『悪魔の墓場』








 前回までのレビュー傾向ですが。
 とりあえず全国的に公開され、テレビCMも打たれているという、そこそこに有名な作品を取り上げて参りました。
 うちのサイトよりも確実に知名度の高い作品ばかりです。

 お金、かかってますね。
 ホラー+アクションというジャンルにおいて、こと資金力というのはA級とB級を分け隔てる大アマゾンの激流です。
 作る側の意気込みがどれだけあろうと、お金がないと駄目なんです。




 狼男なのにレッツゴー3匹の右側の人にしか見えないような作品とか。

 殺人兵器のくせに目覚ましロボットにしか見えないような作品とか。

 バフンウニにしか見えない宇宙生命体とかが多いのは、しかるにお金が無いからなんです。







 低予算で成功した作品は少数派でして。
 ジャンルの開祖的な作品、『13日の金曜日』やら『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』などを除くと、わずかに『死霊のはらわた』とかその辺でしょうか。

 『死霊のはらわた』が成功したのはたまたまサム・ライミだったからにすぎないわけですが、世の中広しと言えどもサムは一人。
 業界にゴマンと溢れる単なるマニアには、望むべくもない夢なのかも知れません。



 というわけで。
 そんな普通のマニアが、この手の作品を作ったら。
 一体どんな作品になるのでしょうか。







それがこの『悪魔の墓場』です。





 ちなみに、あのアンディ・ウォーホル監修の『悪魔のはらわた』(でも監督はポール・モリセイ)、そしてあのトビー・フーパーの監督デビュー作『悪魔のいけにえ』に続く、悪魔シリーズ第3弾なんですってね。

 そんなの誰も知りませんが。

 だって、日本だけの企画ですから。
 アンディもトビーも関係ないですから。
 原題に「悪魔」なんて出やしませんから。



 …え〜と、例えば。
 昆虫を例に取ってみましょうか。

 アブラムシは知ってますよね?
 なんか葉っぱにゴチャゴチャ付く緑色したちっこいアレです。
 アレのおかげで婆さんが大事に育ててた花がもう大変な事になっちゃったんですけど、ひとまずそれはどーでもいいです。

 アブラムシを知らない日本人は非常に少ないでしょう。
 とりあえずここで「アブラムシ=ゾンビ」と定義します(無理やり)。
 すると、一般の方々の認識が見えてきます。



 アブラムシは知ってるけど、個々の種類の区別は付かない。

 こんな所じゃないかと思うんですよね。
 私もそうです。
 ゾンビとはそういう存在です。
 どっちも群れて気持ち悪いですし。



 よく葉っぱで見かけるアレは「ワタアブラムシ」とかいう種類らしいんですけど、そんなもん知らなくたって楽しい人生は送れます。

 私が今からお話するのは、そんな内容です。



 この『悪魔の墓場』。

 人知れず砂に埋もれた作品です。





 パイオニアからDVDが出てるんですけど、ここの社員は社名の意味を知っているんでしょうか。
 ものすごいパイオニアっぷりが光ります。
 この作品のDVD化を薦めた社員のその後が気になります。

 ちなみに、私の敬愛する映画監督に、ルチオ・フルチという名のキチガイがいるんですけど。
 ジョージ・A・ロメロと並ぶ、ゾンビ映画の巨匠ですね。
 マカロニゾンビという、イタリアン・テイストな残虐描写が輝く監督さんです。

 この『悪魔の墓場』は、そんなフルチに騙されて作られた作品としか思えません。
 ストーリーをご紹介しましょう。
 DVDのパッケージからの引用です。





ロンドンの骨董屋ジョージは、オートバイ事故で足止めを食らった村で、エドナという女性と知り合う。
ところがその夜、エドナの義兄が何者かに惨殺され、ジョージは地元警察から疑われてしまう。
一方、
赤ん坊が凶暴化するなどの怪事が相次ぎ、ジョージは、村で最近導入されたばかりの害虫駆除機が怪しいと睨むのだが、すでにその影響で死者が蘇っていた──。












