短編小説「居酒屋にて」



 大人たるもの、落ち着ける店の一つも知っておいた方がいい。
 ここは小さな居酒屋だが、料理の腕は保証する。まあ、くつろいでくれ。
 あの小男がご主人だ。まさに無口な職人だろ。カミさんも明るくていい人だよ。今日はまだ出て来てないけどな。
 しばらくすりゃバイトの若いのが来る。どうせ客は俺たちだけだ。のんびりやろう。
 新しいオススメ、頼んでみなよ。レバ刺しがあるだろ。それ、豚なんだってよ。珍しいだろ。あとスジの煮込みもいい。腹が減ってるなら、肉野菜炒めなんかどうだ。
 俺か? 俺はいいよ。酒とタバコがありゃいいんだ。
 そうそう。構わず食ってくれ。ああ、いい食いっぷりだ。勘定は心配するなよ。ご主人とは顔見知りだ。俺が持つよ。
 なんだよ。もう帰るのか。
 分かった。いや、俺はもう少し飲んで帰るよ。またな。


 さてと。ご主人、ビールはもういい。勘定だ。
 そうさ。キッチリ払ってくれよ。500万。
 よしよし、いい子だ。ま、楽しく商売に励んでくれや。また来るぜ。


 ここで豪遊しないのがプロってもんさ。
 やがてあの主人は、カミさんの捜索願いを出すだろう。
 そして、見つかりはしないだろう。
 何年かすれば、晴れてあのバイトの小娘と結婚ってワケだ。
 なあに、500万なんてハシタ金だよ。どうせ、生命保険がガッポリ入るんだからな。
 それにしても…レバ刺しとはな。クックック。
 ああ、そうそう。
 お前さん、気に入らない奴、いるかい?



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