短編小説「ヒーロー」



 ぼくの名前は超電ドリッカー。超合金のヒーローだ。
 両手のドリルは、ボタンを押すと飛ばせるぞ。もちろん、遊ばない時は背中に装着できる。テレビでおなじみのアクションが、忠実に再現されてるんだ。
 今日も、地球の平和のために戦うぞ。
 「チェンジング・フォーメーション!」
 脚をたためば、ほら。ドリッカー・タンクに変形できるんだ。
 どうだい、みんな?
 「遅れてる〜」
 「いらねーよ」
 「それよか、家でバツバコやろーぜ」
 ああ、子供たちが去って行く。
 ぼくはがっかりして、道端に座りこんだ。最近はずっとこんな調子だ。子供たちはテレビゲームに夢中で、ぼくたち超合金には見向きもしなくなってしまった。
 いつ頃から、こんな風になってしまったのだろうか。
 敵を切り裂く自慢のドリルは、すっかりサビついてしまった。ぼくたちが守ってきた地球の平和は、一体どうなってしまうのだろう。
 その時だった。
 「お前さん、野良おもちゃだね?」
 その声に振り向くと、作業着姿のおじさんが立っていた。
 大きなトラックを背に、ぼくの姿を見下ろしている。ぼくは急に恥ずかしくなった。正義の味方の超電ドリッカーが、子供にふられる所を見られてしまったのだから。
 「いや、逃げなくてもいいんだ。おじさんは君を知ってるよ。君の仲間が待っている。さあ、荷台に乗るんだ」
 そう言って、おじさんはトラックの荷台を開けた。
 ぼくはびっくりした。
 あれは、激流王子ダイリバーだ。火炎戦士ファイグリッドや、爆烈カイザーもいる。
 さらには、ミカちゃんやアービー人形も。ぬいぐるみのゲンタくんまでいる。
 オールスターが勢ぞろいだ。
 「さあ、出発しよう。君を必要としている所がある」
 凄いぞ。子供たちの夢がつまっている。
 「超電ドリッカー、テイク・オフ!」
 二つ返事でぼくは荷台に乗った。


 「これから、どこへ行くんだろう?」
 薄暗い荷台の中で、隣のダイリバーに聞いてみた。
 「そうだな。恵まれない子供たちの元へ行くんじゃないかな」
 「あたし、聞いたことあるわ」
 アービーが答えた。
 「噂だけど、あたしたち野良おもちゃの天国だって。すっごくたくさんの仲間たちがいて、毎日楽しく暮らすのよ」
 「本当かい? そりゃ最高じゃないか!」
 思わずぼくは叫んだ。
 「きっと本当よ。その場所の名前は、確か…」
 「おい、着いたぞ」
 誰かが言うと同時に、トラックが止まった。わくわくしながら待っていると、荷台の扉がゆっくりと開いた。
 むっとするような匂い。
 そこに、あのおじさんが立っていた。
 右手に、超合金でも潰せそうな大きなヤットコを、左手にソフビを溶かす液体のタンクを持って、おじさんが笑っている。
 ぼくたちの仲間の死体が、はるか海の先まで埋めつくされている。
 ここは、野良おもちゃの天国なんかじゃなかった。
 ここは地獄だった。
 「そんな…そんな、馬鹿な」
 ファイグリッドが呆然とつぶやく。
 恐怖で動けないぼくの横で、アービーが金切り声をあげる。
 「どうしてっ!? ここは天国のはずよ! こんなのって…悪夢だわ!」
 顔を覆って泣きじゃくった。
 はるか遠く、無慈悲な白い波が、かつてぼくらの仲間だった鉄くずを洗っている。
 無数の死体でできた浜。
 おじさんが、にやにや笑った。
 「そうとも。ここは夢さ」
 ぼきぼきと死体を踏みつけながら、ゆっくりゆっくり歩いてくる。
 「ようこそ。夢の島へ」


 夢の島。
 ぼくたちすべてのおもちゃが、最後に訪れる…地獄だった。
 おじさんが迫ってくる。
 容器のふたが、ゆっくりと開けられた。
 ツンとくる恐ろしい匂いが立ちこめる。
 そして、ヤットコを高々とかざし…。
 その時だった。
 「ロケット・パーンチ!」
 叫びと共に、死体の山が動いた。
 振り向いたおじさんの顔に、何かがぶつかった。
 「痛っ!」
 とっさに顔を押さえるおじさん。その瞬間、持っていた容器が転がり落ちた。
 中身がこぼれ、死体をばしゃばしゃ洗い出す。
 「今だ! みんな逃げろ!」
 その声で我に返ると、ぼくらは一斉に走り出した。
 「うむむ、くそっ! 待て、このゴミ共が!」
 おじさんがわめきながら、無茶くちゃにヤットコを振り回す。何人もが一度に弾き飛ばされる。ぼくは必死に走った。自慢のドリルやキャタピラのことも、何も考えずに走った。
 トラックの向こう側に回って振り返った。
 おじさんの腰近くもある大きなロボットが、勇敢に戦っている。
 あの液体に濡れ、もうかなり溶かされてしまっている。
 それでも、彼は戦っている。
 一瞬、目と目が合った。
 「どうした、早く行け!」
 彼が叫ぶ。
 「お前が浴びたいのは、こんなうす汚い洗剤なんかじゃないだろう! お前は、子供たちの喝采を浴びるために生まれてきたんだろう! だったら走れ! お前は生きて、子供たちの明日を造れ!」
 彼の腕が弾け飛んだ。
 彼の脚がもぎ取られた。
 それでも、彼は戦っている。
 「行け! そこが本当の夢の島だ!」
 彼の声が、島全体に響き渡った。
 本当の夢の島へ。
 ぼくは走り出した。ぼくは涙を流せない。だけど分かる。


 ガラスケースの中で、いつものように部屋を見下ろしている。
 ご主人は、また新しいキットを組み立てている。
 ぼくを拾ってくれたのは、いわゆるマニアと呼ばれる人種だ。ご主人のおかげで、ぼくはすっかり綺麗になった。サビも落とされ、なくしたパーツも手に入れてもらった。
 けど、それで終わりだった。ぼくの自慢のドリルを飛ばして遊んでくれはしなかった。


 ぼくは今でも考える。あそこで逃げてよかったのかと。彼と共に、命尽き果てるまで戦った方がよかったのではないかと。
 そして、こうも考える。あそこでひっそりと、島の一部になってもよかったのではないかと。新しい世代のおもちゃ…テレビゲームに、子供たちの未来を託してしまってもよかったのではないかと。
 そのたびに、ぼくは思い出すのだ。ぼくの生まれた理由を。ぼくたちのような存在が、いかに子供たちに夢を与えてきたのかを。
 ぼくを救ってくれた、身長60センチの大先輩。
 伝説のジャンボマシンダー。彼こそ子供の夢だ。
 時々でいいから、思い出して欲しい。
 押し入れや物置の奥で、ぼくらは今でも地球の平和を守っていることを。
 ぼくの心は、君と共にある。
 Forever Hero。勇者よ永久に。



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