…キチガイです。






 私の知る日本語は一体どこに消えたのでしょう。

 ゾンビが自分で書いたんでしょうか。
 本編よりもこの説明の方がよほど恐ろしいです。

 どうやらゾンビが出て、
 赤ん坊が凶悪になって、
 害虫駆除機が怪しい映画だそうです。








観ないわけには行きません。





 こうした行為をバンザイ・アタックと呼びます。
 大戦末期に設計された航空母艦は、発艦はできても着艦は不可能だったそうです。
 バンザーイ。バンザーイ。



 …それでは覚悟を決め、DVDを挿入しましょう。




 ある骨董品屋から出てくる主人公。
 音がしそうなほど70年代ロッカーです。
 ユーライア・ヒープの前座でキーボード弾いてそうです。
 そんな彼がバイクにまたがり、郊外へと旅立つのですが…。

 その荷物の中には、ブードゥー教を思わせる奇妙な焼き物の人形が一体。
 私はここで確信しました。
 これは伏線です。
 オスカル様が女性であるのと同じくらい分かり易い伏線です。




 実は主役が犯人or原因パターンに違いない。




 怪しいのは害虫駆除機ではありません。
 このヒゲです。
 以降、私はすっかりくつろいで映画を鑑賞する事ができました。
 これだけ安心して観られるホラー映画も珍しいです。
 バンザーイ。バンザーイ。




 画面は懐かしのロックミュージックを背景に、軽妙に進んで行きます。
 こういう感覚、いいですね。
 この映画は74年の作品でして、前年にはあのルーカスが『アメリカン・グラフィティ』を発表した時代であります(私にとってルーカスは『スター・ウォーズ』より断然こっちです)。
 まさにキーボード・オリエンテッド・ロックが花開き、ZEPやディープ・パープルが我が世の春を謳歌していた年代でした。




 …あれ?
 何やら空気がおかしい。
 音楽に合わせ、コラージュ風に画面が切り替わるわけですが。

 もうもうたる黒煙を吹き出す車。
 工場からバンバン出る煙。
 汚染された川。
 スズメの死体…。





 …これは。
 これはひょっとして。




 犯人は『公害』か!?




 私はまるで脚払いを喰らったようにのけぞりました。
 怪しいのは、害虫駆除機でもヒゲでもありません。








ヘドラです。

ヒャクメルゲにも似ている。




蛍三七子とも言います。


 やってくれるじゃねぇか『悪魔の墓場』。
 得意になって推理を披露したはいいけれど、結局最後は全部コナン君に持っていかれた気分バリバリです。

 気を取り直して先を観ます。
 あとはこのロッカー崩れがどんな風に戦うのか、スプラッタ風かゴシック風か、ヒロインの黄色い悲鳴はいつ何時聞こえてくるのか、そんな感じのいわゆるレビューなんかどうでもいいや的観点で観続けました。
 バンザーイ。バンザーイ。



 すると。
 信号待ちの女性が一人。

 「ああ、こいつがヒロインだな」と即座に理解です。
 ヒッチハイクのパターンが森永コンデンスミルクみたいに濃厚です。

 ここで主役と知り合うのでしょう。
 そして二人で、惨劇の館に向かうのですね。







 バンザーイ、バンザー… あれ?









