は誰でもできるんです。 ただそれを並べただけでは、現実離れした薄いキャラクターしかできないんです。 キャラクターをかっこよく見せるための鍵が、ここにあるのではないでしょうか。 back HOME |