外道狩り外伝「首なし犬」



 なんだよ。このスペア、丸坊主だよ。
 毒づきながら、トラックの下にジャッキをかませた。
 こんな田舎の峠道でパンクするなんて、よくよくついていない。しかしまあ、どうせ予定の時間は大幅に過ぎてしまったことだし、今さら急いでも仕方がない。監督のカミナリはいつものことだ。
 四輪のトラックが借りられたのは幸いだった。これが三輪だったら、横転していたかもしれない。
 荷台の犬どもが、不満そうに鼻を鳴らす。こいつらも可哀相にな。けれど、保険所で死ぬのも撮影で死ぬのも同じことだ。
 化けて出ないでくれよ。な。
 がりがりとジャッキを回して、ひと休みにタバコを一服つけた。
 この山を越えりゃ町だ。うっそうとした森の木々が、両側から迫ってくるように感じられる。
 時おり、ケタケタと笑うような声がする。森に住む野鳥だ。そろそろ日が暮れるから、やつらも家に帰るのだろう。
 街灯一つもない峠だから、暗くなったらさぞ恐ろしいだろうな。
 ふと、山頂の方に目をやる。なんだか赤いものが見える。
 あれは、山門? それとも鳥居だろうか。
 その時だった。
 「…いのですか」
 声がした。
 びっくりして振り向いた。
 そこに、少女がいた。
 暗い森の中に、少女が立っている。
 かすりの着物に、驚くほど肌の白い子供だ。年はせいぜい小学生くらいだろうか。
 その形のよい唇が、まるで血のように赤い。
 そして、その目だ。というか、その目を覆っているもの。
 手ぬぐいで、しっかりと目隠しをしている。
 俺は声が出せなかった。どう考えても誰もいないはずの森の中に、なぜこんな少女がいるのか。
 それよりも、確かに目隠しをしているのに、少女にはこちらの様子が「見えている」らしいのだ。
 まるで、そう…。
 「どうして、ないのですか」
 鈴のような声が少女のものだと分かるまでに、数瞬かかった。
 動けない。
 まるで体が鉄のようだ。
 怖い。
 心底、俺は震えあがった。
 「な、何を言ってるんだ」
 かすれた声で、やっとそれだけ言った。
 少女は、静かに森を抜けた。砂利を踏みながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
 その瞳、いや、その顔がトラックの荷台を向いた。
 「このお犬さんたち…」
 細い指をさす。
 「首が、ありません」


 死にもの狂いで車を飛ばした。
 なんでだ。なぜ知ってたんだ。
 ともかく、こんな仕事はもうたくさんだ。
 あの子は人間じゃない。絶対違う。
 そう。
 座敷童子か何かに違いない。


 時は1976年。
 金田一シリーズの第1弾として世に問われた映画「犬神家の一族」が、日本中で大ヒットとなる。
 この映画の中で、2頭の犬が首をはねられるシーンがある。これは模型や特撮ではない。実際に、生きている犬の首をはねたのである。
 このシーンの撮影の前に、スタッフが、まだ生きている犬たちを写真に収めた。ところが写真が出来上がってみると、その首だけが写っていなかったという。
 あまり知る人のいない「実話」である。


 そして、あの少女である。
 彼女はもちろん座敷童子などではなく、血肉を持った人間である。
 名を、御影花子という。
 のちに剣客十二神将と歌われ、拝み屋の世界では知らぬもののない桐生院の姓を継ぐことになるのは、読者であるあなたなら知っている。
 そして、彼女の「瞳」。
 その秘密を知るには、まだまだこれからの展開を待たねばなるまい。



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