いきなり全裸になった。





…キチガイです。




笑ってます。


乳が揺れてます。








そのまま道路渡って消えて行きました。






以後、2度と出て来る事はありませんでした。






バンザーイ。バンザーイ。





…玉砕。




 いや〜…、もう。アナタ。
 いや、ほんとにね。

 この砕けた腰をどうしてくれるんですか。

 まったく何の伏線でもありませんでした。
 単によく見る、笑いながら全裸で走る通行人だったみたいです。
 私は一度も見た事は無いのですが、きっとイギリスでは普通の事なのでしょう。

 画面に映る人々もすごいです。

 ほとんど誰もそんな全裸を気にしていません。

 大英帝国はいつからこんな国になってしまったのでしょう。
 女王陛下もお辛いでしょうに。




 英国の偉大なる首相チャーチルは、ドイツの空挺部隊がイギリス本土へ侵入すると聞き、こんな素晴らしい言葉を遺しています。



「落下傘で降りて来る紳士諸君を、暖かく迎えよう」



 なんと気の利いたセリフでしょう。
 我々もチャーチルを見習って、こんな気構えを持ちたいものです。



「マッパで走って来る姉ちゃんを、暖かく見逃そう」







キャッチ&リリースです。

てかキャッチすらしていません。





 ここまで書いてまだまだ序盤の10分くらいです。
 そろそろ私の方が先にゾンビになりそうですが、悲しい事にこの映画はまだまだ続いてしまいます。

 ここでようやくヒロインが出てきました。
 ガソリンスタンドで車をバックさせる時、主役のバイクにぶつけて倒してしまうのでした。
 仕方なく行動を共にする二人。

 この辺、イギリスの静かな田園風景が続きます。
 単に古い映画だから勝手にそうなっただけでしょうけど、極めて美しい映像だと感じました。
 近代におけるスプラッター物とは違って、この時代のホラーは皆、豊かな(人里離れた)自然が付き物のようですね。
 この傾向は80年代の『13日の金曜日』まで続きましたけど、やがてはあいつもニューヨークくんだりまで出稼ぎ殺人してましたっけ。

 ガジェットは「ゾンビ」という、どちらかというとスプラッター向きの題材を扱っていますが、舞台は大自然や霧の墓地をバックにしたゴシック風味なわけです。
 ホラーというジャンルの方向性がまだ定まりきっていない時代、その黎明期に位置する作品と言えましょう。

 ちなみに完全なる余談ですが、90年代に入ると、それまでとはまた違った新しいホラーのジャンルが台頭してきます。
 出発点は意外にもヒッチコックでした。

 サスペンスという偉大な系譜にホラーの遺伝子を組み込んだ作品、今で言うサイコホラーの登場です。

 有名な作品に『スクリーム』なんかがありますね。
 それまでの作品と一線を画すのは、殺人の意味ではないかと思います。

 殺人鬼の行動なんて、ほぼ100%行き当たりばったりだったわけですよ。
 そして殺されるのは最大公約数の人々でした。
 ごく普通の人々であるアナタや私が、たまたま殺人鬼の近くにいたから殺されちゃうのです。

 そこへ持ってきて昨今のサイコホラー。
 「殺される理由」がより明確にされています。
 ここにきて、ようやく殺人鬼は「人を無意味に殺す殺人マシーン」からの脱却を図りました。
 ここでクローズアップされるべきは、実は殺される側の人々なのです。





シャワーを浴びる巨乳だけではないのです。


しかしお前は何者だ。





 私としてはそればっかりでも全然OKですけど、ともかく世間はこの風潮を歓迎しました。

 …かなり持ち上げて書いてるみたいに見えるかも知れませんが、ぶっちゃけこういう事です。






『サイコ』がラバーマスク被っただけです。





 真面目な解説はこの程度でいいですか?

 それではいよいよ、動く死体にご登場願いましょう。




 道を尋ねるため、ヒロインを一人残して去った主人公。
 雄大な峡谷にて孤独にたたずむ、あんまり美しくない貴婦人。
 …顔が陰気くさいんだよね。
 バブル後の日本経済みたいな不景気な顔をしたヒロインですが。

 定番、おどろおどろしいBGM来ました。
 カメラの視点はもちろん襲う側。
 そして映るは彼女の後ろ姿。





…来るぞ。





・・・ 来 る ぞ 。






さ あ 来 る ぞ ・・・。







…普通のオッサンが。


こんな感じの。






なんかあんまり怖くないや。





 何といいますか。
 普通にオッサンが歩いて来ただけでした。
 現代ホラーに慣れ親しんでしまった弊害でしょうか。
 ここで「キャ〜〜ッ!」という悲鳴を期待したんですが、まあ確かに悲鳴は上げたんですが。

