短編小説「春雷の時」



 思えばいつも一緒だった。この3年間は、彼女のあとを追って生きてきたようなものだ。
 色恋沙汰に無縁だったわけではない。この年になるまでに、多少なりとも胸のときめきを覚えることもあるにはあった。
 彼女の場合は違う。ひと目で抜け殻も残さず奪われる。そんな感覚だった。
 以来、生きる理由は彼女のみにあったように思う。
 例えば、マーク・ボランが好きだと彼女が言う。そこで私は無謀にもパーマをかけ、弾きたくもないギターを始める始末。彼女の言葉は天の理となり、私はそれに喜んで従うのだ。
 笑いたければ笑うがいい。真剣に恋と向き合ったことのない不幸な人間に、どれだけ笑われようが気にもならない。
 私は真剣だったのだ。
 彼女の、ヒトミのことに関しては。
 世界で一番。
 だから、ヒトミを手に入れるのは私だと思っていた。
 とんでもない思い上がりだった。


 「好きな人がいるの」
 その言葉を聞いたのは、半年ほど前だった。今日と同じような土砂降りの雨の日。下校時、誰もいない校門の前だった。
 私の世界はそこで終わった。すべての意味、理由、それらが不意に足元から消え、私はただ宙に浮かんでいた。
 それでも…それでも笑顔を。
 そうか、うまくいくといいな…頑張れよ…応援してやるから…。
 心にもないことを。
 …思い出しただけで、涙が。
 ちくしょう。
 ちくしょう。
 私が一番好きなのに。
 悔しい。自分の弱い心が悔しい。どうして言えなかったんだろう。ヒトミのことが好きだと。自分が憎い。
 そして、ヒトミが憎い。
 いつも一緒にいる私を差し置いて、ほかの男を平気で好きになったヒトミが憎い。
 殺してやりたいくらいに憎い。
 だから、私は仕返ししたのだ。
 ヒトミが逆に羨ましがるくらいに、素晴らしい恋人を造ったのだ。
 いつもその恋人の話を聞かせてやったのだ。
 いつ会って、いつデートして、いつ泊まって。そんな話を、得意げに吹き込んでやったのだ。
 なかなか告白できないヒトミに向かって、私はどんどん恋人との仲を深めていった。
 頭の中で作り出した恋人との仲を。
 ヒトミの恋は成就した。
 私はまだ、一人で芝居を続けている。
 笑いたければ笑うがいい。


 なぜだろう。
 なぜ私は、女に生まれてしまったのだろう。
 私がもし男だったら。


 あれは、ヒトミの弟か?
 どうしたんだろう。傘もささずに。
 …泣いているのか?
 目が合った。



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