短編小説「放課後」



 春が出会いの季節なんて、誰が決めたんだろう。
 今、土砂降りの雨が、俺の体と心を濡らしている。
 すのこが水を吸っている。その、所どころ色の変わった木目を、ただぼんやりと眺めている。誰もいない渡り廊下で。
 ただ雨が降る。雨が。
 そして、明日の卒業式を思う。
 今日で桜も終わるだろう。そして明日、3番のガットがいつも緩んだ先輩のお古を残して、俺たちの時間も終わるんだ。
 まさか本当にいたなんて。あのナゾの美少女が。
 こんなに近くにいたなんて。
 春はやっぱり出会いの季節なのかも知れないな。でも、俺にとっては別れの季節だ。


 先輩の彼女…こう呼びたくないけど仕方がない。本当に先輩には、素敵な彼女を見つけて欲しいと願っていた。
 だけどさ。神様ってのは残酷だよ。
 正直、こんなに早く見つかるとは思ってなかった。でも、俺が思ってるのは、そんな問題じゃない。
 この女だけは認めたくなかった。
 ただ、彼女が先輩のこと好きになるのは、当然と言えば当然なのかもな。いつも話してたし、俺たちの練習だって、いつも近くで見ていたんだから。
 先輩の好きなハイクラウン。もちろん俺は知っている。だから、彼女だって知ってて当たり前だよな。
 風が出てきた。サッカーゴールのネットが踊っている。
 花びらが、雨を避けながら舞う。ざわざわと。きらきらと。
 こいつら馬鹿だよ。どうせ落ちるのに。落ちたら、もう舞うことなんてできないのに。
 明日も雨かなあ。
 先輩は、市内の工場に就職するらしい。春休みに免許を取って、最初に彼女を乗せるんだって。
 俺は2番目なんだな。いや、ひょっとしたら、もう…。
 …もう帰らなきゃ。帰って練習しないと。
 最高の演奏で送るって約束したから。
 街頭デビュー、したかったな。もう一緒にできないのかな。
 もう一度、先輩と一緒にやりたかったな。
 帰りたくない。家に帰れば、嫌でもあいつと顔を合わせるから。でも仕方ないよな。
 いいさ。幸せになっちまえよ。どうせなら、結婚すればいい。
 そうすりゃ、俺が義理の弟になれるんだから。
 春なんて…嫌いだ。


 あれは、キョーコ先輩か?
 どうしたんだろう。傘もささずに。
 …泣いているのか?
 目が合った。




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