〜日記から出張記事〜


■罪と罰■


2009.03.25





 皆さんこんばんは。半年に一回くらいは真面目にやりたい豪腕はりーです。
 突然ですが、ここ最近の拍手ボタンの盛況っぷりは異常であります。
 テーマが食いつきやすかったんですかね。
 皆さん拍手ボタンでマイルが溜まるとか勘違いしてませんでしょうか。
 それとも、ただの捨て犬が崖っぷちに立ってただけで引く手あまたみたいな感じでしょうか。
 共通項は「崖っぷち」と「捨て犬」だけなんですけど(100%やん)、これだけ多くの拍手をいただけて豪腕の尻もゆるみっ放しです。

 いや頬です。

 さて、募集したのは3月9日での日記。ご興味がある方は当日の日記をごらんください。
 とか思ったけど転記しておきます。面倒ですし。



死刑制度は
賛成ですか反対ですか?


 できれば理由も書いていただけると嬉しいです。
 また、大人だったら死刑に相当するような重犯罪を犯した少年は、どんな対応をすべきでしょう。
 児童ポルノ法はどうでしょう。
 犯罪者の個人情報は、どの程度まで開示すべきでしょう。罪の重さや年齢、犯罪の性質によって分けるとしたら、「顔出し」のボーダーはどの辺でしょうか。
 そして、もっとも有効な刑罰とは何でしょう。
 究極的には、一体どうすりゃ犯罪を減らせるんだっちゅー事ですね。

 投げっ放しも何ですので、豪腕としての見解を少し。
 死刑は現状では必要だと思いますが、未来のある時点で撤廃または有名無実化すると思います。相当先の話だとは思いますけど。
 それは「犯罪」という言葉が過去になる時代か、あるいは「死」という言葉が過去になる時代にやって来るでしょう。
 千年先だか一万年先だか知りませんが、頑張って長生きしよっと。

 必要だと思う理由は経費の問題が大きいです。
 そして再犯が絶対に起きません。これも大きい。
 まあ免罪の可能性は常に付きまとうわけですけど、それを言ったら終身刑や無期懲にも同じ問題があると言えます。
 また抑止力に関する議論が喧しいですが、私だったら子供が生まれた時にいろいろ教える事で、将来の抑止力に繋がると期待しています(私の場合はそうでした)。
 いざ犯罪に及ぶ瞬間、「これやったら死刑じゃね?」と一瞬でも頭によぎれば、それは立派な抑止力だと思います。
 一方、自分が死にたいから死刑を狙って大量殺人をするというリチャード・スペックみたいな人間には、死刑以外のすっごいアレな事で対応しましょう。

 また、大きな理由として。



 こまわり君が困るというのも挙げましょう。


 ただし。
 被害者遺族が死刑を望まない場合(家族内の殺人など)は、それを尊重しても良いかな〜とも思えます。
 その他、拍手に併せて語って行こうと思います。




 …とまあ、そんな感じで拍手ボタンの書き込みを募ったのでした。
 それが一夜明けたらアナタ、国境の長いトンネル抜けたみたいに長文書き込みの雪景色ですよ。
 うんことチンコで売ってる我がサイトらしからぬ結果です。
 ここまで真剣に考えていただければ、私としては本望です。

 ちなみに募集した時期が花見オフ会のお知らせの時期だったんで、死刑存廃と併せて「お花見参加します」みたいな書き込みも混じってたりします。
 さすがにそこはカットしました。
 他は一切手を加えずに記載させていただきます。
 もちろん、参加ご希望の方はバンバン来ちゃってください。

 それでは早速ご紹介しましょう。



●賛成派●



 21:05 (前略)
 あ。死刑でしたね。

 あんまり、おおっぴらにしゃべっちゃうのも何ですが、基本線は賛成です。
 抑止効果と安全性、それにかける経費、同じような見解です。

 しかしながら、英語で言えばhowever、死刑ではぬるい、と言うケースもありますよね。
 かの北斗の拳でもそんなセリフがあった気がします。
 まあでも良いのか。それはまだ選べるから。

 すまそ。無意味に長くなりました。

 真悪(←ATOKめ)もとい、まあく


 死刑に関して、果たして死刑こそがもっとも過酷な刑なのかという疑問が提示されております。
 日記では死刑の「方法」については何も語りませんでしたしね。
 ぶっちゃけ結果から見ると拷問しようがチンコをアロンアルファで固めようが死んじゃう事には変わり無いわけで、ここで取りざたされるのはきっと遺族の感情とかその辺でしょう。
 んで。

 「目には目を」みたいな応報論を採用する場合、死刑囚の命は法律ではなく被害者遺族が自由に裁けるみたいになるでしょう。
 まあ現代の法治国家たる日本ではなかなか実現しないでしょうけども。
 愛する人間が無残に殺され、そして悪びれた風も無い犯人に対しては、そういう感情も痛いほど理解できます。
 漫画や映画で悪い奴が死ぬシーンで胸がスッとした方は、多かれ少なかれ上記の感情を持ち得ていると思います。

