ケース3.

「絶叫」



…あなたは、聞いた事がありますか?

耳をつんざくような悲鳴。

「絶叫」というものを…。

これは某氏が高校時代に、実際に体験された出来事です。

血も凍る「絶叫」を…。ご堪能ください…。






◆  ◆  ◆





 あの頃は、すべてが輝いていましたよ。

 まだ十代でね。

 ただ若いというだけで。

 目にするものや聞くものすべてが、本当に。

 己の血肉になるんですよ。

 ただし、それは後になって分かる事。

 振り返って初めて、ああ、あの時がそうだったんだな、って。

 やっと気付くんです。

 それまでは、ただ走っているばかりですからね。

 部活に没頭したり。

 趣味に燃えたり。

 バイトで必死に働いたり。

 女の子と遊びに行ったり、悪い事を覚えたりして。

 本業であるはずの言葉がぜんぜん出ませんけどね。

 一日たりとも同じ日が無かったあの頃。

 できる事なら、もう一度体験したいものですよ。



 私の通う高校は、いわゆる工業高校でしてね。

 そりゃもう男ばっかりです。

 女子なんて、全校で2,3人しかいませんから。

 シラスの中のタコより少ないくらいですから。

 当然、丸3年間ずっと男だけのクラスでした。

 不毛ですね。

 砂漠ですね。

 されど、これがなかなか侮れないもので。

 女子に気を使う必要が無いので、実に気楽なものでした。

 夏場なんか、上半身裸ですからね。

 毛深い奴はモジャ男と呼ばれていましたからね。

 太った奴は当然のように関取でしたね。

 私はこの二人と仲が良くて、いつも一緒に遊んでいました。

 モジャ男が喧嘩っ早くてねえ。

 2度ほど停学食らってねえ。

 危うく下級生になる所だったりしてね。

 そして関取は当時、体重130キロですからね。

 当時の私の3倍くらいの肉塊ですとも。

 私なんか、マッチ棒みたいな体格でしたからね。

 体脂肪率も5%以下だったので、関取と一緒にいると凄かった。

 まるで丸井のマークみたいでしたよ。



 他にも、個性豊かな男どもがいましてね。

 メタル小僧の金髪がいたり。

 スキンヘッドの奴がいたり。

 頭髪は自由でしたから、私も当時はパーマでしたね。

 そういう校風を目当てに、うちを受験する奴も多かった。

 バイクの免許も自由に取らせてもらえましたからね。

 一応、学校への報告義務はありますが。

 そんなわけですから、それはもう。

 本当に、本当に馬鹿な学校でした。

 でもね。

 馬鹿と言っても、いろんな奴がいるもんです。

 本気で芯から徹底した馬鹿なんて、そう多くはいないんですよ。

 算数は苦手だけど国語は得意だとか。

 テストの点は悪いけどオセロが異常に強い奴とか。

 それなりに、特定の分野で才能ある奴がいるんです。

 例えば、前途の関取なんて凄かった。

 世の中には、本当にいるんですよ。

 普通の人とは違う「能力」を持った人間が…。



 今思えば。

 あれが「異能者」という人種だったんですね…。







 時は流れて。

 私たちは、修学旅行に旅立ちました。

 モジャ男や関取も一緒です。

 西日本のある古風な街にて、自転車を借りて。

 土産物を買ったり。

 土産物と称してお酒を買ったり。

 現地で見かけた女子高生に手を振ってね。

 あからさまに無視されたり。

 風光明媚な景色にはほとんど関心を示さずに、ただ遊び回りました。

 今から思えば、もったいない話ですね。

 でも、それが若さですから。

 そうやって遊び疲れて宿に帰れば、楽しい夜の時間ですよ。

 疲れなんてどこへやら。

 いかに先生の目を盗んで、いかに楽しく遊ぶか。

 そればっかり考えていましたっけ。

 もちろん夜通しです。

 10時に消灯なんて、小学生じゃありませんしね。

 皆さんにもご経験があるんじゃないですか?

