−人物紹介−


    ヌーノ・ベッテン・ゴメス(Nuno Betten - Gomez)

    ポルトガル人。

    実在するサッカー選手やギタリストは関係ありません。

    山本 卑出郎 (Hidero Yamamoto)

    頭が長い。

    後頭部からゴルゴンゾーラチーズの匂いがする。






    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





    ハポンにサムライは居なかった。
    そして、ナカタはファンタジスタでは無かった。(4.5)
    遊廓は有る、金閣が有る、寿司もスキヤキもある、が、サムライは居ない。
    いつだか、青いサムライと名乗るどん百姓どもがドイツの地に降り立つフリして帰った。
    そしてヌーノは思った。空うず高くそびえしビルヂングが城ならば、将おれどサムライおらず、空は青を隠す灰色と。

    時差にして9時間、黄金の国、ハポン。
    寿司職人の父の影響を受け、日入ずる国に興味を持ったのは幼少のころ。
    失敗すれば腹を切る、気に喰わなければ山を燃やし坊主を燻す、天士羅食わば毒殺される、
    黒船に届かない大砲をガンガンぶっ放し、神風が万歳し、タケシ・キタノがヨコチンする、神秘の国、ハポン。
    小鳥箱のような寮部屋から覗く絞首台のような出窓、その窓から首を伸ばしても見えるものは、コンクリートの壁。

    サムライ。
    何において、サムライか。
    刀挿し、エイヤバッサと町人を斬り、ダイミョーの前でハラキリするのがサムライ、か。
    ヌーノはまた記憶をぐるりと巡らせる。
    しからばヤマモトは、サムライか?
    否。
    ヤマモトがサムライなれば、世が在るもの全てがダイミョーになる。
    ウルティモ・サムライ。死語か。ヌーノは嘲笑する。


    − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


    ───ドアの開く音、窓を虚ろに眺めるヌーノの背に「ウィース。」という声。
    「ヤマモートッ!」
    ロングヘアーをたなびかせ振りかえる、ヌーノ・ベッテン・ゴメス。
    セイコーマートの袋に、浴びるほどの発泡酒を捻り込み、無気力に頷くのは、山本卑出郎。
    そのままどさりと4畳半の部屋に座り込むと、自ら持参した発泡酒を鷲掴み抉じ開け、一気に喉に流し込んだ。
    『ブリッ』
    放屁。酒を飲めと屁で勧める山本。その屁に応え、ヌーノも発泡酒を手にとりプルトップに爪を射込む。
    パチンッ。上手くプルトップを剥がせず爪の間が充血し、人指し指をくわえるヌーノ。
    その姿に山本は、ヌーノの持つ缶をむんずと奪い取り、プルトップを剥がすとぶっきらぼうに手渡す。
    「・・・・ヤマモト。オブリガード。」
    真っ直ぐな瞳で微笑むヌーノに、山本は照れを隠すように横を向き、読みもしなCawaii!を捲った。
    言葉は無い。ヌーノはポルトガル語、ヤマモトは日本語しか喋る言語は無い。
    時おり、ファックとサックとアナルとヴァギナとペニスの5つの英語のみでコンタクトを計る時もあるが、
    互い喋らずとも、心の中で沢山の会話を交わすことの出来る仲なのだから、言葉は必要無かった。

    日本。ハポンに来て初めて出来た友達。
    顔が長くて不細工で、優しくて温かくてぶっきらぼうで、そしてはにかみ屋でエキセントリックな人物。
    いつも学校ではクラスのイジメっ子に直下型ドロップキックを見舞われ、月に一度は流血沙汰になるヤマモト。
    時折、何をとち狂ったか風呂屋の煙突に昇り、世界を転覆させん神々を降臨させようとして警察沙汰になるヤマモト。
    モニターに映し出される Hentai Anime の画像と歌を狂喜乱舞し見せつけ、小躍りするヤマモト。
    そんなヤマモトがヌーノはたまらなく好きだった。