 やっぱ自分で裁きたくなるでしょうね。私も例外ではなく。

 11:55 スペイン宗教裁ば…ではなく、レイプ魔燃やしちゃったのアレは街の人々が「ブラボー」って時点で無罪確定でしょう。
 日本でもやるらしいですが、裁判員?スペインでは陪審員かな?ともあれ、刑事裁判に市民の声が繁栄されるので。
 死刑制度は制度としての存在は必須、執行については再考の余地あり、という所ですね。
 やっぱり、無期と死刑って、すっごい差あると思います。
 その線引きは「更正の可否」だと思うわけです。
 たかだか窃盗でも繰り返されればエラい額です。
 その額によっては人の生き死にに充分な価格だと思います。
 例えば、再犯の場合はこれまでの刑期を加算して、その年数が一定を超えたら「死刑」なんてのはどうですかね?<思いつきで書いたので、多分暴言。
 刑務所費用は自給自足、イイと思います。
 地雷撤去とか、犯罪者の質によって「適材適所」、それこそ首に爆弾つけて犯罪を取り締まらせるとかしてやりゃーいいんです。

 まぁ、もっとも、「人の考え方なんざ他人が変えられるモノじゃない」と思うので(影響を与える事は不可能ではない)生半可な事では更正には繋がらないかもですけどね。

 …ズレてきたのでまたズレます…
 本屋は万引きで潰れる所が多いです、個人経営だったりしたら、その店主は首を括っているかもしれません…
 これって、集団、かつ無意識での「殺人」ですよね?
 こういうのって、どうにか、ならないもんですかね?

 最後に、児ポ法。
 これは完璧「裁かれる」側の人間なのでアレですけど、それが制定されない為の具体的なアクションを起こしていないので、法とあらば法に従います。
 その結果が、本当に裁かれる事になるのか、それとも、これまで通りあくまで嗜好は嗜好として内に秘めてやっていけるのか、まぁ、理性の試され所ですw


 はい、死刑の是非だけでなく、何をもってして死刑なのかという点にまで(ざっくりですけど)踏み込んだ意見です。
 日本の現状は大雑把に書くとこんな感じでしょうか。
 「2人殺したら死刑」
 これに計画性とか自首の有無とか、様々なオプションが付いてお値段、もとい量刑が決まります。
 一人殺して死刑になったり、3人で2人を殺して死刑になったりした例もあります。

 この日本では、死刑になる可能性がある犯罪ってのはたったの6つなんですね。
 以下に列挙してみましょう。

 内乱、外患、放火、浸水、往来、殺人。

 ちなみに内乱の場合、成功すればたぶん無罪になります(当たり前)。
 なお先回りしてお伝えしますが、爆発物系は放火の判例に準拠するそうです。
 まあ最初の2つはほぼ不可能として、放火・浸水・往来(電車を脱線させたり)に関しても人が死なないと死刑になりにくいという判例が多そうですね。
 人の命は重いんです。

 んで、この中には「窃盗」や「詐欺」はありません。
 たとえ被害者が首をくくっても、です。
 おそらくこれが法の限界なんだと思います。
 だから法とは神ではなく、そして神は存在しない(または人間に興味が無い)のだと思います。少なくとも私にとっては。

 私だって力があれば敵討ちをしたい所ですけどね。
 どこかで負の連鎖を止めないと大変です。
 そして現代では、それを法が我々に代わって行っているわけです。
 いろいろと文句はあるし、やるせない気持ちにもなりますが。

 そして児ポ法ってのは、無理やりですけど禁酒法に似てると思います。
 酒自体が悪ではありませんが、酒のために悪い事をする人がいます。
 入れ物だけ豪華な粗悪品が出回る事もあるでしょう。
 巡って時は現代、酒は大人になってから。
 ほら、何となく似てる気がしません?
 大人というのはもちろん年齢だけ食ってる馬鹿ではなく、自己責任が取れる方の事を言います。
 そういう法律だと思います。

 ところで、絵師の方でしょうか(笑)。

 3:39 死刑は賛成。
 犯罪の個人情報は、情状酌量が認められるもの・疑義があるもの以外は期間限定で公開。内容は氏名、年齢、顔写真、罪状、反省文、素っ裸の土下座・セクシーポーズの写真。
 少年法に守られた犯罪者に対しては刑務所に入れない代わりに、上記情報公開に加え、各学校機関に罪状に応じた罰則の実施を義務づける(万引きなら停学など)。
 少年法に関しては全てを免責するわけではなく、ある程度の許容範囲を明確に決めておくべき。少年法下でも年齢によっては、強姦や殺人は刑務所行きでも良いかと。
 また、免責された分の量刑に対し、重い罰金を科して成人後に支払わせる(懲役一年に対し1000万円など)
 ということがあっても良いんじゃないかと思います


 大変過激なご意見が届いております。
 学校などによる罰則の義務付けは当然ですし、万引きしたら停学とかそれが普通だと思います。
 情報公開については、凶悪犯の場合は年齢に関係なくある程度の公開が必要かもしれません。
 やっぱ幼女誘拐犯の近くに子供を遊ばせるのは怖いですから。
 犯人が少年の場合は、代わりに親を出すのはいかがでしょう。
 ただし公開の幅を広げすぎると、更生の機会まで奪ってしまう事にもなりかねないので注意が必要ですね。
 例えば、いじめられっ子が脅されて万引きさせられる事例とか。
 捕まっても仕返しが怖くて、命令した奴の名前を出せないとか。
 それなのに突然素顔どころかケツまで晒すのは可哀想です。
 いじめっ子の方を何とかしたい所ですね。