 町工場でカーディガンとか作ってそうなオッサンです。

 ちょっと目が血走ってますけど、普通です。
 ただの親父です。
 しかし。



 こいつがゾンビでした。



 ゾンビというと、ぐずぐずに崩れた死体を思い浮かべるもんですが。
 ガミラス星人みたいな肌の色とか。
 ぼろぼろの服とか。



 どの角度から見ても新品の服だし。

 肌の色ツヤいいし。



 とても死んでるようには見えません。
 せめて遠藤ミチロウみたいなメイクにするとか、何か方法は無かったんでしょうか。

 そして動きが遅い遅い。
 こんな所だけゾンビでも仕方ないです。



 襲いかかる普通のオッサン。

 悲鳴を上げるバブル崩壊後のヒロイン。



 あまりの緊張感にあくびを禁じ得ません。



 一方その頃、主人公は。
 ヒロインの実に緩慢なるピンチの際、ひと山超えた農場に出向いておりました。
 そこで奇妙な連中に出会うのです。

 さて、いよいよですよ。

 何だか複雑な実験機材を持ち込んでいる白服が2名ほど。
 農場のおじさんと、機材の使用法について話をしています。

 大きな赤いトラックの上に、回転するレーダーみたいな物があります。
 んで、開いた傘を白く塗ったような、地雷探知機のできそこないみたいな物を持って、おじさんと白服がしきりに会話をしているのです。

 足元にはアリの大群。

 そうです。







ついに害虫駆除機さまのご登場であります。




 この害虫駆除機さまの御力が素晴らしい。
 超音波だか電磁波だか、何だか良く分からないモノをお出しになられて、周囲1マイルもの広範囲に渡る害虫どもをやっつけ遊ばされるのです。

 私は技術者ですからね。
 こういうわけの分からないモノをいじくりたくって仕方ない時期もありました。
 子供の頃からの夢でしたから。

 「ビルドアップ!」とか叫んでね。

 害虫駆除機さまには夢が詰まっているのです。
 農家のおじさんも大満足のお仕事ぶりです。
 科学の威力は偉大であります。

 しかし。
 しかし。

 主人公は、一向に興味を示しません。
 それどころか、こんなに偉大なお役目を授かられた害虫駆除機さまに向かって、あろう事か暴言まで吐きやがるのです。





「自然が一番。こんなものは必要ない」










私もそう思います。





 当然、白服の連中(どうやら政府の役人らしい)と険悪になりますけど、そんな事をしている場合じゃありません。
 バブル崩壊ヒロインが本当に崩壊しそうです。
 すんでの所で駆けつける主人公と農場のおじさん。

 間一髪でした。
 いつの間にか消えているカーディガン工場のオッサンですが、なんと農家のおじさんがその正体を知っていました。

 「良くいる乞食の一人だろう。実は1週間前にも一人、この川で水死している」



 …要するに、そういう事らしいのです。
 ここから物語は静かに、でも確実に動いて行きます。

 突然、舞台が変わって、アデランスのCMが似合いそうなうすらいだ男が登場します。
 どうやら写真家のようです。
 とっぷりと日の暮れた夜の場面です。

 このハゲ旦那ですが。
 奥さんとの仲がよろしくないようです。
 ケンカするシーンが唐突に出てきます。

 この奥さんがまた素晴らしいです。

 目の下の、まるで歌舞伎役者のようなクマ。
 病的に白い肌。
 痩せた体。



 世界中のどんなゾンビよりも君が一番のゾンビだね。


 そんな外見をしています。



 単なるヘロイン中毒者でしたが。



 実はこの奥さん、後になって分かるのですが、ヒロインのお姉さんのようです。
 ヒロイン二人目です。
 紛らわしいので「ヘロイン」と呼びます。



 どうにも唐突なので今ひとつ要領を得ませんが、ハゲの旦那はヘロインを入院させたい様子。
 ヘロインはそれが我慢ならない様子です。
 入院したらヤク打てないから。
 見上げたヤク中魂です。

