短編小説「恋」



 恋って、スポ根ドラマの特訓のことだったのね。
 私、えっらいシゴかれようです。
 毎日毎日、宮崎アニメやら「ショーシャンクの空に」やら「おしん」やら見せられて、もうヘロヘロなんですよ。
 その上、ちょっとでも涙を見せると、ハリセンで叩かれるんです。後頭部をスパーンと。それこそ泣いちゃいそうなのに。
 でも、耐えなきゃいけないんです。この恋を成就させるために。
 それが終わると、今度はサウナです。蒸し風呂じゃなくて、乾いた方のやつなんですよ。
 これがまたキツいのキツくないの。
 水分、取らせてくれないんですよぉ。まるで力石がバンタム級に落とすみたいな。
 水分を避けることに慣れる。そういう理屈らしいです。
 毎日、1分づつ時間を延ばすんです。別にダイエットとかじゃないんですよ。
 ベルが鳴ると、ようやくコーチが許してくれるんです。そしてやっと冷たい水に浸かれるんです。
 これが恋なんですね。


 ゴミは捨てるわ、タンカーはひっくり返すわ、原潜は沈めるわ、海の汚染はヒドイですよね。
 私、そーいうのにすっごくフンガイする質なんですよ。
 ずっと綺麗な海を見てきたせいか、うちの家族はみんなそう思ってます。本気でやめて欲しいんですよね。
 まあ、それはいいんですけど。
 カレ、お金持ちらしくて。
 ボートとか持ってるみたいなんですよ。初めて出会った時も、カレ、自分のボートで釣りに来てたんですよね。
 たまたま近くで泳いでたんですけど。地元民しか知らないような入り江だから、水着も着てなかったんですよぉ。
 もう、びっくりしちゃって。
 あわてて逃げちゃったんですよね。
 で、その日以来、ずっと。
 これが恋なんですよ、ね…。


 今日は最後の仕上げです。
 ついに最強の敵です。「フランダースの犬」。しかも最終回。
 これで涙を我慢するなんて、男塾の油風呂よりキビシイと思いません!?
 でもね、耐えなきゃいけないんです。耐えたら、やっとカレに会えるんだから。
 頑張らなくっちゃ。恋なんですもの。


 「やっと、会えたね」
 って、カレ。
 カレの声を聞いた途端…。
 ああ、ダメ。
 涙が出ちゃう。
 あんなに特訓したのに。
 でも…。
 ぽろぽろ。ぽろぽろ。
 私、泣いちゃいました。
 嬉しくて…。


 ころころ。ころころ。
 私の涙が、砂浜に転がります。
 月明かりに照らされて、きらきら光る真珠の粒が。
 でも、関係ないの。
 カレが抱きしめてくれたから…。
 まだうまく歩けないけど、私、頑張ります。
 だって、これが恋なんですもの。



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