 ところで、薄汚いおっさんのセクシーポーズは重犯罪の可能性があります。
 せめてモザイクは必要かと存じます。喜ぶ奴は喜びそうですし。
 賠償金に関しては、必ず払いきらせるシステムが必要ですね。
 やっぱ地下労働ですかね。

 少年が成人後に賠償金を自力で払うアイデアは面白いですね。
 ただし、危険な側面もあると思います。
 一度捕まったら更生する気をなくしてしまいそうだからです。
 「今頑張ってもどうせ将来は無いんだ、よーし死のう」みたいな流れになりそうで怖いです。

 …もしかして、それを狙って書き込まれたのでしょうか。
 だとしたらあなたはスゴイ。

 0:51 死刑は賛成です。
 死刑廃止を訴えてる人達というのは、自分が悪どいことをやってて死刑になりたくないから言ってるんじゃないかと勘ぐってしまいます。
 また、弁護士で死刑廃止活動をしている方々がいますが、もし私が彼らの家族を惨殺した上で彼らに弁護を依頼したら、どのような態度をとるのかと想像することがあります。果たして、弁護を引き受けてくれるのでしょうか?本気で死刑廃止を望んでいるなら、快く私の弁護を引き受けて無罪にしてくれなければおかしいですよね?

 まあ、以上は極論としても、死刑を求刑される人はそれ相応の凶悪犯罪を犯したわけですから、まさに自業自得で、同情の余地などないはずです。もし、やむにやまれぬ事情があった場合は死刑はめったに求刑されませんしね。

 それと冤罪があるから死刑廃止すべきだというのは論点がずれています。冤罪をなくすために、まず警察の捜査の精度を上げて誤認逮捕をなくせばいいんです。自浄作用のない今の警察の体質では無理かもしれませんが。

 ただ、本来死刑が妥当でも、犯罪者が十分に反省し罪を償う気持ちがあって、被害者の遺族も納得できたなら、死刑より軽い罰を与えるべきだとは思います。

 未成年者や精神異常者の扱いは、映画『誰も守ってくれない』のように容疑者の家族も社会的制裁を必要以上に受けてしまう可能性があるなら、顔や名前を安易に公表してはいけないでしょう。でもそれは成人の容疑者家族にも言えることです。ならば、年齢に関係なく全て公開、または全て非公開のどちらかにしたほうが公平と言えます。
 私は、あくまで犯罪を犯した本人だけが罪を償うべきだと考えるので、全年齢において罪の大きさに関係なく、顔も名前も非公開でいいと思います。

 結論を言いますと、死刑を廃止できるほど今の世の中は平和ではないということです。むしろ死刑が求刑できる範囲を広げるべきです。例えば、巨額の詐欺で老人や社会的弱者を犠牲にする連中などは死刑に値すると考えます。法人が加害者の場合は、被害拡大を防ぐために社名を公表すべきですね。

 でも、もしも犯罪を減らす(なくす)方法が見つかれば、死刑は廃止していいかもしれません。
 人々に十分な収入があって福祉が充実していて、互いに信頼しあって争いやもめごともない社会になれば、多分犯罪は減るでしょう。
 どうすればそんな社会にできるのか、いい考えが浮かばないですが…

 0:52 長文、大変失礼いたしました。


 私は相当に悪どい事をやっていて、しかも死刑になりたくありませんが死刑は賛成です。
 だから2行目に関しては杞憂でしょう。
 そして弁護士もまた人間です。
 かつて死刑撤廃を訴えていた弁護士が、自分の身内を殺された途端に死刑賛成派に回った事例がありました。実話だそうです。
 私は、それで当然だと思うのですよ。それでこそ人間です。

 名前や顔の公表に関しては、あなたの文章をお借りして構成し直してみました。

 >冤罪があるから死刑廃止すべきだというのは論点がずれています。冤罪をなくすために、まず警察の捜査の精度を上げて誤認逮捕をなくせばいいんです。
 →風評被害があるから名前公表を廃止すべきだというのは論点がずれています。風評被害をなくすために、まず国民の民度を上げていじめをなくせばいいんです。

 いかがでしょうか。
 どちらも同程度に難しい問題を孕んでいると思います。
 そして冤罪があるから死刑廃止ってのは、私も奇異に感じております。
 それは死刑に限った問題ではないという点で。
 よって、冤罪の可能性のために死刑を廃止するなら刑罰そのものを廃止にしないと論点としてはおかしい、これが正解だと思います。
 どんな補償でも取り返しがつかないんですよ。冤罪ってのは。
 例え痴漢とかでもね。

 基本的には犯罪を犯した本人だけが罪を負うべきです。
 その場合、犯罪者を作り上げてしまった周囲の人間も罪を償うべきでしょう。
 子供を虐待したり放置した親、いじめていたクラスメイトなどですね。
 重大事件の陰に存在するこれらの人物は、犯罪を犯した本人に対して悲しいくらいに小さな責務しか負わされません。
 だからこそ損害賠償やら何やらあるわけで、死刑というのは犯人が死んで終わり、では決して無いという事ですね。

 死刑の範囲を広げるというか、豪腕個人の意見としては死刑になるべき人間がきっちり死刑になってりゃ何の問題も無いんです。
 それは過去の判例とかあんまり関係ありません。
 「明らかに死刑だろう」という人間が、犯罪以外のファクターで刑を軽減されるのが心情的に嫌なんです。
 これは単なるワガママであり、なおかつその事件をよく調べもしないで印象記事に踊らされてる発言かもしれません。
 司法は立派な仕事をしていると思いますし、おまわりさん個人個人は大体いい人です。
 だけど犯人を張り倒し、その弁護士を蹴り倒してスッキリしたい方々もいるんですよ。
 赤の他人のニュースでもそう思うほどなので、被害者遺族にでもなったら大変でしょうなあ。

