短編小説「変化球」



 彼女、欲しいなあ。
 俺って、なんで彼女できないかなあ。
 顔もそこそこだし、性格だって。まあ確かにSMAPには入れんけど。でも、まあまあのセンだと思うけどなあ。
 そりゃ多少は毛深いけどさ。大した問題じゃないじゃん。
 はっきり言って、頭のデキは悪いよ。直情的で単細胞で、いわゆるバカだよね。軽いし。
 だけど、運動は得意だぜ。
 逃げ足の速さが自慢。まあこりゃ冗談だけど、水泳なんかバッチリさ。
 ああ、彼女欲しいなあ。
 そこの美しいお姉さん、彼女になってくれないかなあ。


 「…などと、彼の気持ちを代弁したんだけど」
 俺は白衣の背中に言った。彼女はフラスコを洗いながら、振り向きもせずに言う。
 「あなたって、ヒマ人ね」
 軽く肩をすくめて、また洗い物に精を出す。
 やれやれ。これは強敵だ。
 顕微鏡から目を離し、スライドガラスに向かって言った。
 「心の友よ。君はどうやら失恋したらしいぞ」
 ゾウリムシに言ったのか、それとも自分に言ったのか。
 そして新しいガラスを取り出した。
 辛いよな。単細胞は。



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