    ヤマモト……─────────
    ヤマモトのお陰で、我は、何が「サムライ」か朧げながら理解出来た……。
    サムライは意識。サムライは心。地位や称号では無く。サムライは魂なのだと。
    なれば、ヤマモトは。サムライだ。
    少なくとも、サムライの名に恥じぬ生き様を、我に魅せてくれている。


    − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


    女は抱き慣れていた。
    日本の女はガイジンと見るや進んで股を開く奇特な存在。
    言葉を理解出来なくとも、魂を共有できなくとも、「寝た」事のみに意義を見い出す。
    デイヴィッド・ロバート・ジョセフ・ベッカムを取り巻く黄色い肌のグルービー。
    奇特な存在だ、ハポンの女というのは。売娼、芸者、媚び諂い、そこまでして「寝た」事実が欲しいのかと呆れる。
    猫の毛のように柔らかい髪を弄り、安らかで不細工な寝顔を見て、不思議と穏やかな気持ちになるヌーノ。

    つらつらと指を滑らせると、山本の頭頂部の『突起』の所で指に滑り気を覚える。

    「・・・・んッ・・・・・」

    安らかな寝顔から漏れる吐息、赤ら顔。寝汗か、と指を山本の服のすそで拭う。
    夏空はすでに赤と黄色でゆるりと染まり、横たわる山本と傍らで寛ぐヌーノをコンクリートの陰が覆っていく。

    ふと、悪戯な気持ちがヌーノの心を霞めた。
    キス・・・・したい。
    浅い寝息をたてる山本、その姿が闇と重なり朧げな存在になると心の底に沈殿していた親愛の情が一気に吹き上がってくる。
    逢魔が刻、人は判断を狂わされる。
    この狂った赤と全てを隠す闇の黒が、我を狂わせたのだと言い訳を心の中で呟きながら、ヌーノの花弁のような唇が山本の顔へと近づく。
    断じて、我はホモセクシュアルでは無い、山本を親愛に思うからこそ、この口づけを・・・・。

    臭い。

    しかし、嗅ぎ慣れた香り、ゴルゴンゾーラチーズのような甘く粘る香り。
    少し眉を潜めて、ヌーノは山本の顔を訝しげに見遣る。
    寝汗の香りではない、何かこう、匂いが、心の芯に訴えかけて離さない淫媚な香り。
    そして、顔を撫で、耳の裏を撫で、匂いのもとを探すように、そして愛撫するように指を滑らせる。
    後頭部で指が滑り気を覚え、ぬら、ぬら、と指が後頭部に滑り込まれていく。
    と、同時に山本の吐息が早くなる。深い眠りに落ちながらも、ウフゥ・・・・ウフゥ・・・・と嗚咽を漏らす。
    滑り込んだ指を上下に動かすと、滑り気がさらに増す。そして顔を近づけなくとも、あの香りが鼻粘膜を刺激するようになる。

    ブッセッタ。

    ヤマモトの頭には、ブッセッタが有る。
    気付く、と同時にヌーノの残りかけていた理性が一気に霧散した。
    キスをしたい。は最早通り過ぎた感情。目の前の「女」に、愛情を通り越した劣情が傾く。
    指が、熱く早く、後頭部のクレバスの中心を刺激する。音も無くぬらぬらとした動きから、一気に淫らな音が奏でられる。
    顔半分が、窓から指す夕日を消すコンクリートの闇に覆われる。眠りの中のヤマモトの顔が更に不細工に歪み、漏らす嗚咽も早くなる。