 厳正に裁判を行い、最終的に死刑ではなくなったら、それはそれでいいです。
 せめて気が済むまでブン殴らせろや。
 そういう事です。
 知性の欠片も無い発言ですが、そうした感情を失った人間はいかがなものかと思います(実際に殴るかどうかは別として)。
 また、こういう感情を理解できない想像力に欠けた人間は怖いです。

 犯罪をなくすには。
 回りの人間が気付いたら早めにホウレンソウ。
 まずはそうした信号をキャッチする努力から始めましょう。
 などと書いて思ったんですけど、ガンダム観てるとニュータイプ同士でも戦争してますね。
 あ〜こりゃこりゃ。

 16:23 死刑は賛成ですね。世の中本当にどうしようもない人間もいますから。それに人殺したヤツがのうのうと生きてるのはなんかおかしいと思います。たとえ犯人が子供でも

 過失でなく故意の殺人で、方法が残虐で、反省の色が一切なければ「どうしようもない」認定で仕方ないと感じます。
 大人や子供はもはや関係ないのかもしれません。
 そういう存在は普通のカテゴリーでは語れない、我々人間とは違う種族の生物なのかもしれません。

 司法の大きな職務として、そうした存在を人間に作り直す作業が挙げられます。
 それが不可能な場合だけに死刑を適用すべきかな、とは思います。
 んで、我々もいつかそうなってしまうかもしれない。
 そこだけは憶えておきたいものであります。

 18:13 (前略)
 死刑制度については、私も経費についての理由が一番大きいです。
 危険な人間と思われそうですが、私はそこまで一人の命が尊いものだとは思っていません。
 集団社会の秩序を壊した個体が排斥されるのは当然……って書くと、危ない思想の人みたいだw
 要は、ひどい犯罪(短絡的な強盗殺人など)を犯した人を、命は重いとか言って生かしておくのはどうなの?って感じです。
 ちなみに同じ理屈で、精神異常者による犯罪の無罪放免には反対です。


 なかなかドライな意見にも見えますが、それは率直である証拠です。
 命というのは決して軽いものではありませんけど、じゃあどれだけ重いの? という話になると人それぞれで全然重さが違うんですよ。
 これは当然だと思えます。
 見た事も無い赤の他人の命よりは、うちの嫁の命の方がはるかにはるかに重いのです。

 殺人による受刑者は、まずこの重みを知って欲しい。
 受刑者にとっては羽根のように軽い命だったかもしれないけれども、被害者の遺族にとっては何よりも重いものだったんだよと。
 死刑の基準というのは、だから殺した人数ではなくこの重さを知る事ができるかどうかでライン引きをすべきかもしれません。

 ちなみに精神異常と認められれば無罪になりますが、「放免」はされません。
 精神病院にポツダムッと叩き込まれます。
 だからといってこれが最良とは思えません。
 同じ意味で、少年院や児童自立支援設備も最良と言えるかどうか。

 例えば、女子高生コンクリ殺人の犯人たちはすでに全員出所しておりますが、そのうち一人は出所後に再び監禁致傷事件を起こしています。

 これ、明らかに更生してませんよね?
 何のための収監だったんですか?


 この犯人はその事件に際し、被害者に向かって「俺はコンクリ殺人の犯人だ。お前も死にたくなければ言う事を聞け」などと過去の犯罪を利用する発言をしたそうです。
 少年院に行ったので「ハクが付いた」と思ってるみたいに感じられますね。

 もしこの時、監禁された方の命が失われていたら。
 監禁されたのが、私の愛する家族だったら。
 一体誰がどう責任を取ってくれるのですかね。

 18:42 確か中学生の時だったと思うのですが、授業中のアンケートのようなもので死刑制度の質問がありましたね。

 18:52 私は死刑囚はもちろん受刑者にお金を使うことに反対であったので、そこらへんを書きつつ死刑賛成と答えたのですが

 18:55 帰ってきたアンケートには同情うんぬんとか書いてあったと思います。なにぶん昔のことで記憶が曖昧ですが私の意見に反対するものであったのは確かです。

 19:04 こういう教育をするように言われていたのですかね。

 19:09 ちなみに今でも死刑には賛成です。

 19:14 人が人を裁くなんておこがましいという意見も聞いたことがありますが、それでも罪を犯した代償が一生刑務所暮らしというのは甘すぎると思っています。

 19:17 それにしても久しぶりに真面目なことを考えると疲れます・・・長文失礼しました


 中学生くらいの年だと、とても自由に考えられそうなので意見は貴重だと思います。
 それに優劣を付けたり否定したりするのはいかがでしょう。
 底の浅い指導者に従わざるを得ない集団は、個々の才能が危機に晒されます。
 ていうかアンケートの意味なくね?
 押し付け臭がプンプンです。

 人が人を裁く問題はおそらく、人が生きるには他の命を犠牲にしなければならない問題に近いと感じます。
 生きるには食べねばならず、その食べ物はほとんどの場合他の命です。
 神様はぜんぜん仕事をしないし、人以外に人を裁ける存在が(今の所)いないので仕方がないのです。きっと。

