砂漠に浮かぶ宮殿。抜けるような青い空。涼しい風。オアシス。山と盛られたフルーツ。散りばめられた金銀宝石。赤いじゅうたん。ずらりと並んだ半裸の美女たち…。 「ちょっと待ってください」 ここでイメージが停止した。発言したのは、眼鏡をかけた才女だ。 「これは、女性の視点を無視しています」 ドクターと重役たちは、重々しくヘッドギアを外した。とたんに現実世界のまぶしい光が目を叩く。 まぶたを揉みながら、社長は言った。 「イメージはこれで最後だ。どれも、少なからず問題があることが明らかになった。誰か意見は?」 この発言はもちろん罠であり、ここにいる誰もがそれを知っていた。だから来るべきものが来た。沈黙である。 それを破れるのは自分だけだと分かっているので、自信を持って社長は続けた。 「我が社のサイバー環境は、辛うじてトップのシェアを守っている。だがそれも、機能だけを優先させた他社のスピードには、とうていかなわんことは皆知っているな?」 演出効果を高めるために、社長は腕を組んだ。これは追い込み漁だ。テーブルにつく誰もが、罠の閉じる一瞬を待った。 「すべてのユーザーに幸福を。そのイメージが実現しない限り、我が社に明日はない。今回の試作品を見たまえ! 最高位の神父や乳幼児からもデータ取りをしたんだぞ! その結果がこれか!!」 だん、と社長はテーブルを叩く。 もちろん、目を合わせるような命知らずはいない。 このまま社長の独演会が続きそうな気配の中、勇敢にも手を挙げたのは、先ほどの才女だ。 「人間に他者を押し退けたい欲望がある限り、すべてのユーザーを満足させるのは不可能ですわ」 しばらく社長はあっけに取られていた。逆らうような馬鹿者がいるなどとは、とても信じられないといった顔である。だがとにかく先をうながした。才女は続けた。 「自分だけ幸せになりたい。人間は、闘争する生き物なのです。それをなくしたらもはや人間じゃないわ。他者との差で、幸せの度合いを計るのが人間なんです。それがなくなって均等になれば、エントロピーの極大と同じです。もう何も生まれない」 今や才女は立ち上がっていた。 「どんな聖人君子の脳でも同じです。ここに、私の…知り合いから取ったデータがあります。ドクター、ロードしてくれませんか?」 才女はディスクをドクターに渡した。 「これが採用されなかったら、私をクビにして結構です」 そして、イメージが流れ出した。 土産のケーキを抱えて、才女はタクシーを降りた。 妹にお礼を言わなければ。それに、マッキーにも。 アトラクションを横目に進む。もうショーも終わって、今ごろ妹はお茶でも飲んでいるだろう。 妹は、ここで調教師をしている。 大きなプールが見えてきた。ここからでもはっきり分かる。 マッキーと、そのお嫁さんのハナコが、巨体を寄せ合うようにして仲よく泳いでいる。 「知り合い」のマッキーが、こちらに気づいたようだ。水面から身を乗り出し、けらけらと高らかに笑っている。 次の世界を造るのは、あなたたちかも知れないわね。 つやつやと濡れたイルカの頭をなでて、才女は宿舎へと向かった。 back home |