『咲 −Saki−』
2009.06.10
調子に乗ってアニメ感想の3撃目は、これ書いてる時点で未だ放送中の『咲 −Saki−』を取り上げます(豪腕はりーに規則性を求めてはいけません)。
ストーリーは簡単です。
接待麻雀が得意なだけの主人公が、麻雀を通じて全国のオタクたちを萌えさせるアニメです。
内容については上記で語りきってしまったので、以下は豪腕の得意分野である「麻雀」と「百合」について書いてみましょう。
この作品の世界観では麻雀がすごい勢いで一般に浸透しており、中学や高校で普通に全国大会が開催されているというモヒカン以上に世紀末な社会が描かれています。
主役の通う高校にも当然のように「麻雀部」があり、部室には堂々と全自動卓が置かれています。
この時点で設定だけはヤンキー漫画なんですが、この作品は萌えアニメです。
一筋縄では行かない展開があなたを待っています。
主役の「咲」という少女は、なんか家族麻雀やってるうちに接待が身についてしまったという営業部の中間管理職みたいな設定です。
近年稀に見る地味さです。
しかしその腕は、ワシズ様をミイラにするほど凶悪です。
3局連続してプラマイ0でアガるという徹底した接待の実力を発揮し、全国大会レベルの他の部員を驚愕させるのでした。
不可能です。
※主人公の咲ちゃん(高校1年生)
「絶対に無理ですね」 (麻雀ライター福地誠)
「偶然に頼らない限り1回も出来ないでしょうね」 (須田良規プロ)
…という事で、主役の少女はアニメらしいフィクションの塊である親切設計。
「別に麻雀を知らなくてもこうすりゃお前ら萌えるだろ」という作者の戦略がキラリと光る逸品です。
そして、それ以前に。
こんなにイヤミなアガり方はありません。
接待の名を借りた誉め殺しです。
場末の雀荘でやったらブン殴られてる可能性があります。
こいつが面子に入ってもサンマーやってるのと変わりません。
毎朝スーツ姿で店の前を掃除している不動産屋の店員みたいな、「我々は町の美化に協力してるんですよ」という押し付けがましいアピールを感じてしまいます。
また、それだけの実力を持ちながら。
出親の1局目でいきなり東を叩き切るという、作戦だか素人だかクルクルパーだか分からない打ち筋もご披露してくれます。
私の知らない間に萌えアニメは確かに進化しているようです。
そして彼女と対局したもう一人の少女。
無駄に巨乳でピンク髪の高校1年生でありながら、中学時代には全国制覇を成し遂げたという逸材です(麻雀で)。
これだけ見ると明らかにヤンキーなのが凄いですね。
もちろん、この作品は萌えアニメです。
全国制覇のプライドをズタズタにされた彼女は(当たり前だ)、家路につく主役を無理やり呼び戻す荒業に訴えるのでした。
このアニメはヤンキー物ではありません。
しかしこの全国制覇の巨乳もね。
部長に指摘されるまで、3局連続でプラマイ0アガりされたのに気付かないんです。
お前が出たのは ドンジャラの大会かと。
普通はどんなタコでも2局目の終了時点で気付きます。
恐ろしい実力者です。
そういう所で揚げ足を取りすぎるのも何ですけど、プロレスの試合で3回連続時間切れ引き分けだったら気付かないレスラーはいないと思います。
お前は西村か。
その部長も実力者らしいのですが、「70符アガりなんて1000回に1回、役満よりも難しい」などと非常に電波な発言をしてしまう素敵な姉です。
タコが一人でもいたらその理論は破綻します。
お前の部は平和しか作らないのかと逆に質問したくなります。
しかし部長以下、一人を除いて麻雀部員が全員女の子という所に現代ファンタジーの真髄を見た気がします。
この作品は萌えアニメです。
女の子が可愛かったら麻雀なんてどーでもいいという方には自信をもってお薦めいたします。
ちなみにこの作品。