 16:38 昔のゲルマンでは犯罪者への復讐や所属する部族からの追放とかがあったそうです。今の日本では社会からの追放というのは実質無理ですね。復讐も無理です。
 犯罪者が一般人と同等の人権を享受できるのかという点で昔と今でははっきり違う気がします。今は犯罪者に最大限の譲歩、というのも変ですが刑を受ければある程度人権の回復がなされるように思います。で、それを社会や一般人、おもに被害者は納得するのか、といったらしませんよね。これらをある程度犠牲にして今の刑法があると思います。

 16:42 なのでせめて死刑くらいは残してもいいだろうというのが私の考えです。社会からの追放、復讐といった原始的な裁きってのはある程度人間の本能に沿ったもので、必要なものですし。本当は牢獄で一生鯖の缶詰作業1日ノルマ2000or dieくらいでいいんじゃないかくらい極端なのがいいと思うんですが、人権団体がうるさいですからね。人殺しに人権をなんて正気の沙汰じゃないと思うんですけれど。

 16:44 うまく言えなくてごめんなさい。


 いえいえ、非常に良く分かりましたよ。

 サバ缶うめえぇという事ですね(ぜんぜん違う)。

 かつての追放刑は、そのコミュニティーにとっては死刑と同義でした。存在が消えるわけですから。
 現代日本ではほぼ不可能ですが、形を変えて残ってますよね(深読み)。

 そんな事は別にして、犯罪者の人権という問題が提議されています。
 先に書いちゃうと、豪腕の考えでは犯罪者でも最低限の人権はアリだと思っています。

 それは犯罪の捜査と裁判において、適正かつ適法な手続きが保障されるという権利です。
 最低これだけは守るべきだと考えます。
 でないと冤罪が生まれかねないし、違法捜査が横行しかねません。

 ぶっちゃけ殺人さえなくなれば、死刑もなくなるような気がするんですよ。
 でも、快楽殺人犯みたいな恐ろしい存在がたま〜に生まれているわけで。
 そいつを殺さないと誰かがまた殺されるみたいな。
 その点において、死刑は機能していると言えるかもしれません。
 もちろん終身刑なども近いのですけど、その場合は刑務所内の誰かがこいつに殺される可能性があります。
 そしてこいつの自由を奪って死ぬまで拘束し続けるなら、我々の税金がそのためにずっと使われ続けるわけです。

 受刑者の人権を訴える人は、闇雲に死刑回避を訴えるだけではなく、こうした点にも目を向けるべきだと考えます。



●反対派●



 3:27  どうすれば犯罪者や再犯者を増やさないか、ということについては、どう言えばいいかは分かりませんが、個人的には死刑には反対です。
 死んだ方がいいと言われるような人間がいる、というのは想像できますし、そんな人には近くに居て欲しくないというのも共感できますが、死刑はそういう人間を『死なせる』のではなく『殺す』ものです。
 『殺す』からには『殺す人』がいるでしょう。勝手に死んでしまうなんてことはないですから。
 死刑の執行者は罪には問われませんけど、そんなものは法律でそう決まっているだけで、本人が何も感じないでいられるわけじゃありません。
 戦争でもそうですが、人を殺してしまったほとんどの人が何かしら、心に傷を負ってしまうと言いますし、アメリカではそれが社会問題になっていると聞きます。
 犯罪者の扱いがどうこうというより、『合法的に人に人を殺させる』『殺させることを許している(法律によって許せているつもりでいる)』姿勢が、死刑というものの大きな問題だと思います。
 もちろん、やりたくてやってるわけじゃないとは思うんですが……。

 頭悪い文書いてすみません。




 死刑囚に殺させりゃ良いのでは?

 この一言で全部解決してしまうような気がするんですけど、どうでしょう。
 問題は、そういうのを喜んじゃいそうなサイコな馬鹿です。
 そいつはそいつで悔悛するまで再教育が必要ですが、ひとまず死刑執行については現状、上記を超える代案は私にはありません。

 また世の中には金持ちの馬鹿が多いので、オークションで死刑執行の権利を売り買いするというビジネスが流行する悪夢のような未来もあったり。
 もちろん実現の可能性は限りなくゼロに近いですし、個人的にはとても許容できる制度じゃありません(ネタとして書いただけですので勘違いせぬよう)。
 その他、漫画みたいなアイデアなら10や20は常に出せますが、現実的には上記でいいと思います。

 これを酷いと思うのなら、このアイデアには犯罪抑止力があるという事の証左かもしれません。
 違うかもしれません(笑)。
 特にこうした反対意見は重く受け止めたいと思います。
 ただそのような場合、死刑に代わる何かを考えましょう。
 でないと議論が進みませんから。

 0:46 権力の非対称性から考えると、死刑は反対だなー。国に人を殺す権限を公然と与えたくない。まあ、殺さないと統治できないと言われるだろうけども。

 実は死刑制度の存続している国は数から言うと少なく、殺さなくても統治はできているというのが現状です。
 また権力の非対称性は日本においては一見して平等であり、努力すれば誰もが判事や法務相になれるという点があり、これを肯定しなければ権力そのものが手に入らないという構造的な問題があります。
 しかし歴史上、非対称ではない権力が長く存続した例はありません。
 (もし存在したらコッソリ教えてください)
 これは国に限らず、多くの組織が内包する事実であると私は考えています。
 よって、この事実のみで死刑存廃を語るのはいささか難しいと思うのです。