 そんな姉が心配で(そりゃそうだ)、ヒロインは遠くロンドンより姉に会いに来たのでした。
 主人公と出会ったのは、本当にただの偶然でした。
 農場で道を聞いた主人公とヒロインの二人は、まさにこの瞬間、車でこの家に向かっている所なのでしょう。



 ここで、またもや事件が起こってしまいます。

 例の不気味な音楽と共に。

 ハゲ旦那とヘロインの元に。








オッサン再登場。



今まさに、車で二人は向かっています。







このオッサンはゾンビです。




硬直した手足を使って、自動車よりも早く移動しているオッサンゾンビ。










バンザーイ。バンザーイ。





…撃沈。





 これほど怖い映画を観るのは久しぶりです。

 これから一体どこまで連れて行かれるのか、だんだん楽しみになってきます。

 ヘロインに襲いかかるオッサン。
 逃げ惑うヘロイン。
 そこでハゲ旦那が助けに来ますが、実にあっさり返り討ちに。
 ゾンビパワーでぐいぐい首を締め上げるのです。

 ここでのヘロインの行動は注目に値します。
 旦那が殺されるのをすぐ近くで待ってるんです。

 ひと仕事終えたオッサンが振り向くと、ようやく逃げ出すヘロイン。

 やっぱり薬は良くないんでしょう。



 ここでやっと主人公とヒロインが到着しました。
 当然のようにオッサンは消えているわけですが。

 今度はどこにテレポートしているのか不安になります。
 映画の内容より、そっちが気になって仕方ありません。



 翌日になって、警察の捜査が始まりました。
 当然のように誰も話を信じないわけですが。

 むか〜しから、ちょくちょく見かけるパターンですね。
 パニック物などでは確実に一人はいますね。
 信じようとしない権力。
 ホラー物にシャワーの巨乳がいるように、これはもう物語の基本と言えるかも知れません。

 今回のこの『悪魔の墓場』では、実に頭の固い刑事さんが出てきます。
 ヘロインを旦那殺しの犯人と決め付けています。

 「ヘロインを使用すると、超常的な力が出せる」というのが根拠のようです。



 イギリスには検死官という職業は存在しないようです。

 ブリティッシュ・ゾンビの皆さんには朗報です。



 ここでキーになるのは、殺されたハゲ旦那が「写真家だった」という点。
 死の直前にも、オート撮影で近辺を写真に撮っていたという事実です。

 その写真を見れば、犯人であるオッサンゾンビが映っているかも知れない。
 そう思いついた主人公とヒロインは、警察が押収したフィルムをわざわざ盗み出して現像屋に持って行きます。

 「警察は信用できない」というのが主人公の説明でした。

 お前の方がよっぽど信用できませんが。



 ああ、しかし。
 この無駄にしか見えない決死の作戦も、出来上がった写真を見た時点で終了しました。
 残念ながら、オッサンの映っている写真は1枚も無かったのです。
 その上、見かたによってはヘロインが旦那に襲いかかっているようにも見えてしまう。



 これには困った二人です。
 困ったついでに、トンデモ発言まで飛び出しました。









「犯人は死体である」







「だから写真には映らないんだ」







戦争写真家は廃業です。





 アフリカあたりでバタバタ子供が死んでも、彼らの目には決して届かないのでしょう。
 富士フイルムの社員さんが見たら怒りますよ。



 もちろん刑事さんがそんなヨタ話を信じるはずも無く、二人には厳しい監視が付けられます(当たり前です)。
 お姉さんのヘロインも、強制的に入院させられちゃいました。

 またまた困ってしまう二人なのですが、頼むからもうじっとしていろという私の願いも虚しく、今度はヘロインのお見舞いに行くそうです。
 まあ、その事自体はいいでしょう。
 ところが今度は病院で、大変な騒ぎが起こるのです。







