ほら、こっちへおいでよ。いっしょにあそぼう。
 きっとたのしいよ。
 …6月2日14時30分、タカシが消えた。



短編小説「拝み屋稼業」



 牡丹の柄の黒い着物に、透けるような白い肌。ワンレングスの髪に血のような赤い唇。桐生院さんは、いつもこんな井出達をしている。
 立体駐車場の前の花壇で、何かを熱心に探している。でもその瞳は見えない。いつもサングラスをしているからだ。
 夜間や暗い場所でも、それは外されたことがない。いったい何故なのか聞いてみたい気もするけど、なんとなく怖くて今まで聞けずにいる。
 この人には、そういう不思議な「怖さ」があるのだ。
 やがて桐生院さんは胸元から一本の長い針を出すと、それを花壇に突き刺した。
 「…ここですね」
 深みのあるその声に、僕はたずねた。
 「何か感じますか?」
 その問にしばらく答えず、じっと針の先を見つめている。片手で軽く印を結んでいるようだ。
 「違う建物があります。恐らくアパートか、マンションだったのでしょう。そのような記録はありますか?」
 僕は手元の資料をめくってみた。
 「えーと、10年ちょっと前に、アパートを取り壊してますね」
 「3階の真ん中の部屋です。そこの住民が今どこに住んでおられるか、調べていただけますか?」
 僕は快諾した。不思議に思うことはない。この人には「見える」のだ。


 「写真などありましたら、ぜひお預かりさせていただきたいのです」
 仏壇に手を合わせたあと、桐生院さんが告げた。初老の夫婦はとまどっていたが、ともかく1枚の写真をくれた。
 10歳くらいの男の子が写っている。野球帽に半ズボン、笑顔でピースサインをしている写真だ。お尻のポケットから、何やら紐がぶら下がっている。
 突然の訪問を詫びて、僕たちは家をあとにした。
 桐生院さんは、聞かれないと何もしゃべってくれない。だから僕は聞いてみた。
 「その20年も前に死んだ男の子と、タカシ君の間に、何か関係があるんですか?」
 「この男の子の死は、事故ではありませんね。…いえ、ある意味では事故だったのでしょう」
 「はあ?」
 「この近くに、古くからの鋳物工場はありますか?」
 ここで当惑してはいけない。この人のやり方は、こうなのだ。
 「いもの…工場ですか。調べてみます」
 「在庫があればいいのですが、なければ新しく注文することになります。いいですか、今から言う名前を書き留めてください」
 僕はあわててペンを出した。
 「柴田、土井、張本、王、シピン、高田…。よろしくて?」
 僕はもう、あれこれ散策する努力を放棄していた。桐生院さんがこんな風になる時は、捜査もいよいよ大詰めなのだ。


 おかあさん、いたいよう。
 どうしてぼくをおとしたの。
 だめだよ、かえっちゃ。きみはぼくとあそぶんだ。
 ぼくといっしょに、ずぅ〜っとここであそぶんだよ。
 …おねえさん、だれ?
 だめだよ。タカシはかえさないよ。
 だって、ぼくのともだちだもの。
 あれ? それ、なあに?
 うわあ、いいなあ。それ、いいなあ。
 ねえおねえさん、それ、ぼくにくれない?
 …じゃあ、あっちむいたら、くれるんだね?
 もういいかい?
 もういいかーい? ………。


 「さあ、急いで救急を! 大丈夫、息はあります!」
 タカシ君が急に花壇から現れた時はびっくりしたけど、ここから先は僕の仕事だ。携帯で病院に連絡を入れる。
 タカシ君のご両親も、今すぐこちらに向かうそうだ。
 しばらくの間、人の流れがあわただしくなった。ようやく落ち着いた時に、桐生院さんに事の顛末を聞いてみた。
 「あの男の子は、自分が死んだことが分からない様子でした。これからきちんと供養しましょう」
 「たまたま近くに来たタカシ君が、引っ張り込まれたんですね。でも…あれは一体?」
 僕は花壇の奥を指さした。「あれ」とは、もちろんベーゴマのことだ。僕が鋳物工場で、ひと昔前の巨人軍の名前入りで発注したものだ。
 それが今、土に埋められ、その上から針が刺してある。
 「あれは身替わりです。あの男の子が、大好きだったものですよ」
 「でも…なぜそれをご存じなんですか?」
 物分かりの悪い生徒に話すように、桐生院さんは話してくれた。
 「写真をよく見るのです。あの野球帽。それに、ポケットから出ていた紐。その先に、5円玉が結んであったでしょう?」
 そう言われてみれば、そう見えなくもない。
 「あれは、ベーゴマを回すのにちょうどいいんです。男の子の気を逸らすのに、あのベーゴマは最適でしたよ。ご足労に感謝しますわ」
 そう言って、桐生院さんは線香に火を付けた。
 「ベランダに登っていたところを、不意に注意されたのでしょう。ともかく、ご両親も十分苦しんだはずです。もう終わりにしましょうね」
 風に線香の香りが漂ってきた。彼女といるといつもこうだ。わけが分からぬままに、いつも必ず成功する。
 僕も両手を合わせた。ベーゴマで遊ぶ男の子の笑い声が、かすかに聞こえたような気がした。



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