 国というのは暴力を内包しています。
 刑罰の力を振るう事ができるわけです。
 もちろん国という組織でなければできない程の力があるから可能な「決め事」であり、我々も含めた多くの人間がこの決まりを守っています。
 そうでなければ無秩序な社会になってしまうでしょう。
 これは死刑以外の刑罰にも目を向けた広い意見ですから、死刑存廃とはやや離れた感があります。
 戻しましょうか。

 国というのは国民を守る家ですが、家族と違って家長は殺す権利を持っています。
 これはなぜでしょう?
 おそらく国が殺すのは、国民が家族と認めなかった者に対してのみ、なのではないでしょうか。
 家族という言葉がアレなら仲間や友達でも構いません。
 その者を生かしておくと他の家族の命が危ないから。
 だから古代には追放刑がありました。
 現代には追放できる土地がほとんど無いので、死刑だけが残ったのかもしれません。

 私は死刑がことさら特別な刑とは考えておりませんので、こんな意見も出してみました。
 反対論者の方は、できれば死刑の代案を提示願います。



●どっちも派●



 23:01 罪と罰、その言葉を聞いて真っ先に連想するのがドフトエフスキーじゃなくハイロウズな辺り、僕は何か間違ってるかもしれません。「罪ならば全部認めるが、罰を受けてる暇はないぜ」って歌詞が今も強く残ってます。
 とまぁ、そんな余談は置いておきまして、死刑制度ですね。死刑制度、賛成でもあるし反対でもある。と矛盾したような答えが出てしまいます。賛成である理由として、やはり「死ななきゃ止まれない人間」って言うのが世の中には居るからです。本人に責任があるかどうかは置いといて、哀しいけどそういう人は誰かが止めないと駄目なのかな、と。
 死刑反対の意見は少し長く、感情的な意見ではありますがご了承頂きたく思います。
 僕は、全ての人間に心があると信じたいですし、人に限らず命は等しく命として大切なものだと思います。まぁ、周囲からしてみればただの偽善者ですけど。で、思うんです。例えば快楽殺人者の方がいたとします。その方はなりたくてそうなったのかなって。多分、違うと思うんですよ。僕達が魚が好きだったり、牛肉が好きだったりするのと同じで、ただ運悪く殺しが好きになってしまったんじゃないかな、と。もちろん、だから殺すのが悪くないなんていいません。でも、本人がなりたくてなった訳じゃないのに、みんなから嫌われるように成ってしまうのは、哀しいなって。魚が好きだって理由だけで、牛肉好きな人と喧嘩したくなんてありませんし。後、自分に置き換えて考えた時、死ぬのって怖くて怖くてたまりません。誰かが僕が死ぬことを考えた時と同じかそれ以上の苦しみを味わってると思うと、それだけで気持ちが滅入ります。だから、殺さないで済むなら何も殺したくないですし、結局誰が悪いかっていつもわからなくなっちゃうんです。
 すいません、幼稚で不明瞭な回答で。
 昔、外国の何処かで殺人犯を身内の方々が許したというニュースを見ました。難しいですけど、僕も自分がナイフで刺されたりしても、笑って許してあげられる人間になれたら良いなって思います。
 稚拙かつ長文失礼いたしました。


 >ナイフで刺されたりしても、笑って許してあげられる人間になれたら良いな


 じゃあ試してみましょうか(笑)。

 例えるなら、怪我をした人は可哀想だから助けたい。そういう事と同質かもしれません。
 そして「死ななきゃ止まれない人間」ってのも確かに存在するのでしょう。

 例えばあなたの嫁なり姉妹なり母親が、変質者に犯されて殺された上、公判でまったく反省を見せず「お前の○○のマンコはガバガバで最低だ! ケツの穴までユルユルだったぜ! そのくせヒィヒィよがりやがってよぉ! どうせ誰にでも股を開くクソビッチに違いねぇや! 殺してやった事を感謝しなヒャッハー!」とか言われたらどうでしょう。
 こういうのを笑って許せる自信が私にはありません。

 ちなみに、殺人犯を身内が許すのは当然だと思います。
 被害者遺族が許すというならレアかもしれませんが、その場合はまず間違いなく犯人が深く反省し悔い改めているからでしょう。
 上記のモヒカン暴走族みたいな奴だったら、たぶん許してはいないと思います。

 そして、この国では真の狂人は無罪になります。
 不思議ですねえ。

 >人に限らず命は等しく

 私は今までの生涯で一体何匹の蚊を叩き潰したか分かりません。
 逆に、大切な人のためなら相当な事もするでしょう。
 中でも自分の命はトップクラスに大事です。
 その意味で、私にとっては命は等しくありません。残念ながら。

 殺人が好きになっちゃう奴は存在します。
 しかしそれは、あなたが言うような「運悪く」ではないと思います。
 何かを運のせいにする人間は、運ってやつを言い訳にしているだけです。
 負けを運のせいにすれば、次も運によって負けるでしょう。
 運というのは自分で引き寄せるものです。一応根拠があって言ってるんですよ。
 例え劣悪な環境で育ったとしても、殺人を犯さない人間の方が快楽殺人者よりもはるかに多いのです。
 不運は悪事の免罪符にはなりません。
 運なんかに俺の人生を左右されてたまるかよ、と豪腕はいつも思います。

