短編小説「GET IT ON」



 男の人は嫌い。男の人は怖い。
 私は、一人でゲームをするのが好き。
 「ぷよぷよ」にはまっていた時は、6時間くらいずっと続けて画面を見ていた。パズルは終わらない。コツを掴めば、いつまでも続けていられる。
 格闘もたくさんやった。ナコルルとキングが好き。同じ女の子だし、強いから。
 裸同然の服を着て、男の人にこびを売るキャラは嫌い。
 そしてあの頃、私は「アンジェリーク」にはまっていた。
 部屋には大きなオスカー様のポスターがある。一番好きなキャラだ。こういう人とだったら、一緒にいられるのに。
 私の友達はキョーコだけ。他の人とは話が合わない。芸能界の話題なんて分からない。私はゲームがあればいい。
 恋をすることなんて、一生ないと思っていた。
 それでいいと思っていた。
 あの日、校庭に落ちていた生徒手帳を拾うまで。
 つい、中を見てしまった。同じクラスのマエダ君のものだ。髪の毛の茶色い、いつもうるさく騒ぐ人だ。
 手帳には、何のことだか分からない、不思議な言葉がたくさん書いてあった。
 「B・ジョエルの「ストレンジャー」クリア。でも口笛がムズい。ギターよか大変」
 「やったぜ! スザンヌ・ヴェガ来日! 要予約」
 「渋谷ジァン・ジァン閉鎖だってよ〜残念」
 「マーチン貯金6万突破。目標まであと12万」
 「T・レックス最高」
 そして、顔写真を貼るところに、パーマでロングヘアーの外人の写真が貼ってあった。
 名前は「マーク・ボラン」となっていた。


 まさか、こんなにお礼を言われるとは思わなかった。
 手まで握られた。
 男の人に、手を。
 びっくりした。キョーコとぜんぜん違う。堅くて、荒れていて、大きい。
 怖い。とても怖い。急いで逃げ出した。
 その日の授業は、覚えていない。


 ピック、というのだろうか。おむすびのような形をした、プラスチックの小さな板を押し付けられた。お礼らしい。
 あまりに長々と話してくるので、つい、弟のことを言ってしまった。
 弟もギターをやっていて、来年ここを受験すると。
 それで、なぜかうちへ来ることになった。
 怖いので、キョーコに一緒について来てもらった。


 マエダ君と弟は、すぐに意気投合した。男の人は不思議だ。なぜそんなに早く、仲よくなれるのだろう。
 マエダ君が、弟のギターを弾いている。
 今まで騒音としか思えなかったギターが、その日はちゃんと曲に聞こえた。マエダ君の左手が弦の上を滑るたび、しゅるしゅると音がする。
 痛くないのだろうか。
 私は自分の指を触ってみた。ゲームばかりしているから、指先がちょっと堅くなっている。
 マエダ君の指は、もっと堅かった。
 この人は、いったいどれくらいの時間を、ギターというものに捧げて来たのだろう。
 じっと見ていると、キョーコが聞いてきた。
 「気に入ったの?」
 すると、マエダ君が答えた。
 「当たり前じゃん。マーク・ボランだぜ!」
 ではこの曲は、あの写真の人の曲なのか。
 不思議だった。ギターを弾いている時のマエダ君は、普段と全然違う感じがする。目を閉じ、歌詞を口ずさみながら、軽く体を揺らしている。
 そうか。
 私は気づいた。これが普段のマエダ君なのだ。
 この人は、これが普通なのだ。家でゲームをしている私と同じなのだ。
 そして思った。いい曲だと。


 お返しだけは、ちゃんとしなければならない。
 今までずっと機会がなかった。今日こそ渡そう。
 二人の演奏はクライマックス。みんなが二人を見ている。
 今のうちに。
 私は気づかれないように、缶の中にお返しをそっと入れた。
 マエダ君の好きなチョコだ。
 急いでその場を立ち去った。最後の文化祭、いい思い出ができてくれればいいな、と思う。
 男の人は怖い。それは今でも変わらない。
 でも、マエダ君だけは、違う。



back        next


home