東の川訪問奮闘録

 奈良県の山奥に「東の川簡易局」がある。人の営みが皆無なところにポツンと建っている。 局までのアクセスは車だけ、それも集落から1時間はかかろうかという悪路を辿っていくという ロケーション。それでいて貯金はオフライン…局巡りの同士間で聖地と まで崇められる存在である
 その簡易局…私も兼ねてから行ってみたいという気持ちを抱いていたが、踏み切れない部分も あった。まず独りで行くにはタイトであろう。そこで同じ岡山在住で付き合いも長いY氏に話を 持ちかけてみた。Y氏も以前に東の川行きを計画していたものの、奇しくも台風襲来にぶち当たって 断念した経緯がある。お互いの思惑が合致して、行動を共にすることとなった。民営化への動きも 進行している郵便事業、未来永劫局が存続してるとも限らない。思い立ったが吉日である。
 出発は2004年11月21日、前日に東の川に程近い処まで行って泊まることにした。未明より車で 国道2号→第二名神道路→阪神高速道路→東名阪自動車道→名阪国道→伊勢自動車道…と東に 進む。車内でY氏が取り出したのは日本経済新聞…奇しくも一面に東の川簡易局についての記事が 載っていた。

↑ドライブインあら竹
 この日はY氏の意向により、ドライブイン「あら竹」による。松阪駅弁をつくっている業者の 店で、駅弁も売っている。国道42号を南進して、熊野市で泊まりとなる。時間が余っていたので、 JRで新宮まで往復していたりした。

↑神山簡易局
 翌22日、熊野市駅前のコンビニで食料を買って出発。事前の情報収集で、尾鷲から東の川へ ダイレクトで行ける国道は先の豪雨で幾箇所も崩落があって通行不能…ということで熊野からの アプローチとなった次第である。奈良県内に関しては、今回の行程に直接支障をきたす道路規制は なし。熊野市に関してはY氏も私も未開であるが、あまり他所で時間を潰してもいられない。 東の川は14時で閉まってしまう…。
 国道42号から分岐した309号に入り、沿線の3局を訪問しておく。最初の神山簡易局は盆や年末年始以外に 11月1日も休業。やがて169号に変わって奈良県に差し掛かる。この道は大して走りにくくも無い片側 1車線の道である。
 県道との分岐、そのまま国道を通れば東の川のある上北山村も直ぐだが、折角来たのだから 周辺の郵便局も押さえておきたいのが真情である。奈良県1局目は下北山村の桑原簡易局… 割と新しめの局舎だった。集配の下北山局を経て上池原局…途中工事の区間もあったが普通車は 問題なく通行できる。上池原局で先に局舎を撮影して中に入ったら、局員氏に「東の川へ行かれる のですか?」と訊かれた。…図星なのだから仕方が無い。東の川の貯金を済ませてこの局で 再入力をする人も多い。

↑国道425号の眼下
↑東の川簡易局
 さて、東の川に向かう。国道425号に入り、ダムを眺めながらのドライブ。沿線に営みを感じる ものが全く無く、対向車にも出くわさない。1時間かかってるんじゃなかろうか…というころに 三叉路が現れ、郵便局の在り処を示す看板を見ることになる。この先は県道でろくな整備もされて ない悪路。廃校になった校舎を見て暫く進むと建物が数件見えた。夢にまで見ていた東の川簡易局 に、まさに踏み込もうというところである。
 中に入ると受託者の「いらっしゃい」という声。普段の利用客が皆無というなかで、こういう 「物好き」な来訪客の存在はありがたいのだと思う。ここでは入金額も訪問局数にあわせて2,388円 とした。要件を済ませて直ぐ退散…というのもナニなので、暫く余韻に浸っていた。
 とそこに1台の車が、スイッチバック状の道を手慣れた感じで駆け上がっていた。「もしや 同業者?」と思ったが、一人の中年男性が降りてきて「ちょっと電話貸して」と。ここは人の営みも ない山奥。携帯電話の電波は入らず、唯一の通信手段が局内にある公衆電話…これも無線通信である。 この周辺を通る人にとっては外部と連絡できる貴重な存在でもあるのだ。ちょっと日常の風景が 覗けたと思う。
 来た道を辿って元の日常に戻ることにしよう。上北山局により早速再入力となる。東の川の 監督局とあって、このあたりは手慣れたものである。しかし相方Y氏のほうは直ぐに終わったのに、 私のはどうも手こずっている様子。どうもイレギュラーな取扱いのようでどうしようかと思ったが、 ここはとある手段で急場をしのいだ。しかし此処で1時間という思わぬ長時間滞在になってしまった。

↑吉野山局
 ここからは国道169号を北に向けて走ればいい。先の大雨等の被害か、随所に工事中で片側交互 通行を強いられるところがあった。吉野町までくるとだいぶ開けた風景になる。時間の許す限り 巡った。最後の吉野山局は参道が狭い上に局前にテントを置かれて車を駐車できず、仕方なく 付近で交代して訪問。
 夕刻になって、朝食以来のまともな食事を摂った。東の川訪問に双方満足顔だが、帰りがまた しんどい…。国道309号で大阪の富田林…帰宅ラッシュにはまってしまう。美原でようやく自動車道 に突入、以後阪神高速道路→第二名神道路→明姫幹線を経由して、23時半ごろに私の自宅に着いた ところで解散した。2日間長い時間をハンドルを握ってくれたY氏には、改めて感謝の意を表する ところである。

 ところで東の川簡易局のその後だが、なんと私らが訪問した数ヵ月後・2005年3月末日をもって 廃止されてしまったのである。皮肉にも日本経済新聞の記事が引き金となったようである。再び 人が定住することを願って局を守り続けてきた受託者も、志半ばで断たれたことを無念に思ってる かもしれない。しかしその功労には甚く感謝するところである。
 もう一つあった山形のオフライン簡易局も同時期に閉鎖となり、オフライン貯金の灯火も消えて しまった…。


16-11-22
神山(簡)→寺谷(簡)→五郷→桑原(簡)→下北山→上池原→東の川(簡)→上北山→上北山西原→柏木 →迫→大滝→吉野宮滝→吉野上市→(吉野)→吉野山

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