    ヌーノの箍が外れた。
    愛したい、いや愛している。ヤマモト。好きだ。愛しい。
    濁流のごとく浮かぶ愛の言葉は理性を覆い隠し、手早に自らの愛欲をズボンから持ち上げる。
    震える息。自らの愛欲が鎌首をもたげ、山本の後頭部にあてがわれる。
    クレバスが愛欲の侵入を軽く拒むように窄む、が、ヌーノの劣情は止むことは無い、つらつらと手先で自らの男根を摩り振るわせ「女」に促す。
    「ンっ!!」声が響くと同時に山本の「女」が緩み、容赦なくヌーノの愛が捻り込まれた。
    そして二人は一つになった。
    シルエットが最初はゆっくりと、次第に早く後頭部に股間を打ち付ける。
    濡れた肉が拉げる音が四畳半の影の間に響く。そして、日はビルの谷間に落ち二人の世界が闇と静寂の狂乱に飲まれていった。


    − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


    4ヶ月後の事。
    山本の頭蓋は何故か通常の1.5倍ほどに伸び上がり、不細工な長い顔がより醜悪に歪み、まるで異系のクリーチャーのような出で立ちに変わっていた。
    あの一件以来、山本は後頭部から血を流すような流血沙汰になることは無かった。
    しかし、日を追って、膨れ上がる頭。間違い無く何かの病と判断した山本は病院に通うことになった。
    心配そうに見つめるヌーノに「大丈夫」と虚ろな笑顔で答える山本、しかし既にその姿はテレビゲームの中から湧いた怪物の出で立ちだった。

    診察を終える。何より頭をCTスキャンに掛けた時に漏れた看護士の感嘆にも似た声に、山本は不安を隠しきれなかった。
    奇病の類い・・・・死ぬ?・・・・・・死ぬ・・・・・の・・・・・か・・・・なぁ?・・・・・。
    既に自らのキャパシティを越えた思考が脳を巡り、山本は上の空で医師の前に項垂れ座らされた。

    「えーと、山本・・・・ヒデロウさん?」
    「・・・・・はい。死にますか?」

    「えーと、おめでとうございます。」
    「・・・・ハイ!?」
    「間違い有りません、4ヶ月目ですね」
    「・・・・え?4ヶ月で死ぬんですか?」
    「いえいえ、妊娠4ヶ月ですよ。」






    「ハイッ????」






    医師はあまりにも舐めた返事を返す山本の頬を平手でスナップを効かせひっ叩く。
    何故叩かれたのか解らない山本は左の頬を摩り涙目になる。医師は言葉を続けた。
    「えー、今は辛いでしょうがこれから安定期に入ります。安心して下さい。お父さんは?あの一緒に来られた外国の方?」
    「えっ??えっ??」
    「お子さんも非常に発育がよろしい状態ですが、あまり無理をなさらぬように、初産ですから若いからといっても無茶は禁物ですよ」
    「アンタさっきから何言ってんだよ!?妊娠てなんだよ!?とち狂ったのかよっ!?医者なのに違う科の病院行ってこいよこのガイキチがぁ!!」
    景気良く右の頬から乾いた音が響く。またビンタを張られ、右の頬が充血し鼻血を吹く山本。
    「妊娠中は二人分の栄養が必要となりますので、必ず3食しっかり取って下さいね。あとしっかり鉄分を取られて下さい。」

    医師の淡々としたマニュアル対応に山本は言葉を無くす。
    最早医師の言葉などシナプスが伝達しない。有るのは「妊娠」という二文字だけ。
    おかしい。何が妊娠だ?頭か?この頭のせいか?俺は世界からこの頭のせいで舐められたのか??

    話が終わり、ふらふらと診察室を後にする。
    待合室のソファでは、ヌーノが心配そうに見つめられ、返す笑顔が先ほどよりも更に虚ろになる。
    「ヤマモート・・・・??」
    「・・・・なんかね、妊娠したらしい・・・・」
    「ニン?・・・・・シン・・・・・」
    「赤ちゃんが・・・・・いるらしい。この頭に・・・・」
    「・・・・アカチャ??」
    「いや、なんでもない・・・・ヌーノ、悪いな。俺もよくわからねぇんだ。動転しちゃって・・・・って日本語わからないもんな、スマン。」
    「ヤマモート・・・・・」
    その「妊娠」の現況を作った男が目の前に居るにも関わらず、山本はその事実を知らない。
    そして、ヌーノも山本が何故ここまで沈んでいるのか理解できず、ただただ困惑するのみだった。
    木漏れ日の病院を抜ける二人の影、女性のように美しい顔と長い髪の男と、怪物のように醜い顔と長い頭の女が寄り添う。
    この地球に二人しか存在していないような、永遠の静寂に身と心を委ねるように。


    − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


    翻訳辞書を引く。

    ニンシンは「Gravidez」
    アカチャンは「Bebe」

    そして自らの過ちを理解した、ヌーノ。
    頭を抱えた。吐く息は戸惑いを色濃く映すように、早く重い。
    父になる自信など無かった。まだ互い学生の身、ヌーノは自らの犯した許されざる罪に脳を支配された。
    堕胎など敬虔なクリスチャンの自分には許されない。そもそも今堕胎させることになれば一人の命を殺めることになる。
    山本は愛している。伴侶に迎えたい。だが、今の自分の器に見合うだけの容量は、赤ん坊という存在を抱くほど頑強なものでは無い。
    怯えた。今まで幾人の女を抱く時、必ず避妊を怠らなかった。ただ一度の過ちを犯してしまった。

    震える手、溢れる雫。ヌーノの美しい顔が歪み。大粒の涙が辞書に雨を振らせた。
    我、犯したる罪の重さ・・・・悔やんでも悔やみきれない。

    無意識に受話器を手に取ったヌーノ。コレクトコールを廻す。
    指の震えが収まらず、カタカタと震えながら、受話器の向こうの救い主を待つ。

    トゥルルルル。トゥルルルル。トゥルル、ガチャ。

    「ヘイ!寿司バー『金』ご用件は!?」
    「・・・・・・父・・・・・・か?」
    「オウッ!?どうしたヌーノかぁ!?ハポンはどうでぃ!?ゲイシャとヤッてるかぁ!?」
    「・・・・・・父・・・・・・落ち着いて、聞いて欲しい」
    「なんでぃなんでぃ??いきなりシンミョーな声出しやがって!?カネかぁ??」
    「・・・・・・父・・・・・・我を、我を神から授かりし時、如何なる・・・・・如何なる心境を得た?」
    「あーっ!?オマエが産まれた時〜!?んー。。。。。。」


    「そ〜だなぁ、ありゃ母ちゃんが病室に何時間もうんうん唸って苦しんでてな。俺ぁガラにもなく神様に祈っちまったよ。イエス様〜マリア様〜ってよ。
     したらな、病室の向こうからよ、オマエの声がおんぎゃおんぎゃと聞こえてきた、まー、あん時ゃ嬉しかったなぁ〜。
     俺にとっちゃあ神様が与えてくれた最高の宝物だからよ。あん時ゃカネもヒマも無かったけど、ただ、オマエが居てくれるだけで嬉しかったなぁ〜」


    「・・・心して・・・・聞いて欲しい。」

    「まぁーよ、五体満足で産まれてくれただけでもめっけもんだったっつーのかな。子供は神様から授かりし宝物だからよ。」

    「父!!我は・・・・我っ!!」
    「・・・・それ以上言わなくてもわかってる。素直に喜べよ。神様の宝物だからよ。心配しなくてもゼニの工面は俺とかあちゃんでどうにかするからよ。」

    「・・・・父。」
    「いつかはよ、こういう日が来るって、俺が親父になった日からわかってたよ。まぁ、ちょっと遠いが、ハポンの嫁か?大事にしろよ。
     今ぁ忙しいからそっち行けないけどよ。早く孫のツラ拝ませろよ。で、素直に喜んでくれよ。命の門出だぜ。。。。ハイ、ハマチィッ!!アイヨッ!!」

    「オウ!!忙しいからよ、後でまた電話してこいや!!母ちゃんにも報告だ!!ヌーノがいっぱしの男になるってよ!!アイヨォ、イクルァァァッ!!」

    受話器置くと同時に、冷たい戸惑いの涙が、温かい感涙に変わっていた。
    父は理由を聞かなかった。ヌーノの声で逸早く事柄を理解し、敢えて全てを肯定してくれた。
    その優しが、自らも父になる者に対して、心の底に有る不安を洗い流してくれた。