 ところで快楽殺人者と魚好きの例えは、論点が異なります。
 我々が食事をする事は生きる事に不可欠であり、人間である以上は絶対に必要な行為です。
 その意味で我々人類はすべて、何を食べて何を好もうが本質的には変わりません。
 対して殺人という行為は極めて特殊かつ限定的な行為であり、快楽殺人となるとさらに極わずかの特例が見られるだけです。
 そうした稀な例を平均化する事自体に無理があります。

 また「魚が好きだって理由だけで、牛肉好きな人と喧嘩したくなんてありません」とありますが、それは周囲のモラルの問題であって快楽殺人者の問題とは違うのでは。
 こういう例え話は「魚」の部分を「快楽殺人」に入れ替えても成立しなければならないのです。
 もちろん私は死刑賛成ってだけで反対論者と喧嘩したくなんてありません(笑)。

 まとめとして。
 深く反省し、懺悔し、謝罪し、遺族に対してせっせと賠償金を支払い続けるなら死刑は回避。
 モヒカン暴走族はひでぶ。
 こういう事でしょうか。

 そして、このご意見にも死刑の代案は見当たりませんでした。
 死刑に替わるものは一体どんな刑罰なのでしょう。



●その他のご意見●



 23:22 死刑制度というより、江戸時代ばりの仇討ちがいいのではと思いました。

 死刑の代案のご意見です。そんな漫画もありましたっけ。
 仇討ちが成功すりゃいいんですけど、もし返り討ちに遭ったら大変ですし、その可能性は非常に大きいと思います。
 ここで助っ人を頼む行為は、要するに法に代わってもらうのと同義なのであんまり意味を持ちません。
 何より「仇討ち返し」「仇討ち返し返し」みたいな連鎖が怖いです。
 そういうのを禁止するってのは結局「法」に頼るわけですから。
 そのうち無関係な人間にもとばっちりが来そうですし、そんなんで大事な人が殺されたら私も仇討ちに行こうかなと。
 なんかモヒカン暴走族の世界になりそうで怖いです。

 だけど私は、遺族の悲しみの落とし所として、仇討ちの概念はどこかに必要だと思っています。
 たとえそれが法によるものでも。

 17:57 真面目だ、ハードだ、ヘヴィだ。
 そういえば、性奴隷にしようとして女攫ってバラして流した人、死刑にならなかったんですよね?
 遺族はおろか本人すら死刑を望んでいたのに…てか、死ぬってのは安易な逃避ってコトなんかなぁ??
 「死ぬより辛い目」ってのが、具体的にあって、かつそれを刑罰として採用できれば、いいんですけどね。
 人権問題とかあって、拷問ってワケにはいかないか…う〜む、犯罪者の心理とかって、どうなんだろ?
 何の罪をも犯さずに生きてきた、なんてコトは無い訳ですが、犯罪の度合いって、その人の考え方?それとも状況?…むむむむむむ;;

 たかが、死刑の賛否でこのアリサマ…

 罪に対する罰の等価なんて、判断できるような上等なアタマもっとりゃーしません。
 裁判員…お願いだからまわってくるなよ〜;;


 こちらもまた、量刑の重さの問題について語られております。
 男はほぼ100%立ちションしているわけですし、酒を一滴も口にせずに成人した方は少なそうですし、10円拾って喜んだ経験のある方も多いでしょう。
 その意味で我々は大なり小なり犯罪者です。
 そうした場合の罰とはちょっとした罪悪感だったり、先生の小言だったり、婆ちゃんの有無を言わさぬ鉄拳だったりするわけです。
 そして、それらの頂点に死刑があります。

 日本では拷問は違法ですけど、拘留期間や刑務所暮らしはある意味拷問と呼べるかもしれません。
 それなりに生きて行く事は可能でも、団体生活の規律を押し付けられ、楽しみは限られ、犯罪者率100%の環境で毎日単調な事に拘束され、オナニーするにも同じ房の先輩たちに断らないといけません。
 終身刑の場合はこれが死ぬまで続きます。

 たま〜に楽しい刑務所暮らしとか、鉄格子の裏側事情みたいな企画がありますけど、あれは限られた一部の受刑者の情報でしょう。
 エッセイを出せるような受刑者は、一般人における芸能人の割合と同じくらいに低いと思います。
 普通は自身の再就職とかで必死なはずです。
 さらに企画にする場合、我々の眼を引くほどに面白いエピソードでないと採用されないでしょう。
 つまり奴らは受刑者の中の芸能人です。
 そうではない、一般の受刑者の暮らしがどんな風かは、想像するしかありません。

 という感じで。
 お察しの通り、死刑というのは救いである可能性もありますね。

 陪審員は経験のために一度くらい参加したいと思っております。
 一度だけで結構です。

 17:57 死刑判決が出た後も結局執行までに時間がかかったりして税金の無駄。
 懲役にしたって詐欺師あたりはお互いの手口を教えあうような「学校」として機能してるなんて話もあります。