 部屋を真っ暗にしてね。布団を被って。

 くだらない話を順番にね。こう。

 真っ暗な中のコソコソ話って、どうしてあんなに笑えるんでしょうね。

 笑いをこらえるから、ますます可笑しくなって。

 屁なんかこいたら大変ですよ。

 ヒーローですよ。

 さっき小学生じゃないと書いたばかりで、やってる事は小学生でね。

 楽しかったなあ。

 本当に。



 でもね。

 中にはいるんですよ。

 こんなに楽しいのに、先に寝ちゃう奴。

 よっぽど疲れてたんでしょう。

 けれど、それは大人の視線です。

 当時の私たちにとって、そういう奴は障害物でしかありません。

 ひとまず邪魔にならない場所に転がして、楽しい話の続きです。

 こうして夜は更けて行きます。



 されども。

 静かだと思っていた部屋の中が、何だか。

 奇妙な物音がするんですよ。

 聞こえるんです。

 確かに。

 その場の全員がそれに気付きました。

 部屋の端っこの方からね。

 最初は、低く。

 そして次第に高く。

 だんだんと大きくなりながら…。







  聞こえてきます。



   はっきりと。



    高く、低く。



     暗闇に響いてきます…。







「…ngoo…」



「…ngoo…」



「・・・ n g o o ・・・」



「・・・ n g o o ・・・」








 …そうなんです。

 中には、寝ながらにして激しく自己主張をする奴もいるんですよ。

 音の正体は「いびき」でした。

 これがね。もう本当に許せなくて。

 せっかく楽しい話をしているのにね。

 起きている方が100%悪いんですけど、そんな事は知りません。

 何しろ馬鹿ですから。

 よって、最初のうちはスリッパで頭を叩いたり。

 ティッシュでこよりを作って、鼻をくすぐったり。

 迷惑極まりない行為ですけど、まあ修学旅行ですから。

 定番ですから。

 でもね。

 そんな事をしているというのに、一向に起きない奴もいる。

 うるさそうに手を振るんですが、それでも熟睡中で。

 何をやっても起きません。本当に全然起きない。

 それでいて、鼻のいびきは大音量で。

 迷惑の塊ですよ。

 トドのようです。

 こういう人っていますよね。

 先に寝ちゃってお荷物になってしまうという。

 しかもそのお荷物は、130キロもあるんです。

 そう。奴です。

 関取くんの、縄張りを主張する吼え声でして。

 彼は本当に凄い奴でしたよ。

 これだけいじられても一向に起きないという、稀有な才能の持ち主でした。

 ここまで来れば立派な「異能力」ですよ。



 仕方が無いですからね。

 そりゃあエスカレートもしますよね。

 まず私が勇気を出して、いましめを解いてやりました。

 浴衣の帯を外したんですけどね。

 するとまあ、立派なお腹が出てきまして。

 その下に、黒い短パンが出てくるわけですよ。

 それがめくれていましてね。

 お出ましですね。

 ご本尊さまが。

 中には合掌する奴もいて。

 私たち全員、必死に笑いをこらえましてね。

 目の前で屁をこく奴とか、もう。

 ドリフをさらに低俗にしたような空気で。

 こうなったらもう止まりませんよ。

 モジャ男なんかノリノリですから。

 歌まで歌ってましたからね。





「ぼくのぞ〜さん、ぼくのぞ〜さん、

ぱおんぱお〜ん…押忍!」





 …死ぬかと思いましたよ。

 馬鹿が調子に乗るとロクな事がありませんね。

 それでも関取は起きないんです。

 相変わらず重低音を響かせながら、気持ち良さそうに寝ているんです。

 一体どんな夢を見ているのでしょう?

 それを想像して、また笑いをこらえる私たち。

 絵に描いたような最低の男どもですが。

 やがて誰かが言いました。





「俺、持ってるよ…」







「アロンアルファ」







 それだけは。

 それだけは勘弁つかぁさい。

 されど彼の暴挙を止める手立ては残っていませんでした。

 正確には、笑いすぎて誰も止められなかったんです。

 さらば関取、そしてありがとう。

 在位3年目にしてついに陥落。



 彼のやんごとない可愛い象さんは、悪いハンターに口を塞がれてしまいました。

 アロンで。

 ほんと最低です。

 寝てるお前もお前です。





 次の日。

 あの強烈な夜を体験してしまった私たちは、大変な事に気付きました。

 関取の顔を見られないんです。

 見ると笑ってしまうんです。

 恋ではありませんよ。

 私たちは、その浴衣の下の惨状を知っているからです。

 知らないのは関取本人だけ。

 今でもあの黒い短パンの下で、アロンが強固に固まっているはずなのです。

 それを思うと、もう。

 危険水域です。



 そしてついに、その瞬間がやって来てしまいました。

 関取が、ですね。

 関取が。

 トイレに向かったんですよ…。





 待ってくれみんな。

 静かにしろ。

 静かにするんだ。

 耐えろ。耐えろ。笑ってはいけない。

 私たちの修学旅行は、いよいよクライマックスを迎えようとしていました。







そして。





彼は見ました。





便器に向かって発射の瞬間。






チンコがタコみたいに
プ〜ッと膨らむ瞬間を。













「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!」









 …この瞬間。

 外にいる私たちも笑い死んでおりました。



 今ではすっかり疎遠になってしまいましたが、その後も関取とは仲良くやっておりました。

 ひどい事をしたり、され返したりね。

 殺されても文句は言えませんが、彼の大きな所は体だけではないのですよ。

 それが彼の持つ本当の「異能力」だったのでしょう。

 ちゃんちゃん。






◆  ◆  ◆





『ビッグマウス田中のお返事』







ひでぇ野郎だなオイ。



たまたまお前の命が今あるのは偶然だからな。



しかし頭の悪いガキ共だぜ。

お前らが今の日本で働くスキマがあるのが不思議だっつの。



だがまぁ、アレだ。

こういうのは、その世代しかできねぇ特権だからよ。

若い時に一度くらいはハメ外しとくもんだぜ。



これはやりすぎだけどな!









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