    我は・・・・父になる。ヤマモトと添い遂げる。神から授かりし命を抱く。

    涙で濡れた辞書をパタンと閉じた。そして晴れやかな顔で外を見遣る。
    見遣れどコンクリートの壁。しかし、今ヌーノにはその奥に広がるの紺碧の空を眺めていた。希望という紺碧を、未来という空を。


    − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


    そして半年が過ぎようとしていた。
    出産台の上に逆から寝かされたクリーチャーが居る。山本だ。
    頭は既に3倍以上に膨れ上がり、顔と呼ぶべき部分が肥大した頭蓋に押しつぶされ、最早顔の判別も不可能な状態であった。
    青息吐息を口と思しき部分から吐くその妖怪の傍らで、出産に立ち会うヌーノは山本の手を優しく握りしめていた。

    この半年の間、山本をつきっきりで介護してきたヌーノ。
    しかし、結局日本語を覚えることは出来ず、その頭蓋に宿した子の父は自分であると伝えることが出来ず終いだった。

    陣痛による苦しみでチアノーゼを起こす、頭が肥大化したクリーチャー。その異様な光景を不安と期待が入り交じった表情で臨む父親、ヌーノ。
    子宮口が規則的に開閉する。医師の後ろに並ぶ研修生達は、その巨頭クリーチャーの呻く姿を医師の指示と同時に筆記していく。
    そして子宮口が完全に開き、破水する。後頭部から勢いよく羊水が吹き出すと少しだけ頭部が萎む。しかし変わりに太い血管が頭部を覆い、更に怪物然となる。

    「さぁ、頭が見えてきましたよ、もう一踏ん張りだ!」

    医師と助産士の掛け声すら、井戸の底から聞くような遠さを覚える山本。
    何者かが己の後頭部で激しく暴れているのが解る。しかし、これ以上後頭部に力を入れることが出来ない。

    「さぁ!クリーチャー!!じゃなくてお母さん??ん?あ、お?お母さん??・・・・・頑張って!」

    白々しくそのクリーチャーを母と呼ぼうとする助産士、そして、明らかにクリーチャーを観るような目でメモをとる研修生達。

    (・・・・見せ物かよ。)
    この激痛の中でも冷静に自らの置かれた環境を判断する。そしてこのような状況化に置いた何者かを臨んだ。
    (何で!何で俺だけこんな思いしなきゃいけねーんだよ!!)
    と心で悪態を吐くも、頭蓋がひしゃぎ続ける激痛は、山本の体力を奪っていく。
    どれほどの時間が経ったのだろう、活きんでも活きんでも、「頑張れ」と「頭が見えています」以外、言葉が聞こえた覚えが無い。
    この責め苦が永遠に続くのであれば、最早人間を辞めても構わないとまで考える山本。が、その姿が既に人間ですらなかった。

    ふと、右手に温かく強く握る感触を覚えた。
    ヌーノが両手で山本の手を握りしめると、自らの頬に山本の手を宛てがっていた。
    「・・・・ヌーノ・・・・」

    何故ヌーノはここまで俺に付き添ってくれるのだろう。(A.父親だから)
    ヌーノの優しい温かさを感じ、少しだけ激痛が和らいだ。同時に、今まで気付かなかった、彼の深い愛を全身全霊に感じた。(A.そりゃ父親だからね)

    「ヤマモート!!」
    「ヤマモート!!ガンバレ!!」

    頑張れ、先ほどから医師や助産士のかける励ましの言葉をヌーノも真似て声掛けする。
    一瞬、そんなヌーノの声に嬉しさを覚えるも、次第に意識が現世から剥離するような感覚を山本は覚えた。
    (あ・・・・やばい、今なら逝ける)