 17:58 何が本人にとって一番キツイと感じる「罰」かなんて人それぞれですから、それを探り出して、罪の重さに応じて量を加減して与えればいいんです。

 17:59 窃盗罪は「ミミズ風呂」、被害額に応じて時間を調整、とかでいいのでは。*******


 税金の無駄についてはまったく同感です。
 無期懲役の方がよっぽどお金もかかりますけど。
 罪の対価として罰がある以上、もっとも適した罰を設定するのが重要です。
 しかしそれが何なのか、未だに議論があると思います。
 「与えればいい」とは言うものの、そこが中々に難しい。
 もう拷問でいいじゃん、などと投げやりに考えてもみましたが、相手がマゾだったらおしまいです。

 ミミズの気持ち良さに目覚めて再犯バリバリみたいになったら大変です。
 人の嗜好は千差万別ですし、その逆が苦痛かというとそう単純なものでも無さそうですな。
 だから現状、牢屋の中という共通項で年月だけ上下させているのでしょう。

 逆の発想はどうでしょうか。

 刑期は何があろうと3年間固定。

 その間、軽犯罪は月1〜週1くらいで通勤ならぬ通務所。んで社会貢献とかボランティアしたり、更生の授業を受けたり、再就職の勉強をすると。
 もちろん税金なんかかけません。
 自力で稼いで授業料と保障に充てましょう。
 重犯罪はもう思いっきり禁錮刑です。死ぬほど重労働して刑務所の電力を賄い、被害者への保障をさせられます。
 お風呂も入れず、睡眠時間もバンバン削って戦争捕虜みたいに働きましょう。
 いよいよ死にそうになったらぴったりサイズの穴を掘らせ、さらに耳元で「それでも被害者の方が辛い」などと言い続けるのはどうでしょう。
 当然ネタです。実現はまず無理でしょう。

 個人的に、自白のための拷問は絶対に反対ですが、刑罰の中になら存在すると考えます。
 自由を奪う事そのものがすでに拷問の一種ですし。
 無理やり団体行動取らせたり、強制的に何かをさせるのは拷問のようなものでしょう。
 もちろん本気で拷問するなら運用を非常に厳格にすべきですが。

 また豪腕が思うに、一度裁判で決まった懲役期間がその後の態度で短くなるってのが変だと思います。
 かなり特殊な例でないと満期出所は無いそうです。
 それ故、事件を反省して更生のために努力するというよりただただ早く出所したいがために擬態するという受刑者がいるかもしれません。
 その努力には被害者の辛さなど一切関係がありません。

 ごく普通に暮らしていれば、ヨドバシカメラの値引き率でも叶わないくらいに釈放の時期が早まります。
 これは事実です。
 無期懲役なら平均17年くらいで出所できるそうですよ。
 諸事情により、わずか10年ほどで出所する例もあるそうですし。
 ぜんぜん無期っぽくないですね。

 日本には終身刑や懲役300年とかのブッ飛んだ懲役刑が存在しない以上、死刑の次は無期懲役なんです。
 無期以外の懲役刑ではさらに短い期間で釈放されるでしょう。
 懲役や禁錮ってのは本来、罪を悔いて被害者に心から謝罪して真人間に更生するまでの期間であるべきです。
 されど上記コンクリ殺人犯による傷害拉致もありました。
 いささか不安なのは私だけでしょうか。

 18:06 …プツン…

 因果応報を信じて神頼み…
 量刑なんざ、もう適当で、あとは世の中と神様がそこそこバランスとってくれますって…

 は!てことはおいらもその内天罰を受ける事に!?うひ〜


 「うひ〜」じゃなくて(笑)。
 天罰というのはたぶん、飛行機事故より少ないくらいの頻度で起きているような気がします。
 ヨーゼフ・メンゲレやアリベルト・ハイムは普通に暮らして普通に死んでます。
 神様には何一つ期待しない方が無難だと思います。
 面倒な事を全部神様にパスしても、おそらくスルーされると思います。

 世の中には女性を監禁し、陵辱し、挙句の果てに殺した上でその死肉を喰らい、結果精神病院にわずか1年ちょっと収監されただけの犯罪者なども存在します。
 彼はその後、自身の体験をせっせと書籍にしてお金を稼ぎ続けています。
 罪と罰って何なんでしょうね。



 …そんな感じで。
 もうゲイしかいないサウナのように熱いですね。
 一つ一つの書き込みにレスをさせていただいたわけですが、たかが豪腕の言う事ですので皆さんしっかりとご自身の意見を持ち続けていただきたく存じます。
 日記を掲載してから20日程が経った現在、当サイトでは死刑賛成派が多いみたいです。
 世界的な流行には思いっきり逆行してますけど、それもまた当サイトらしい結果かもしれません。

 現在の日本では、あらゆる強盗殺人罪において一審で死刑判決を受けたのは全体の約10%だそうです。
 そして強盗ではない単なる殺人罪では、同じく一審での死刑判決は全体の約0.2%という数字です。
 もちろんこれは一審での判決ですから、上告すれば減刑や無罪も有り得るわけです。

 2008年度の我が国における死刑執行数は15人でした。
 死刑というのはそれだけ稀な判決です。

 しかし確実に死刑は存在するのです。

 一方、殺人犯罪の被害者数は2005年の1年間で1435人でした。
 我々の日常からは遠いと思われがちですが、時々はその事実を思い出してみるべきでしょう。

 あんまりに盛り上がってしまったので、アンケートなども作ってみました。
 暇で暇でしょうがない時などにご利用願います。



 …書くのに5日もかかっちゃった(笑)。
 マジな文章は肩が凝りますね。いやはや。



ご感想は以下からどうぞ。




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