短編小説「馬鹿と刃物」



 「アニキ、さっきから何やってんですかい?」
 ちび助が聞いてきたので、俺はひと休みした。
 「見れば分かるだろう。木に傷を付けているのだ」
 そして、またナイフで木を削る。長身の俺が目いっぱい背伸びして、ようやく手が届くかどうかの場所である。
 「そりゃ分かるけど…。でも、なんで?」
 3本の鋭利な傷ができた。イメージ通りの出来栄えに満足して、俺はちび助に言った。
 「王子が、またわがままを言い出したのでな。ちょっと俺がこのアイデアを吹き込んだのだ」
 「ああ、あのクソチビ王子ね」
 自分のことを棚上げして、ちび助が言った。俺はナイフを放り捨て、自慢のヒゲをなでながら答えた。
 「なんでも、この森にトロール狩りに来たいらしい」
 「ト、トロール? そんなもんがこの森にいるんですかい?」
 「馬鹿め。こんな小さな森にいるはずがなかろう。ただ、城から出て冒険したいだけの口実さ」
 俺はその時のことを思い出した。やっと初めての剣を授かったばかりで、それを振り回したくてうずうずしている王子。
 騎士団長や宮廷魔術師が、顔をしかめるのも無理はない。
 「だから、こうしてトロールの爪痕を残しておけば、それを根拠に大手を振って冒険できるというわけだ」
 「へ〜え、アニキが王子の肩を持つなんて…」
 「…で、俺は100ゴールド手に入れる」
 ちび助の顔が輝いた。
 「うほっ! さっすがアニキ、抜け目がねぇや」
 俺はニヤリと笑って歩き出した。ちび助がどたどた後に続いた。
 「でもアニキ。ナイフを捨てっ放しじゃ、すぐバレちまいますぜ」
 「ああ。それでいいんだ。わざと捨てたんだから」
 そう言うと、ちび助は眉を寄せて考え込んだ。こやつは馬鹿だから分からんのだ。
 少し説明してやるか。
 「このアイデアは、俺が王様に進言したものだ」
 「ああ、クソヒゲ王様ね」
 このちび助は、頭にクソを付けねば気が済まんらしい。
 「ナイフが見つかれば、これはやっぱり誰かのイタズラだということになる。そして冒険は中止で、以後、こんな騒動はなくなる」
 そこまで言って、やっと合点が行ったらしい。
 「なぁるほどね。どっちのメンツも立つ、と」
 「…で、俺はさらに100ゴールドをいただく」
 ちび助が、飛び上がって言った。
 「うひーっ! アニキにかかっちゃ、王様もカタナシだあ!」
 ふん。この程度はまだまだ序の口だ。とは言え、こんな馬鹿のちび助にでも、誉め称えられて悪い気はしない。
 だが、しばらく歩くうちに、またちび助が聞いてきた。
 「でもさ、アニキ。あのナイフの持ち主が分かったら、アニキがやったってバレちまうよ。王様だって、まさか自分が命令したって言うわけないし…」
 とたんに、ちび助の顔が青くなる。
 「た、大変だ! アニキ、首をはねられちゃうぞ!」
 俺はあきれて言った。
 「お前は本当に馬鹿だな。自分のナイフを使うわけがないだろう」
 「じゃあ、誰の?」
 にんまり笑って答えた。
 「このアイデアは、警護隊長に教えてやった」
 「ああ、あのクソブタね」
 「あのナイフは、王政に反対する急進派のふところから、俺がくすねてきたものだ」
 びっくりしてちび助が叫ぶ。
 「なんと、アニキって大胆だなあ!」
 「動かぬ証拠というやつさ。今ごろ、持ち主は妾の家でお楽しみだ。加えて言えば、その妾は俺の手の者だ。裁判でも証言しないことになっている」
 もはや、ちび助の頭では理解できない世界だろう。それでも、馬鹿は馬鹿なりに感心しているらしい。
 「…このネタなら、まあ100ゴールドにはなるな」
 「ああ、やっぱアニキはすげぇや。俺っちはもう感動しちまったよ」
 さんざん賛辞を聞かされているうちに、街が見えてきた。そろそろ仕上げだ。
 「おい。お前、このネタを持って宮廷に行け。ちゃんと警護隊長に言うんだぞ。そうすれば100ゴールドだ。いつもの通り、3分の1はお前のものだからな」
 「ガッテンだ! いや〜、アニキについてきてよかったなあ!」
 そして、ちび助は威勢よく走り去った。
 ふん。馬鹿め。あのナイフはお前のだよ。
 犯人は逮捕、死人に口なし。馬鹿と刃物は使いようだ。


 にやにや笑いながら、ちび助は報告した。
 「…確かに犯人を見やした。ひげに長身の紳士ですぜ」
 「よくやった。褒美を取らそう」
 王様はほくそ笑んだ。これでやっと、あの切れ者を排除できる。



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