    「さっきよりも少しだけ出てきてますよ!もう少しでおでこが見えそう!!頑張ってお母ぁ・・・・クリーチャー!!」
    「ヤマモート!!ガンバレッ!!クリーチャーッ!!」

    ヌーノの頬に宛てがわれた山本の指に、熱い涙が伝う。
    その涙が心地よい快楽を生み、意識が自らの身体が浮遊し、走馬灯のように過去の記憶が蘇る。



    母と一緒に遊んだ、河川敷だ。
    一緒に歩いた芝生の上、草花の名前を一緒に呼んで、笑い転げて、抱きしめてくれた手が温かかった。
    (これは・・・・シロツメクサ!!じゃあ、これは・・・・・ハコベ!!これはね、ガマの穂!!)
    逆光に照らされる若き日の母の姿、遠い過去だ。この後、母と会うことは叶わなくなるのだから・・・・。



    「あ、おでこが見えてきました!!ってかヤベッって。頭から頭出てきてるよ〜ギャハハハハハハ!!ヤベーッッッ!!腹痛ぇぇぇ!!」
    「ヤマモート!!ガンバレッ!!ハライテーッ!!」



    そして父の記憶。
    一緒に風呂に入っていた。小さな風呂だ。
    (いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく・・・・・)
    父は秋田訛りの男だった。マタギのような大きな背中をごしごしとタオルで磨く。
    巨大な睾丸をぶら下げた、まさに男の姿だった。まだ幼少の砌、その雄の象徴を観る山本は、父の人間としての雄大さに尊敬の念を抱いていた。
    「ん、ヒデちゃん。肩さ揉め。」
    父は、肩を揉まれるのが好きだった。大きな背中に隆起した筋肉質な肩だった。
    山本もいつかこの背中に追いつき追い越したいと思っていた。自らの股間の一物を見遣り、そして矮小な腕を見遣り。いつか父の場所へと追いつこうと。



    「おーい、もー少しだから頑張れって!!てか、頭から頭っハッハッハ!!あっタマから〜!!絶対コレ映像残した方が良いって〜っ!!ヤベーから!!」
    「ヤマモート!!ガンバレッ!!ヤベーカラッ!!」



    首と後頭部をよく凝る父は入念にその部分を揉ませることを好んでいた。
    「んッ!そこだ、そこさ気持ぢいいぃ。ンっ!そこゆっくりと、そだそだそだ・・・・」
    「ゆっくりと、指さ『入れて』み」






    思い出した。
    父の頭にも、マ○コが有った。







    その瞬間、山本の子宮口におでこの所でつっかえて停まっていた赤子の頭蓋に力が入り、ぎゅるりと捻り出された。
    産まれた赤ん坊は、おでこに子宮の圧がかかったのが原因で、見事山本そっくりの顔の長い出で立ちであった。
    「産まれた〜っ!!てか顔長ぇしマ○コもちゃんと付いてるから!!ちょい研修生コッチ来いや!!コレ絶対テレビで放送出来ないからっ!!」
    爆笑し、研修生と共に山本の赤子と記念写メを撮る医師や助産士を尻目に、ヌーノは山本の顔を優しく覗き込んだ。

    「ヤマモート・・・・。」
    「・・・・ハァ・・・・・ハァ・・・・ハハハ。。。。なんとか、産まれた・・・・みたいだな・・・・・・」
    「ウン。ウマレタ・・・・。」


    そこで永遠の愛を誓うように、二人は唇を重ね、濡れた舌を絡ませた。


    しかし、疑問は残る。
    父の頭部に有る女性器。その出で立ちとこの出産を機にわかることは、間違い無く父が「母」だ。
    では、あの河川敷の記憶の母はいったい何者なのか、何よりも、誰が山本卑出郎の「父」なのか。


    つーかそれ以前に脳は何処に有んの!?何のためにちんこぶら下げてんの!?






    ・・・・愛し合う二人に、そんな野暮な疑問など、必要は無かった。








    Back