■ある一人の偉大なレスラーに告ぐ■



緑の天使



2009.06.16






ある男が死んだ。

彼は希望を持ち、そして我々に希望を与えた。

彼は夢を抱き、そして我々の夢を叶えた。

彼は力強く、そして美しかった。

彼は猛り、叫び、舞い、そして誰よりも高く空を飛んだ。

彼は並外れたその力で数多の敵をなぎ払った。

彼は最も素晴らしく、そして最も強い戦士だった。

彼の背にはまるで翼が生えているかのようだった。

緑の翼が。




そして彼は疲れていた。

彼はいつも満身創痍だった。

彼は一人の男であり、夫であり、父だった。

彼は一人の悩める実業家だった。




彼は誰よりも人の痛みを知る男だった。

彼は誰よりも人の苦しみを知る男だった。

彼は優しかった。

彼は誰よりも優しかった。

彼は誠実で、誰よりも信頼できる男だった。

彼は誰からも愛され、誰からも親しまれていた。




しかし、彼は嘘つきだった。

彼は自分に嘘をついていた。

自分の体に嘘をついていた。

止まりたいという自分の脚に嘘をついていた。

休みたいという自分の腕に嘘をついていた。

自分の体の悲鳴にだけは、頑として耳を貸さなかった。

これ以上は羽ばたけない、そんな自分の翼に嘘をついていた。




しかし彼は飛んだ。




10年、20年、その翼が溶け果て骨になるまで飛んだ。

輝く太陽を、その理想を、我々の夢を掴むために飛んだ。

彼は飛び続けた。

その背に我々の送る風を受け、そのためだけに空を飛んだ。

何度叩き落とされようと、不死鳥のように飛び続けた。

何度叩き潰されようと、不死鳥のように立ち上がった。

我々が叫び続ける限り、彼は何度でも立ち上がった。

何度でも。

何度でも。

何度でも立ち上がった。




しかし、立てない時が来た。




あの美しかった緑の翼に、羽根はもう一枚も残っていなかった。

輝きを背負い、天空を舞った彼の勇姿は永久に見られなくなった。

今、彼は本当の天使となって、空の彼方へ行ってしまった。

彼は、満身創痍の――

満身創痍の緑の天使だった。




彼が行ってしまった事で、この世界も変わるだろう。

彼は行ってしまったけれど、この世界は続くだろう。

彼の命を刈り取った死神は、彼の創ったこの世界を、

永久に支えていかねばならなくなってしまった。

彼のすべてと、彼の育てたすべて。

そして、我々の夢のすべてが詰まったこの世界を。




それは、何よりも重いものだろう。

それは、何よりも辛いものだろう。

しかし死神は世界を支え、そして世界を変えるだろう。

かつての彼のように。

強く、そして美しかった彼のように。

あの緑の天使のように。

彼がそうしたかったように。




なぜなら、一歩間違えば――。

死んでいたのは、死神の方だったから。




緑の天使が残してくれた大いなる種は、

やがてこの世界のいたる処で芽吹くだろう。

それらはきっと弱々しく、そして頼りないだろう。

いくつかは志半ばで力尽き、そして倒れてしまうだろう。

しかしきっと、残った者たちが大きく大きく育つだろう。

しっかりと根を張り、やがて新たな緑となるだろう。




その時こそ。

この世界を、立派に実った一つ一つの緑がしっかりと支えるだろう。

その時こそ。

死神は、その十字架を下ろす事が出来るだろう。

その時には、死神はもう死神ではないだろう。

そしてかつての彼のように、自由に空を飛び回る事が出来るだろう。




我々は待っている。

その時を。

なぜならば、我々が。

我々こそが、彼の残した種だから。

我々一人一人が種なのだ。

小さな小さな種なのだ。

我々が支えるのだ。

いつかこの世界を。

明日からのこの世界を。






俺たちが。

俺たちが支えるんだよ!

俺たちが支えなきゃ駄目なんだ!

だから俺は一言だけ言いたい。

どうしても伝えておきたい。

もしも、これが貴様の仕業なら。

全知全能の神よ――

貴様とは永久にサヨナラだ!!




さあ叫べ!!

共に叫べ!!

俺たちの3カウントはまだ終わっちゃいない!!

声の限り、

力の限り、

魂の限り、

喉が潰れても――。



今こそ!!

天まで届け!!



ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!


俺たちが守るから!!

絶対に守るから!!

立ってくれ!!

嘘だと言ってくれよ!!



ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!


三沢ーーーーッ!!

聞こえるか!!

俺たちの声が!!

応えてくれよ!!

何でもするから!!

頼むから応えてくれ!!

嘘だと言ってくれよ!!

三沢ーーーーッ!!



ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!

ミッサーワッ!!



























あ り が と う 。




不世出の天才レスラー、三沢光晴に捧ぐ。

夢を、ありがとう。







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