凶暴化した赤ん坊がナースを襲う。






もはやゾンビとはまったく関係ありません。



 …さあ、とうとうここまでやって来ました。
 長い長い苦難の連続でした。

 ここにおいて、ようやく主人公は悟るのです。
 すべての元凶を。

 それはもちろんアレです。




害虫駆除機さま、再度のご光臨であります。



「…あの機械だ。あの害虫駆除機から出る電磁波のせいで、赤ん坊が凶暴になったり死体が蘇ったりしているに違いない」





ドクター中松さん、このレビュー読んでたらぜひご意見をいただきたく存じます。



 驚いた事に、ブードゥーの人形でも公害でもありませんでした。
 ほんとに害虫駆除機が原因でした。
 あれだけ意味深長に見せていたのに、工場の煙も汚水もまったく関係なかったです。

 飛ばしてるぜ『悪魔の墓場』。

 悪魔なんか関係ないぞ。



 世の中の赤ちゃんを救うため、主人公は走ります。
 病院の先生と一緒に一路農場へ。

 そこではもちろん、かの害虫駆除機さまが偉大なるお仕事をされておられます。
 バンバン回る赤ランプ。
 バンバン飛ばす怪電波。


 まるで風のような効果速度で、半径1マイルの死体も踊り出します。
 そのお姿に、我々庶民はただもうひれ伏すばかりでございます。

 いや、やっぱり政府の役人とケンカになるんですけどね。
 常識で考えたら当然なんですけどね。




 「これは害虫駆除機だよ。赤ん坊には作用しない」



 赤ん坊を駆除してどうする。




 役人さんもいい迷惑です。
 シルバーシートで携帯いじくるのとはワケが違います。

 考えてもみてください。
 レンジでチンしてたら息子に襲われたと難クセ付けられたようなもんですよ。

 しかし主人公は止まりません。
 こいつの頭の中は、偉大なる害虫駆除機さまが犯人だと決めてかかっているようなのです。

 むしろお前の頭に作用してるんじゃねえかと勘ぐりたくなります。

 そして出ましたトンデモ理論。
 もう止まりません。









「昆虫は原始的である」







「そして赤ちゃんも原始的である」








「だから害虫駆除機が作用した」









「死体が動くのもそのせいだ」








誰かこいつを駆除してください。





 …なんでも、死んだばかりの死体は神経系などがまだ生きている場合があり、そこに電磁波が作用して動き始めたのだと。
 死体と赤ちゃんと昆虫は一緒だと。
 もうぐにゃぐにゃです。

 さんざ色々あって、ついに元凶がはっきりしました。
 技術者の夢が詰まった害虫駆除機さまでした。
 科学は時に人を不幸にするものなのです。

 私は悲しい。
 もう「ビルドアップ!」とは叫べない。
 しかし、これで良かったのかも知れません。
 科学が発展すれば、必ずそれを悪用する人間が現れるものなのです。

 そんな教訓どこにも出ませんが。



 ここで主人公が害虫駆除機さまを止めればエンドロールなんですけど、なぜか説得されて帰っちゃうんです。
 へたれです。
 これから起きる事件は、すべてこいつのせいのような気がします。

 例えば、さっきのオッサンゾンビの件について。
 誰もヒロインの言う事を信用しないので(当然ですが)、主人公は一計を案じます。

 それは、そのオッサンが埋葬されている墓地に行く事。
 「死体が消えてたらみんな納得するだろ」という論点です。

 さんざ馬鹿にしてきましたが、この説明には確かに一理あります。
 これぞ動かぬ証拠というやつですね。

 ただし行動が馬鹿でした。
 誰よりも警察にそれを見せなきゃ意味が無いです。



 だけどまた二人だけで勝手に墓地へ行ってしまう。



 食われちまえと思いました。



 さて、墓地へとやって来た二人。
 霧の立ちこめる幻想的な墓地です。
 無駄に美術が頑張っていますが、もちろん普通に景色を映しているだけであります。
 二人は管理者の小屋に向かいます。

