『I'm 〜心の向こう側に〜』






ある種の突然変異的な傑作を除き、この世界はおおむね100のうち96まで「お手軽」なんです。

かつて私は、この宇宙で水素より乱造されつつあるフリーゲームについてこう書きました。

訂正します。

100のうち96まで、そこそこ止まりが正解です。

ある人は言いました。
ゲーム時には必ずティッシュを用意しろと。

あらゆる意味で馬鹿な発言であり、世界中どこに出しても恥ずかしい人間である事は間違いありません。

コアラがユーカリの葉しか食べないように、彼もまたエロゲしかできない人間なのです。

しかし、この言葉に込められた「ゲーム」というのは、実はエロゲだけとは限らないのです。

今から私がお話しするゲームは、100のうち96まで「そこそこ」のフリーゲーム界において、残りの4に属するゲームなのです。

ティッシュの用意はいいですか?




それでは、まずストーリーからお話しましょう。

平凡な高校生だった三島正之は、ある日、自分の身に突如起きた異変と対面する。
おのれの内から聞こえてくる「声」。
一切の記憶を持たぬその「声」との、奇妙な共同生活が始まった。
大切な日常を繰り返しながら…。

いや、まだティッシュはいいです。

設定を読むと「THE・電波」ですが、そうではありません。

この物語は、出会うべくして出会ってしまった二人の辛く悲しく切なく怖い、そして美しいお話です。

平凡だけれど大切な日常、それを繰り返す事の意味。
その平凡さが、実に良く描かれています。

赤の他人の下級生に「おにいちゃん」と慕われるくらい平凡な物語です。

手に触れるもの全てを破壊する同級生がいるくらい平凡な物語です。

植物と会話する先輩がいるくらい平凡な物語です。

いや、別に茶化してるんじゃありません。

ゲーム世界ではぜんぜん普通です。

語尾に「うにゅ」とか付けて無理やり個性を出している、その辺のクソみたいな小娘と比べりゃはるかに平凡なんです。

この作品は、いわゆるギャルゲの体裁を保ちながら、極めて骨太に作者の主張が込められているので安心してプレイできるのです。

いや、まだティッシュはいいです。

だって怖いんですよ。

緩やかに崩壊して行く日常が。

指から砂が零れ落ちるように、徐々にそれは始まってしまいます。

ちょっと想像してみてください。

教室の中に、一人だけジェームズ小野田が紛れ込んでいるような違和感を。

大切なクラスメイトが。
友達が。

毎日少しずつジェームズ小野田に変わって行ってしまう恐怖。

そして誰も気付いてくれない。

有り得ない。それだけに怖い。

例えが悪すぎますが、中盤以降はそんな「崩壊へ向けて転がって行く」過程がなんとも見事です。

まるで波平が来てしまった理髪店みたいな緊張感があるのです。

いや、ティッシュはまだです。

そして終盤の畳みかけるような構成。
全ての謎が明らかにされるその過程。

「本当に大切なもの」を見つけた時…。

パッチソングが聞こえてきそうです。

この時、プレイヤーは主人公と一体になって、真のエンディングを迎える事ができるでしょう。

あなたはゲームで感動したいですか?
泣きたいですか?

そんな人は今すぐこれをやりなさい。

このゲームをやり終えて、それでも何の感慨も抱かない人は、そうそういないと思うんですよ。

あなたの心に強く刻む力を、このゲームは持っています。
その力は「感動」です。

だくだく泣けます。

今だ! ティッシュだ!!

…これが、100のうち4の実力なのです。




なお、シナリオ中に3人の女の子が出てきて、それぞれにルートが分かれているわけですが。

まずは妹タイプの「柚子」からクリアするのがいいでしょう。

続いて同級生の「朝季」、最後に先輩の「さくら」と続けると、ゲーム世界により理解が深まると思われます。

特に「さくら」は名前と設定だけで分かる人には読めちゃうので、最後に攻略するのがいいでしょう。そんなに難しくはないです。

水素のようにあふれるフリーゲームの中にも、これだけ良質の物語があるのです。

ほとんどの商業作品なんかよりよっぽど泣けます。

同じ路線で、これを越えるフリーソフトは今後しばらく出ないでしょう。




いやあ、今回めずらしくベタに褒めてますが。

やっぱり不満もないではないです。

奈津姉のエンディングが欲しかった私はやっぱり姉属性。






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