麻雀好きに贈るほどには麻雀描写(というか駆け引き)を徹底しておらず、その分萌えに特化している新時代の作品です。
だからという訳では無いのでしょうけど、麻雀を知らない視聴者への狂言回しとして完全な刺し身のツマである同級生の男がいます。
彼が部長に質問する事によって、麻雀初心者への説明を果たすような仕組みです。
この構造自体は悪くないのですが、いかんせん彼がツマでしかないために出番が薄く、麻雀を知らない人が観たら何が何だか分からない展開になってると思います。
こればっかりは仕方ありません。
萌えに野郎は必要ないので諦めましょう。
いっそ女子高にすりゃ良かったんじゃねぇかと思います。百合展開も絡めやすいし。
その百合なんですけどね。
先ほども書きましたが、プライドの傷ついた巨乳が主役を追うシーンがあるんですけどね。
雨の中でね。
いきなり主役に抱き付くんですよ。
声もかけずにね。
こんな感じで。
これはさすがにちょっと引きました。
後ろから突然タックルかまされて、悲鳴を上げない自信が私にはありません。
カウンターで肘を当ててしまいそうです。
これぞヤンキー漫画の真骨頂です(この作品は萌えアニメです)。
普通は一言くらい声をかけると思いますけど、この作品はそうした常識を超越した場所で麻雀打っているのです。
この作品を紹介してくれた知人の言によると、このシーンが「お前の好きそうな百合シーン」だそうです。
この際、はっきり言わせてもらいます。
押し付けがましい百合なら 無い方がマシです。
この辺、完全なる個人の性癖なので同意は求めません。
百合というのはお互い同士が心で惹かれ合うものなのです。
例えばいきなり何の脈絡も無く、明らかに仕事でやってる臭のする女同士の絡みを見せ付けられても大して興奮しないのです。
そういう「絵」がありゃいいわけじゃ無い。
この巨乳を突き動かしていたのは自分のプライドに過ぎず、相手へのリスペクトはこの時点では生まれていないのですよ。
心の伴わない百合は 百合の名を着た媚びです。
だから、このシーンは別に百合でも何でもありません。
単なる変態です。
優れた絵師なら1枚の中に様々なイマジンを込める事で表現できる百合シーンですが、それは絵師の心の中に登場人物のストーリーが完成しているからなのです。
そろそろ豪腕節が全開なので不快な方はブラウザOFFで。
登山家は、自分の脚で登るから登山家なのです。
ヘリや気球で山頂に降ろされて、それが登頂と呼べますか?
そこに至るまでの厳しいルートがあるからこそ、頂上からの景色がまた格別なのですよ。
されど。
どちらも景色は変わらないのです。
もちろん写真を見ているだけでも楽しいものでしょう。しかし自分の脚で登るとなると、さらに上の感動がきっとあるはずなのです。
私は山の上が見たいんじゃなくて山そのものに登りたいんです。
それを失ってしまったら、もう登山家ではありません。
であるからして。
「お前は山が好きだから」という理由でビルの展望台に連れて行かれても困るんです。
それは「作られた」ものだからです。
登場人物一人ひとりの心の機微は、薄っぺらな作り物では駄目なのですよ。
例えば、明らかに演技と分かる声を出されても私のリトルボーイは反応しないのです。
我々百合山登山隊は、 今日も山頂目指してピッケルを打つ。
そこに山があるから。
あの真っ白な高山植物は、 そこまで行かないと手に入らない。
ああ面倒臭ぇ(笑)。
今回は比較的まともにレビューっぽい事書いてみましたが、やっぱり最後はグダグダな状態で終わりたいと思います。
映画だったらサメかゾンビが出りゃいいんですけど、必然性の無い媚びた百合だけは愛せません。
よって、かえって2話以降が楽しみになりましたとさ。ちゃんちゃん。
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