 田舎のイギリスの風景って、なんでこんなに綺麗なんでしょうね。
 この映画の一番の収穫です。
 これだけでも見る価値がある…とはとても言えませんが、ともかく美しい映像です。
 ゾンビさえ出なけりゃ良かったのにと感じます。



 管理人の小屋には、人気はまったく無く。
 出しっ放しの皿やカップが、まるでマリーセレスト号みたいに並んでいます。
 この瞬間に私なら逃げ出しますけど、それじゃ話が進みません。

 やがて二人は、地下へと向かう階段を発見します。
 そこはとても不気味な場所です。
 いくつかの棺桶が安置され、その中にはまだ新しい死体が…。



 賢明な方なら、この後に何が起きるかは写真のようにくっきりと分かるでしょう。
 そうなのです。
 主人公たちは、奥にある一つの棺桶を見つけ…。



 そこに書かれた名前を読み…。



 その名は1週間前に死んだ乞食と同じ…。



 中身は当然からっぽで…。









オッサン再々登場。





またしてもテレポート。




お前はウルトラマンか。





 はいはい、ここから怒涛の展開ですからね。
 信じられない光景が出てきますよ。

 必死で逃げる二人、のんびり追うオッサン。
 奥のハシゴを登れば外に出られる。

 オッサンは、そこに並ぶ二つの棺桶に目をやると。
 おもむろに、「どっこいしょ」とばかりに棺桶のふたを外しましたよ。



 …ここからは、あのNHKの子供向け番組、懐かしの『できるかな』風に読んでください。
 ナレーションは故・つかせのりこさんで。









 「う、う、うお〜」



 あれあれ〜? ノッポさんどうしたの?
 そんなに大きな棺桶のふたを持って大丈夫かなぁ?



 「う、う、うお〜」



 ふむふむ? そのふたを…外す。
 おやおや? 中には…。
 あっ! 死体だねノッポさん!
 死体が入っていたんだぁ〜。



 「う、う、うお〜」



 今度は、その死体に…。
 ええと、死体のおでこを指差して?
 …何が始まるのかなぁ?



 「う、う、うお〜」



 あっ! それは血だね!?
 生きてる人の…。生き血を使って?
 おやおや? 今度はそれを…。
 ああ、おでこに押し当てるんだ!
 そうすると…?








…むっくりと起き上がる死体。



もはや科学もへったくれも無いです。



「…きっと、新鮮な生き血を受けて蘇ったんだ」









寿司屋の職人は廃業です。



 「ただもうゾンビが出りゃええやん」という、製作者の声が聞こえてきます。

 必然性の「必」の字の上のテンも無いです。

 さんざ大騒ぎして、増えた増えたりゾンビ3匹。
 レッツゴー3匹。
 もうどうにでもしてください。



 ここでやっと監視の警官が追い付くのですが。
 無線機を落として簡単に食われるなど、砂消しゴムより役に立ちません。

 逃げる二人も二人です。
 出口の無い小屋にすすんで入るという追い込み漁っぷり。

 ゾンビさんたちも頑張った。
 みんなで協力して墓石を持ち上げるなど、見ていて微笑ましいシーンが続きます。




 …この『悪魔の墓場』なんですけどね。
 誰も知らない監督と、誰も知らない出演者。そしてできた誰も知らない映画です。

 主演のロッカー崩れは、どうもこの手のマイナー映画にしか出ていないらしく、ヨーロッパでも大変地味な俳優さんのようです。
 一応2枚目なんですが。

 そしてヒロインですけど、代表作が『新・青い体験』ですからね。
 そーいや昔、夜中の東京12チャンネルでやってましたっけ。

 ルチオ・フルチのファンである(と思われる)監督が、オマージュとして作り上げた『悪魔の墓場』。
 フルチはきっと怒っているでしょう。



 この監督さん、日本では大変マイナーな映画監督なのですが、やっぱり本国でもマイナーな監督のようでして。
 「ホルヘ・グロウ」っていう人なんですけどね。
 聞いた事ないでしょ?



