短編小説「秘密基地」



 大人には内緒だよ。
 駐車場のすぐとなりに工事現場があって、そこの裏山に、俺たちの秘密基地があるんだ。
 段ボールと、魚屋からかっぱらった発砲スチロールで武装してある。
 木にはロープが吊るしてあるから、「ターザン」や「ジェットこうもり」もできるんだ。
 この前、3人で古タイヤを運んできた。これでもう、ショッカーの怪人が来ても大丈夫さ。
 俺たち、地球を守る防衛軍なんだ。ここでいつも会議をするんだ。学校帰りにね。トモ君だけはそろばんがあるから、たまにしか来れないけどね。
 でも今日は日曜日。3人でまた遊ぶんだ。
 いや、遊びじゃないや。会議だ。あと戦争。間違えないでね。
 おかんに頼んで、ワタナベのジュースの素を水筒に入れてもらった。俺はこれが大好きだ。でもシンジは、春日井のメロンソーダの方が好きだ。
 今日は俺がメンコ係だから、丸メンと角メンをいっぱい持って行かなきゃ。七色仮面、ナショナルキッド、大朋、ガニコウモル、沢村忠。みんな知ってるよね。
 トモ君はベーゴマ、シンジはビー玉の係だ。トモ君のペレスは強い。俺の長嶋と同じくらい強い。シンジはベーゴマが下手だ。だから、もしショッカーがベーゴマで襲って来たら、まず俺とトモ君が戦うんだ。
 シンジはソノシートをいっぱい持ってるから、ベーゴマが下手でもいいんだ。この前、ミラーマンのやつをもらったよ。
 今日は3人で、セミを起こしてあげるんだ。
 夏が来たらすぐ死んじゃうから、今から起こしてあげればいいんだ。だから虫カゴも持ったよ。
 神社の階段を登って行くと、トモ君がいた。トモ君は、ベーゴマのほかに「たこちゅう」を持ってた。頭の四角い「ロボたこ」もいた。
 「これを木に並べて、見張りにするんだ」
 トモ君が言った。トモ君はとても頭がいい。だから俺は、チョコベーをひと口分けてあげた。
 秘密基地へは細い道があるけど、右の草むらを行かないと駄目だ。この道は「にせもの道」なんだ。ここを通る奴は仲間じゃないから、怪人が化けたらすぐ分かるんだ。
 秘密基地にはもうシンジがいた。セブンのシャツを着てる。
 「デストロイヤー」
 「デンセンマン」
 合い言葉を言って、段ボールのドアを開けてもらう。
 「今、発進するところだよ」
 シンジが駐車場を指さす。赤い車が出て行くところだ。あそこは実は飛行場で、とまっている車はみんな俺たち防衛軍のものなんだ。
 俺たちは敬礼して、今日の作戦を練った。
 まずは物資の確保だ。工事現場の隅から持ってきた漫画ゴラクとかのエロ本や、武器になるものを探すことにした。
 みんな銀玉鉄砲は持っているけど、やっぱり刀が欲しい。この前見つけた大きな釘は、ジャンケンでシンジのものになった。
 今度こそ俺にも欲しい。そうすれば、セミを掘るのも楽だからだ。
 俺たちは、裏山の探検に出た。赤影ごっこをしながら。


 「何をニヤニヤしてるのよ」
 妻の声で現実に戻された。
 「いや、タカシもやっぱり男の子だよな、って思ってさ」
 引き出しを閉じて答えた。妻は首を傾げたが、すぐに小説の世界に戻ったようだ。
 妻は4つほど年下だが、もう30を越え、眼鏡を手放せなくなりつつある。昔は色黒なおかげで、ジュン・サンダースの役しかやらせてもらえなかったらしい。
 みんな、胸に秘めた懐かしい景色があるものだ。
 タカシの寝息が聞こえてくる。夢の中で、裏山の草の中を走っているのかも知れない。
 引き出しの奥に見つけたタカシの宝物。泥だらけの大きな釘。
 何も詮索しないでおこう。なんと言っても、大人には内緒なのだからな。
 やがて暑い夏が来る。タカシを連れて、久しぶりに田舎の山にでも行こうかと思っている。



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