 ちなみに。

 代表作はこれです。








『悪魔の入浴・死霊の行水』





…駄目っぷりにもほどがあります。






 良かった所を無理やり探せば。
 前途の「美術の頑張り」でしょうかね。
 本当に背景だけは綺麗でした。

 映画がどうこうではなく英国の田舎が綺麗という事ですが。

 …などと思っていたら。
 この映画、スペインとイタリアの合作なんですってね。
 あの美しい田園風景、ほとんどスペインなんですってね。
 ぜんぜん英国じゃないんですってね。

 どこまでも変化球。
 超人コンプレックスみたいな映画です。



 ただ、この作品は古〜い作品ですからね。
 ホラーというジャンルの、黎明期から発展期に向かう手前の作品だと感じましたし。
 害虫駆除機さまが犯人であらさられるというアイデアは、当時としては斬新だったのではないかと思います。

 ゾンビ映画って、死体がゾンビになる原因がわりと似通っているような気がしません?
 軍部や巨大企業の秘密実験だったり、あとは化学汚染や放射線ですか。
 この『悪魔の墓場』におけるゾンビ生成の原因は、後に続くこれらの系譜を暗示しているように見る事も可能です。
 この作品での「科学の粋」たる害虫駆除機が、やがて軍隊や企業の極秘実験に変貌して行く。
 それと共にゾンビの必然性がより高まって行く…。

 近代のゾンビ映画は、これらの理由をどんどん推し進めています。
 代表作に『バイオハザード』などが揚げられるでしょう。
 一方で、古来からの伝統の手法…「呪い」や「疫病」にスポットを当てた作品も数多いです。
 ルチオ・フルチの『サンゲリア』などが該当しますね。
 どちらもゾンビにリアリティを与えるべく、日々進化して行くはずです。

 ドラキュラや狼男、はたまた『ジョーズ』などと違い、彼らは「集団」です。
 ホラー映画でありながら、『黒い絨毯』などの昆虫パニック映画にも通じるものがあるんじゃないかと思えます。
 そして彼らの姿は我々とほとんど変わらず、さらには伝染するという恐ろしい特色があるのです。
 そうした特色を生かし、これからもゾンビ物の傑作が生まれる事を切に祈っております。



 彼らは生きています。

 死体だけど生きているんです。




 だらだらと綴ってきた今回のレビューですが、この辺でそろそろお別れしましょう。



 あ、そうそう。
 レビューでは途中で終わってますけど、この『悪魔の墓場』はまだまだ続きがありますからね。
 特にオチは、それまでのホラーには(そして現代のホラーでも)なかなか無いパターンでした。
 ここは素直に評価しましょう。
 暇つぶしに、良かったらご覧になってください。









【おまけ】






『害虫駆除機さまの歌』


バンババババン ババンバンババン

バンババババン ババンバン



俺がやめたら バンババン

誰がやるのか バンババン




今に見ていろ ワタアブラムシ




全滅だ



飛ばせ バンバンババン

回せ バンバンババン



効果速度は風より速い



ビルドアップ! バンバンバンバン

ビルドアップ! バンバンバンバン



バラバラババンバン ババンバ

バンバンバンバン ババンバン





ゾンビ起き出す


ババンバン





赤ちゃん暴れる


ババンバン





科学の威力だ



害虫駆除機









『LET SLEEPING CORPSES LIE』1974:イギリス スペイン・イタリア

監督:ホルヘ・グロウ
特殊メイク:ジノ・デ・ロッシ

出演:レイ・ラヴロック(ロッカー崩れ)
   クリスティーヌ・ガルボ(不景気)






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